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第84話 意地っ張りなんだから

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 ジェラルドさんは、出入り口に立っていた殿下と私にすぐ気付くと礼を取る。

「殿下にロザンヌ様、こちらにお越しになっておられましたか」
「ああ。見ていたが、騎士たちの統制の取り方はさすがの手腕だな」
「血の気が多い人間ばかりでお恥ずかしい限りです」

 恐縮するジェラルドさんに私はお礼を述べる。

「ジェラルド様。ユリアに配慮していただき、ありがとうございました」
「ロザンヌ様、申し訳ありません。私がもう少し早くユリアさんをお止めすれば良かったのですが、普段鍛えている騎士たちが立ち上がれなくなるくらいの練習量を軽々とこなしてしまいましたので」

 軽々とこなしているのを見れば、私だってきっと止めないと思う……。

「いいえ。そもそもユリアが大丈夫だと言って譲らなかったのでしょう。ご迷惑をおかけいたしました」
「とんでもないことです。ユリアさんのおかげで、騎士たちの士気が上がったように思います」

 ジェラルドさんはいつもと変わらぬ気遣いを見せてくれた。

「そ、そうですか。それならば良かったのですが」

 顔色は変わらないけれど、満身創痍であろうユリアに向き直る。

「ユリア、体は大丈夫?」
「はい。ロザンヌ様はどうしてここに」
「あなたが心配で寄ったのよ。本当に大丈夫?」
「はい。部屋に帰るまでの余力は残っています」

 帰りまでの余力しか残っていないということではないか。危ないところだった。

「でも途中で倒れたりしない?」
「いたしません」
「あなた、簡単に言うけれどね。余裕がないのは、わたくしには分かっているのですからね」

 私は両手を腰に当ててユリアをたしなめていると、殿下とジェラルドさんが相談をしている姿が横目に入る。何かなと思っていたら、ジェラルドさんはこちらに振り返った。

「……あの。よろしければお部屋にお戻りになるまで、手をお貸しいたしましょうか」

 ジェラルドさんが殿下の了解を得たのだろう。遠慮がちにユリアの付き添いの提案してくださる。

「まあ! ありがとう存じます。ユリア、ジェラルド様に手をお貸しいただきましょう」
「いいえ」

 ……でしょうね。知ってた。知っていたけれども。

「本当にジェラルド様の手をお借りしなくていいの?」
「はい」
「お借りしないのね?」
「はい」
「絶対?」
「はい」

 もう。意地っ張りなんだから!

「ジェラルド様のご厚意、本当に感謝いたします。ですが、ユリアは頑なに一人で歩けると言い張っておりますので、申し訳ございません。いざとなったら、わたくしがおんぶいたします」
「え?」
「ユリアくらいなら……」

 大丈夫ですよと言いかけたけれど、再確認するご様子のジェラルドさんに、はっとする。もしや世間のご令嬢様は人をおんぶなどしないのだろうか。
 私は慌てて誤魔化し笑いをする。

「い、いえ。肩を貸すくらいできますので」
「そうですか」
「――それならば」

 私たちのやり取りを黙って聞いていた殿下が口を開いた。

「私たちが少し先に歩くから、君たちはその後をついてくればいい。ジェラルドは時々、彼女を気にしてやってくれ」
「はい。承知いたしました」
「殿下、ありがとうございます」
「……ありがとうございます」

 ユリアよ。別にいいのにという顔をするのはおやめなさい。まあ、多分、他の人には分からないかもしれないけれども。それでも礼を言ったのは良しとしましょう。

「では先に着替えだけ済ませましょう」

 更衣室は鍛錬所のすぐ横に設置されているらしい。
 ジェラルドさんとユリアの着替えをどちらが先にするか譲り合いが始まり、面倒になった殿下が話が進まないから君が先に行けとジェラルドさんを促した。

 殿下の命とあってジェラルドさんがお先に失礼いたしますと一足先に着替え、その後ユリアが更衣室に入って着替え終えると、綺麗にたたまれた練習着を手に持って出てきた。

「ありがとうございます。こちらは洗ってお返しします」
「あ、いいえ。合わないサイズしかなくて申し訳ございませんでした。練習着は余分がありますので、お返しいただかなくても大丈夫です」

 さすがに女性用の練習着はなかったのだろう。ジェラルドさんは申し訳なさそうに謝った。

 合わないサイズでよく着崩れしなかったこと。それだけユリアがしっかり着込んだのか、ほとんど体幹が乱れることなくメニューをこなしたのか。

「では、サイズ合わせしてよろしいのですか」
「え?」
「また参加させていただきたいので」
「え、ええ」

 ジェラルドさんは笑顔ながらも戸惑いの表情を隠せないようだ。
 そうでしょうね……。分かります、そのお気持ち。

「いけませんか?」

 ユリアは自分の感情を外に出すのが無器用だけれども、人の気持ちには敏感だ。ジェラルドさんの表情から何かを読み取ったのだろう。彼に尋ねた。

「いえ。大丈夫です。また私にお声がけください」
「ありがとうございます」

 余程嬉しかったのだろうか。ユリアは了解を得て、ほんの少しだけ微笑んだ。
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