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6.詐欺被害者家族からのご依頼
第1話 恋愛ごっこなんて羨ましくない
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昼の休憩中、ユリウスと二人で買い物に出ていると、少年と少女が家の前で遊んでいるのが目に入った。年齢は五、六歳ぐらいだろうか。どうやら、ままごとをやっているようだ。
微笑ましく見ていたら。
「ロン、おかえりなさい」
「ただいま、ミーア。ただいまのキスはないの?」
「まあ、ロンったら」
ミーアと呼ばれた少女がきょろきょろと辺りを見回すと、恥ずかしそうに、ロンという少年にちゅっとキスを落とす。
それを不幸にも目撃してしまった私の頭には、ガッゴーンと岩ほどの衝撃が直撃して、頭がガンガン、くらくらと目まいさえした。
あんな少年少女でさえ、蜜月関係を築いていると言うのに、私ときたら……。
「何、羨ましそうに見ているんだ」
あまりにもまじまじと彼らを観察してしまっていたからだろう。ユリウスが呆れたように言った。
「う、羨ましいとか! ……羨ましいです」
「羨ましい?」
肩を落としながら最後は素直な気持ちを口にすると、彼は眉をぴくりと上げる。
「……へぇ。羨ましい。じゃあ」
「ユーリ?」
ふと影を感じて顔を上げると、ユリウスの顔が間近にあって心臓が急激に跳ねた。
「――っ!?」
唇まであとほんの一呼吸といったところで、慌ててユリウスの唇を手で押さえた。すると彼は一瞬止まったが、いともあっさりと私から離れる。
本気ではなかったらしい。……別に本気であってほしかったなどと、一言も! 誰も言っていないが!
「何するんだ」
「こっ。こここっちのセリフだわっ! い、いきなりこんな町中で何するんじゃい!」
なお、町中じゃなければ良かったという意味でもない!
さっきの彼の感触を握りつぶすために力強く拳を作って、憤って見せた。
「あまりにも気の毒だから憐れみをかけようかと」
「憐れみのお情けなどいらぬわっ! そんな意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味だ?」
冷めた瞳で見てくるユリウスに耐えきれず、私は話を変えることにした。
「い、いいの! もうこの話は終わり! それより私たちにもあんな時代があったよね!」
とりわけ大きくそう言って話を切ると、彼はため息をつく。
「誰しも子供時代くらいあるだろう」
「私たちはおままごとで遊んだりはしなかったね」
「……そうだな」
だとしたら何をして遊んだのだっただろう。ユリウスは彼のお父様と一緒に、祖母の元に占いでやって来た時に遊んだはずだが、女の子が好んでやりたがるおままごと以外に何をやったというのだろう。
駆けっこ? かくれんぼ? 二人だけでやるには盛り上がりに欠けるだろう。
「ねえ。私たちって何して遊んだんだっけ?」
「覚えてない」
「ちょっとぉ。もうちょっと思い出す努力をしてよ」
「子供の頃の遊びなんて大したものじゃない。こだわる必要はないだろ」
まるで覚えているような口ぶりだが、私と一緒に遊んだことは黒歴史だとでも言うのだろうか。失礼な。
「でも」
「それより早く買い物を済ませるぞ、荷物持ち」
「荷物持ちはそっちでしょ!」
人を荷物持ち呼ばわりするユリウスに、私は口を尖らせた。
「え? ……それは」
私は占い客の依頼内容を前に、思わず顔を曇らせた。
「できないんですか?」
責めるように問いかけてくるのは依頼者のセシール・モントゴメリーさん、十七歳。
彼女の依頼は、姉に対して結婚詐欺を行った人物を訴えるために見つけてほしいというものだった。結婚を餌に多額のお金を巻き上げるだけ巻き上げたら、姿を消したと言う。
「セシールさんは、その元婚約者さんにお会いになったことがありますか」
「一度姉を送って来てくれた時に家の中から顔を見たことはあります。姉から近い内に紹介すると言われていたのですが、その前に今回の事が起こってしまいました」
「そうですか」
私は困り果てて、手の中のカードをテーブルに軽くとんと叩きつけた。
「私が占えるのは基本的にはご本人様です。ただ、セシールさんがその方とお話しになったり、その方の情報があったりすれば現在の状況までぐらいならば辿っていくことも可能なのですが、どちらも無いとなると辿り着くのは……」
最後の言葉はぼかして伝えると彼女は眉をひそめ、唇をぎりっと噛みしめる。
申し訳ない気持ちになって私は一つ提案してみた。
「あの。お姉様に直接お話を伺えないでしょうか」
「それは……。姉は今、塞ぎ込んでいて誰とも口を聞きません」
「そうなのですか」
「はい。無理言って申し訳ありませんでした」
最初の勢いを失って彼女は肩を落とした。
何とか力になれないかと考えていると。
カラン。
店のドアベルが鳴った瞬間に、直感的に来たコレと思った。
「こんにちはー! リーネちゃんいるぅ?」
「声が大きいよ。他の人に迷惑でしょ。静かにして」
はきはきした女性の声が店内に響くと、その後にそれを窘める男性の声が上がった。
美人探偵のルチアーナ・ソルニエさんとその助手のレオン・ベルツ君だ。前の占い依頼以降、頻繁に店に訪れてくれ、今やカフェの常連さんとなってくれている。
「セシールさん。まずは情報集めするところから始めてみませんか?」
「え?」
「実は、騎士団が動いてくれないような小さな事件や困り事も承ってくれる探偵……何でも屋さんがいるんですよ」
ルチアさんが聞いたら何でも屋さんじゃないと強く抗議されるだろうだが、説明にはそれが一番分かりやすいので、そのように説明させていただく。
「何でも屋さん。その方に姉の……いえ、詐欺師の情報を探ってもらうのですか?」
「ええ。実は今ちょうどお店にいらっしゃるんですよ。ご紹介いたしましょうか」
「ぜひ! ぜひお願いします」
私は頷くとそれでは少し失礼いたしますと席を立って、占いブースから出た。
カウンターに座っていたルチアさんは私の顔を見つけると、すぐに笑顔と共に手を挙げる。
「リーネちゃん、こんにちは」
「こんにちは、ルチアさん、レオンさん。いつもありがとうございます」
「こちらこそ!」
二人に声をかけるとルチアさんは元気に、レオンさんは微笑で返事を返してきた。
「今日はまた行き詰まる依頼があってね、リーネちゃんに相談に来たのよ」
「そうなのですか? 実は私もルチアさんにお願いがございまして」
「リーネちゃんのお願い!? いいわよ、何でも言って!」
うきうきした様子のルチアさんに苦笑しながら、私は事のあらましを説明する。すると彼女は笑みを消して眉をひそめ、レオンさんと目を合わせると頷いた。
「今、その方はあちらにいらっしゃるの?」
「はい」
「では私たちもお邪魔してもいいかしら」
「お願いいたします」
私はまず人数分の椅子を用意し、占いブース内に二人を案内した。
「セシールさん、こちらが何でも……探偵業を営まれている所長のルチアーナ・ソルニエさんとその助手のレオン・ベルツさんです」
何でも屋と言おうとしてルチアさんに綺麗な笑みで睨まれたので、慌てて訂正しながら紹介した。
セシールさんはルチアさんを見上げると、先ほどまでの強ばった表情から一変して頬を染めてぽうっと見つめている。
容貌も姿形も良い美人さんだが、男装姿のルチアさんは女性から見てもとても格好いいからセシールさんが惚ける気持ちは分かる。
「か、格好いい……」
「フフフ。女性までも魅了してしまうだなんて、我ながら恐ろしいわ。何ならもっと褒め称えてくれてもいいのよ?」
「ルチアは口を開かない方が良い。残念な人にしか見えないから」
髪をお洒落に手で流してポーズを取るルチアさんに、レオンさんは冷めた視線を送った。
「ま、まあ。お二人ともお掛けになってください」
二人に椅子を勧め、あらためて話を切り出す。
「先ほどのお話ですが、ルチアさんにはセシールさんのご依頼を引き受けていただければと思いまして」
「ええ。もちろん。ただね、セシールさん」
ルチアさんは難しい表情でセシールさんを見つめる。
「結婚詐欺と言うのは立証が難しいのよ。お姉さんがどんな形で相手に援助したのか分からないけれど、相手が自分は騙したわけではなく、あくまでも困っているところに好意で受けただけだって言われればどうしようもないの」
以前、殿下の依頼を受けた詐欺師の話の時も立証が難しいと言っていたな。今回の場合とは少し状況が違うけれど。
「じゃあ、お金を取り戻すのは?」
「こちらが犯罪返しでもしない限り、とても難しいでしょうね」
尋ねる私に、ルチアさんは眉をひそめた。
結婚詐欺が男性の場合、基本的にはお金があるよう見せる場合が多いらしい。甲斐性が無い男に尽くしたがる女性も中にはいるが、基本的には経済力や包容力のある男の方が女性から惹かれやすいからだ。
また、次の詐欺に繋げるために派手にお金を使う。自分を飾り立ててお金を持っているように見せることで、お金を返すことができる能力の人間であると安心させる意味もあると言う。
一方、女性詐欺師は逆で、庇護欲をくすぐるために弱く、お金に困っている素振りを見せるらしい。
「お姉さんの相手も良い所の坊ちゃんという設定だったんじゃないかしら」
「……ええ。姉はそんな風に言っていました。お金を頻繁に要求してくるのは普通じゃないと私は何度も言ったのですが、ちゃんと返してくれる人だから大丈夫だと」
恋は盲目という部分もあったのだろう。嫌な面には目を伏せて、少し位の不安はあっても彼の良い所に縋っていたのかもしれない。
「お金が戻って来ないんじゃ、意味が無いですね」
「いいえ」
私が悔しさを込めて言うと、セシールさんは首を振る。
「たとえお金は返って来なくても構いません。騙され続ける姉も悪かったんですから。でも、きちんと姉には謝罪してほしいです」
「相手は詐欺で食べているんだから、謝らないかもしれないわよ」
「それでもいいんです。依頼料もきちんとお支払いしますから、見つけてください。お願いします!」
必死に懇願する彼女に、私たちは顔を見合わせる。レオンさんが頷いたところで(きっとお金の管理は彼に握られているに違いない)ルチアさんが口を開いた。
「……分かった。引き受ける。情報を集めてみるわ」
「ありがとうございます! よろしくお願いいたします」
あらためてセシールさんが知る限りの話を聞き、動きがあったら知らせることを約束したら彼女は帰って行った。すると、ルチアさんはふぅと小さくため息をつく。
「あれだけの情報で探すのは難しいですか?」
「実はね、それに関してはちょっとした当てがあるの。今、私が請け負っている依頼がどうやら同じ結婚詐欺師なのよ。だから後はひっ捕まえるだけよ!」
ルチアさんは自信ありげに、にっと笑った。
お。それは頼もしい! ルチアさんを紹介して良かった。……などと思っていたのだけれど。
「というわけでね! リーネちゃんにある人物を追ってもらいたいの」
「はい。どなたですか?」
「だからぁ詐欺師よ。結婚詐欺師。奴の行方を占ってね!」
つまり当ての本当の意味は、私の占いだったわけで……。
私はかろうじて空笑いをしてみせた。
微笑ましく見ていたら。
「ロン、おかえりなさい」
「ただいま、ミーア。ただいまのキスはないの?」
「まあ、ロンったら」
ミーアと呼ばれた少女がきょろきょろと辺りを見回すと、恥ずかしそうに、ロンという少年にちゅっとキスを落とす。
それを不幸にも目撃してしまった私の頭には、ガッゴーンと岩ほどの衝撃が直撃して、頭がガンガン、くらくらと目まいさえした。
あんな少年少女でさえ、蜜月関係を築いていると言うのに、私ときたら……。
「何、羨ましそうに見ているんだ」
あまりにもまじまじと彼らを観察してしまっていたからだろう。ユリウスが呆れたように言った。
「う、羨ましいとか! ……羨ましいです」
「羨ましい?」
肩を落としながら最後は素直な気持ちを口にすると、彼は眉をぴくりと上げる。
「……へぇ。羨ましい。じゃあ」
「ユーリ?」
ふと影を感じて顔を上げると、ユリウスの顔が間近にあって心臓が急激に跳ねた。
「――っ!?」
唇まであとほんの一呼吸といったところで、慌ててユリウスの唇を手で押さえた。すると彼は一瞬止まったが、いともあっさりと私から離れる。
本気ではなかったらしい。……別に本気であってほしかったなどと、一言も! 誰も言っていないが!
「何するんだ」
「こっ。こここっちのセリフだわっ! い、いきなりこんな町中で何するんじゃい!」
なお、町中じゃなければ良かったという意味でもない!
さっきの彼の感触を握りつぶすために力強く拳を作って、憤って見せた。
「あまりにも気の毒だから憐れみをかけようかと」
「憐れみのお情けなどいらぬわっ! そんな意味じゃない」
「じゃあ、どういう意味だ?」
冷めた瞳で見てくるユリウスに耐えきれず、私は話を変えることにした。
「い、いいの! もうこの話は終わり! それより私たちにもあんな時代があったよね!」
とりわけ大きくそう言って話を切ると、彼はため息をつく。
「誰しも子供時代くらいあるだろう」
「私たちはおままごとで遊んだりはしなかったね」
「……そうだな」
だとしたら何をして遊んだのだっただろう。ユリウスは彼のお父様と一緒に、祖母の元に占いでやって来た時に遊んだはずだが、女の子が好んでやりたがるおままごと以外に何をやったというのだろう。
駆けっこ? かくれんぼ? 二人だけでやるには盛り上がりに欠けるだろう。
「ねえ。私たちって何して遊んだんだっけ?」
「覚えてない」
「ちょっとぉ。もうちょっと思い出す努力をしてよ」
「子供の頃の遊びなんて大したものじゃない。こだわる必要はないだろ」
まるで覚えているような口ぶりだが、私と一緒に遊んだことは黒歴史だとでも言うのだろうか。失礼な。
「でも」
「それより早く買い物を済ませるぞ、荷物持ち」
「荷物持ちはそっちでしょ!」
人を荷物持ち呼ばわりするユリウスに、私は口を尖らせた。
「え? ……それは」
私は占い客の依頼内容を前に、思わず顔を曇らせた。
「できないんですか?」
責めるように問いかけてくるのは依頼者のセシール・モントゴメリーさん、十七歳。
彼女の依頼は、姉に対して結婚詐欺を行った人物を訴えるために見つけてほしいというものだった。結婚を餌に多額のお金を巻き上げるだけ巻き上げたら、姿を消したと言う。
「セシールさんは、その元婚約者さんにお会いになったことがありますか」
「一度姉を送って来てくれた時に家の中から顔を見たことはあります。姉から近い内に紹介すると言われていたのですが、その前に今回の事が起こってしまいました」
「そうですか」
私は困り果てて、手の中のカードをテーブルに軽くとんと叩きつけた。
「私が占えるのは基本的にはご本人様です。ただ、セシールさんがその方とお話しになったり、その方の情報があったりすれば現在の状況までぐらいならば辿っていくことも可能なのですが、どちらも無いとなると辿り着くのは……」
最後の言葉はぼかして伝えると彼女は眉をひそめ、唇をぎりっと噛みしめる。
申し訳ない気持ちになって私は一つ提案してみた。
「あの。お姉様に直接お話を伺えないでしょうか」
「それは……。姉は今、塞ぎ込んでいて誰とも口を聞きません」
「そうなのですか」
「はい。無理言って申し訳ありませんでした」
最初の勢いを失って彼女は肩を落とした。
何とか力になれないかと考えていると。
カラン。
店のドアベルが鳴った瞬間に、直感的に来たコレと思った。
「こんにちはー! リーネちゃんいるぅ?」
「声が大きいよ。他の人に迷惑でしょ。静かにして」
はきはきした女性の声が店内に響くと、その後にそれを窘める男性の声が上がった。
美人探偵のルチアーナ・ソルニエさんとその助手のレオン・ベルツ君だ。前の占い依頼以降、頻繁に店に訪れてくれ、今やカフェの常連さんとなってくれている。
「セシールさん。まずは情報集めするところから始めてみませんか?」
「え?」
「実は、騎士団が動いてくれないような小さな事件や困り事も承ってくれる探偵……何でも屋さんがいるんですよ」
ルチアさんが聞いたら何でも屋さんじゃないと強く抗議されるだろうだが、説明にはそれが一番分かりやすいので、そのように説明させていただく。
「何でも屋さん。その方に姉の……いえ、詐欺師の情報を探ってもらうのですか?」
「ええ。実は今ちょうどお店にいらっしゃるんですよ。ご紹介いたしましょうか」
「ぜひ! ぜひお願いします」
私は頷くとそれでは少し失礼いたしますと席を立って、占いブースから出た。
カウンターに座っていたルチアさんは私の顔を見つけると、すぐに笑顔と共に手を挙げる。
「リーネちゃん、こんにちは」
「こんにちは、ルチアさん、レオンさん。いつもありがとうございます」
「こちらこそ!」
二人に声をかけるとルチアさんは元気に、レオンさんは微笑で返事を返してきた。
「今日はまた行き詰まる依頼があってね、リーネちゃんに相談に来たのよ」
「そうなのですか? 実は私もルチアさんにお願いがございまして」
「リーネちゃんのお願い!? いいわよ、何でも言って!」
うきうきした様子のルチアさんに苦笑しながら、私は事のあらましを説明する。すると彼女は笑みを消して眉をひそめ、レオンさんと目を合わせると頷いた。
「今、その方はあちらにいらっしゃるの?」
「はい」
「では私たちもお邪魔してもいいかしら」
「お願いいたします」
私はまず人数分の椅子を用意し、占いブース内に二人を案内した。
「セシールさん、こちらが何でも……探偵業を営まれている所長のルチアーナ・ソルニエさんとその助手のレオン・ベルツさんです」
何でも屋と言おうとしてルチアさんに綺麗な笑みで睨まれたので、慌てて訂正しながら紹介した。
セシールさんはルチアさんを見上げると、先ほどまでの強ばった表情から一変して頬を染めてぽうっと見つめている。
容貌も姿形も良い美人さんだが、男装姿のルチアさんは女性から見てもとても格好いいからセシールさんが惚ける気持ちは分かる。
「か、格好いい……」
「フフフ。女性までも魅了してしまうだなんて、我ながら恐ろしいわ。何ならもっと褒め称えてくれてもいいのよ?」
「ルチアは口を開かない方が良い。残念な人にしか見えないから」
髪をお洒落に手で流してポーズを取るルチアさんに、レオンさんは冷めた視線を送った。
「ま、まあ。お二人ともお掛けになってください」
二人に椅子を勧め、あらためて話を切り出す。
「先ほどのお話ですが、ルチアさんにはセシールさんのご依頼を引き受けていただければと思いまして」
「ええ。もちろん。ただね、セシールさん」
ルチアさんは難しい表情でセシールさんを見つめる。
「結婚詐欺と言うのは立証が難しいのよ。お姉さんがどんな形で相手に援助したのか分からないけれど、相手が自分は騙したわけではなく、あくまでも困っているところに好意で受けただけだって言われればどうしようもないの」
以前、殿下の依頼を受けた詐欺師の話の時も立証が難しいと言っていたな。今回の場合とは少し状況が違うけれど。
「じゃあ、お金を取り戻すのは?」
「こちらが犯罪返しでもしない限り、とても難しいでしょうね」
尋ねる私に、ルチアさんは眉をひそめた。
結婚詐欺が男性の場合、基本的にはお金があるよう見せる場合が多いらしい。甲斐性が無い男に尽くしたがる女性も中にはいるが、基本的には経済力や包容力のある男の方が女性から惹かれやすいからだ。
また、次の詐欺に繋げるために派手にお金を使う。自分を飾り立ててお金を持っているように見せることで、お金を返すことができる能力の人間であると安心させる意味もあると言う。
一方、女性詐欺師は逆で、庇護欲をくすぐるために弱く、お金に困っている素振りを見せるらしい。
「お姉さんの相手も良い所の坊ちゃんという設定だったんじゃないかしら」
「……ええ。姉はそんな風に言っていました。お金を頻繁に要求してくるのは普通じゃないと私は何度も言ったのですが、ちゃんと返してくれる人だから大丈夫だと」
恋は盲目という部分もあったのだろう。嫌な面には目を伏せて、少し位の不安はあっても彼の良い所に縋っていたのかもしれない。
「お金が戻って来ないんじゃ、意味が無いですね」
「いいえ」
私が悔しさを込めて言うと、セシールさんは首を振る。
「たとえお金は返って来なくても構いません。騙され続ける姉も悪かったんですから。でも、きちんと姉には謝罪してほしいです」
「相手は詐欺で食べているんだから、謝らないかもしれないわよ」
「それでもいいんです。依頼料もきちんとお支払いしますから、見つけてください。お願いします!」
必死に懇願する彼女に、私たちは顔を見合わせる。レオンさんが頷いたところで(きっとお金の管理は彼に握られているに違いない)ルチアさんが口を開いた。
「……分かった。引き受ける。情報を集めてみるわ」
「ありがとうございます! よろしくお願いいたします」
あらためてセシールさんが知る限りの話を聞き、動きがあったら知らせることを約束したら彼女は帰って行った。すると、ルチアさんはふぅと小さくため息をつく。
「あれだけの情報で探すのは難しいですか?」
「実はね、それに関してはちょっとした当てがあるの。今、私が請け負っている依頼がどうやら同じ結婚詐欺師なのよ。だから後はひっ捕まえるだけよ!」
ルチアさんは自信ありげに、にっと笑った。
お。それは頼もしい! ルチアさんを紹介して良かった。……などと思っていたのだけれど。
「というわけでね! リーネちゃんにある人物を追ってもらいたいの」
「はい。どなたですか?」
「だからぁ詐欺師よ。結婚詐欺師。奴の行方を占ってね!」
つまり当ての本当の意味は、私の占いだったわけで……。
私はかろうじて空笑いをしてみせた。
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