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1.やんごとなきお方からのご依頼
第4話 正義という名の道楽
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恐縮する私の前で、この国の第二王子、エリオット・アルメキア殿下は不満げに一つ息を吐き、頬杖をついた。
「顔を見せたところで、君も少しは気付くかと思ったんだけどね」
「も、申し訳ございません」
そうは仰いましても、王家方々のご尊顔なんてじっくり拝見したことはないですよ。せいぜいはるか遠くから豆粒くらいのお顔でしか。
「酷いな。この国の王子だよ? それでなくても僕はこんなに見目麗しいのに、それを忘れ――」
「ところで殿下。本日は何のご用で見えたのですか」
対応を考えあぐねている私を庇うようにユリウスはエリオット殿下に尋ねると、殿下は仕方なさそうに彼に視線を戻した。
「ああ。ユリウスが飼っているカナリアを見に来たんだ」
「殿下、お言葉が過ぎますよ」
ユリウスがカナリアを飼っていたかと、一瞬本気で考えてしまったが、どうやらカナリアとは私のことらしい。彼の冷たい横顔でなぜか気付いた。
すると殿下は肩をすくめた。
「エヴァンズ家の中でも特に君を敵に回すと恐ろしいからね。素直に謝っておくよ。悪かった」
ユリウスの家は、実は王家に対しても発言力が強い公爵家だったりする。決して『麗しき庶民の王子様』ではないのだ。
そんな本物の貴族のご子息様がなぜこんな下町のカフェを経営することなどできるのかという話になるわけだが、彼曰く三男坊で家督相続を気にしないでいられるから好きにできているらしい。ただし条件付きらしく、王宮からの仕事を受けているのはその一つなのかもしれない。
……とは言え、貴族のご子息である以上、遠くない未来、貴族のご令嬢と結婚することになるのだろう。
「供の者も付けず、女装までしてわざわざ来られたのはそれだけですか?」
「まさか。お忍びで市井を回っているんだよ。上に立つ者、下々の生活も知らないとね」
「ああ、なるほど。それは良いお心がけです。ではそろそろお帰りの時間ですね。来られた時と同様に跡形もなくお消えください」
「冷たいね!」
彼らもまた古くからの付き合いなのだろう。
聞く人が聞けば不敬罪にも当たるユリウスの淡々と冷めきった言葉にも、殿下は特に気分を害しておらず、むしろこんなやり取りも慣れっこで楽しんでいるようだ。
うちの先祖は王宮専属占術師になった際に爵位を与えると言われていたらしいが、地位も名誉もいらんから、それに見合った金をくれとのたまったらしい。
その先祖の気質を現在も色濃く引き継いでいるようで、若い頃から有能だったらしい祖母も王宮に入ることを嫌い、特別な名誉職も地位も拒否して庶民の生活を選んだ。そのため、森奥深く辺鄙な所にある占い館にもかかわらず、祖母の元へ有力者が嬉々として足繁く通う流れになっているようだ。
ユリウスとは父親のエヴァンズ公爵がうちに連れてきた経緯で、身分差があるにもかかわらず幼い頃から付き合いがあるというわけである。
それにしても地位に見向きしないのは無頓着なのか、ただ単にお金にがめついだけなのか。私としてはくれるっていうものは、何だって貰っておけば良かったのにと思う。そうすれば今頃は、下級でも私はお貴族様だったかもしれない。
って、地位もお金も望むって私の方ががめついか。……まあ、私もお貴族様の生活そのものが羨ましいというわけではないのだけれど。
「本気で視察なんだよ。さっき君に話した事は嘘じゃないんだ」
二人の様子を傍観していたのに、急に殿下の意識がこちらに向けられて、我知らずびくりと身を引いて姿勢を正す。
「はい。あ、え。自称占い師に金品を不当に取られたというお話ですか?」
「うん。僕じゃなくて、貴族のお嬢様方がね」
王族をはじめ、貴族、庶民でも豪商のご子息ご息女が通う学園において、最近、ご息女の間で穏やかではない雰囲気が漂っている事態に気付いたらしい。
確かに学園内では、身分は関係なく平等が原則とされているが、さすがに殿下相手に話すわけにはいかないと思っているだろう。特に深刻そうな女性を友人に言葉巧みに尋ねてもらったところ、心中を告白したらしい。
「どうも一人や二人の被害ではないようだし、城下町の民も同じ被害を受けているかもしれないと気になって何度か調査に来たんだ。でも、どうやら貴族の娘だけだったみたいだね」
町には商人と共に曲技団や占い師などが頻繁にやって来るが、今は特に噂にはなっていない。今回、流れの占い師のようだから、短期間に高額をかき集められ、醜聞を恐れて簡単に口止めできる貴族のお嬢様方が狙われたに違いない。
「もう何度も足をお運びになっていたのですか」
「うん。しかも犯人も特定できている」
「では、もう捕まったのですね」
「いや。それがねー」
殿下は表情を曇らせてため息をつくと、椅子の背に身を任せて腕と足を組んだ。
……殿下。今、女装していらっしゃるの、忘れていませんか。
「騎士団に捕まえるように言ったんだけど、詐欺罪は立証が難しいって言うんだよ。占いって言うのは『言葉』を売るものだろう? 占い師としては報酬の対価としてちゃんと助言しているわけだし、その助言が嘘だと証明できないからという理由らしい」
「そんな……」
でも確かに私も占い結果に満足がいかなかったから返金しろと詰め寄られても、困るのは困る。もちろん言葉の責任はあるが、ちゃんと仕事分はこなしているからだ。もちろんそれを利用して詐欺に使ったりはしないけれど。
「この国は占いが盛んな割には王宮専属占術師の選出以外は特別な資格試験が無く、こういう事が起こるのは以前から問題になっています。今回、それが浮き彫りになったわけですね。占い師の名を騙り、それを貶めた詐欺師だけはどうしても許せません」
「だろう!? 君も占い師として許せないよね。そう言ってくれると思っていたよ!」
ぱっと表情を明るくした殿下が腕を伸ばして私の手を取ったかと思うと、ユリウスはすぐさま何のためらいも無く殿下の手に手刀を落として切った。
「痛ったあ。何するわけ!?」
「殿下ともあろう者が嫁入り前の婦女子に軽々しく手を出さないでください」
「ったく何だよ。ケチ!」
殿下はユリウスを睨み付けると、年齢相応に子供っぽく言い捨てる。が、まあいいやとため息をつき、あらためてこちらを見た。
「マデリーネ。犯人が許せないと言ったね。だったら僕に協力してくれるよね?」
「殿下、何を」
占い師でもないユリウスだが、長年の経験から嫌な予感を察したらしい。しかし殿下の王家たる威厳と、何よりも気迫がみなぎる勢いを前に私は圧倒されていた。
「え、えと? わ、私でお力になれる事があるのでしたら」
「ありがとう! それでは金品奪還作戦を決行しよう!」
「――は?」
ユリウスと私の二つの声が重なり合った。
その日の夜。
「ここは……」
「最近、差し押さえたばかりの賭場なんだ。我が国では、賭博は禁止されているからね」
超庶民の私が見ても分かるほど上等で真っ赤な絨毯が敷かれ、緑色の布が張られたテーブルと椅子がいくつも並んでいる。また、一画には食事処があって、口にしたこともないような美味しそうな料理やら飲み物が並べられている。その会場で制服を着た従業員と華やかな男女が何人も談笑していた。
殿下の言葉を聞きながら、そんな様子を興味深く見回す私の背後から声をかけてきたのは。
「やあ、マデリーネちゃん」
「アレン様! こんばんは」
カフェにもよく立ち寄ってくださる騎士団長のアレン・クレバス様で、現在三十歳半ばくらいだろうか。貴族階級のお方だが、私にもとても気さくに接してくださる。
本日は従業員規定の白のシャツと黒のジレを着込んでいるが、鍛え上げられた体格の良いアレン様には少々窮屈な印象を受ける。
「こんばんは。今日は殿下の道楽に付き合わせて悪いね」
「い、いえ。道楽だなんて」
「いや。道楽でいいんだよ。殿下は面白そうだから、首を突っ込んでいるだけなんだから」
「えっと。そ、そんな」
アレン様は、王族とは身分の差は大きいものの、代々王宮で剣術の師を務める体力勝負系の家系でもあることから、王族の者に対しても歯に衣着せぬ物言いをするようだ。
「道楽とは失礼だな、アレン。正義のためだよ、正義の!」
「これはこれは殿下。って、何て格好してんですか、あなたは」
「変装だよ、変装。僕の美しさにお情けを頂こうと、思わず跪きたくなっただろう? ふっ。我ながら思わず見惚れてしまうね。マデリーネもそう思わない?」
「……はい。ですね」
素直に同意する私の一方で、アレン様が呆れるのは当然のことだ。扇を広げて目元だけで笑う殿下は、華やかな衣装に身を包み、またしても女装しているのだから。
もはや趣味としか思えない。いや、絶対趣味だ。趣味に決まっている。
「マデリーネ。君のドレスもよく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
「それに引き換え、アレン。お前と言ったら……」
殿下は私に軽く社交辞令を言って扇を閉じると、頭痛がするように額を押さえた。
「その服、絶望的に似合っていないよ。こんな筋肉隆々の賭博師や従業員がいるとでも思う? 威圧感のせいで警戒されるじゃないか。裏方に回るか、警備の役でもやって」
「ええ!? 自分ではなかなか似合っていると思っていたんですがね。マデリーネちゃんもそう思うかい?」
「え? あ、あーははは。ど、どうでしょう?」
アレン様に意見を求められて、空笑いするほかはない。私はそのまま話を逸らしにかかる。
「ところでこの町にも、しかもこんな近くに賭場があっただなんて驚きです」
殿下は詐欺で捕まえられないのであれば、詐欺師を言葉巧みに誘い出し、賭博で被害者からだまし取った金品を全て吸い上げてしまえば良いという、少々乱暴な方法を取ることにしたらしい。そのためには賭場が必要だ。そこで先日、騎士団が差し押さえたばかりで、まだ手を付けていなかったここの賭場が選ばれたのだと言う。
「まあ。一般人には知られないような作りにしているから余計だね。マデリーネちゃんは殿下と関わらなければ、知らなくて済んだ現実だったんだけどね」
アレン様は眉を下げながらもきちんと答えてくれた。一方で、殿下はどこ吹く風だ。
「僕は賭場の一つくらいあってもいいと思うけどね。庶民には娯楽なんてほとんど無いんだし」
「ですから、個人的に小銭程度でやっているものには目を瞑っていますよ。しかし、こういった所は犯罪の温床になりますからね」
この賭場に集められた従業員も客も、これからここに詐欺師を誘う役の人間も全て騎士隊員か、殿下が用意した人物だ。ぱっと見渡すだけでも、うちに来てくれる馴染みの隊員さんの姿もちらほら見つけることができる。
私はと言うと、カードゲームのディーラーの役割を与えられた。
技術力に長けた手練れの者を用意するつもりだったが、人の口に戸は立てられない。万が一今回の件が漏れた場合、国を大きく支える貴族たちの沽券にも関わるから、自分の周りの人間を起用する考えに至ったらしい。
ただし、騎士として色んな場数こそ踏んでいるが、ディーラーとしては素人ばかりなので、最終的な仕上げは私の占い能力で何とかしろと婉曲的に伝えられた。
場数も踏んでいないド素人に仕上げを任せるとは、何と無謀で大胆不敵な作戦を考えるお方だろうか。皇太子にはもちろんお会いしたことはないが、真面目で堅実なお方だと耳にしている。この国の行く末の事を考えると、エリオット殿下が第二王子で本当に良かったと、ほっと胸を撫で下ろしたのは内緒の話だ。
それにしても貴族のお嬢様方を恐喝し、金品を巻き上げた人物とはいえ、ここまで大がかりな事を行うのはさすがと言うか、何とも太っ腹と言うか。……あら? 報酬は出るのよね? え? 出る、のよね? 出るとしたらどこから? あくまでも回収するのは奪われた分で。……もしかして無報酬なのか。
途端にやる気が急降下してきたなと顔を引きつらせて笑っていると、会場がざわめくのを感じた。
「ああ。もう一人来たな。この場の配役にそぐわない人物が」
殿下の視線の先を振り返って見ると、そこにいたのは従業員服を着込んだユリウスだった。
「顔を見せたところで、君も少しは気付くかと思ったんだけどね」
「も、申し訳ございません」
そうは仰いましても、王家方々のご尊顔なんてじっくり拝見したことはないですよ。せいぜいはるか遠くから豆粒くらいのお顔でしか。
「酷いな。この国の王子だよ? それでなくても僕はこんなに見目麗しいのに、それを忘れ――」
「ところで殿下。本日は何のご用で見えたのですか」
対応を考えあぐねている私を庇うようにユリウスはエリオット殿下に尋ねると、殿下は仕方なさそうに彼に視線を戻した。
「ああ。ユリウスが飼っているカナリアを見に来たんだ」
「殿下、お言葉が過ぎますよ」
ユリウスがカナリアを飼っていたかと、一瞬本気で考えてしまったが、どうやらカナリアとは私のことらしい。彼の冷たい横顔でなぜか気付いた。
すると殿下は肩をすくめた。
「エヴァンズ家の中でも特に君を敵に回すと恐ろしいからね。素直に謝っておくよ。悪かった」
ユリウスの家は、実は王家に対しても発言力が強い公爵家だったりする。決して『麗しき庶民の王子様』ではないのだ。
そんな本物の貴族のご子息様がなぜこんな下町のカフェを経営することなどできるのかという話になるわけだが、彼曰く三男坊で家督相続を気にしないでいられるから好きにできているらしい。ただし条件付きらしく、王宮からの仕事を受けているのはその一つなのかもしれない。
……とは言え、貴族のご子息である以上、遠くない未来、貴族のご令嬢と結婚することになるのだろう。
「供の者も付けず、女装までしてわざわざ来られたのはそれだけですか?」
「まさか。お忍びで市井を回っているんだよ。上に立つ者、下々の生活も知らないとね」
「ああ、なるほど。それは良いお心がけです。ではそろそろお帰りの時間ですね。来られた時と同様に跡形もなくお消えください」
「冷たいね!」
彼らもまた古くからの付き合いなのだろう。
聞く人が聞けば不敬罪にも当たるユリウスの淡々と冷めきった言葉にも、殿下は特に気分を害しておらず、むしろこんなやり取りも慣れっこで楽しんでいるようだ。
うちの先祖は王宮専属占術師になった際に爵位を与えると言われていたらしいが、地位も名誉もいらんから、それに見合った金をくれとのたまったらしい。
その先祖の気質を現在も色濃く引き継いでいるようで、若い頃から有能だったらしい祖母も王宮に入ることを嫌い、特別な名誉職も地位も拒否して庶民の生活を選んだ。そのため、森奥深く辺鄙な所にある占い館にもかかわらず、祖母の元へ有力者が嬉々として足繁く通う流れになっているようだ。
ユリウスとは父親のエヴァンズ公爵がうちに連れてきた経緯で、身分差があるにもかかわらず幼い頃から付き合いがあるというわけである。
それにしても地位に見向きしないのは無頓着なのか、ただ単にお金にがめついだけなのか。私としてはくれるっていうものは、何だって貰っておけば良かったのにと思う。そうすれば今頃は、下級でも私はお貴族様だったかもしれない。
って、地位もお金も望むって私の方ががめついか。……まあ、私もお貴族様の生活そのものが羨ましいというわけではないのだけれど。
「本気で視察なんだよ。さっき君に話した事は嘘じゃないんだ」
二人の様子を傍観していたのに、急に殿下の意識がこちらに向けられて、我知らずびくりと身を引いて姿勢を正す。
「はい。あ、え。自称占い師に金品を不当に取られたというお話ですか?」
「うん。僕じゃなくて、貴族のお嬢様方がね」
王族をはじめ、貴族、庶民でも豪商のご子息ご息女が通う学園において、最近、ご息女の間で穏やかではない雰囲気が漂っている事態に気付いたらしい。
確かに学園内では、身分は関係なく平等が原則とされているが、さすがに殿下相手に話すわけにはいかないと思っているだろう。特に深刻そうな女性を友人に言葉巧みに尋ねてもらったところ、心中を告白したらしい。
「どうも一人や二人の被害ではないようだし、城下町の民も同じ被害を受けているかもしれないと気になって何度か調査に来たんだ。でも、どうやら貴族の娘だけだったみたいだね」
町には商人と共に曲技団や占い師などが頻繁にやって来るが、今は特に噂にはなっていない。今回、流れの占い師のようだから、短期間に高額をかき集められ、醜聞を恐れて簡単に口止めできる貴族のお嬢様方が狙われたに違いない。
「もう何度も足をお運びになっていたのですか」
「うん。しかも犯人も特定できている」
「では、もう捕まったのですね」
「いや。それがねー」
殿下は表情を曇らせてため息をつくと、椅子の背に身を任せて腕と足を組んだ。
……殿下。今、女装していらっしゃるの、忘れていませんか。
「騎士団に捕まえるように言ったんだけど、詐欺罪は立証が難しいって言うんだよ。占いって言うのは『言葉』を売るものだろう? 占い師としては報酬の対価としてちゃんと助言しているわけだし、その助言が嘘だと証明できないからという理由らしい」
「そんな……」
でも確かに私も占い結果に満足がいかなかったから返金しろと詰め寄られても、困るのは困る。もちろん言葉の責任はあるが、ちゃんと仕事分はこなしているからだ。もちろんそれを利用して詐欺に使ったりはしないけれど。
「この国は占いが盛んな割には王宮専属占術師の選出以外は特別な資格試験が無く、こういう事が起こるのは以前から問題になっています。今回、それが浮き彫りになったわけですね。占い師の名を騙り、それを貶めた詐欺師だけはどうしても許せません」
「だろう!? 君も占い師として許せないよね。そう言ってくれると思っていたよ!」
ぱっと表情を明るくした殿下が腕を伸ばして私の手を取ったかと思うと、ユリウスはすぐさま何のためらいも無く殿下の手に手刀を落として切った。
「痛ったあ。何するわけ!?」
「殿下ともあろう者が嫁入り前の婦女子に軽々しく手を出さないでください」
「ったく何だよ。ケチ!」
殿下はユリウスを睨み付けると、年齢相応に子供っぽく言い捨てる。が、まあいいやとため息をつき、あらためてこちらを見た。
「マデリーネ。犯人が許せないと言ったね。だったら僕に協力してくれるよね?」
「殿下、何を」
占い師でもないユリウスだが、長年の経験から嫌な予感を察したらしい。しかし殿下の王家たる威厳と、何よりも気迫がみなぎる勢いを前に私は圧倒されていた。
「え、えと? わ、私でお力になれる事があるのでしたら」
「ありがとう! それでは金品奪還作戦を決行しよう!」
「――は?」
ユリウスと私の二つの声が重なり合った。
その日の夜。
「ここは……」
「最近、差し押さえたばかりの賭場なんだ。我が国では、賭博は禁止されているからね」
超庶民の私が見ても分かるほど上等で真っ赤な絨毯が敷かれ、緑色の布が張られたテーブルと椅子がいくつも並んでいる。また、一画には食事処があって、口にしたこともないような美味しそうな料理やら飲み物が並べられている。その会場で制服を着た従業員と華やかな男女が何人も談笑していた。
殿下の言葉を聞きながら、そんな様子を興味深く見回す私の背後から声をかけてきたのは。
「やあ、マデリーネちゃん」
「アレン様! こんばんは」
カフェにもよく立ち寄ってくださる騎士団長のアレン・クレバス様で、現在三十歳半ばくらいだろうか。貴族階級のお方だが、私にもとても気さくに接してくださる。
本日は従業員規定の白のシャツと黒のジレを着込んでいるが、鍛え上げられた体格の良いアレン様には少々窮屈な印象を受ける。
「こんばんは。今日は殿下の道楽に付き合わせて悪いね」
「い、いえ。道楽だなんて」
「いや。道楽でいいんだよ。殿下は面白そうだから、首を突っ込んでいるだけなんだから」
「えっと。そ、そんな」
アレン様は、王族とは身分の差は大きいものの、代々王宮で剣術の師を務める体力勝負系の家系でもあることから、王族の者に対しても歯に衣着せぬ物言いをするようだ。
「道楽とは失礼だな、アレン。正義のためだよ、正義の!」
「これはこれは殿下。って、何て格好してんですか、あなたは」
「変装だよ、変装。僕の美しさにお情けを頂こうと、思わず跪きたくなっただろう? ふっ。我ながら思わず見惚れてしまうね。マデリーネもそう思わない?」
「……はい。ですね」
素直に同意する私の一方で、アレン様が呆れるのは当然のことだ。扇を広げて目元だけで笑う殿下は、華やかな衣装に身を包み、またしても女装しているのだから。
もはや趣味としか思えない。いや、絶対趣味だ。趣味に決まっている。
「マデリーネ。君のドレスもよく似合っているよ」
「あ、ありがとうございます」
「それに引き換え、アレン。お前と言ったら……」
殿下は私に軽く社交辞令を言って扇を閉じると、頭痛がするように額を押さえた。
「その服、絶望的に似合っていないよ。こんな筋肉隆々の賭博師や従業員がいるとでも思う? 威圧感のせいで警戒されるじゃないか。裏方に回るか、警備の役でもやって」
「ええ!? 自分ではなかなか似合っていると思っていたんですがね。マデリーネちゃんもそう思うかい?」
「え? あ、あーははは。ど、どうでしょう?」
アレン様に意見を求められて、空笑いするほかはない。私はそのまま話を逸らしにかかる。
「ところでこの町にも、しかもこんな近くに賭場があっただなんて驚きです」
殿下は詐欺で捕まえられないのであれば、詐欺師を言葉巧みに誘い出し、賭博で被害者からだまし取った金品を全て吸い上げてしまえば良いという、少々乱暴な方法を取ることにしたらしい。そのためには賭場が必要だ。そこで先日、騎士団が差し押さえたばかりで、まだ手を付けていなかったここの賭場が選ばれたのだと言う。
「まあ。一般人には知られないような作りにしているから余計だね。マデリーネちゃんは殿下と関わらなければ、知らなくて済んだ現実だったんだけどね」
アレン様は眉を下げながらもきちんと答えてくれた。一方で、殿下はどこ吹く風だ。
「僕は賭場の一つくらいあってもいいと思うけどね。庶民には娯楽なんてほとんど無いんだし」
「ですから、個人的に小銭程度でやっているものには目を瞑っていますよ。しかし、こういった所は犯罪の温床になりますからね」
この賭場に集められた従業員も客も、これからここに詐欺師を誘う役の人間も全て騎士隊員か、殿下が用意した人物だ。ぱっと見渡すだけでも、うちに来てくれる馴染みの隊員さんの姿もちらほら見つけることができる。
私はと言うと、カードゲームのディーラーの役割を与えられた。
技術力に長けた手練れの者を用意するつもりだったが、人の口に戸は立てられない。万が一今回の件が漏れた場合、国を大きく支える貴族たちの沽券にも関わるから、自分の周りの人間を起用する考えに至ったらしい。
ただし、騎士として色んな場数こそ踏んでいるが、ディーラーとしては素人ばかりなので、最終的な仕上げは私の占い能力で何とかしろと婉曲的に伝えられた。
場数も踏んでいないド素人に仕上げを任せるとは、何と無謀で大胆不敵な作戦を考えるお方だろうか。皇太子にはもちろんお会いしたことはないが、真面目で堅実なお方だと耳にしている。この国の行く末の事を考えると、エリオット殿下が第二王子で本当に良かったと、ほっと胸を撫で下ろしたのは内緒の話だ。
それにしても貴族のお嬢様方を恐喝し、金品を巻き上げた人物とはいえ、ここまで大がかりな事を行うのはさすがと言うか、何とも太っ腹と言うか。……あら? 報酬は出るのよね? え? 出る、のよね? 出るとしたらどこから? あくまでも回収するのは奪われた分で。……もしかして無報酬なのか。
途端にやる気が急降下してきたなと顔を引きつらせて笑っていると、会場がざわめくのを感じた。
「ああ。もう一人来たな。この場の配役にそぐわない人物が」
殿下の視線の先を振り返って見ると、そこにいたのは従業員服を着込んだユリウスだった。
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