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第17話 殿下の執務室
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王宮入りし、前に一人でやって来た時と同様に緊張感を持ってジェラルド様の後ろを歩く。ただし、本日は助けられたという気持ちもあって広い彼の背中を見ていると、以前よりは何となく落ち着いている自分もいるけれど。
執務室だろうか。前回とは違う部屋の扉の前でジェラルド様は足を止め、そして拳で扉を叩いた。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様をお連れいたしました」
「入れ」
奥から了承の返事が聞こえ、ジェラルド様は扉を開放するとどうぞと私を促す。どうも彼はすぐにこの場を去るとのことなので、私はあらためてお礼を言って別れを告げる。
やはりこの部屋は殿下の執務室だったようだ。窓際には沢山の書類が山積みにされている殿下のデスク、中央には来客用のソファー、資料でも置かれているのか壁際の本棚にはぎっしり詰まっている。
少しだけ周りを観察していた私だったけれど、後ろで扉が閉まる音に気付き、はっと我に返る。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢。よく来てくれた」
椅子から立ち上がり、少し笑んで私を迎える殿下の容姿は相変わらず透明感があってお美しく、ともすればうっかり見惚れてしまいそうだ。もちろん本日の鬱憤を秘めている私は到底そんな気にはならないのだけれども。
「はい、殿下。こちらこそお迎えを賜り、ありがとうございました。殿下におかれましては本日もご機嫌麗しく……」
定例通りの挨拶と礼を取ろうとしたが、殿下の顔色はよろしくない。続けるべきか迷ったけれど、殿下は特に気にしなかったようだ。
「いや。まずは迎えが遅くなったことを詫びさせてほしい。君の学校が始まる前に何とか段取りをつけるつもりだったが、遅れてしまった。申し訳なかった」
「そうですね」
遅かったです。とても。ええ、とても遅かったです!
素直に謝られても、いいですよ、などとは言ってやる義理は無い。
「ああ、悪かった」
私の笑みから意地悪さがにじみ出ているのか、苦笑いする殿下だったけれど、ふと私が持つ花に視線が行く。
「その花は?」
「ああ、これですか」
殿下のデスクに近付くと、角の方に花瓶をお淑やかにそっと置いた。
「どうぞ。差し上げます」
「ありがたいが、これは一体?」
「死者に手向ける花です」
「はっ!? 死者!?」
不敬罪で首を落とされてもおかしくない態度と言葉を取ってしまう私は、殿下の弱みを握っているからという思いがあるのか、それとも本日の鬱憤が爆発寸前で恐れるものがないためか。……おそらく後者だ。
目を見開いて視線を花に落とす殿下を前に、私はふてぶてしく腕を組んでみせる。
「今朝、学校に行くと私の机の上に置いてありました。要するに嫌がらせの類いですね。殿下に対して何かしたと早速噂が流れておりましたので、それを聞きつけた学生の嫌がらせですよ。それを始めとして、本日は様々な嫌がらせを受けました。お望みでしたら、一から列挙いたしましょうか。ええ。ぜひそうさせていただきましょう」
「いや、それは結こ――では頼む。でもまずは座ってくれ……」
明らかに嫌そうな顔をして拒否しようとしていたけれど、睨みつける私の迫力に負けたようで、殿下は諦めて頷いてデスクを回ってくると私にソファーを勧めた。
そこで本日あった出来事をずらずらと感性豊かに手振り身振りでご説明上がったところ。
「分かった、もう分かった……。君には本当に済まない事をしたと思っている」
本日顔を合わせた時よりも十は老けたのではないかと言うぐらいげっそりとやつれていた。人はこんな短時間でやつれるものなのだなと冷静な目で見る。
やつれる? あ、やつれる!? ……はっ! 自分のことで一杯一杯だったけれど、顔を合わせた時から顔色が悪かった。もしかして今日も元気に影が取り憑いている状態なのだろうか。
「殿下、ところで本日の体調はいかがでしょうか」
「今さら気付いてくれてありがとう。おかげで絶不調だ。三体は憑いている」
「そうなのですか。大変そうですね」
見えないし、その感覚も分からないから、完全に他人事の言葉になってしまうことはお許しいただきたい。
「早速お掃除いたしますか」
嫌味っぽく言うと、殿下は少し苦笑しつつ頼むと答えた。
「かしこまりました」
私は立ち上がると殿下のすぐ側で膝を落とす。
と言っても、どうやってお掃除したらいいのか分からないし、手をかざすみたいな形を取ればいいのか。そもそも私から殿下の身体に触れて良いものなのか。
色々うだうた考えてなかなか行動を移せずにいる私に痺れを切らしたのか、殿下は手を伸ばして私の手を取った。
執務室だろうか。前回とは違う部屋の扉の前でジェラルド様は足を止め、そして拳で扉を叩いた。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢様をお連れいたしました」
「入れ」
奥から了承の返事が聞こえ、ジェラルド様は扉を開放するとどうぞと私を促す。どうも彼はすぐにこの場を去るとのことなので、私はあらためてお礼を言って別れを告げる。
やはりこの部屋は殿下の執務室だったようだ。窓際には沢山の書類が山積みにされている殿下のデスク、中央には来客用のソファー、資料でも置かれているのか壁際の本棚にはぎっしり詰まっている。
少しだけ周りを観察していた私だったけれど、後ろで扉が閉まる音に気付き、はっと我に返る。
「ロザンヌ・ダングルベール子爵令嬢。よく来てくれた」
椅子から立ち上がり、少し笑んで私を迎える殿下の容姿は相変わらず透明感があってお美しく、ともすればうっかり見惚れてしまいそうだ。もちろん本日の鬱憤を秘めている私は到底そんな気にはならないのだけれども。
「はい、殿下。こちらこそお迎えを賜り、ありがとうございました。殿下におかれましては本日もご機嫌麗しく……」
定例通りの挨拶と礼を取ろうとしたが、殿下の顔色はよろしくない。続けるべきか迷ったけれど、殿下は特に気にしなかったようだ。
「いや。まずは迎えが遅くなったことを詫びさせてほしい。君の学校が始まる前に何とか段取りをつけるつもりだったが、遅れてしまった。申し訳なかった」
「そうですね」
遅かったです。とても。ええ、とても遅かったです!
素直に謝られても、いいですよ、などとは言ってやる義理は無い。
「ああ、悪かった」
私の笑みから意地悪さがにじみ出ているのか、苦笑いする殿下だったけれど、ふと私が持つ花に視線が行く。
「その花は?」
「ああ、これですか」
殿下のデスクに近付くと、角の方に花瓶をお淑やかにそっと置いた。
「どうぞ。差し上げます」
「ありがたいが、これは一体?」
「死者に手向ける花です」
「はっ!? 死者!?」
不敬罪で首を落とされてもおかしくない態度と言葉を取ってしまう私は、殿下の弱みを握っているからという思いがあるのか、それとも本日の鬱憤が爆発寸前で恐れるものがないためか。……おそらく後者だ。
目を見開いて視線を花に落とす殿下を前に、私はふてぶてしく腕を組んでみせる。
「今朝、学校に行くと私の机の上に置いてありました。要するに嫌がらせの類いですね。殿下に対して何かしたと早速噂が流れておりましたので、それを聞きつけた学生の嫌がらせですよ。それを始めとして、本日は様々な嫌がらせを受けました。お望みでしたら、一から列挙いたしましょうか。ええ。ぜひそうさせていただきましょう」
「いや、それは結こ――では頼む。でもまずは座ってくれ……」
明らかに嫌そうな顔をして拒否しようとしていたけれど、睨みつける私の迫力に負けたようで、殿下は諦めて頷いてデスクを回ってくると私にソファーを勧めた。
そこで本日あった出来事をずらずらと感性豊かに手振り身振りでご説明上がったところ。
「分かった、もう分かった……。君には本当に済まない事をしたと思っている」
本日顔を合わせた時よりも十は老けたのではないかと言うぐらいげっそりとやつれていた。人はこんな短時間でやつれるものなのだなと冷静な目で見る。
やつれる? あ、やつれる!? ……はっ! 自分のことで一杯一杯だったけれど、顔を合わせた時から顔色が悪かった。もしかして今日も元気に影が取り憑いている状態なのだろうか。
「殿下、ところで本日の体調はいかがでしょうか」
「今さら気付いてくれてありがとう。おかげで絶不調だ。三体は憑いている」
「そうなのですか。大変そうですね」
見えないし、その感覚も分からないから、完全に他人事の言葉になってしまうことはお許しいただきたい。
「早速お掃除いたしますか」
嫌味っぽく言うと、殿下は少し苦笑しつつ頼むと答えた。
「かしこまりました」
私は立ち上がると殿下のすぐ側で膝を落とす。
と言っても、どうやってお掃除したらいいのか分からないし、手をかざすみたいな形を取ればいいのか。そもそも私から殿下の身体に触れて良いものなのか。
色々うだうた考えてなかなか行動を移せずにいる私に痺れを切らしたのか、殿下は手を伸ばして私の手を取った。
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