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第79話 歴史の重さを手の平に
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殿下はああそうかと、ふと何か思いついたようだ。不敵に笑った。
何でしょうか、その笑顔は。嫌な予感しかいたしませんが。
「殿下?」
「君がお望みの歴史書はこちらだ」
そう言って歩き出すので付いて行くと、部屋の一番奥の本棚の前に来たところで足を止めた。
「ここにあるのですか」
「ああ。少し待ってくれ」
殿下はなぜか本棚に手をかけて色々な所を触ったり、本を入れ替えたりしている。
何をしているのだろうとぼんやり眺めていると、不意に本棚が手前に開いた。壁かと思われた先には扉が見える。
「か、隠し部屋ですか!?」
「その通りだ」
振り返った殿下は少し得意げに笑う。
何だか王家の秘密に迫っているような気分でわくわくする。……あ。実際迫っているんだっけ。
「ロザンヌ嬢、動かし方を見ていただろう。順番を覚えたか?」
「え?」
殿下の言葉で、わくわくした気持ちから焦りに変わる。
もしかして、隠し部屋への鍵となる動かし方を覚えなければならなかったの!?
「い、いえ。申し訳ありません」
「そうか。それでこそロザンヌ嬢だ。私が見込んだだけのことはある」
何それ。馬鹿は織り込み済みだってこと!? 失礼ですね!
ぷんぷん一人怒っていても、殿下はお構いなしに持っていたらしい扉の鍵を回して開放した。
光を灯すと室内の様相が見て取れる。決して広くはない個室だが、本棚にぎっしりと書物が収まっており、かなりの数があるようだ。
「歴史書はあの辺りになる。好きなだけ読むといい」
殿下が指し示す方向を追って歩き、私は一つの書架の前で足を止めた。
なるほど。王家の紋章が描かれた同じような背表紙の書物がずらりと並んでいる。これが歴史書だろう。たくさんありすぎてどれを選べば良いのか分からないけれど、とりあえず開いてみなければ分からないと思い、目に付いた一冊の本を取り出した。
他は深い緑色の背表紙なのに、それだけは他の色と違って赤味を帯びた茶色の書物だったからだ。
手に取るとずしりとかかる重みとほのかな匂いを感じる。同時にこれは歴史の重みと香りかもしれないなどとちょっとだけ感慨深く思ってみたりする。
表紙は背表紙と同じく王家の紋章が中央に描かれており、紋章を守るかのごとく周りをツタのような植物で取り囲まれている。
タイトルは……。タイトルはおそらくフォンテーヌ王国の歴史書とでも書かれているのだろう。どうしてこういう本はタイトルを飾り文字にするのだろうか、読みづらいったら。
心の中で文句を付けつつも私は緊張でこくんと息を呑み、呼吸を整えると歴史の一ページを開いた。
「――っ!? こ、これは!?」
目に飛び込んで来た文字列に私は目を見張った。
「どうだ? 何か分かったか?」
すぐ側までやって来た殿下は、面白そうにこちらを見下ろしている。
私は殿下をキッと睨み付けた。
「殿下、これはどういうことです。読めないではありませんか! 歴史書だなんて嘘ばかり。一体どこの国の本なのです」
いくら私が勉強嫌いで並みの頭脳だとしても、本を読むことくらいはできる。でもこれは習ったことなどない完全に異国の文字だ。
「嘘ばかりとは酷い言いがかりだな。これはれっきとしたこの国の歴史書だ。ルイス王の時代の頃のものとなる」
ルイス王? えーっと今、陛下は何世代目でいらっしゃったかしら。
咄嗟に計算ができないのでそれは横に置き、殿下に抗議をする。
「だってこんな文字、これまで一度たりとも見たことはございませんよ」
……あ。ここは門外不出の書物だらけなんだっけ。もし万が一露見した時のために、誰にも読めないようにどこかの国の人間に書かせたということ?
私が尋ねると、殿下はなるほどそういう考え方もあるかと笑った。
「残念ながら君の推測は外れだ。この文字は、約四百年前には実際使われていたものだから。今ではすっかり廃れてしまったが」
「四百年前……。ま、まさかこの歴史書は四百年前の物なのですか!?」
私はまじまじと本を見下ろした。
もちろん真新しいとは言えないけれども、数百年も経っているとは思えないほど形がしっかりとしている。文字は読めないが滲んだりもしていない。
「ああ。これまでの管理と当時の品質が良くてここまで持ってくれているようだ。紙だと持たなかっただろうが、これは羊皮紙だしな」
「そうなのですか。凄いですね」
いや。凄いですね、と感心している場合ではない。
「それはともかく殿下。読めもしない歴史書を好きなだけ読むといいとはどういう了見です」
むっと睨み上げるも、殿下は逆にくっと笑った。
「少々言葉が足りなかったかな。読めるものなら好きなだけ読むといいと言いたかったんだ」
「まあ! 何と意地悪なお方でしょう!」
道理で私にすんなり場所を示したわけだわね。本当に悪い人である。それにしても、歴史的な価値をも考えると本をより重く感じてきたので本棚に戻すことにしよう。
そう思ってぱたりと閉じ、あらためて表紙を見る。
さっきタイトルが読めなかったのは、飾り文字以上に、遙か昔に途絶えてしまった文字だったからなのかと。
「悪い悪い」
殿下は小さく笑うと、その本を私から軽々と取り上げて表紙に目をやった。
「君に読めるとは思わなかったが、もし読めたらいいなとは思っていた」
「どういう意味です?」
不思議な言い回しに私は首を傾げると、殿下は苦い笑みを浮かべた。
「この文字は廃れたと言っただろう? 私たち王族の中にも、もう読める者はいないんだ」
「――えっ!?」
何でしょうか、その笑顔は。嫌な予感しかいたしませんが。
「殿下?」
「君がお望みの歴史書はこちらだ」
そう言って歩き出すので付いて行くと、部屋の一番奥の本棚の前に来たところで足を止めた。
「ここにあるのですか」
「ああ。少し待ってくれ」
殿下はなぜか本棚に手をかけて色々な所を触ったり、本を入れ替えたりしている。
何をしているのだろうとぼんやり眺めていると、不意に本棚が手前に開いた。壁かと思われた先には扉が見える。
「か、隠し部屋ですか!?」
「その通りだ」
振り返った殿下は少し得意げに笑う。
何だか王家の秘密に迫っているような気分でわくわくする。……あ。実際迫っているんだっけ。
「ロザンヌ嬢、動かし方を見ていただろう。順番を覚えたか?」
「え?」
殿下の言葉で、わくわくした気持ちから焦りに変わる。
もしかして、隠し部屋への鍵となる動かし方を覚えなければならなかったの!?
「い、いえ。申し訳ありません」
「そうか。それでこそロザンヌ嬢だ。私が見込んだだけのことはある」
何それ。馬鹿は織り込み済みだってこと!? 失礼ですね!
ぷんぷん一人怒っていても、殿下はお構いなしに持っていたらしい扉の鍵を回して開放した。
光を灯すと室内の様相が見て取れる。決して広くはない個室だが、本棚にぎっしりと書物が収まっており、かなりの数があるようだ。
「歴史書はあの辺りになる。好きなだけ読むといい」
殿下が指し示す方向を追って歩き、私は一つの書架の前で足を止めた。
なるほど。王家の紋章が描かれた同じような背表紙の書物がずらりと並んでいる。これが歴史書だろう。たくさんありすぎてどれを選べば良いのか分からないけれど、とりあえず開いてみなければ分からないと思い、目に付いた一冊の本を取り出した。
他は深い緑色の背表紙なのに、それだけは他の色と違って赤味を帯びた茶色の書物だったからだ。
手に取るとずしりとかかる重みとほのかな匂いを感じる。同時にこれは歴史の重みと香りかもしれないなどとちょっとだけ感慨深く思ってみたりする。
表紙は背表紙と同じく王家の紋章が中央に描かれており、紋章を守るかのごとく周りをツタのような植物で取り囲まれている。
タイトルは……。タイトルはおそらくフォンテーヌ王国の歴史書とでも書かれているのだろう。どうしてこういう本はタイトルを飾り文字にするのだろうか、読みづらいったら。
心の中で文句を付けつつも私は緊張でこくんと息を呑み、呼吸を整えると歴史の一ページを開いた。
「――っ!? こ、これは!?」
目に飛び込んで来た文字列に私は目を見張った。
「どうだ? 何か分かったか?」
すぐ側までやって来た殿下は、面白そうにこちらを見下ろしている。
私は殿下をキッと睨み付けた。
「殿下、これはどういうことです。読めないではありませんか! 歴史書だなんて嘘ばかり。一体どこの国の本なのです」
いくら私が勉強嫌いで並みの頭脳だとしても、本を読むことくらいはできる。でもこれは習ったことなどない完全に異国の文字だ。
「嘘ばかりとは酷い言いがかりだな。これはれっきとしたこの国の歴史書だ。ルイス王の時代の頃のものとなる」
ルイス王? えーっと今、陛下は何世代目でいらっしゃったかしら。
咄嗟に計算ができないのでそれは横に置き、殿下に抗議をする。
「だってこんな文字、これまで一度たりとも見たことはございませんよ」
……あ。ここは門外不出の書物だらけなんだっけ。もし万が一露見した時のために、誰にも読めないようにどこかの国の人間に書かせたということ?
私が尋ねると、殿下はなるほどそういう考え方もあるかと笑った。
「残念ながら君の推測は外れだ。この文字は、約四百年前には実際使われていたものだから。今ではすっかり廃れてしまったが」
「四百年前……。ま、まさかこの歴史書は四百年前の物なのですか!?」
私はまじまじと本を見下ろした。
もちろん真新しいとは言えないけれども、数百年も経っているとは思えないほど形がしっかりとしている。文字は読めないが滲んだりもしていない。
「ああ。これまでの管理と当時の品質が良くてここまで持ってくれているようだ。紙だと持たなかっただろうが、これは羊皮紙だしな」
「そうなのですか。凄いですね」
いや。凄いですね、と感心している場合ではない。
「それはともかく殿下。読めもしない歴史書を好きなだけ読むといいとはどういう了見です」
むっと睨み上げるも、殿下は逆にくっと笑った。
「少々言葉が足りなかったかな。読めるものなら好きなだけ読むといいと言いたかったんだ」
「まあ! 何と意地悪なお方でしょう!」
道理で私にすんなり場所を示したわけだわね。本当に悪い人である。それにしても、歴史的な価値をも考えると本をより重く感じてきたので本棚に戻すことにしよう。
そう思ってぱたりと閉じ、あらためて表紙を見る。
さっきタイトルが読めなかったのは、飾り文字以上に、遙か昔に途絶えてしまった文字だったからなのかと。
「悪い悪い」
殿下は小さく笑うと、その本を私から軽々と取り上げて表紙に目をやった。
「君に読めるとは思わなかったが、もし読めたらいいなとは思っていた」
「どういう意味です?」
不思議な言い回しに私は首を傾げると、殿下は苦い笑みを浮かべた。
「この文字は廃れたと言っただろう? 私たち王族の中にも、もう読める者はいないんだ」
「――えっ!?」
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