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第36話 世間の評価を再認識
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「官長! 不審な女が!」
若い護衛官――ジェラルドさんだって若いけれども――は視線をジェラルドさんに流すためか、私の手首を強く捕まえて叫んだ。
「何をしている。そのお方は部屋の主、ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様だ。すぐに手を離せ!」
「……えっ!?」
心底驚いた様子でこちらを見たので、だから言ったでしょうと瞳で主張しながら静かに見返すと彼は青ざめ、慌てて失礼いたしましたと取り落とすように手を離す。
「ロザンヌ様、部下の指導が不行き届きで大変失礼いたしました。お怪我は。腕は大丈夫でしょうか」
急ぎ駆け寄ってきたジェラルドさんの言葉に腕を上げて見てみると、手首がほんの少しだけ赤くなっていたけれど、腫れなどはない。そう言えば、最後一瞬強く掴まれたけれど、それまでは痛くはなかった。一応、手加減はしてくれていたみたいだ。
「ええ。大丈夫で――」
「失礼いたします」
私が返事する前にジェラルドさんは私の手を取った。
「……少し赤くなっていますね。痛みはございますか」
「いいえ。大丈夫です。痛みはありません」
「そうですか。ですが、のちに腫れてくるかもしれません。この後、念のために手当をしていただいた方がよろしいでしょう」
ジェラルドさんは確認しながらハンカチを取り出し、私の手首に手際よく巻いた。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を述べると、ジェラルドさんも少し笑みを見せる。しかし彼はその笑みを一瞬の内に落とすと、青くなったアレオン護衛官を見た。
「第二部隊カルロ・アレオン護衛官」
「は、はい!」
名を呼ばれて彼はびしりと音が出そうなほど背筋を正した。
「ロザンヌ様のご容姿の詳細は伝え聞いているはずだ。なぜこんな真似を?」
「も、申し訳ございません! た、確かにお聞きしていた特徴は一緒でしたが。そ、その子爵ご令嬢様だと伺っておりましたもので」
うん。わたくし、この度めでたくご令嬢認識されていないことが決定と相成りました。
「ロザンヌ様はご本人だとおっしゃられなかったのか」
「い、いえ。おっしゃいましたが、でもその。侍女服を着ておりましたし、その、エルベルト殿下がお選びになった、ご、ご令嬢とは到底思わず」
今度は彼の声がどんどん小さくなって、しどろもどろになる。
「アレオン護衛官、君は――」
もういい、止めてちょうだい。これ以上の追求は私のなけなしのプライドが完全崩壊いたします!
ジェラルドさんがさらに厳しい声で咎めそうになったけれど、私はそれを止める。
「ジェラルド様、良いのです。侍女服に身を包んでいたとはいえ、わたくしが貴族としての華やかさに欠けていたのが悪いのです」
「そのようなことは決してありません。まして、か弱きご令嬢に手をかけるなど。この者は厳しく処します」
ジェラルドさんが本気でおっしゃってくださっているのは分かっています。分かっていますが、世間の評価とはその程度なのだということも認識しております。あらためて認識させられました……。
「いいえ、いいえ。そんなことはなさらないでくださいませ。この方はただ、任務に忠実だっただけですわ」
怪しい女がウロウロしていれば尋問してもおかしくはない。人の話を聞かないだけで一応、彼はしっかり仕事をしていた。
アレオン護衛官は今や私に縋るような瞳になっている。
「それは」
「ジェラルド様。それよりもこの様なことが万が一でも公になりましたら、末代までの恥にございます。今回の事はジェラルド様の胸の内に収めてはいただけないでしょうか。それに殿下にもご迷惑をおかけすることになります。ですから殿下にもどうぞご内密に」
間違っても殿下にご報告はしないで。
という気持ちを含ませつつ、ジェラルドさんの手を取って、潤んだ瞳で見上げる。
「で、ですが」
「このわたくしを哀れに思われるのならば、どうか。どうかお願いいたします」
「し、しかし、それは……」
怯むジェラルドさんに後一押しねと考えていると。
「ほぉ。私の忠実なる護衛官を丸め込もうとするなど大した度胸だ」
ジェラルドさんの背後から、今一番聞きたくない人の声が聞こえてきた。
……ちっ。いたの。
私は心の中で、殿下に向かって盛大に舌打ちをした。
若い護衛官――ジェラルドさんだって若いけれども――は視線をジェラルドさんに流すためか、私の手首を強く捕まえて叫んだ。
「何をしている。そのお方は部屋の主、ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様だ。すぐに手を離せ!」
「……えっ!?」
心底驚いた様子でこちらを見たので、だから言ったでしょうと瞳で主張しながら静かに見返すと彼は青ざめ、慌てて失礼いたしましたと取り落とすように手を離す。
「ロザンヌ様、部下の指導が不行き届きで大変失礼いたしました。お怪我は。腕は大丈夫でしょうか」
急ぎ駆け寄ってきたジェラルドさんの言葉に腕を上げて見てみると、手首がほんの少しだけ赤くなっていたけれど、腫れなどはない。そう言えば、最後一瞬強く掴まれたけれど、それまでは痛くはなかった。一応、手加減はしてくれていたみたいだ。
「ええ。大丈夫で――」
「失礼いたします」
私が返事する前にジェラルドさんは私の手を取った。
「……少し赤くなっていますね。痛みはございますか」
「いいえ。大丈夫です。痛みはありません」
「そうですか。ですが、のちに腫れてくるかもしれません。この後、念のために手当をしていただいた方がよろしいでしょう」
ジェラルドさんは確認しながらハンカチを取り出し、私の手首に手際よく巻いた。
「ありがとうございます」
笑顔でお礼を述べると、ジェラルドさんも少し笑みを見せる。しかし彼はその笑みを一瞬の内に落とすと、青くなったアレオン護衛官を見た。
「第二部隊カルロ・アレオン護衛官」
「は、はい!」
名を呼ばれて彼はびしりと音が出そうなほど背筋を正した。
「ロザンヌ様のご容姿の詳細は伝え聞いているはずだ。なぜこんな真似を?」
「も、申し訳ございません! た、確かにお聞きしていた特徴は一緒でしたが。そ、その子爵ご令嬢様だと伺っておりましたもので」
うん。わたくし、この度めでたくご令嬢認識されていないことが決定と相成りました。
「ロザンヌ様はご本人だとおっしゃられなかったのか」
「い、いえ。おっしゃいましたが、でもその。侍女服を着ておりましたし、その、エルベルト殿下がお選びになった、ご、ご令嬢とは到底思わず」
今度は彼の声がどんどん小さくなって、しどろもどろになる。
「アレオン護衛官、君は――」
もういい、止めてちょうだい。これ以上の追求は私のなけなしのプライドが完全崩壊いたします!
ジェラルドさんがさらに厳しい声で咎めそうになったけれど、私はそれを止める。
「ジェラルド様、良いのです。侍女服に身を包んでいたとはいえ、わたくしが貴族としての華やかさに欠けていたのが悪いのです」
「そのようなことは決してありません。まして、か弱きご令嬢に手をかけるなど。この者は厳しく処します」
ジェラルドさんが本気でおっしゃってくださっているのは分かっています。分かっていますが、世間の評価とはその程度なのだということも認識しております。あらためて認識させられました……。
「いいえ、いいえ。そんなことはなさらないでくださいませ。この方はただ、任務に忠実だっただけですわ」
怪しい女がウロウロしていれば尋問してもおかしくはない。人の話を聞かないだけで一応、彼はしっかり仕事をしていた。
アレオン護衛官は今や私に縋るような瞳になっている。
「それは」
「ジェラルド様。それよりもこの様なことが万が一でも公になりましたら、末代までの恥にございます。今回の事はジェラルド様の胸の内に収めてはいただけないでしょうか。それに殿下にもご迷惑をおかけすることになります。ですから殿下にもどうぞご内密に」
間違っても殿下にご報告はしないで。
という気持ちを含ませつつ、ジェラルドさんの手を取って、潤んだ瞳で見上げる。
「で、ですが」
「このわたくしを哀れに思われるのならば、どうか。どうかお願いいたします」
「し、しかし、それは……」
怯むジェラルドさんに後一押しねと考えていると。
「ほぉ。私の忠実なる護衛官を丸め込もうとするなど大した度胸だ」
ジェラルドさんの背後から、今一番聞きたくない人の声が聞こえてきた。
……ちっ。いたの。
私は心の中で、殿下に向かって盛大に舌打ちをした。
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