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5.遺産相続人からのご依頼
第3話 強くなりたいのに
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「ソフィアさん、それ相応のサービスを受けていて、お金を払わないあなたの行為こそ、詐欺罪にあたりますよ」
「あら。占いが当たらなかったんだから、払う必要ないでしょ!」
彼女と話していると頭がおかしくなりそうだ。今まで、自分の我が儘が通る生活を送っていたのかもしれない。
「それは食事処で料理を食べたけど、口に合わなかったからお金を払わないと言っている食い逃げ犯と同じこと。そもそもあなたの行為は初めから人を欺くことありきでやっています。れっきとした犯罪ですよ。あなたもそう思うでしょう、レティシアさん」
埒があかないと思った私はレティシアさんに話を向けると、彼女はびくりと身体を震わせた。しかし最初から反省を見せていた彼女はすぐに頷いた。
「私たちは恥ずかしい事をしました。本当に申し訳ありませんでした。ほら、ソフィアも謝って」
私に同意するレティシアさんの言葉が余計に気に入らなかったようだ。ソフィアさんはこちらを凄い形相で睨み付けてきた。
「はっ! 何よ、たかだか社会の底辺の占い師ごときが! 偉そうに説教するんじゃないわよ。私はあなたみたいな人間とは違うの。お金も地位も手に入れられる選ばれた人間なんだから! そんなに欲しいならこれくらいのちっぽけなお金なんてくれてやるわよ。ほら!」
「――っ!」
顔にお金を投げつけてくるので咄嗟に腕で庇うと、テーブルや床に落ちて散る、いくつもの金属音が虚しく響いた。
「ソフィア! あなた、何てことを! う、占い師さん。お怪我は!?」
「いえ。大丈夫です」
おろおろと手を伸ばしてくるレティシアさんに笑みを向ける。一方でソフィアさんは席を立った。
「ヘボ占い師相手に、時間の無駄よ。私、帰るわ」
「ソフィア! 待ちなさい!」
ソフィアさんは乱暴に言い捨てて、足早にブースから出て行く。
「申し訳ありません。姉が乱暴な振る舞いをして、本当に申し訳ありません。このお詫びは日をあらためて必ず」
姉の代わりに、レティシアさんは私に何度も謝罪すると、ソフィアさんを追って帰って行った。
来る時も帰る時も騒がしい人である。でも時間の無駄だと言っていたし、私みたいなヘボ占い師の所にはもう二度と姿を現さないだろう。それだけが救いだ。ああ、清々する! ――って、お客様相手に思ってしまうから、私は未熟者なのか。
思わず苦笑する。
……これくらいの事、何でもない。世の中の理不尽さに比べれば可愛いもの。世界にはもっと不合理が存在する。いちいち気にしていたら切りが無い。むしろ叩かれて強くなる金属のように、色んな経験が私を強くしてくれるのだから、ありがとうと彼女に感謝しなければ。
「マディ」
背後からユリウスの声が聞こえて、びくりと肩が跳ねる。
多分、店の中にもこの騒ぎが聞こえていたのだろう。私は手を強く握りしめて振り返ると笑みを作った。
「あーあ、失敗。怒らせちゃった。でも彼女も酷いよね。私のこと、ヘボ占い師だって言うのよ。こっちを騙すつもりでやって来て、その言葉なのよ。失礼にもほ」
その先を言えなかったのは、自分が彼の胸に収まったから。
散々愚痴を言って憂さ晴らししたら、そこで終わりにしたいのに。一つ経験になったわと受け止めて強くなりたいのに。
彼は私を甘えさせて強くさせてはくれない。私の成長を妨げる憎らしい男だ。
――でも。
今は目の前の温もりを抱きしめた。
「ごめんね、ユーリ。もう大丈夫だから」
「……ん」
私はユリウスの背中に回していた手を下ろすと、彼も私を解放する。
「あ。お店の方は大丈夫?」
「ああ。皆、帰ったから」
「もしかして……こっちの方が原因で? 騒がしかったから」
「いや、違う。マディが心配することじゃない」
彼は見上げる私の額に手をやってくしゃりと撫でた。
「――っ」
ちかっと走った痛みに私が片目を伏せると、ユリウスはまだ置いていた手をずらして私の前髪を上げる。辺りに散らばるお金に気付いて推測したのだろう、彼は心持ち怒りを含んだような声で言った。
「少し赤くなっている。顔にお金を投げつけられたのか」
「あ。だ、大丈夫だよ!?」
凍てつくようなユリウスの瞳に、慌てて腕を取った。
「だ、大丈夫だし、それにもう来ないと思う。仮にまた来たとしても、私のお客様だから私がちゃんと応対する。だからユーリは」
手を出さないで。何だか恐ろしい事でもしでかしそうな雰囲気だから……。
言葉には出さないが、思いを込めて見上げると彼はため息をつく。私が一度決めたら譲らない頑固な性分だと知っているからだ。
「分かった。じゃあ、とりあえず額を冷やそう」
「うん。ありがとう」
その日の夜、居間のソファーでくつろいでいると。
ドサリ。
頭上から前のテーブルに何かが降ってきた。……どうやら資料のようだ。何だろうか、これ。
今度はその降ってきた天を見上げると、そこにはユリウスの姿が。
「あのー。これって」
「ベーカー姉妹の祖父、アレサンドロ・バトラーの資料だ」
「へっ!? 今日の今日だよ? し、仕事が早いデキる男ですね!?」
「どうも」
「褒めてな――いや、褒めているか」
私はテーブル上の束の資料をしばし、ぼうっと見つめた後、資料を指さしながらまたユリウスを見た。
「読めと?」
「読めと」
「レ、レティシアさんが謝罪に来たとしても、もう占いの依頼としては来ないんじゃないかなぁ」
別にこれだけの量を読むのがイヤとか言っているわけじゃあ、決してないのだが!
「来ると賭けてもいい」
「どうして?」
「マディが脈々と受け継がれた目映いほどの才能ある若手占い師だから」
からかっているのか、おだてているのか、彼は不敵な笑みを浮かべた。
私は彼の気持ちが嬉しいやら、照れくさいやらで冗談っぽく答える。
「そ。そか。じゃあ、才能の塊である若手占い師の私が、この資料内容を読まずに占ってみせよう」
「できるのか?」
「……どうもすみませんでした。できません」
淡々とした表情のユリウスに、素直な私はすぐ謝った。
「ユーリ。あのね……ありがと」
「ん。俺はお茶を淹れてくるから」
ユリウスは私の頭にぽんと手をやると、炊事場の方へと行った。
私は早速、資料を手に取る。ユリウスの文字は読みやすくて、すいすいと目を通すことができる。カフェの仕事があって、王宮からの仕事があるはずなのに、これだけの物を片手間にできるユリウスは本当に凄い。彼こそ、こんな所で才能を燻らせている人材ではないのに。
……って、今はそれどころじゃない。集中集中。私だってやればできるんだから。
ティーカップが音も無くテーブルの上に置かれるのが目に入って、顔を上げた。
「あ。ユーリ、ありがとう。お茶頂いていい?」
「ああ」
「……うん。美味しい! やっぱりユーリが淹れてくれたお茶は最高ね」
彼は微笑すると、お茶を堪能している私の横に座る。
「資料の方はどう?」
「ありがとう。よく分かったわ」
アレサンドロ・バトラー伯爵。現在六十二歳。三男一女の子供を持つ。妻には五年前に先立たれ、それぞれ所帯を持った子供たちは独立して家を離れ、現在、住み込みの使用人の他に一歳にも満たない子犬と暮らす。
バトラー氏本人は、伯爵という地位をただ引き継いだだけでなく、事業も積極的に手がけたやり手だった。仕事において役に立たない者は平気で切り捨て、自分に逆らう者は追放する独裁者。人から恨まれながらも、今ある財産を自分の代で十数倍にも増やしたと言われる。
ベーカー姉妹の母親を勘当したものの、自分の妻が亡くなってからはその面影を残している娘に会いたがっていたとも言われる。結局、娘は昨年事故死したため、今生の内に再会は叶わなかった。
ソフィアさんは自分の祖父のことを食えないジジイと言っていた。孫たちに自分の財産を巡って競わせるぐらいだから、ただの貴族のボンボンではないのは間違いないだろう。
「バトラー伯爵のご子息たちからしてみれば、親を裏切って飛び出した過去の亡霊にまで財産分与の権利を与えるだなんて面白くないでしょうね。――うん。まあ、ではこれで占ってみますか」
私はカードを手に取った。
三日後、レティシアさんが再び謝罪で店に訪れた。
「先日は大変失礼いたしました。酷いお怪我はなさらなかったでしょうか。お怪我の分とお詫びの分で、大変少なくて申し訳ないのですが」
こちらに差し出された小袋の中で金属音がする。
ソフィアさんは楽な生活ではないと言った。レティシアさんが無理に集めたお金なのかもしれない。
「いえ。大したことはなかったので、こんな事をしていただく必要はありません。お気持ちだけ」
「でも」
「お願いします。私は占い以外のお金を受け取ることはできません」
「……申し訳ありません」
私は小袋をレティシアさんの方へと戻すと、半ば目を伏せながら彼女は謝罪した。
「あれから他の占い師の方にも謝罪と返金に回っておりました」
「そうだったのですか」
「……ソフィアも昔はあんな子ではなかったんです」
レティシアさんはそれを皮切りに、姉の過去話を始めた。
母親が貴族の出だと知った時から変わってしまったらしい。もし母が家を出なければ、自分は貴族のお嬢様だったかもしれないと夢見てしまったのだろうと。事実、血の繋がりのあるいとこたちは貴族のご子息であったり、ご令嬢であったりするのだから。
彼女はその誇りと容姿を武器に貴族や資産家の男性とばかり付き合い、派手な生活をするようになったそうだ。そして今回の話。本当の貴族のお嬢様になれるのは夢ではなくなったと思ったに違いないと。
「あなたはどうですか」
「もちろんお金があれば助かることはたくさんあります。それは否定しませんし、できませんね」
自嘲するようにくすりと彼女は笑う。
なかなか素直なようだ。私も同意の笑みを返した。
「私も同じ気持ちです。お金と地位があれば、今の身分ではできない事でも容易くできてしまう。人間ならそれに魅力を感じないはずがありません」
「ふふ。占い師さん……ごめんなさい。お名前は何とおっしゃいましたか? もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか」
レティシアさんは小さく笑ったが、すぐに笑みを消して口に手を当てる。
彼女たちにとって、きっと実力を試すだけの占い師には名前など必要なかったのだろう。しかし今ここで尋ねてくれるというのは、少なくとも一人の人間として認めてくれたということだ。
「マデリーネ・アモンドと申します、レティシアさん」
「そうですか。失礼いたしました、マデリーネさん。マデリーネさんも私たちと同じ欲のある人間なのですね」
「もちろんですよ。占い師は理性の塊だとでも思っていましたか? 欲の塊ですよ。もっと有名になりたいなーとか」
「まあ。そ――」
「じゃあ、その欲を叶えてあげる」
レティシアさんの言葉を遮って、誰かが傲慢そうに言った。
「……どうやらもう一人欲のある人間が現れたようですね」
占いブースへと顔を出したのは言わずもがな。
「いらっしゃいませ。――こんにちは、ソフィアさん」
「あら。占いが当たらなかったんだから、払う必要ないでしょ!」
彼女と話していると頭がおかしくなりそうだ。今まで、自分の我が儘が通る生活を送っていたのかもしれない。
「それは食事処で料理を食べたけど、口に合わなかったからお金を払わないと言っている食い逃げ犯と同じこと。そもそもあなたの行為は初めから人を欺くことありきでやっています。れっきとした犯罪ですよ。あなたもそう思うでしょう、レティシアさん」
埒があかないと思った私はレティシアさんに話を向けると、彼女はびくりと身体を震わせた。しかし最初から反省を見せていた彼女はすぐに頷いた。
「私たちは恥ずかしい事をしました。本当に申し訳ありませんでした。ほら、ソフィアも謝って」
私に同意するレティシアさんの言葉が余計に気に入らなかったようだ。ソフィアさんはこちらを凄い形相で睨み付けてきた。
「はっ! 何よ、たかだか社会の底辺の占い師ごときが! 偉そうに説教するんじゃないわよ。私はあなたみたいな人間とは違うの。お金も地位も手に入れられる選ばれた人間なんだから! そんなに欲しいならこれくらいのちっぽけなお金なんてくれてやるわよ。ほら!」
「――っ!」
顔にお金を投げつけてくるので咄嗟に腕で庇うと、テーブルや床に落ちて散る、いくつもの金属音が虚しく響いた。
「ソフィア! あなた、何てことを! う、占い師さん。お怪我は!?」
「いえ。大丈夫です」
おろおろと手を伸ばしてくるレティシアさんに笑みを向ける。一方でソフィアさんは席を立った。
「ヘボ占い師相手に、時間の無駄よ。私、帰るわ」
「ソフィア! 待ちなさい!」
ソフィアさんは乱暴に言い捨てて、足早にブースから出て行く。
「申し訳ありません。姉が乱暴な振る舞いをして、本当に申し訳ありません。このお詫びは日をあらためて必ず」
姉の代わりに、レティシアさんは私に何度も謝罪すると、ソフィアさんを追って帰って行った。
来る時も帰る時も騒がしい人である。でも時間の無駄だと言っていたし、私みたいなヘボ占い師の所にはもう二度と姿を現さないだろう。それだけが救いだ。ああ、清々する! ――って、お客様相手に思ってしまうから、私は未熟者なのか。
思わず苦笑する。
……これくらいの事、何でもない。世の中の理不尽さに比べれば可愛いもの。世界にはもっと不合理が存在する。いちいち気にしていたら切りが無い。むしろ叩かれて強くなる金属のように、色んな経験が私を強くしてくれるのだから、ありがとうと彼女に感謝しなければ。
「マディ」
背後からユリウスの声が聞こえて、びくりと肩が跳ねる。
多分、店の中にもこの騒ぎが聞こえていたのだろう。私は手を強く握りしめて振り返ると笑みを作った。
「あーあ、失敗。怒らせちゃった。でも彼女も酷いよね。私のこと、ヘボ占い師だって言うのよ。こっちを騙すつもりでやって来て、その言葉なのよ。失礼にもほ」
その先を言えなかったのは、自分が彼の胸に収まったから。
散々愚痴を言って憂さ晴らししたら、そこで終わりにしたいのに。一つ経験になったわと受け止めて強くなりたいのに。
彼は私を甘えさせて強くさせてはくれない。私の成長を妨げる憎らしい男だ。
――でも。
今は目の前の温もりを抱きしめた。
「ごめんね、ユーリ。もう大丈夫だから」
「……ん」
私はユリウスの背中に回していた手を下ろすと、彼も私を解放する。
「あ。お店の方は大丈夫?」
「ああ。皆、帰ったから」
「もしかして……こっちの方が原因で? 騒がしかったから」
「いや、違う。マディが心配することじゃない」
彼は見上げる私の額に手をやってくしゃりと撫でた。
「――っ」
ちかっと走った痛みに私が片目を伏せると、ユリウスはまだ置いていた手をずらして私の前髪を上げる。辺りに散らばるお金に気付いて推測したのだろう、彼は心持ち怒りを含んだような声で言った。
「少し赤くなっている。顔にお金を投げつけられたのか」
「あ。だ、大丈夫だよ!?」
凍てつくようなユリウスの瞳に、慌てて腕を取った。
「だ、大丈夫だし、それにもう来ないと思う。仮にまた来たとしても、私のお客様だから私がちゃんと応対する。だからユーリは」
手を出さないで。何だか恐ろしい事でもしでかしそうな雰囲気だから……。
言葉には出さないが、思いを込めて見上げると彼はため息をつく。私が一度決めたら譲らない頑固な性分だと知っているからだ。
「分かった。じゃあ、とりあえず額を冷やそう」
「うん。ありがとう」
その日の夜、居間のソファーでくつろいでいると。
ドサリ。
頭上から前のテーブルに何かが降ってきた。……どうやら資料のようだ。何だろうか、これ。
今度はその降ってきた天を見上げると、そこにはユリウスの姿が。
「あのー。これって」
「ベーカー姉妹の祖父、アレサンドロ・バトラーの資料だ」
「へっ!? 今日の今日だよ? し、仕事が早いデキる男ですね!?」
「どうも」
「褒めてな――いや、褒めているか」
私はテーブル上の束の資料をしばし、ぼうっと見つめた後、資料を指さしながらまたユリウスを見た。
「読めと?」
「読めと」
「レ、レティシアさんが謝罪に来たとしても、もう占いの依頼としては来ないんじゃないかなぁ」
別にこれだけの量を読むのがイヤとか言っているわけじゃあ、決してないのだが!
「来ると賭けてもいい」
「どうして?」
「マディが脈々と受け継がれた目映いほどの才能ある若手占い師だから」
からかっているのか、おだてているのか、彼は不敵な笑みを浮かべた。
私は彼の気持ちが嬉しいやら、照れくさいやらで冗談っぽく答える。
「そ。そか。じゃあ、才能の塊である若手占い師の私が、この資料内容を読まずに占ってみせよう」
「できるのか?」
「……どうもすみませんでした。できません」
淡々とした表情のユリウスに、素直な私はすぐ謝った。
「ユーリ。あのね……ありがと」
「ん。俺はお茶を淹れてくるから」
ユリウスは私の頭にぽんと手をやると、炊事場の方へと行った。
私は早速、資料を手に取る。ユリウスの文字は読みやすくて、すいすいと目を通すことができる。カフェの仕事があって、王宮からの仕事があるはずなのに、これだけの物を片手間にできるユリウスは本当に凄い。彼こそ、こんな所で才能を燻らせている人材ではないのに。
……って、今はそれどころじゃない。集中集中。私だってやればできるんだから。
ティーカップが音も無くテーブルの上に置かれるのが目に入って、顔を上げた。
「あ。ユーリ、ありがとう。お茶頂いていい?」
「ああ」
「……うん。美味しい! やっぱりユーリが淹れてくれたお茶は最高ね」
彼は微笑すると、お茶を堪能している私の横に座る。
「資料の方はどう?」
「ありがとう。よく分かったわ」
アレサンドロ・バトラー伯爵。現在六十二歳。三男一女の子供を持つ。妻には五年前に先立たれ、それぞれ所帯を持った子供たちは独立して家を離れ、現在、住み込みの使用人の他に一歳にも満たない子犬と暮らす。
バトラー氏本人は、伯爵という地位をただ引き継いだだけでなく、事業も積極的に手がけたやり手だった。仕事において役に立たない者は平気で切り捨て、自分に逆らう者は追放する独裁者。人から恨まれながらも、今ある財産を自分の代で十数倍にも増やしたと言われる。
ベーカー姉妹の母親を勘当したものの、自分の妻が亡くなってからはその面影を残している娘に会いたがっていたとも言われる。結局、娘は昨年事故死したため、今生の内に再会は叶わなかった。
ソフィアさんは自分の祖父のことを食えないジジイと言っていた。孫たちに自分の財産を巡って競わせるぐらいだから、ただの貴族のボンボンではないのは間違いないだろう。
「バトラー伯爵のご子息たちからしてみれば、親を裏切って飛び出した過去の亡霊にまで財産分与の権利を与えるだなんて面白くないでしょうね。――うん。まあ、ではこれで占ってみますか」
私はカードを手に取った。
三日後、レティシアさんが再び謝罪で店に訪れた。
「先日は大変失礼いたしました。酷いお怪我はなさらなかったでしょうか。お怪我の分とお詫びの分で、大変少なくて申し訳ないのですが」
こちらに差し出された小袋の中で金属音がする。
ソフィアさんは楽な生活ではないと言った。レティシアさんが無理に集めたお金なのかもしれない。
「いえ。大したことはなかったので、こんな事をしていただく必要はありません。お気持ちだけ」
「でも」
「お願いします。私は占い以外のお金を受け取ることはできません」
「……申し訳ありません」
私は小袋をレティシアさんの方へと戻すと、半ば目を伏せながら彼女は謝罪した。
「あれから他の占い師の方にも謝罪と返金に回っておりました」
「そうだったのですか」
「……ソフィアも昔はあんな子ではなかったんです」
レティシアさんはそれを皮切りに、姉の過去話を始めた。
母親が貴族の出だと知った時から変わってしまったらしい。もし母が家を出なければ、自分は貴族のお嬢様だったかもしれないと夢見てしまったのだろうと。事実、血の繋がりのあるいとこたちは貴族のご子息であったり、ご令嬢であったりするのだから。
彼女はその誇りと容姿を武器に貴族や資産家の男性とばかり付き合い、派手な生活をするようになったそうだ。そして今回の話。本当の貴族のお嬢様になれるのは夢ではなくなったと思ったに違いないと。
「あなたはどうですか」
「もちろんお金があれば助かることはたくさんあります。それは否定しませんし、できませんね」
自嘲するようにくすりと彼女は笑う。
なかなか素直なようだ。私も同意の笑みを返した。
「私も同じ気持ちです。お金と地位があれば、今の身分ではできない事でも容易くできてしまう。人間ならそれに魅力を感じないはずがありません」
「ふふ。占い師さん……ごめんなさい。お名前は何とおっしゃいましたか? もう一度お聞きしてもよろしいでしょうか」
レティシアさんは小さく笑ったが、すぐに笑みを消して口に手を当てる。
彼女たちにとって、きっと実力を試すだけの占い師には名前など必要なかったのだろう。しかし今ここで尋ねてくれるというのは、少なくとも一人の人間として認めてくれたということだ。
「マデリーネ・アモンドと申します、レティシアさん」
「そうですか。失礼いたしました、マデリーネさん。マデリーネさんも私たちと同じ欲のある人間なのですね」
「もちろんですよ。占い師は理性の塊だとでも思っていましたか? 欲の塊ですよ。もっと有名になりたいなーとか」
「まあ。そ――」
「じゃあ、その欲を叶えてあげる」
レティシアさんの言葉を遮って、誰かが傲慢そうに言った。
「……どうやらもう一人欲のある人間が現れたようですね」
占いブースへと顔を出したのは言わずもがな。
「いらっしゃいませ。――こんにちは、ソフィアさん」
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