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3.美人探偵からのご依頼

第3話 愛とお金をはかりにかけて

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「ほくろは口元の右下にあります」
「え!?」

 嘘! そんな……。レオンさんからせっかく信頼を得たのに、ここに来てまた失った!?
 愕然としていると、彼はルチアさんの方を見て頭が痛そうに眉をひそめた。

「ルチア、また記憶間違えしているね」
「え? 失礼ね! していないわよ。こう、右目の下に色っぽい涙ぼくろがあってね」

 ルチアさんは自分の目の下をとんとんと指で叩く。
 それを見たレオンさんはもう一度大きくため息をつくと、こちらを見た。

「マデリーネさん。すみません。ルチアが記憶違いしていて」
「え? あ、あの。え?」
「ルチアが間違っているんです」

 混乱している私にレオンさんが説明してくれるが、動揺している頭ではうまく処理できない。

「え? えーっと、つまり……」
「マデリーネさんはルチアの記憶から探ったんですよね。だとしたら占いは合っています。間違った情報を持つルチアから占い結果を出してしまったんですから」
「え、えーっ!?」

 レオンさんは大きく大きくため息を吐いた。

「ルチアは人を覚えるのが苦手なんです。それで対象者を見失ってしまうこともしばしばです」
「ちょっとぉ! 完璧な私の唯一の欠点を晒さないでよ!」
「晒さなきゃ、マデリーネさんの間違いみたいになるでしょうが。それに欠点は一つだけじゃないから安心して」
「何ですって。生意気よ、レオン!」

 目の前で二人は言い合いになる。
 は、ははは……。ま、まあ。一応間違っていなかったみたいで良かったよ。うん。
 私は私で気が抜けたところで。

「失礼いたします」

 ユリウスの低い声が聞こえてきた。
 お茶の用意をしてくれたのだろう。私ははいと返事した。するとユリウスは占いブースに入ってきて、品のある所作で彼らにお茶を差し出してくれる。

「あら。イイ男」

 ユリウスを見上げたルチアさんが軽やかに言うと、横のレオンさんが嫌な顔をするのを目撃した。
 私の視線に気付いたのか、彼は一瞬だけこちらを見て動揺したが、すぐに心情を隠すようにぷいっと横を向いた。

 最初から敵意を見せてきたことと言い、なかなか感情が分かりやすい人である。
 思わず零れかけた笑みを咳払いで誤魔化した。

「あら。リーネちゃん、大丈夫?」
「え、ええ。お構いなく」

 緩んだ口元を隠して横を向くが、レオンさんの鋭い視線が刺さってくるのを感じる。
 大丈夫ですって。私には個人情報の守秘義務があります。
 すると。

「リーネ?」

 ユリウスの声が私の頭に降ってきたので、私は見上げてまだ続いていた笑みをそのまま向けた。

「ええ。マデリーネのリーネ。ルチアさんが付けてくれたんだ。リーネ! 可愛いでしょ!」
「……そう」
「うん!」

 彼はそれだけ呟くと、私から視線を外して二人に微笑んだ。

「それではごゆっくりどうぞ」

 そのまま踵を返すユリウスの背中を見送っていると、ルチアさんに声をかけられる。

「ねえ。リーネちゃん。今の人って」
「ええ。ここのカフェの店主です。彼が淹れるお茶は本当に最高なんですよ。占いのお客様にはサービスで出させていただいています。ぜひ召し上がってください!」
「あ、ああ、そっか。うん。そこを聞きたかったんじゃないんだけどな。うん、まあいいかな」

 苦笑いするルチアさんと呆れる笑みを浮かべるレオンさん。
 彼らの微妙な笑みに、私はとりあえず疑問と困惑の笑みで返した。

「さて。では私は占いの続きをさせていただきますね」

 とは言え、やはりルチアさんからの情報だけでは彼の現在、未来を占うことはできない。ならば彼女がどこに足を向ければ、彼と出会えるかを占えば良い。
 方向性が決まったところでカードに集中すると。

「やっだー。お茶もこのクッキーも美味しい!」

 ルチアさんが感動の声を上げてくれた。

「え? 本当ですか? 嬉しい。良かった!」
「もしかしてリーネちゃんが焼いたの? このクッキーもお店で提供しているの?」
「はい。でもそれはお茶のサービスでお付けしているだけです」

 お茶請けとして、小さな一口クッキーを二枚添えているのだが、甘過ぎないので、男性にもご好評いただいている。

「メニューに入れればいいのに。お持ち帰り用とかさ。買って帰りたいわ」
「ありがとうございます。でもカフェは二人でやっているものですから、できる範囲でのご提供となっているんです」
「そうなの? 勿体ない。他の人は募集しないの?」
「今はまだ二人で回せていますので」

 それに占い師として有名になってから考えろって言われたしな。はは……。

「えーでも」
「はい。ルチア、そこまで。いつまでも話しかけると、マデリーネさんが占いに集中できないでしょ」
「……あ。そうだったわね。ごめんなさい」

 レオンさんが会話を止めると、ルチアさんはぺろっと舌を出した。
 美人さんだけどサバサバしているから嫌味が無いのがいいな。

「私もつい嬉しくなって話し込んですみません。では占いを再開しますね」

 カードに意識を向けてカードを開いていくと残ったのは。

「農園、北、果実……ですね」
「果実園ってことかな。確か北の地域に有名なワイン製造元のブドウ園があったような」
「それよ! 間違いないわ!」

 ルチアさんはそれだけ言うと、ちょっと待ってねと目を伏せた。
 頭の中でこれまでの情報を整理し、考察しているらしい。
 ――しばし沈黙が続いて。

「閃いたわ! いい。私の推理はこうよ」

 ルチアさんは指をびしっと立ててとうとうと語り出した。
 彼はワイン愛好家だった。そこでワイン製造元にまで自分の足で行って確かめようとしたが、農園に着いた途端、すってんコロリ。頭をしこたま打って意識混濁。身元を聞き出せないまま、眠りから覚めた時には記憶を失っていた。そこで心優しき純朴な農園の娘が誠心誠意看護する内にいつしか二人は恋に落ち、彼はそこでの新たな暮らしを始めてしまった。
 ……とルチアさんは言う。

「どや! 完璧な名推理! 我ながら頭脳明晰さに惚れ惚れするわね。フフフ」

 ルチアさんは顎に手を当て、悦に入っておられる様子。
 私はと言うと、ぽかんと口を開けるばかりだ。ご主人はどんなドジっ子さんなんだ……。真面目に検討すると、これまでの情報を組み立てて導き出した答えというより、物語要素を過分に入れ込んだ暴論のような気がしなくもない。
 さて、私は彼女に何と答えればよろしいでしょうか。

「え、えーと」

 その言葉だけで私が困っている事を察したレオンさんは苦笑いした。

「マデリーネさん。妄想が激しいのもルチアの性格だからあんまり気にしないで。むしろ完全無視でも問題ないです」
「は、はあ」

 レオンさんがしらっとした表情でばっさり切るのを苦笑の中、見届けていると、ルチアさんが怒りの拳を作った。

「失礼ね! 見ててご覧なさい。彼を見つけた時、それが証明されるから! リーネちゃんにもちゃんと結果報告するからね」
「はい。では、捜索頑張ってくださいね」
「ええ。今日は本当にありがとう」
「こちらこそ。またのご利用お待ちしております」

 満足げに彼らは帰って行った。


「ルチアさん、美人さんなのに面白い人だったわー」

 私が彼らのカップを片付けながらユリウスに話していると。

「リーネ」
「……え」

 ユリウスの声で不意にリーネと呼ばれて、なぜかどきりと胸が高鳴った。きっと彼には幼い頃からマディと呼ばれ続けているからだろう。

「彼女が付けたんだ。リーネって」
「う、うん。そうなの」
「リーネ」

 リーネと呼ぶ彼の声がその涼やかな響きのせいか、なぜか妙に甘く感じて熱が頬に集まってくる。

「ど、どうせ。柄にもないって思っているんでしょ!」
「思っていないけど。なかなかいいんじゃない。リーネ」
「や、止めてよ! その声でその名を呼ばないで!」

 熱の急上昇により耳まで熱くなって耐えきれず、そっぽを向いた。

「へぇ。確かに可愛いな。……リーネ」
「え?」

 耳をくすぐるユリウスの声に思わず振り返ると、彼は小さく笑った。

「音の響きがね」

 ……でしょうね。
 なっ! んにも期待しとらんかったですよ、わたくしはっ。


 三日後。
 ルチアさんとレオンさんが再び店にやって来た。結果を報告に来てくれたのだ。

「リーネちゃん、ありがとうね! あなたの占い通り、北部のブドウ園で見付かったわ!」
「本当ですか! 良かった」

 私も自分が関わっていた以上、ルチアさんの結果報告は本当に嬉しい。自分への自信にも繋がる。

「そ・し・て。何と!」

 彼女は麗しい唇をにぃっと横に引いた。

「私の推理も見事に当たっていたわよ! 彼が訪れた前日に雨が降って、土がぬかるんでいたんですって。そこに足を踏み入れて滑って転んだらしいわ」
「え!?」

 ……マジですか。
 私は慌ててレオンさんを見て確認すると、彼は苦笑いしながら頷いた。

「ちょっとぉ。何でレオンの方を見て確認するのよ。私の言葉が信じられないって言うの?」
「え。あ。い、いえ。ごめんなさい。まさかそんな物語みたいなお話が本当に起こるなんて、すぐには信じられなくて」
「事実は小説より奇なりよ! ま、この私にかかれば、これっくらい想定範囲内のことですけどぉー! おほほほほ」

 頬に手を当てて高笑いするルチアさん。その姿が何ともお似合いなことで……。
 ひとしきり高笑いして気が済んだのか、笑いを止めると、ああ、そうだわと彼女は話を切り出した。

「今日はその報告だけじゃないの。占いの相談が一つあってね」
「あ。はい。何でしょうか」
「ええ。これなの」

 彼女は足元のカバンから二つの布袋をテーブルに置いた。

「この左の方が奥様から頂いた前金。右の方が失踪者ご本人、つまり旦那様から頂いた依頼金よ」

 左の方が見るからにずっしり重そうだ。
 これだけで前金かぁ。だとしたら成功報酬はもっとあるんだろうな。いいなぁ。――って、いやいや。問題はそこじゃなくて。

「あの。旦那様からって、どういう……」

 すると彼女は顎に手をやって苦笑いする。

「それがねぇ。彼、既に記憶は戻っていたんだけど、自分は見付からなかったことにしてくれって、お金を押しつけられちゃったのよ」
「え!?」

 ルチアさんから聞いたあらましはこうだ。
 彼は子爵だが、爵位はあっても貧乏貴族。一方、奥様のお家は豪商だが、お金はあっても爵位がない。二人が結婚すれば互いに欲しい物を手に入れられる、つまり親が利害一致の中で政略結婚させたというどこにでもある話。けれど実際のところ、お金は奥様がしっかり握っていて彼の自由にできないらしい。

「まあ。貧乏貴族になるには、なるだけの理由があるからでしょうね。お金の運用が下手とかね。だから奥様が管理した方がいいと思っていたのでしょ。それを面白く思っていなかったのか何なのか、失踪当日、ワイン好きの彼が気晴らしで一人ブドウ園に出かけたらしいの」

 そこまで言うと彼女は呆れたように肩をすくめた。

「今は彼女の献身的な看護に感動し、自分は真実の愛に目覚めたなどと言っているわ。自分はここで生きていく。見付からなかったことにしてくれってわけ」
「はぁ」

 何だかなぁ……。
 ルチアさんが呆れるのも頷ける。

「で。一度はとりあえず預かりますと言って受け取ってしまったんだけど、このまま両方頂くと、今後の信用問題に関わるからね。どちらかを返すつもり。そこで、今回またリーネちゃんに相談しようと思って」
「なるほど」

 つまりどちらを取る方がいいのか占ってくれという相談か。
 私は頷くとにっこり笑った。

「それは占うまでもございません」
「と言うと?」
「取るのは――こちら!」

 迷いもなく左の布袋をびしっと指さす。

「奥様からの前金。そう、金額の多い方です」

 胸張って宣言すると、目の前の二人は目を見開いて固まった。
 ――が。
 固まり続けるレオンさんとは裏腹に、ルチアさんはすぐに、ぱっと表情を明るくした。

「そうよねー! 私も奥様からの報酬にするべきかなと思っていたの。やっぱり真実の愛よりお金よね。愛で飯が食えるかってね! リーネちゃんとは気が合うわぁ」
「やっぱり愛の重さよりお金の重さですよね。お金!」

 手を取り合って笑い合う私たちの横で、レオンさんは女って……と顔を引きつらせたのだった。
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