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第40話 ジェラルド・コンスタントの極秘任務(二)
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「謝罪も伝えましたことですし、これで心置きなく夜眠ることができます。それでは失礼いたします」
ユリアさんは一瞬の隙を狙ってロザンヌ様の腕からするりと抜け出すと、一応礼は取っていただき、そのまま扉を出て行った。
「ユリアーッ!」
もう既に消えた彼女の姿を追うようにロザンヌ様は手を伸ばすが、そこには虚空があるのみだ。
「ロザンヌ様」
「は、はい!」
私が呼びかけると、飛び跳ねるようにロザンヌ様は振り返った。
「学校へ向かわれる前でお忙しい中、ご挨拶にお時間を取っていただき、誠にありがとうございました」
「い、いえ。かえってお気を悪くされたのでは」
心配そうにお尋ねになるので、笑みを浮かべる。いや、お人柄のせいなのか、ロザンヌ様を前にすると自然と零れてしまう。
「いいえ。とんでもありません。お気持ちは受け取らせていただきました」
「そ、そうですか。でしたら良かったのですけれども」
お気遣いされるロザンヌ様のことだ。言葉ほど良かったとは思われていないのだろう。そこにつけ込むようなやり方が心苦しいが、少し探りを入れさせていただこう。
「ロザンヌ様はとてもユリアさんをお慕いになっているのですね。彼女はロザンヌ様の侍女にいつから就かれているのですか」
「ええっと。わたくしが六歳の頃ですからもう十年かしら」
唇に指を当て、視線を少し上げてロザンヌ様はお答えになる。
「そうですか。十年。それは長いお付き合いですね。お二人の仲が良ろしいわけです」
「ええ! 姉のように思っております。ジェラルド様は殿下に就かれて何年ですか?」
会話の切り返しも実に滑らかだ。
「私は五年になります」
「そうですか。わたくしの方が長いですわね」
冗談っぽく胸を張って笑うロザンヌ様に私も笑みを返した。
「ロザンヌ様とユリアさんは同郷なのですよね。ご縁のある方なのですか?」
「え?」
さすがにいきなり踏み込みすぎたか。ロザンヌ様は戸惑われる。
私はすかさず苦笑してみせた。
「余計な事をお尋ねして申し訳ございません。どうにも、私はユリアさんからあまり良く思われていないようですが、今後はロザンヌ様をお守りするという同じ立場の身となりますので、互いに協力し合うためにも彼女のことを少しでも理解できればと思ったのです」
それは本当のことだ。昨日の殿下はユリアさんの何かを見て、厳しい顔をされていた。そしてその後、彼女のことを探るよう私に命じられた。
殿下の御身をお守りする本職とは違う初めてのご命令だ。いや、あるいは彼女に不穏さを感じ取られて、ご自分を守るための広い意味でのご命令だったのかもしれない。
ロザンヌ様はそんな私の黒い思惑などお気付きにもならないで、嬉しそうにありがとうございますと顔を明るくされた。
「ユリアは同郷ではありません。彼女はここ、王都出身なのです」
「そうなのですか。意外ですね――失礼いたしました」
「いいえ。いいのです」
彼女はころころと軽やかに笑う。
「田舎町のウチに王都出身者がやって来るのは珍しく思われますものね。正確には彼女は王都に身を置いていたストリートチルドレンでした」
「……と申しますと、住まいを持たない」
思いも寄らなかったお話に言葉を選ぼうとするが、上手くいかない。しかし当のロザンヌ様はあっけらかんとした様子で続けた。
「ええ。その通りです。詐欺や盗み、非合法な取引などで生計を立てている路上生活者のことです。十年前、王都に参りました時に、父が財布を盗まれそうになりまして、わたくしが捕まえましたの」
ためらうどころか、あまりにも胸を張って自慢げにおっしゃるので、呆気に取られて不覚にも言葉を失ってしまう。
そんな私の様子をご覧になってロザンヌ様は、はっと顔色を変えられた。
「こ、こんな事を言ってしまっては、ユリアは罰せられるかしら!? 幼き者が生き伸びるために唯一できた手段とは言え、犯罪は犯罪ですものね。ですが十年も前のお話ですし、とっ捕まえた彼女を引きずり帰って侍女に仕立てあげた以降は一切犯罪に手を染めておりません。今はとっても良い子です。わたくしが保証いたします!」
とっ捕まえたとか、引きずり帰ってだとか、拳を作って主張とか、ロザンヌ様らしからぬご言動に私は少し笑った。よほど必死なのだろう。
「そうですね。殿下にはご報告申し上げないといけませんが、罰せられることはないでしょう。そもそも十年も前の事となりますと、証拠も何もありませんから」
「そ、そうですか。良かった」
ユリアさんを侍女にしてる自分のお立場など頭の片隅にもおありではなく、ユリアさんを思いやって胸を撫で下ろされるロザンヌ様が何とも印象的だった。
ユリアさんは一瞬の隙を狙ってロザンヌ様の腕からするりと抜け出すと、一応礼は取っていただき、そのまま扉を出て行った。
「ユリアーッ!」
もう既に消えた彼女の姿を追うようにロザンヌ様は手を伸ばすが、そこには虚空があるのみだ。
「ロザンヌ様」
「は、はい!」
私が呼びかけると、飛び跳ねるようにロザンヌ様は振り返った。
「学校へ向かわれる前でお忙しい中、ご挨拶にお時間を取っていただき、誠にありがとうございました」
「い、いえ。かえってお気を悪くされたのでは」
心配そうにお尋ねになるので、笑みを浮かべる。いや、お人柄のせいなのか、ロザンヌ様を前にすると自然と零れてしまう。
「いいえ。とんでもありません。お気持ちは受け取らせていただきました」
「そ、そうですか。でしたら良かったのですけれども」
お気遣いされるロザンヌ様のことだ。言葉ほど良かったとは思われていないのだろう。そこにつけ込むようなやり方が心苦しいが、少し探りを入れさせていただこう。
「ロザンヌ様はとてもユリアさんをお慕いになっているのですね。彼女はロザンヌ様の侍女にいつから就かれているのですか」
「ええっと。わたくしが六歳の頃ですからもう十年かしら」
唇に指を当て、視線を少し上げてロザンヌ様はお答えになる。
「そうですか。十年。それは長いお付き合いですね。お二人の仲が良ろしいわけです」
「ええ! 姉のように思っております。ジェラルド様は殿下に就かれて何年ですか?」
会話の切り返しも実に滑らかだ。
「私は五年になります」
「そうですか。わたくしの方が長いですわね」
冗談っぽく胸を張って笑うロザンヌ様に私も笑みを返した。
「ロザンヌ様とユリアさんは同郷なのですよね。ご縁のある方なのですか?」
「え?」
さすがにいきなり踏み込みすぎたか。ロザンヌ様は戸惑われる。
私はすかさず苦笑してみせた。
「余計な事をお尋ねして申し訳ございません。どうにも、私はユリアさんからあまり良く思われていないようですが、今後はロザンヌ様をお守りするという同じ立場の身となりますので、互いに協力し合うためにも彼女のことを少しでも理解できればと思ったのです」
それは本当のことだ。昨日の殿下はユリアさんの何かを見て、厳しい顔をされていた。そしてその後、彼女のことを探るよう私に命じられた。
殿下の御身をお守りする本職とは違う初めてのご命令だ。いや、あるいは彼女に不穏さを感じ取られて、ご自分を守るための広い意味でのご命令だったのかもしれない。
ロザンヌ様はそんな私の黒い思惑などお気付きにもならないで、嬉しそうにありがとうございますと顔を明るくされた。
「ユリアは同郷ではありません。彼女はここ、王都出身なのです」
「そうなのですか。意外ですね――失礼いたしました」
「いいえ。いいのです」
彼女はころころと軽やかに笑う。
「田舎町のウチに王都出身者がやって来るのは珍しく思われますものね。正確には彼女は王都に身を置いていたストリートチルドレンでした」
「……と申しますと、住まいを持たない」
思いも寄らなかったお話に言葉を選ぼうとするが、上手くいかない。しかし当のロザンヌ様はあっけらかんとした様子で続けた。
「ええ。その通りです。詐欺や盗み、非合法な取引などで生計を立てている路上生活者のことです。十年前、王都に参りました時に、父が財布を盗まれそうになりまして、わたくしが捕まえましたの」
ためらうどころか、あまりにも胸を張って自慢げにおっしゃるので、呆気に取られて不覚にも言葉を失ってしまう。
そんな私の様子をご覧になってロザンヌ様は、はっと顔色を変えられた。
「こ、こんな事を言ってしまっては、ユリアは罰せられるかしら!? 幼き者が生き伸びるために唯一できた手段とは言え、犯罪は犯罪ですものね。ですが十年も前のお話ですし、とっ捕まえた彼女を引きずり帰って侍女に仕立てあげた以降は一切犯罪に手を染めておりません。今はとっても良い子です。わたくしが保証いたします!」
とっ捕まえたとか、引きずり帰ってだとか、拳を作って主張とか、ロザンヌ様らしからぬご言動に私は少し笑った。よほど必死なのだろう。
「そうですね。殿下にはご報告申し上げないといけませんが、罰せられることはないでしょう。そもそも十年も前の事となりますと、証拠も何もありませんから」
「そ、そうですか。良かった」
ユリアさんを侍女にしてる自分のお立場など頭の片隅にもおありではなく、ユリアさんを思いやって胸を撫で下ろされるロザンヌ様が何とも印象的だった。
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