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第23話 殿下の秘めたる悪意
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学園に行く前にエルベルト殿下にご挨拶をとクロエさんに相談したら、既に執務室でお仕事中だと言うので連れて行っていただいた。
扉の前の若い護衛官に入室許可を取ってもらったが、クロエさんは外で待っていると言う。
「おはようございます、エルベルト殿下」
「おはよう」
「学校に向かう前にご挨拶をと参りました」
「そうか。ありがとう。昨夜はよく眠れたか?」
書類から顔を上げた殿下は、朝に相応しいキラキラした爽やか笑顔でお気遣いいただいた。
「ありがとうございます。眠れは……いたしました」
「それは良かった。しかし、その割に十は年齢を重ねたように見えるが?」
唇を薄く引いて面白そうに笑うこの目の前の男は間違いなく確信犯だ。ええ、間違いない。
私は口元がひきつった笑顔で尋ねる。
「一つお聞きしたい事があるのですが、クロエさんにわたくしのことを何とご説明されたのでしょうか」
「もちろん私付きの侍女だと説明した」
「それだけでございますか?」
「そうだな」
ペンを持ったまま手の甲を顎に当て、白々しい様子で少し視線をそらす。
「ああ、そう言えば私付きの侍女にしたいから、すぐに使い物になるよう可及的速やかに教育を叩き込んでくれとは言ったかな」
「なっ。どうして、どういうことです! 朝起きてからこの場所に足を運ぶまでに百は注意されたのですよ」
私が何かしようと一歩動くごとに、クロエさんから注意が飛んでくる。しかも常に笑顔だから余計に恐ろしい。最後の方はいつクロエさんの声が飛んでくるかと、一挙一動がカクカクした動きになってしまったぐらいだ。
「百か。それは伸びしろが多いな」
殿下は私に視線を戻してふっと笑う。
今、明らかに小馬鹿にしましたね!?
「殿下は学業を優先にとおっしゃったではないですか」
クロエさんの厳しさを思い出して身震いし、抗議すると殿下は確かにと深く頷いた。
「もちろん私は学生の本業は学業でそれを優先すべきだと考えていた。だが、君がこれからしっかりと勉強させていただきたいと向上心溢れる宣言をしていたので、それならばこちらも応えなければと思い、侍女のクロエを手配させていただいた流れだ」
「なっ。そ、それは!」
「彼女は格別に優秀な侍女だ。存分に学んでくれ。ああ。私への口の利き方を真っ先に学んでくれるとありがたい」
「――っ!」
にっこりと極めつけの笑顔の殿下に、私はすっかり反論を失って口をパクパクとさせてしまう。
やはり殿下は引き寄せ体質などではなく、内に秘めたる悪意なるものが影を引きつけるのだと、私は確信したのだった。
「行ってらっしゃいませ、ロザンヌ様」
「……はい。行って、参りま……」
常に目を光らせるクロエさんに馬車の停留場所へまで見送られながら私はふらふらと馬車へと向かった。
そこで待機していたのは護衛官のジェラルド様だ。私と目が合うとわずかに笑んでくださった。
「おはようございます、ロザンヌ様。本日より馬車でのお出迎えは私がお供させていただきます」
「ジェラルド様、おはようございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「私のことはジェラルドとお呼びください」
「い、いえ。そんな滅相もありません!」
慌てて手を振って否定する。
でも心の中だけは親しみを込めてジェラルドさんと呼ばせてもらおう。
「ロザンヌ様、段になっておりますので足元をお気を付けて。どうぞお手を」
優しく忠告して、手を差し伸べてくれる紳士なジェラルドさん。
「ありがとうございます」
ううっ。
今日は何とも人の優しさが目に染みることよ。
私は彼の大きくて頼もしい手を取った。
馬車に乗り込むと、ジェラルドさんと向き合って座る。
学校までの距離はそう無いが、疑問に思っていたことを尋ねた。
「殿下の護衛官は交代制なのですか? 執務室の前にジェラルド様はお見かけいたしませんでしたが」
「ええ。確かに執務室前での護衛は交代制です。ただ、私は護衛官をまとめる人間ですので、執務室前での護衛はありません」
「護衛官をまとめる!? ジェラルド様は護衛官長様なのですか!?」
「ええ。光栄にもそういった称号を下賜されております」
何と! お若いのに護衛官長様とは!
でも確かに殿下は誠実で真面目な性格で、心技体がしっかりした信頼のおける護衛官だとおっしゃっていた。それに加えて、官長だからと言って驕ることもない。
「あ、でもそんな偉い護衛官長様がわたくしになど付いておられて良いのですか? 殿下のお側に控えていらっしゃらなくて良いのでしょうか」
「私は偉いわけではありません。それに殿下がロザンヌ様のお側に付くようご命令なさいました」
「え?」
「殿下はあなた様を大切な方だと思われているのでしょう。私も全力でお守りすることをお約束いたします」
「大切な……」
大切な、ね。ははっ。
私は本日二度目の引きつり笑いをした。
違うな。私が逃げられないように優秀な護衛官長様を付けたのだ。
――昨日の私の感動を返せっ!
扉の前の若い護衛官に入室許可を取ってもらったが、クロエさんは外で待っていると言う。
「おはようございます、エルベルト殿下」
「おはよう」
「学校に向かう前にご挨拶をと参りました」
「そうか。ありがとう。昨夜はよく眠れたか?」
書類から顔を上げた殿下は、朝に相応しいキラキラした爽やか笑顔でお気遣いいただいた。
「ありがとうございます。眠れは……いたしました」
「それは良かった。しかし、その割に十は年齢を重ねたように見えるが?」
唇を薄く引いて面白そうに笑うこの目の前の男は間違いなく確信犯だ。ええ、間違いない。
私は口元がひきつった笑顔で尋ねる。
「一つお聞きしたい事があるのですが、クロエさんにわたくしのことを何とご説明されたのでしょうか」
「もちろん私付きの侍女だと説明した」
「それだけでございますか?」
「そうだな」
ペンを持ったまま手の甲を顎に当て、白々しい様子で少し視線をそらす。
「ああ、そう言えば私付きの侍女にしたいから、すぐに使い物になるよう可及的速やかに教育を叩き込んでくれとは言ったかな」
「なっ。どうして、どういうことです! 朝起きてからこの場所に足を運ぶまでに百は注意されたのですよ」
私が何かしようと一歩動くごとに、クロエさんから注意が飛んでくる。しかも常に笑顔だから余計に恐ろしい。最後の方はいつクロエさんの声が飛んでくるかと、一挙一動がカクカクした動きになってしまったぐらいだ。
「百か。それは伸びしろが多いな」
殿下は私に視線を戻してふっと笑う。
今、明らかに小馬鹿にしましたね!?
「殿下は学業を優先にとおっしゃったではないですか」
クロエさんの厳しさを思い出して身震いし、抗議すると殿下は確かにと深く頷いた。
「もちろん私は学生の本業は学業でそれを優先すべきだと考えていた。だが、君がこれからしっかりと勉強させていただきたいと向上心溢れる宣言をしていたので、それならばこちらも応えなければと思い、侍女のクロエを手配させていただいた流れだ」
「なっ。そ、それは!」
「彼女は格別に優秀な侍女だ。存分に学んでくれ。ああ。私への口の利き方を真っ先に学んでくれるとありがたい」
「――っ!」
にっこりと極めつけの笑顔の殿下に、私はすっかり反論を失って口をパクパクとさせてしまう。
やはり殿下は引き寄せ体質などではなく、内に秘めたる悪意なるものが影を引きつけるのだと、私は確信したのだった。
「行ってらっしゃいませ、ロザンヌ様」
「……はい。行って、参りま……」
常に目を光らせるクロエさんに馬車の停留場所へまで見送られながら私はふらふらと馬車へと向かった。
そこで待機していたのは護衛官のジェラルド様だ。私と目が合うとわずかに笑んでくださった。
「おはようございます、ロザンヌ様。本日より馬車でのお出迎えは私がお供させていただきます」
「ジェラルド様、おはようございます。どうぞよろしくお願い申し上げます」
「私のことはジェラルドとお呼びください」
「い、いえ。そんな滅相もありません!」
慌てて手を振って否定する。
でも心の中だけは親しみを込めてジェラルドさんと呼ばせてもらおう。
「ロザンヌ様、段になっておりますので足元をお気を付けて。どうぞお手を」
優しく忠告して、手を差し伸べてくれる紳士なジェラルドさん。
「ありがとうございます」
ううっ。
今日は何とも人の優しさが目に染みることよ。
私は彼の大きくて頼もしい手を取った。
馬車に乗り込むと、ジェラルドさんと向き合って座る。
学校までの距離はそう無いが、疑問に思っていたことを尋ねた。
「殿下の護衛官は交代制なのですか? 執務室の前にジェラルド様はお見かけいたしませんでしたが」
「ええ。確かに執務室前での護衛は交代制です。ただ、私は護衛官をまとめる人間ですので、執務室前での護衛はありません」
「護衛官をまとめる!? ジェラルド様は護衛官長様なのですか!?」
「ええ。光栄にもそういった称号を下賜されております」
何と! お若いのに護衛官長様とは!
でも確かに殿下は誠実で真面目な性格で、心技体がしっかりした信頼のおける護衛官だとおっしゃっていた。それに加えて、官長だからと言って驕ることもない。
「あ、でもそんな偉い護衛官長様がわたくしになど付いておられて良いのですか? 殿下のお側に控えていらっしゃらなくて良いのでしょうか」
「私は偉いわけではありません。それに殿下がロザンヌ様のお側に付くようご命令なさいました」
「え?」
「殿下はあなた様を大切な方だと思われているのでしょう。私も全力でお守りすることをお約束いたします」
「大切な……」
大切な、ね。ははっ。
私は本日二度目の引きつり笑いをした。
違うな。私が逃げられないように優秀な護衛官長様を付けたのだ。
――昨日の私の感動を返せっ!
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