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第113話 私は信じています
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「ユリア……」
クラウディア嬢とユリアの攻防に一切口を挟めなかった私だったが、クラウディア嬢が去ってようやく口を開いた。
「お待たせいたしました。ロザンヌ様、参りましょうか」
「いや、参りましょうかではなくてね。……ユリア、あそこまで言われて怖くないの?」
呪術師であることを知っているから余計に彼女の言葉が恐ろしくなった。
言葉は確信的だったし、何かユリアにされないかと。
「怖くありません。私にはロザンヌ様がついておりますので」
「え?」
「ロザンヌ様が私を守ってくれると言いましたよね。絶対守ると」
それは幼い頃の言葉で、大きくなればなるほど、世界を知れば知るほど人を守ることは難しいものだと思い知るものだ。
「さっき、わたくしはあなたを守れなかったわ」
「私が自分で対応できる事だったからです」
「でも、ユリア。絶対という言葉は破られるためにあるものだって、あなた言ったばかりじゃない」
「私はロザンヌ様の絶対という言葉だけは守られると信じています」
真っ直ぐに私を見てくるユリアに胸が詰まる。
「……っ。うん。守る。わたくしはあなたを絶対に守ってみせるわ」
「ええ。もちろんです。ロザンヌ様の側にいるのですから、私はいつだって怖くなどないのです」
微笑を見せるユリアに対し、私はあらためて絶対守ると心に誓った。
「――ヌ嬢、ロザンヌ嬢!」
すぐ近くで殿下の声が聞こえて、私ははっと顔を上げて立ち上がる。
「は、はい。失礼いたしました。殿下、何でしょうか」
「どうした? 何度も呼んだのだが、何か悩み事か?」
執務室でいつの間にか、さっきの事を考え込んでしまっていて、殿下の呼びかけに気付かなかったようだ。
「も、申し訳ありません」
「いや。謝らなくていい。何だか深刻な様子だったから気になった。どうしたんだ?」
殿下には無関係の個人的な悩み事など相談していいのだろうか。お忙しい身なのに私の――。
「そう考え込まれては、余計に気になるだろう。早く言え」
殿下は片眉を上げて腕を組んだ。実に偉そうだ。
「あ、はい。実は」
態度が偉そうなのでお忙しくしてやろうと思ったわけでもないが、さっきの出来事を殿下に包み隠さずお話しした。
「なるほどな。明日の朝、彼女を私の部屋に連れて来てくれ。君はこれから明日まで彼女に触れるな」
「……ベルモンテ家は呪術を解くだけではなく、やはりかけることもできるということですか」
「解く方法を知るなら、当然、かける方法も知っているだろう。政敵に呪いをかけて蹴落とすという方法はこの国でも古くから行われてきた」
この国の黒歴史の一部なのだろう。殿下は苦々しい表情を浮かべた。
「それはベルモンテ家の手によって行われてきたのですか」
「ああ。今でこそ王家での血なまぐさい争いはない時代だが、昔は後継者争いが絶えなかった。そこで王家の人間もベルモンテ一族の手を借り、邪魔な世継ぎ候補を潰していた時代があったらしい」
ベルモンテ家は長らく続く呪術師一族。王家とも密接な関係にある。だから侯爵という爵位を与えて優遇してきた。また、彼らを敵に回さないようにもしてきたのだろう。
「クラウディア様も呪術をかけることができるのですか」
「むしろ呪術師の能力の高さとしては彼女が宗主という立場だからな。可能性はある」
彼女のような人間が力を持つとは悪夢だ。
「どのようにして相手に呪術をかけるのでしょうか」
「これは呪術の書物に記載されていたが、相手の名前と血液や髪の毛、歯など体の一部となるものがあれば、呪術の儀式を行えるそうだ」
クラウディア嬢はユリアに対して必要以上の接触はなかった。ならば大丈夫だろうか。考え過ぎだったかな。
「しかし能力が高い人間は、相手が触れた物からでも術をかけることができると言う」
「触れたもの!?」
ユリアはクラウディア嬢のハンカチに触れた。そして彼女はユリアからそれを取り返していった。クラウディア嬢の能力が高いならば、それを使って呪術をかけることができるかもしれない?
「何かあるか?」
顔色を変えた私に殿下は尋ねてきた。
「ユリアはクラウディア様が落としたハンカチを一度手にしました。最初は捨てておいてとクラウディア様はおっしゃいましたが、ユリアとのやり取りの後、それを奪い返して去って行きました」
自信ありげなクラウディア嬢の声を思い出して、私はまた背筋が寒くなる。
「そうか。しかし、まだ彼女が術をかけられると決まったわけではない。誘いの文句を持って、また現れるだけのつもりかもしれない。仮にかけられたとしても、すぐに心身に影響が出るというわけでもない。君も心配だろうが、どうか明日まで耐えてくれ」
「……はい」
殿下はうつむく私の肩に大きな手をぽんと置くと、手の平から温もりが伝わってきた。
「心配するな。ユリア・ラドロは最強侍女なのだろう? 彼女なら大丈夫だ」
「殿下」
優しい声で落ち着かせてくださる殿下を仰ぎ見ようとした。――けれど。
「なに軽率な真似をされているのですか」
その場で膝から崩れ落ちた殿下を白けた様子で見下ろすことになる。
「……まったくだ」
格好がつかないなと殿下はぼやいた。
クラウディア嬢とユリアの攻防に一切口を挟めなかった私だったが、クラウディア嬢が去ってようやく口を開いた。
「お待たせいたしました。ロザンヌ様、参りましょうか」
「いや、参りましょうかではなくてね。……ユリア、あそこまで言われて怖くないの?」
呪術師であることを知っているから余計に彼女の言葉が恐ろしくなった。
言葉は確信的だったし、何かユリアにされないかと。
「怖くありません。私にはロザンヌ様がついておりますので」
「え?」
「ロザンヌ様が私を守ってくれると言いましたよね。絶対守ると」
それは幼い頃の言葉で、大きくなればなるほど、世界を知れば知るほど人を守ることは難しいものだと思い知るものだ。
「さっき、わたくしはあなたを守れなかったわ」
「私が自分で対応できる事だったからです」
「でも、ユリア。絶対という言葉は破られるためにあるものだって、あなた言ったばかりじゃない」
「私はロザンヌ様の絶対という言葉だけは守られると信じています」
真っ直ぐに私を見てくるユリアに胸が詰まる。
「……っ。うん。守る。わたくしはあなたを絶対に守ってみせるわ」
「ええ。もちろんです。ロザンヌ様の側にいるのですから、私はいつだって怖くなどないのです」
微笑を見せるユリアに対し、私はあらためて絶対守ると心に誓った。
「――ヌ嬢、ロザンヌ嬢!」
すぐ近くで殿下の声が聞こえて、私ははっと顔を上げて立ち上がる。
「は、はい。失礼いたしました。殿下、何でしょうか」
「どうした? 何度も呼んだのだが、何か悩み事か?」
執務室でいつの間にか、さっきの事を考え込んでしまっていて、殿下の呼びかけに気付かなかったようだ。
「も、申し訳ありません」
「いや。謝らなくていい。何だか深刻な様子だったから気になった。どうしたんだ?」
殿下には無関係の個人的な悩み事など相談していいのだろうか。お忙しい身なのに私の――。
「そう考え込まれては、余計に気になるだろう。早く言え」
殿下は片眉を上げて腕を組んだ。実に偉そうだ。
「あ、はい。実は」
態度が偉そうなのでお忙しくしてやろうと思ったわけでもないが、さっきの出来事を殿下に包み隠さずお話しした。
「なるほどな。明日の朝、彼女を私の部屋に連れて来てくれ。君はこれから明日まで彼女に触れるな」
「……ベルモンテ家は呪術を解くだけではなく、やはりかけることもできるということですか」
「解く方法を知るなら、当然、かける方法も知っているだろう。政敵に呪いをかけて蹴落とすという方法はこの国でも古くから行われてきた」
この国の黒歴史の一部なのだろう。殿下は苦々しい表情を浮かべた。
「それはベルモンテ家の手によって行われてきたのですか」
「ああ。今でこそ王家での血なまぐさい争いはない時代だが、昔は後継者争いが絶えなかった。そこで王家の人間もベルモンテ一族の手を借り、邪魔な世継ぎ候補を潰していた時代があったらしい」
ベルモンテ家は長らく続く呪術師一族。王家とも密接な関係にある。だから侯爵という爵位を与えて優遇してきた。また、彼らを敵に回さないようにもしてきたのだろう。
「クラウディア様も呪術をかけることができるのですか」
「むしろ呪術師の能力の高さとしては彼女が宗主という立場だからな。可能性はある」
彼女のような人間が力を持つとは悪夢だ。
「どのようにして相手に呪術をかけるのでしょうか」
「これは呪術の書物に記載されていたが、相手の名前と血液や髪の毛、歯など体の一部となるものがあれば、呪術の儀式を行えるそうだ」
クラウディア嬢はユリアに対して必要以上の接触はなかった。ならば大丈夫だろうか。考え過ぎだったかな。
「しかし能力が高い人間は、相手が触れた物からでも術をかけることができると言う」
「触れたもの!?」
ユリアはクラウディア嬢のハンカチに触れた。そして彼女はユリアからそれを取り返していった。クラウディア嬢の能力が高いならば、それを使って呪術をかけることができるかもしれない?
「何かあるか?」
顔色を変えた私に殿下は尋ねてきた。
「ユリアはクラウディア様が落としたハンカチを一度手にしました。最初は捨てておいてとクラウディア様はおっしゃいましたが、ユリアとのやり取りの後、それを奪い返して去って行きました」
自信ありげなクラウディア嬢の声を思い出して、私はまた背筋が寒くなる。
「そうか。しかし、まだ彼女が術をかけられると決まったわけではない。誘いの文句を持って、また現れるだけのつもりかもしれない。仮にかけられたとしても、すぐに心身に影響が出るというわけでもない。君も心配だろうが、どうか明日まで耐えてくれ」
「……はい」
殿下はうつむく私の肩に大きな手をぽんと置くと、手の平から温もりが伝わってきた。
「心配するな。ユリア・ラドロは最強侍女なのだろう? 彼女なら大丈夫だ」
「殿下」
優しい声で落ち着かせてくださる殿下を仰ぎ見ようとした。――けれど。
「なに軽率な真似をされているのですか」
その場で膝から崩れ落ちた殿下を白けた様子で見下ろすことになる。
「……まったくだ」
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