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第126話 名に誓って

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 緊迫感あふれた馬車の中で、何とか場を和ませようとしてくださるおつもりなのか、ジェラルドさんが口を開かれた。

「ロザンヌ様は城下町に訪れたことはあるのですか」
「ええ。ただ、うちは遠いものですから、もう何年も訪れておりません。学校に通うようになってからも学校の行き帰りが精一杯で、町に寄る時間もありません。ですから実に十年ぶりでしょうか」

 ユリアと出会ったあの年だ。

「わたくしも六歳の頃になりますし、あまり覚えてはいないのですが、とても賑やかで華やかな町だったと記憶しております」
「今も町は活気づいておりますよ」
「そうなのですね。楽しみです」

 向かいのユリアの表情を見てみても、表面上はいつもと変わりない。何を思っているのだろうか。
 ユリアを見ていた私に気付いた彼女は何か? と視線を寄越す。

「ユリアは短剣が見たいとか言っていたけれど、本気で買うつもりでいるの?」
「はい」

 一瞬のためらいもないね。

「では、まずは殿下にお伺いを立てるべきではない?」

 王宮内で刃物を携えた人間がうろうろするのは安全上、よろしくないだろう。

「分かりました。エルベルト殿下、私が短剣を所持することを許可していただけますか」

 ユリアは殿下に視線を移すと、端的に尋ねた。

「刃物を持つことを許可しているのは騎士のみだ」

 殿下はあっさりと却下する。
 やはり無理か。

「料理人は包丁を持っています。薪割り職人は斧を持っています。庭師は剪定ばさみ、鎌や鉈を持っています。全て凶器になりうるものです。侍女が刃物を持ってはいけない理由は何でしょうか」

 うわぁ。
 ユリアは食い下がるつもりだ。

「それらは全て役職に必要だからだ。ここには騎士がいる。侍女の仕事にそれは必要ないだろう」
「私の仕事はロザンヌ様をお守りすることも含まれます」

 殿下は何とかしろと私に視線を送るけれど、私はもちろん知らん振りです。
 ユリアは納得しないと私の言葉はもちろんのこと、梃子でも動きません。殿下が説得してください。

「人を傷つけないと約束するか」
「約束はいたしません。刃物は使いようによっては、人を傷つけるものだからです」

 正直するぞ、ユリア……。と言うか、素直にハイハイと言っておけばいいのに。
 ジェラルドさんも少し困ったように微笑んでいる。

「では、許可はできない」
「ですが、刃物は同時に人を守るものでもあります」
「なるほど。つまり君は人を守るために使うということだな」
「それは分かりません。傷つけるために使うかもしれません」

 せっかく殿下が話をまとめようとしてくださっているのに、馬鹿正直すぎるわよ、ユリア!
 まあ、殿下との約束を破ることはできないから、約束はしないということなのだろう。約束を迫る殿下に対して、ユリアなりの譲歩だ。

「ただ、王族の方々に刃を向けることだけはないとお約束いたします。ロザンヌ様の名に誓って」

 ふむ。……ん?

「わ、わたくし!? わたくしの名に誓って!?」

 事の成り行きを第三者的に見守っていたのに、いきなり自分の名前が出て来てびっくりして、思わず身を乗り出してしまった。

「はい。私はロザンヌ様の侍女ですから。部下の不始末は主人であるロザンヌ様が責任を取るべきです」
「わたくしの全責任!?」
「ええ。失うものが何も無い私の名に誓ったところで、何の保証にもなりませんから」
「そ、そうだけれど」

 だからって責任転嫁スンナー!
 叫びたいところだけれど、殿下もジェラルドさんも笑いをこらえられなかったようだ。吹き出した後、声を上げて笑う。

 一方、私はため息をついた。
 ユリアは私を守ると約束・・した以上、私を傷つけることはできない。当然、ユリアが不祥事を起こした場合、私の身にも降りかかってくる。ならば、ユリアとしても私を足枷にしておけば、自分の行動にも慎重になるだろう。

「分かったわ。分かりました。――殿下」

 殿下に真剣な視線を向けると、笑いを収めてくれたようだ。

「わたくし、ロザンヌ・ダングルベールの名に誓って、王家の皆様方にご迷惑をおかけするような事はさせません。どうかユリアに短剣の所持を許可していただけないでしょうか」

 殿下は私とユリアを交互に見る。
 殿下もまた私がユリアの抑止力になると考えたのだと思う。

「分かった。いいだろう。私が君を巻き込んだ責任もある。ロザンヌ嬢、君の名の下に許可をしよう」
「殿下、ありがとうございます」
「ありがとうございます」

 私が礼を述べると、ユリアも同じように続けた。
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