上 下
87 / 315

第87話 怪我の功名

しおりを挟む
「昨日はユリアがお世話になり、ありがとうございました。ジェラルド様はご指導されるお立場なのに、ずっとユリアに付いてくださっていたとお聞きしました。ご迷惑をおかけしました」

 馬車の中で昨日の事を話してみる。
 昨日はユリアも疲れているだろうし、あまり詳細は聞かなかったから。それに私が口を開かなければ、馬車の中は沈黙のままですし。

「いいえ。昨日は殿下の護衛に当たることになっておりましたので、元々練習に参加する予定はありませんでした。ですから別の指導員がおりましたので、お気遣いなさらないでください」
「そうだったのですか。ありがとうございました」
「こちらこそありがとうございます。ユリアさんの体力は本当に凄いですね。試合での立ち振る舞いも無駄が一切なくて、素晴らしいものを見せていただきました」

 私は横のユリアを見ると、少し頭を下げたようだ。

「騎士たちも発破を掛けられました。普段ふらふらしながら走っている騎士がいますが、ユリアさんから周遅れしていると知るや、懸命に走っておりましたよ。騎士たちには良い刺激になりました」

 華奢な女性に負けているかと思うと、下手に激励で突っつくよりも、はるかにやる気を出させるかもしれない。

「ところで、ユリアさんはどなたから剣術を学んだのですか? 初めて見た型でしたので」

 ユリアは真顔のまま型? と首を傾げる。

「強いて言うならば……昔取った杵柄でしょうか」

 やっぱり元暗殺者!?
 私とジェラルドさんは顔を見合わせて、なるほどですねとそれぞれ苦笑いするとそれ以上突っ込まなかった。


 馬車が動きを止めたので、窓から覗くと学校に到着したことが分かった。

「到着したようですね。お先に失礼いたします」

 いつもまずジェラルドさんが先に馬車の扉を開けて地へと降り立ち、その後にユリアが降りる。本日もジェラルドさんに続いてユリアが降りようとした。
 しかし、どうやら足を踏み外したらしい。彼女の身が不意にがくりと傾く。

「ユリア!?」

 私は背後から慌てて手を伸ばすも間に合わず、馬車から崩れ落ちる――かと思われたが。

「大丈夫ですか、ユリアさん」

 事態に気付いたジェラルドさんがユリアをしっかりと抱きとめてくれた。

「――っ!」

 ユリアは思いもよらぬ自分の失態に、あるいはよりにもよってジェラルドさんに抱きとめられている事実に驚いて硬直してしまったのだろうか。何も言葉を発しないユリアに、彼は続いて心配そうに声をかける。

「ユリアさん? もしかしてお怪我しましたか?」
「……いえ。大丈夫です」

 我に返ったユリアはジェラルドさんの腕の中からそっと動き出そうとすると、彼はすぐにユリアを解放した。

「そうですか。お怪我が無いのなら良かったです」
「あり、がとうございました」

 ユリアがジェラルドさんに素直にお礼を言うだなんて!
 彼女の成長を喜びつつ、無事だったことにほっとすると同時に、文句の一つでも言ってやらなければ気が済まないという気持ちがわき上がってきた。

「もう! もう! ユリアったら! だから言ったじゃないの。体の調子が悪いなら無理をしないでって」

 馬車の中から怒っていると、ユリアはさすがにばつの悪そうな顔を見せた。

「体の調子が悪いわけではありません。ただ、今日は足が少々もつれてしまっただけです」
「それが調子が悪いって言うのよ。――ジェラルド様、馬車の上から失礼いたします。本当にありがとうございました」
「いいえ。ユリアさんがご無事で何よりです。それではロザンヌ様、学校に遅れてはいけませんので、お手をどうぞ」
「はい。ありがとうございます」

 私が手を伸ばしながらユリアを見ると、失態を見せたばかりで気まずいのか、手を差し伸べてこない。

「ユリア、あなたは手を貸してくれないの?」

 思わず言ってしまうと、ユリアは一瞬ためらったものの手を差し出してきた。

「ありがとう、ユリア」
「……はい」

 私は馬車から降りると彼女に笑顔でお礼を言った。
 あーあ。これを機に、ユリアに乗降の補助を退いてもらうこともできたのにな。でもまあ、これで良かったかな。

「あらためましてジェラルド様、ありがとうございました」
「いいえ。後のことは私にお任せください」
「はい。ユリアのこと、どうぞよろしくお願いいたします。――じゃあ、ね。ユリア、行って参ります」
「はい。行ってらっしゃいませ」

 最後の挨拶はいつものユリアに戻っていて一安心だ。

 私は頷くと学校に向かって歩き出す。当然、気になって肩越しにこっそりと振り返ってみると――。
 ジェラルドさんの手をお借りして乗車しているユリアの姿が見えた。

 これぞ怪我の功名ね! 幸いにも本当の怪我はしていないけれども。
 私は嬉しくて校舎の出入り口までスキップしそうだったけれど、その衝動を必死に押さえたのだった。
しおりを挟む
感想 262

あなたにおすすめの小説

旦那様は大変忙しいお方なのです

あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。 しかし、その当人が結婚式に現れません。 侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」 呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。 相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。 我慢の限界が――来ました。 そちらがその気ならこちらにも考えがあります。 さあ。腕が鳴りますよ! ※視点がころころ変わります。 ※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。

《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!

皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王太子妃は離婚したい

凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。 だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。 ※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。 綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。 これまで応援いただき、本当にありがとうございました。 レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。 https://www.regina-books.com/extra/login

殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね

さこの
恋愛
恋がしたい。 ウィルフレッド殿下が言った… それではどうぞ、美しい恋をしてください。 婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました! 話の視点が回毎に変わることがあります。 緩い設定です。二十話程です。 本編+番外編の別視点

突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。

橘ハルシ
恋愛
 ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!  リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。  怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。  しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。 全21話(本編20話+番外編1話)です。

お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!

水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。 シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。 緊張しながら迎えた謁見の日。 シエルから言われた。 「俺がお前を愛することはない」 ああ、そうですか。 結構です。 白い結婚大歓迎! 私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。 私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。

好みじゃないので悪しからず

浦 かすみ
恋愛
よくある、悪役令嬢の断罪…しかし興味ねーし?何かキャンキャン吠えてる女子がいるけど初対面だし? 辺境伯爵令嬢として生きてきて、デビュタントの当日自分が転生者だと思い出して、ぶっ倒れてから三日間…考えに考えた結果、この田舎(辺境)で骨を埋めよう!都会には行かない! なのに何だよ〜?王子殿下の美しさを認めるまで離れない!?いやいや好みじゃないし?私、マッチョと怖い顔は苦手なんだ! 【不定期更新です】

処理中です...