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第74話 冷たき瞳の美女
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私は噴水と殿下を交互に見る。
「……噴水のどの辺りでしょうか」
嫌そうな私の表情から察したのだろう、殿下はにっと笑った。
「助かったな。へりの部分だ」
ええ、ええ。水の中に入れと言われたらどうしようかと思いましたよ。いくら暖かな気候でも、噴水の中に入れば人から奇異の目で見られるところだったから。でもよくよく考えたら、殿下がわざわざ噴水の中に入って影に取り憑かれに行く必要もないので、影がいたとしても無視していただろうと後で思いついた。ちっ。
「では、参ります。場所の指示をお願いいたします」
噴水へと近付き、振り返りながら逐一殿下の指示に従う。
「ここでしょうか」
「ああ。そこだ。そこに掛けている」
そこに掛けている!? へりに座っているということ?
具体的に言葉にされるとちょっとゾッとする。見えないからと言って、影に接触していないわけではないのだと思わされるからだ。
見えるなら接触を避けられるけれど、怖い姿だったらやはり見えない方が幸せかも。
さてと。ともかく、へりを掃除しているフリをしましょうか。
場所が確定したところで私は身を屈ませ、雑巾を当てた。
猫パンチ猫パンチ。
殿下に実態を言い渡されてから、熾烈な戦いをするネロが想像できなくなってしまった。
まあ、猫パンチも可愛いからいいかな。
心を慰めていると、かつかつと足音を立てて誰かが歩いてくる気配に気付いた。
顔を上げようとした瞬間。
「あなた! 何をやっているの!」
「――きゃっ!?」
憤りを含んだ冷たい言葉と共にいきなり肩をドンッと強く押されて、尻餅をついてしまった。
突然のことにびっくりして見上げると、そこに立っていたのは美しく着飾った綺麗な女性だった。けれどその目は青い瞳と同じく刺す様な冷たさだ。
一体何!? 何で睨まれているの?
茫然としていた私だったけれど、殿下が異変に気付いてこちらへ駆け寄ってきた。
「どうした!? 何があった? ――っ。君は」
「あ、あら。殿下、いらしたのですか。ごきげんよう」
殿下の登場に、彼女は鋭く私を見下ろしていた視線を瞬時に和らげると、甘い声に変えてお上品に礼を取った。
「君はロ……この侍女にいきなり何をする?」
「あら、殿下。酷いですわ」
彼女は目を半ば伏せ目がちにして悲しそうに笑みを浮かべる。
訳も分からずいきなり人を転ばせておいて、どういう態度だ。
「この侍女がわたくしに何の無礼を働いたかではなく、まず、わたくしがこの侍女に何かをしたとお尋ねになるのでしょうか?」
どうやら彼女はかなりの上級貴族らしい。しかも自分より下の人間は見下してもいいと考えている人物と私は推測する。
女の私から見る第一印象としては、決してたおやかで穏やかなお嬢様ではない。しかし男性は色気のある声の艶やかな美人を前に、ころっと騙されるかもしれない。
「そうだな。失礼した。私の発言は客観性に欠けていた」
内心どう考えておられるか分からないけれど、側で見ていなかった殿下としてはその答えしかないのだろう。
「……君、大丈夫か」
殿下は私に視線を落とすと、身を屈めて手を差し伸べてくれた。
「は、はい。ありがとうございます」
身を起こし、思わずそのまま殿下の手を取ろうとしたが。
「まあ。侍女にもお手を差し伸べられるだなんて、殿下はお優しい方でいらっしゃいますね」
殿下を敬う言葉以上に私への警告なのだろう。侍女ごときが殿下のお手を借りるなどおこがましい、という。
しかし言われて、はっとした。そもそもネロが憑いている私は殿下の手を取れるはずもない。慌てて手を引っ込めた。
「し、失礼いたしました」
私は地面に手をついて立ち上がり、素早く砂を払い落とすとスカートを広げて礼を取った。
「……いや。怪我は無いか」
「は、はい。お気遣いありがとうございます」
「怪我が無いならばいい。――ところで何があった?」
殿下は顔を伏せている私にではなく、彼女に尋ねる。すると彼女は妖艶にふふと笑った。
「それは……この者の前では話せないことですわ。お分かりになられるでしょう? わたくしたちだけの秘密ですもの」
わたくしたちだけの秘密? 美女が言うとかなり意味深だ。
「そうか。――君」
「は、はい!」
殿下は私に向かって声をかけたので、顔を上げた。
「君はもう行っていい」
「は、はい。では失礼いたします」
どこに行けばいいのか分からないけれど、とりあえず私はこの場から去れということらしい。私は二人に礼を取ると失礼いたしましたとその場を後にした。
「……噴水のどの辺りでしょうか」
嫌そうな私の表情から察したのだろう、殿下はにっと笑った。
「助かったな。へりの部分だ」
ええ、ええ。水の中に入れと言われたらどうしようかと思いましたよ。いくら暖かな気候でも、噴水の中に入れば人から奇異の目で見られるところだったから。でもよくよく考えたら、殿下がわざわざ噴水の中に入って影に取り憑かれに行く必要もないので、影がいたとしても無視していただろうと後で思いついた。ちっ。
「では、参ります。場所の指示をお願いいたします」
噴水へと近付き、振り返りながら逐一殿下の指示に従う。
「ここでしょうか」
「ああ。そこだ。そこに掛けている」
そこに掛けている!? へりに座っているということ?
具体的に言葉にされるとちょっとゾッとする。見えないからと言って、影に接触していないわけではないのだと思わされるからだ。
見えるなら接触を避けられるけれど、怖い姿だったらやはり見えない方が幸せかも。
さてと。ともかく、へりを掃除しているフリをしましょうか。
場所が確定したところで私は身を屈ませ、雑巾を当てた。
猫パンチ猫パンチ。
殿下に実態を言い渡されてから、熾烈な戦いをするネロが想像できなくなってしまった。
まあ、猫パンチも可愛いからいいかな。
心を慰めていると、かつかつと足音を立てて誰かが歩いてくる気配に気付いた。
顔を上げようとした瞬間。
「あなた! 何をやっているの!」
「――きゃっ!?」
憤りを含んだ冷たい言葉と共にいきなり肩をドンッと強く押されて、尻餅をついてしまった。
突然のことにびっくりして見上げると、そこに立っていたのは美しく着飾った綺麗な女性だった。けれどその目は青い瞳と同じく刺す様な冷たさだ。
一体何!? 何で睨まれているの?
茫然としていた私だったけれど、殿下が異変に気付いてこちらへ駆け寄ってきた。
「どうした!? 何があった? ――っ。君は」
「あ、あら。殿下、いらしたのですか。ごきげんよう」
殿下の登場に、彼女は鋭く私を見下ろしていた視線を瞬時に和らげると、甘い声に変えてお上品に礼を取った。
「君はロ……この侍女にいきなり何をする?」
「あら、殿下。酷いですわ」
彼女は目を半ば伏せ目がちにして悲しそうに笑みを浮かべる。
訳も分からずいきなり人を転ばせておいて、どういう態度だ。
「この侍女がわたくしに何の無礼を働いたかではなく、まず、わたくしがこの侍女に何かをしたとお尋ねになるのでしょうか?」
どうやら彼女はかなりの上級貴族らしい。しかも自分より下の人間は見下してもいいと考えている人物と私は推測する。
女の私から見る第一印象としては、決してたおやかで穏やかなお嬢様ではない。しかし男性は色気のある声の艶やかな美人を前に、ころっと騙されるかもしれない。
「そうだな。失礼した。私の発言は客観性に欠けていた」
内心どう考えておられるか分からないけれど、側で見ていなかった殿下としてはその答えしかないのだろう。
「……君、大丈夫か」
殿下は私に視線を落とすと、身を屈めて手を差し伸べてくれた。
「は、はい。ありがとうございます」
身を起こし、思わずそのまま殿下の手を取ろうとしたが。
「まあ。侍女にもお手を差し伸べられるだなんて、殿下はお優しい方でいらっしゃいますね」
殿下を敬う言葉以上に私への警告なのだろう。侍女ごときが殿下のお手を借りるなどおこがましい、という。
しかし言われて、はっとした。そもそもネロが憑いている私は殿下の手を取れるはずもない。慌てて手を引っ込めた。
「し、失礼いたしました」
私は地面に手をついて立ち上がり、素早く砂を払い落とすとスカートを広げて礼を取った。
「……いや。怪我は無いか」
「は、はい。お気遣いありがとうございます」
「怪我が無いならばいい。――ところで何があった?」
殿下は顔を伏せている私にではなく、彼女に尋ねる。すると彼女は妖艶にふふと笑った。
「それは……この者の前では話せないことですわ。お分かりになられるでしょう? わたくしたちだけの秘密ですもの」
わたくしたちだけの秘密? 美女が言うとかなり意味深だ。
「そうか。――君」
「は、はい!」
殿下は私に向かって声をかけたので、顔を上げた。
「君はもう行っていい」
「は、はい。では失礼いたします」
どこに行けばいいのか分からないけれど、とりあえず私はこの場から去れということらしい。私は二人に礼を取ると失礼いたしましたとその場を後にした。
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