3 / 315
第3話 麗しの殿下登場
しおりを挟む
「じゃあ、行って参ります」
さすがに王宮に一人で向くのは心許ないので、父も一緒に付いて来てほしいところだけれど、私一人でとのお話だ。
意味深にも思えるが、第一王子ともあろう者が内密で貴族の人間と会うのも良からぬ勘ぐりをされては困るというところだろうか。
「気をつけてな」
「まずは丁寧にご挨拶するのよ! そしてくれぐれも余計な事は言わないのよ! ただにっこりと笑っているだけにしなさい。余計な口は開かないこと!」
父と母と兄二人に見送られながら、馬車へと向かう。
お忍びで使う用なのかもしれない。想像していた王室御用達の煌びやかな馬車はではなく、上質なのだろうけれど至って控えめな外装だった。
私としても派手な馬車で登城したいわけではない。
そんな事を考えながら馬車に近付いた時。
突如、馬二頭が前足を上げ、大きく嘶いた。
「ど、どうどう。落ち着け。一体どうしたんだ? いつもは大人しいのに」
使者は馬をなだめる御者を一瞥すると、私にどうぞと馬車の中へ誘導した。
結構な速度が出ている割に馬車の中はさすが快適だ。
うちは子爵として領地を持っているとは言っても、他の貴族と比べて田舎町で道路を王都ほど綺麗に整備できる程の資産家ではないので、馬車は揺れが激しくていつも酔いそうになるし、突き上げられては落とされるためにお尻も痛い。けれど王家御用達のこの馬車は揺れが少ない設計になっているようで、揺れがあったとしても厚みのあるクッションでお尻が痛くなるということはない。
うっかりするとうたた寝すらできるかもしれない。王家からの使者を前にさすがにしないけど。
使者は時折、こちらを気遣う言葉をかけてはくださるけれど、二人の間に会話はほぼ無く、私は王宮までの行程のほとんどを外を眺めて静かに過ごした。
そして王宮に到着したわけですが。
「こちらでお待ちくださいませ」
大きなお部屋に一人ぽつんと残された。
これから殿下を呼びに行くのだろうけれど、謝る体で私を呼びつけているのだから、そもそも私が到着する前にこの部屋でスタンバイしておけというお話である。
それにしても、この部屋は応接間の一つなのだろうか。大きなお部屋に対してソファーとテーブル、それと部屋を彩る花が生けられた花瓶のみで余計なものが無い。
ごてごて飾り付けられた内装よりも上品さがあって、趣味の良さが窺えるな、などと謎の上から目線をしてしまう。
暇な時間を持てあまし、辺りの観察を行っていた私だったけれど、控えめに来客を知らせるノックで思わず飛び上がった。
殿下のご登場といったところだろう。
「失礼する」
軽い一言と共に現れた殿下は、太陽が地を照らすお時間もやはり麗しの殿下だった。
長身ですらりとした体躯に洗練さが加わった佇まいに一瞬見惚れてしまいそうになったが、目をつり上げた母が瞬時に脳裏に浮かび、慌てて挨拶をする。
「ほ、本日はご機嫌麗しく」
「ああ。堅苦しい挨拶はいい。座ってくれ」
手を振って私の挨拶を早々に遮ると、自身もまた私の向かい側のソファーに腰を下ろした。
「は、はい。それでは失礼いたします」
着座することで目線の高さは近くなったのだけれど、一向に視線が絡み合わない。なぜなら殿下は横に視線を流しているからだ。
何かあるのだろうかと釣られて見てみるも、特に興味を引くようなものはない。私は仕方なく顔を正面に戻す。
「昨日のことだが」
「あ、はい!」
「失礼した」
短い言葉とそっぽを向いているせいで、親に怒られたから仕方なく謝っている少年のように見える。
謝罪というものはだね。真摯な態度で向き合って、心から謝るべきであって、嫌々謝られたって何の意味もないのであり。
と、心の中で思っていると、慌てた表情で私を見た。
「すまない。悪気はなかったんだ」
それだけ言うとすぐにまた視線を逸らした。
何とな!? こやつ、私の心を読んだ!?
と、心の中で思うと同時に口に出た。
「……いや。普通に口から文句が出ていたが。と言うか、一応私はこの国の第一王位継承者だぞ。こやつはないだろう、こやつは」
私の失礼さに対しても意外と寛容に苦笑いする殿下に、私は張っていた肩の力を抜いた。
なお、抜くな抜くなと頭の中で響く母のツッコミは私の独断で無視させていただく。
「失礼いたしました。それと無礼ついでにあらためて申し上げます。先ほどのわたくしに対する謝罪は、謝罪する側が呼びつけた割には、謝る態度ではなかったと思うのですが。そして今も」
未だ私と目を合わせようとしないのはどういう了見か。
「君が対する相手は王家の人間なのに、なかなか辛辣な言葉だな」
「お褒めいただき光栄にございます」
「うん。褒めてはないかな」
殿下は再び苦笑いする。
「そうだな。こちらも無礼に不作法を重ねるわけにはいかない。あらためて謝罪させていただこう」
意を決したようにこちらに向いた。
さすがに王宮に一人で向くのは心許ないので、父も一緒に付いて来てほしいところだけれど、私一人でとのお話だ。
意味深にも思えるが、第一王子ともあろう者が内密で貴族の人間と会うのも良からぬ勘ぐりをされては困るというところだろうか。
「気をつけてな」
「まずは丁寧にご挨拶するのよ! そしてくれぐれも余計な事は言わないのよ! ただにっこりと笑っているだけにしなさい。余計な口は開かないこと!」
父と母と兄二人に見送られながら、馬車へと向かう。
お忍びで使う用なのかもしれない。想像していた王室御用達の煌びやかな馬車はではなく、上質なのだろうけれど至って控えめな外装だった。
私としても派手な馬車で登城したいわけではない。
そんな事を考えながら馬車に近付いた時。
突如、馬二頭が前足を上げ、大きく嘶いた。
「ど、どうどう。落ち着け。一体どうしたんだ? いつもは大人しいのに」
使者は馬をなだめる御者を一瞥すると、私にどうぞと馬車の中へ誘導した。
結構な速度が出ている割に馬車の中はさすが快適だ。
うちは子爵として領地を持っているとは言っても、他の貴族と比べて田舎町で道路を王都ほど綺麗に整備できる程の資産家ではないので、馬車は揺れが激しくていつも酔いそうになるし、突き上げられては落とされるためにお尻も痛い。けれど王家御用達のこの馬車は揺れが少ない設計になっているようで、揺れがあったとしても厚みのあるクッションでお尻が痛くなるということはない。
うっかりするとうたた寝すらできるかもしれない。王家からの使者を前にさすがにしないけど。
使者は時折、こちらを気遣う言葉をかけてはくださるけれど、二人の間に会話はほぼ無く、私は王宮までの行程のほとんどを外を眺めて静かに過ごした。
そして王宮に到着したわけですが。
「こちらでお待ちくださいませ」
大きなお部屋に一人ぽつんと残された。
これから殿下を呼びに行くのだろうけれど、謝る体で私を呼びつけているのだから、そもそも私が到着する前にこの部屋でスタンバイしておけというお話である。
それにしても、この部屋は応接間の一つなのだろうか。大きなお部屋に対してソファーとテーブル、それと部屋を彩る花が生けられた花瓶のみで余計なものが無い。
ごてごて飾り付けられた内装よりも上品さがあって、趣味の良さが窺えるな、などと謎の上から目線をしてしまう。
暇な時間を持てあまし、辺りの観察を行っていた私だったけれど、控えめに来客を知らせるノックで思わず飛び上がった。
殿下のご登場といったところだろう。
「失礼する」
軽い一言と共に現れた殿下は、太陽が地を照らすお時間もやはり麗しの殿下だった。
長身ですらりとした体躯に洗練さが加わった佇まいに一瞬見惚れてしまいそうになったが、目をつり上げた母が瞬時に脳裏に浮かび、慌てて挨拶をする。
「ほ、本日はご機嫌麗しく」
「ああ。堅苦しい挨拶はいい。座ってくれ」
手を振って私の挨拶を早々に遮ると、自身もまた私の向かい側のソファーに腰を下ろした。
「は、はい。それでは失礼いたします」
着座することで目線の高さは近くなったのだけれど、一向に視線が絡み合わない。なぜなら殿下は横に視線を流しているからだ。
何かあるのだろうかと釣られて見てみるも、特に興味を引くようなものはない。私は仕方なく顔を正面に戻す。
「昨日のことだが」
「あ、はい!」
「失礼した」
短い言葉とそっぽを向いているせいで、親に怒られたから仕方なく謝っている少年のように見える。
謝罪というものはだね。真摯な態度で向き合って、心から謝るべきであって、嫌々謝られたって何の意味もないのであり。
と、心の中で思っていると、慌てた表情で私を見た。
「すまない。悪気はなかったんだ」
それだけ言うとすぐにまた視線を逸らした。
何とな!? こやつ、私の心を読んだ!?
と、心の中で思うと同時に口に出た。
「……いや。普通に口から文句が出ていたが。と言うか、一応私はこの国の第一王位継承者だぞ。こやつはないだろう、こやつは」
私の失礼さに対しても意外と寛容に苦笑いする殿下に、私は張っていた肩の力を抜いた。
なお、抜くな抜くなと頭の中で響く母のツッコミは私の独断で無視させていただく。
「失礼いたしました。それと無礼ついでにあらためて申し上げます。先ほどのわたくしに対する謝罪は、謝罪する側が呼びつけた割には、謝る態度ではなかったと思うのですが。そして今も」
未だ私と目を合わせようとしないのはどういう了見か。
「君が対する相手は王家の人間なのに、なかなか辛辣な言葉だな」
「お褒めいただき光栄にございます」
「うん。褒めてはないかな」
殿下は再び苦笑いする。
「そうだな。こちらも無礼に不作法を重ねるわけにはいかない。あらためて謝罪させていただこう」
意を決したようにこちらに向いた。
37
お気に入りに追加
3,725
あなたにおすすめの小説
旦那様は大変忙しいお方なのです
あねもね
恋愛
レオナルド・サルヴェール侯爵と政略結婚することになった私、リゼット・クレージュ。
しかし、その当人が結婚式に現れません。
侍従長が言うことには「旦那様は大変忙しいお方なのです」
呆気にとられたものの、こらえつつ、いざ侯爵家で生活することになっても、お目にかかれない。
相変わらず侍従長のお言葉は「旦那様は大変忙しいお方なのです」のみ。
我慢の限界が――来ました。
そちらがその気ならこちらにも考えがあります。
さあ。腕が鳴りますよ!
※視点がころころ変わります。
※※2021年10月1日、HOTランキング1位となりました。お読みいただいている皆様方、誠にありがとうございます。
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
《完結》《異世界アイオグリーンライト・ストーリー》でブスですって!女の子は変われますか?変われました!!
皇子(みこ)
恋愛
辺境の地でのんびり?過ごして居たのに、王都の舞踏会に参加なんて!あんな奴等のいる所なんて、ぜーたいに行きません!でブスなんて言われた幼少時の記憶は忘れないー!
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王太子妃は離婚したい
凛江
恋愛
アルゴン国の第二王女フレイアは、婚約者であり、幼い頃より想いを寄せていた隣国テルルの王太子セレンに嫁ぐ。
だが、期待を胸に臨んだ婚姻の日、待っていたのは夫セレンの冷たい瞳だった。
※この作品は、読んでいただいた皆さまのおかげで書籍化することができました。
綺麗なイラストまでつけていただき感無量です。
これまで応援いただき、本当にありがとうございました。
レジーナのサイトで番外編が読めますので、そちらものぞいていただけると嬉しいです。
https://www.regina-books.com/extra/login
殿下が恋をしたいと言うのでさせてみる事にしました。婚約者候補からは外れますね
さこの
恋愛
恋がしたい。
ウィルフレッド殿下が言った…
それではどうぞ、美しい恋をしてください。
婚約者候補から外れるようにと同じく婚約者候補のマドレーヌ様が話をつけてくださりました!
話の視点が回毎に変わることがあります。
緩い設定です。二十話程です。
本編+番外編の別視点
突然決められた婚約者は人気者だそうです。押し付けられたに違いないので断ってもらおうと思います。
橘ハルシ
恋愛
ごくごく普通の伯爵令嬢リーディアに、突然、降って湧いた婚約話。相手は、騎士団長の叔父の部下。侍女に聞くと、どうやら社交界で超人気の男性らしい。こんな釣り合わない相手、絶対に叔父が権力を使って、無理強いしたに違いない!
リーディアは相手に遠慮なく断ってくれるよう頼みに騎士団へ乗り込むが、両親も叔父も相手のことを教えてくれなかったため、全く知らない相手を一人で探す羽目になる。
怪しい変装をして、騎士団内をうろついていたリーディアは一人の青年と出会い、そのまま一緒に婚約者候補を探すことに。
しかしその青年といるうちに、リーディアは彼に好意を抱いてしまう。
全21話(本編20話+番外編1話)です。
お飾りの側妃ですね?わかりました。どうぞ私のことは放っといてください!
水川サキ
恋愛
クオーツ伯爵家の長女アクアは17歳のとき、王宮に側妃として迎えられる。
シルバークリス王国の新しい王シエルは戦闘能力がずば抜けており、戦の神(野蛮な王)と呼ばれている男。
緊張しながら迎えた謁見の日。
シエルから言われた。
「俺がお前を愛することはない」
ああ、そうですか。
結構です。
白い結婚大歓迎!
私もあなたを愛するつもりなど毛頭ありません。
私はただ王宮でひっそり楽しく過ごしたいだけなのです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる