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1.やんごとなきお方からのご依頼
第3話 占い客、カトリーナ・コリンズの正体
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相談者の名はカトリーナ・コリンズ。
最近、黙って座ればピタリと当たると評判の高名な占い師が町にやって来たとの友人の話に、彼女は興味本位で訪れた。噂通り、自分の心の中の不安を見事なまでに当ててみせたらしい。すっかり信用して話にのめり込んで足繁く通っていたのだが、ある日、占い師は彼女の不安を煽るような占い結果を導き出したのだと言う。
「それが破滅への道、という話ですか」
「はい。このまま何もしないとお家取り潰しの上、国を追われることになるだろうとも」
お家取り潰しの言葉が出るとは、やはり良い所の出自らしい。
私が小さく頷くと、彼女はさらに話を続ける。
「恐ろしくなってどうすれば良いかと助言を求めたところ、法外な報酬を要求してきたのです」
未来を大きく変えるということは、それこそ命がけの負担が占い師にかかるからなのだと言われたらしい。そんな風に言われて納得はしたものの、自分はお金を自由に動かせる身ではないと言うと、分けて払ってくれてもいいし、装飾品などの物品での支払いでも構わないと提案してくれたのだと言う。
最初はありがたく提案を受け入れ、助言は支払いと同時に少しずつ伝えられたのだそうだ。しかしそれも長くは続けられない。金銭面で工面が難しくなってきたからだ。
「誰かに相談しようとは思わなかったのですか?」
「ええ。もちろん相談しようと思ったこともありました。家の者に頼んで他の占術師さんに見ていただこうかとも考えました。けれど理由を説明しないといけなくなります。それに占術師さんから、誰かに話すとこれまでの過程が全て台無しになって、すぐさま破滅するだろうと言われて恐ろしくて」
カトリーナさんは小刻みに震える手を胸元で重ねる。
「けれど、最近は家の者に私の様子を不審に思われるようになり、金銭面においても精神面においても、とうとう逼迫してきて、もう一人ではどうしても抱え込めなくなってしまったのです」
彼女はとうとう、わっと顔を伏せて手で覆った。
華奢な身体で心細そうに震えているのが何とも痛ましい。しかし、なるほど。それで下町の占い師を頼らざるを得なくなったという話になるわけか。
それにしても何たる酷い占い師か。占い師の風上に置けない奴だ。いやむしろ、よくも占い師の立場を貶めてくれたな、詐欺師め!
怒りを含みつつ、カトリーナさんを宥めるために拳に力を込めた。
「カトリーナさん、ご安心くださいませ!」
「え?」
上げた顔にはもう涙はなかったが、それでもまだ不安そうな表情を浮かべている。
「それは占い師ではなく、典型的なプロの詐欺師です」
「ですが、私の不安を見事にお当てになったのですよ」
「コールド・リーディングと言いまして、会話や人物観察から相手の心を読み取るという詐欺師がよく使う手口です。……私は苦手なのですが、実は占い師も最初の取っかかりで使う場合があるのです」
小さく舌を出して暴露すると、カトリーナさんは、まあと少し笑みを零した。
彼女の雰囲気が和らいだのを感じて、さらに話を続ける。
「他にも、誰にでも思い当てはまるような言葉を使って、まさに自分の事だと思わせたりもします。特に占いは何かしらの不安を持って来られるわけですから、そこを重点的に突くわけです。けれど、占い師と詐欺師が違うのは、前者は未来に広がる道の一つを示して相談者に助言を与えることで、後者は、未来はその道一つしか無いと恐怖で縛って相談者から何かを引き出すことです」
「……え?」
綺麗な目を丸くするカトリーナさん。
私は彼女に占いを嫌いになってもらいたくなくて、にっこりと笑い、少し斜め前に向かって両手を挙げる。
「未来への道は無限にあるんです。決まってしまった未来なんて何一つ無いんですよ。占いというのはその無限にある道の中から、より良い道を通っていけるようお手伝いする役割なんです! ……なーんて。占い師でもある祖母の受け売りなんですけどね」
切れ長の瞳を大きく見開いてまじまじとこちらを見つめてくる彼女に、いつの間にか熱っぽく語っていた自分に恥じらいが出る。慌てて手を下ろすと言葉を付け加えた。
「そ、それにですね」
恥じらいを隠すように彼女から視線を外すと、横に置いてあるカードの中から、必要な二枚を素早く見つけ出す。それらを手に取るとシャッフルしてテーブルに置き、カードを注意深く見つめた。
本来の占い結果とは逆のカードが光を発するわけでも、浮き上がって見えるわけでもなく、自然と目に留まるのが私流だ。
――よし、こっちだ!
強く確信して左のカードを指先で開く。『できる』のカードが出た。
私は頷くと、視線を上げて女性を見た。
「やっぱりその占い師は信用できませんね」
「……あの。お言葉ですが、カードにはできると出ているみたいですが。信用できるという意味、ですよね?」
「あっ! こ、これはですね。しょ、消去法の逆張り手法と申しまして」
不審そうな声と訝しげな瞳が、先ほど信頼を寄せてくれたような瞳とは打って変わって、まるで私の方が詐欺師ではないかと言わんばかりに変わっている。……ような気がする! 確かに客観的に考えると結果だけ見れば、納得してもらえないのは仕方がないことだ。
私は内心の動揺を必死に隠しながら、落ち着くためにごほんと一つ咳払いした。
「分かりました。それではこれからカトリーナさんの個人情報を占ってみましょう。起こるまでは誰にも分からない不確かな未来ではなく、カトリーナさんが知る確かな事実です」
そう提案すると、カトリーナさんはなぜか一瞬逡巡して瞳を動揺の色で満たしたが、すぐに頷いた。
「それでは失礼でなければ、まずご年齢から占ってみましょうか」
「はい。お願いいたします」
私は数字のカードを取り出すと、シャッフルして一列に並べる。まずは一の位だ。順番に目に留まったものから開いていった。それを彼女は黙って見守っている。
残ったカードは。
「4」
続けてカードを集めるとシャッフルして十の位を占ってみる。すると残ったのは。
「1」
一の位が4で十の位が1という結果になった。つまり14歳だ。と言うか、14歳だったのか。それなのに私より色気があるとか……。
当たってほしいような、当たってほしくないような、少々複雑な思いを抱きながら私は彼女に答えを出す。
「14歳です」
「ええ。その通りです」
「それでは次にご兄弟姉妹の数を占ってみましょう」
「ええ」
私は同じようにカードを捌いていく。消去法なので、少々時間がかかってしまうのがこの手法の難点ではある。
手間暇かけて最後に残った数字は。
「五人ですね」
「当たっています」
順調順調。やっぱり逆張りの占い師で良かったんだわー。国中に私の名声が轟くのは時間の問題ね!
内心、むふふふとほくそ笑みながら、表面は澄まし顔をして見せる。
「さて、それではもう一つ占ってみましょうか。えーっと。誕生日にでもしま――」
「いえ。性別について占ってみてくださいませんか」
彼女は私の言葉を遮ってそんな提案をしてくるので、思わず何かの間違いかと目をぱちぱちと瞬いてしまった。
「え? 性別って、たった二枚のカードですよ。私がズルするかもしれませんよ?」
「カードは私が混ぜて、私の手の内で当てていただきます。いかがですか?」
「ああ、なるほど。承知いたしました」
男女の文字が書かれたカードを探して渡すと、彼女は後ろ手でシャッフルをした後、私の目の前で扇形に広げた。
「さて。それではどちらでしょうか」
まるでゲームをしているかのように、カトリーナさんの唇にはいつしか悪戯っぽそうな笑みが浮かんでいる。
実際、彼女にとって当て物ゲームみたいになっているのには違いない。しかし私にとっては逆張りの占い師としての立場を確定させるものでもある。
あらためて気と顔を引き締めて集中し、私は直感したカードに指を向けた。
「カトリーナさんから見て右のカードが消去するカードです」
消去する方が分かっているのなら、正しい方を指させばいいわけだが、もしそんな風にすると、この手法が全て水の泡になる気がして私はそう言った。
「それで間違いありませんね」
「ええ」
確認するカトリーナさんに、少しばかりの緊張感を持って、しかしきっぱり確信を持って言い切る。すると彼女は右手をそのままに、左のカードはテーブルに伏せた。
私がこくりと喉を鳴らしている一方、彼女は浮かべていた笑みをさらに深めると、カードをゆっくりとこちらに向けて裏返した。
カードの文字は『女』だ。
途端に緊張感が解けた私は表情をぱっと明るくした。
「当たった! ほら、女! 女ですよ、おん……はっ!?」
ち、違う。右側が消去するカード。つまり伏せているカードが占いで導き出した結果。つまり男を示したってことだ。
「――嘘。なん、何で。は、外れたぁぁぁ!?」
感情を抑えきれずに、テーブルにドンと肘を突いて勢いよく頭を抱えた。
カチャリ。
いつの間にかお茶を用意して近付いていたようだ。ユリウスが持っていたカップが小さく鳴るのが、一部分の冷静な頭の片隅で認識した。
お客様を前にいきなり頭を抱え込んだ私に、多少なりとも動揺したに違いない。それでもお茶を零した様子がないのはさすがとしか。
……って、そんなことは、今どうだっていい。間違った。間違ったのよ、私。限りなく百発全敗に近い占い師こと、逆張りの占い師、今ここに破れたりぃぃぃ!
はっ。と言うか、私から占いを引いたら、どこにでもあるような栗毛と同じ瞳の、一度見ただけじゃ忘れ去られる平凡な容姿しか残らない。私の存在意義は? ――無い。意義が無くなった。無くなっちゃった。どうするのよ、私!?
おうおうとさらに頭を抱えこんだ。
「失礼いたします。エリオット殿下、従業員の教育が行き届いておりませんで、彼女の無礼な振る舞いをかわって謝罪いたします。申し訳ございません」
お客様を前に無様な姿を見せる私の一方で、ユリウスはそれを取りなすように礼節をわきまえた接客を行っているようだ。
ごめんなさい、ユーリ。この恩義は必ずや後で。……いつかきっと遠い未来のどこかでお返しします。
「いいよ、別に。って言うか、よく分かったね。声も高くしてみたし、念入りに化粧もしてもらったつもりなんだけどね。女に見えない?」
「いえ。とてもお綺麗ですよ」
ん? ユリウスの口から綺麗だなんて、とんでもない言葉が出るとはどういうわけ? 確かに綺麗な人ですけども。……ん? 女に見えない? そう言えば、さっき殿下とか何とか。
「しかし、私が分からないはずはないでしょう。入り口ではお顔を隠されていたからはっきりとは確認できませんでしたが」
「ユリウスが気付かなければ、誘惑してやろうと思っていたのに」
「お戯れを。そもそもリリアーヌ殿下によく似ていらっしゃるのに、どうして騙せると思えるのです」
「ちっ。敗因は姉上だったか」
二人の会話に混乱している状態からようやく立ち直って、目の前の女性をまじまじと見つめた。その視線に気付いたようで、カトリーナさんは目線を合わせてくると、先ほどの守ってあげたくなるような儚い雰囲気はどこへやら、にっと唇を薄く引いて笑った。
「見事だったよ。マデリーネ・アモンド。君の占い能力は確かなようだ」
テーブルに伏せていたカードをひっくり返して、『男性』の文字が書かれた面にすると、指で弾いて私の元まで滑らせた。
私はユリウスを恐る恐る見上げる。
「あ、あのぉ。このお方ってもしかして」
「この国の第二王子、エリオット・アルメキア殿下だ」
……ああ、そうですよね。うん。何か雰囲気で感じました。
最近、黙って座ればピタリと当たると評判の高名な占い師が町にやって来たとの友人の話に、彼女は興味本位で訪れた。噂通り、自分の心の中の不安を見事なまでに当ててみせたらしい。すっかり信用して話にのめり込んで足繁く通っていたのだが、ある日、占い師は彼女の不安を煽るような占い結果を導き出したのだと言う。
「それが破滅への道、という話ですか」
「はい。このまま何もしないとお家取り潰しの上、国を追われることになるだろうとも」
お家取り潰しの言葉が出るとは、やはり良い所の出自らしい。
私が小さく頷くと、彼女はさらに話を続ける。
「恐ろしくなってどうすれば良いかと助言を求めたところ、法外な報酬を要求してきたのです」
未来を大きく変えるということは、それこそ命がけの負担が占い師にかかるからなのだと言われたらしい。そんな風に言われて納得はしたものの、自分はお金を自由に動かせる身ではないと言うと、分けて払ってくれてもいいし、装飾品などの物品での支払いでも構わないと提案してくれたのだと言う。
最初はありがたく提案を受け入れ、助言は支払いと同時に少しずつ伝えられたのだそうだ。しかしそれも長くは続けられない。金銭面で工面が難しくなってきたからだ。
「誰かに相談しようとは思わなかったのですか?」
「ええ。もちろん相談しようと思ったこともありました。家の者に頼んで他の占術師さんに見ていただこうかとも考えました。けれど理由を説明しないといけなくなります。それに占術師さんから、誰かに話すとこれまでの過程が全て台無しになって、すぐさま破滅するだろうと言われて恐ろしくて」
カトリーナさんは小刻みに震える手を胸元で重ねる。
「けれど、最近は家の者に私の様子を不審に思われるようになり、金銭面においても精神面においても、とうとう逼迫してきて、もう一人ではどうしても抱え込めなくなってしまったのです」
彼女はとうとう、わっと顔を伏せて手で覆った。
華奢な身体で心細そうに震えているのが何とも痛ましい。しかし、なるほど。それで下町の占い師を頼らざるを得なくなったという話になるわけか。
それにしても何たる酷い占い師か。占い師の風上に置けない奴だ。いやむしろ、よくも占い師の立場を貶めてくれたな、詐欺師め!
怒りを含みつつ、カトリーナさんを宥めるために拳に力を込めた。
「カトリーナさん、ご安心くださいませ!」
「え?」
上げた顔にはもう涙はなかったが、それでもまだ不安そうな表情を浮かべている。
「それは占い師ではなく、典型的なプロの詐欺師です」
「ですが、私の不安を見事にお当てになったのですよ」
「コールド・リーディングと言いまして、会話や人物観察から相手の心を読み取るという詐欺師がよく使う手口です。……私は苦手なのですが、実は占い師も最初の取っかかりで使う場合があるのです」
小さく舌を出して暴露すると、カトリーナさんは、まあと少し笑みを零した。
彼女の雰囲気が和らいだのを感じて、さらに話を続ける。
「他にも、誰にでも思い当てはまるような言葉を使って、まさに自分の事だと思わせたりもします。特に占いは何かしらの不安を持って来られるわけですから、そこを重点的に突くわけです。けれど、占い師と詐欺師が違うのは、前者は未来に広がる道の一つを示して相談者に助言を与えることで、後者は、未来はその道一つしか無いと恐怖で縛って相談者から何かを引き出すことです」
「……え?」
綺麗な目を丸くするカトリーナさん。
私は彼女に占いを嫌いになってもらいたくなくて、にっこりと笑い、少し斜め前に向かって両手を挙げる。
「未来への道は無限にあるんです。決まってしまった未来なんて何一つ無いんですよ。占いというのはその無限にある道の中から、より良い道を通っていけるようお手伝いする役割なんです! ……なーんて。占い師でもある祖母の受け売りなんですけどね」
切れ長の瞳を大きく見開いてまじまじとこちらを見つめてくる彼女に、いつの間にか熱っぽく語っていた自分に恥じらいが出る。慌てて手を下ろすと言葉を付け加えた。
「そ、それにですね」
恥じらいを隠すように彼女から視線を外すと、横に置いてあるカードの中から、必要な二枚を素早く見つけ出す。それらを手に取るとシャッフルしてテーブルに置き、カードを注意深く見つめた。
本来の占い結果とは逆のカードが光を発するわけでも、浮き上がって見えるわけでもなく、自然と目に留まるのが私流だ。
――よし、こっちだ!
強く確信して左のカードを指先で開く。『できる』のカードが出た。
私は頷くと、視線を上げて女性を見た。
「やっぱりその占い師は信用できませんね」
「……あの。お言葉ですが、カードにはできると出ているみたいですが。信用できるという意味、ですよね?」
「あっ! こ、これはですね。しょ、消去法の逆張り手法と申しまして」
不審そうな声と訝しげな瞳が、先ほど信頼を寄せてくれたような瞳とは打って変わって、まるで私の方が詐欺師ではないかと言わんばかりに変わっている。……ような気がする! 確かに客観的に考えると結果だけ見れば、納得してもらえないのは仕方がないことだ。
私は内心の動揺を必死に隠しながら、落ち着くためにごほんと一つ咳払いした。
「分かりました。それではこれからカトリーナさんの個人情報を占ってみましょう。起こるまでは誰にも分からない不確かな未来ではなく、カトリーナさんが知る確かな事実です」
そう提案すると、カトリーナさんはなぜか一瞬逡巡して瞳を動揺の色で満たしたが、すぐに頷いた。
「それでは失礼でなければ、まずご年齢から占ってみましょうか」
「はい。お願いいたします」
私は数字のカードを取り出すと、シャッフルして一列に並べる。まずは一の位だ。順番に目に留まったものから開いていった。それを彼女は黙って見守っている。
残ったカードは。
「4」
続けてカードを集めるとシャッフルして十の位を占ってみる。すると残ったのは。
「1」
一の位が4で十の位が1という結果になった。つまり14歳だ。と言うか、14歳だったのか。それなのに私より色気があるとか……。
当たってほしいような、当たってほしくないような、少々複雑な思いを抱きながら私は彼女に答えを出す。
「14歳です」
「ええ。その通りです」
「それでは次にご兄弟姉妹の数を占ってみましょう」
「ええ」
私は同じようにカードを捌いていく。消去法なので、少々時間がかかってしまうのがこの手法の難点ではある。
手間暇かけて最後に残った数字は。
「五人ですね」
「当たっています」
順調順調。やっぱり逆張りの占い師で良かったんだわー。国中に私の名声が轟くのは時間の問題ね!
内心、むふふふとほくそ笑みながら、表面は澄まし顔をして見せる。
「さて、それではもう一つ占ってみましょうか。えーっと。誕生日にでもしま――」
「いえ。性別について占ってみてくださいませんか」
彼女は私の言葉を遮ってそんな提案をしてくるので、思わず何かの間違いかと目をぱちぱちと瞬いてしまった。
「え? 性別って、たった二枚のカードですよ。私がズルするかもしれませんよ?」
「カードは私が混ぜて、私の手の内で当てていただきます。いかがですか?」
「ああ、なるほど。承知いたしました」
男女の文字が書かれたカードを探して渡すと、彼女は後ろ手でシャッフルをした後、私の目の前で扇形に広げた。
「さて。それではどちらでしょうか」
まるでゲームをしているかのように、カトリーナさんの唇にはいつしか悪戯っぽそうな笑みが浮かんでいる。
実際、彼女にとって当て物ゲームみたいになっているのには違いない。しかし私にとっては逆張りの占い師としての立場を確定させるものでもある。
あらためて気と顔を引き締めて集中し、私は直感したカードに指を向けた。
「カトリーナさんから見て右のカードが消去するカードです」
消去する方が分かっているのなら、正しい方を指させばいいわけだが、もしそんな風にすると、この手法が全て水の泡になる気がして私はそう言った。
「それで間違いありませんね」
「ええ」
確認するカトリーナさんに、少しばかりの緊張感を持って、しかしきっぱり確信を持って言い切る。すると彼女は右手をそのままに、左のカードはテーブルに伏せた。
私がこくりと喉を鳴らしている一方、彼女は浮かべていた笑みをさらに深めると、カードをゆっくりとこちらに向けて裏返した。
カードの文字は『女』だ。
途端に緊張感が解けた私は表情をぱっと明るくした。
「当たった! ほら、女! 女ですよ、おん……はっ!?」
ち、違う。右側が消去するカード。つまり伏せているカードが占いで導き出した結果。つまり男を示したってことだ。
「――嘘。なん、何で。は、外れたぁぁぁ!?」
感情を抑えきれずに、テーブルにドンと肘を突いて勢いよく頭を抱えた。
カチャリ。
いつの間にかお茶を用意して近付いていたようだ。ユリウスが持っていたカップが小さく鳴るのが、一部分の冷静な頭の片隅で認識した。
お客様を前にいきなり頭を抱え込んだ私に、多少なりとも動揺したに違いない。それでもお茶を零した様子がないのはさすがとしか。
……って、そんなことは、今どうだっていい。間違った。間違ったのよ、私。限りなく百発全敗に近い占い師こと、逆張りの占い師、今ここに破れたりぃぃぃ!
はっ。と言うか、私から占いを引いたら、どこにでもあるような栗毛と同じ瞳の、一度見ただけじゃ忘れ去られる平凡な容姿しか残らない。私の存在意義は? ――無い。意義が無くなった。無くなっちゃった。どうするのよ、私!?
おうおうとさらに頭を抱えこんだ。
「失礼いたします。エリオット殿下、従業員の教育が行き届いておりませんで、彼女の無礼な振る舞いをかわって謝罪いたします。申し訳ございません」
お客様を前に無様な姿を見せる私の一方で、ユリウスはそれを取りなすように礼節をわきまえた接客を行っているようだ。
ごめんなさい、ユーリ。この恩義は必ずや後で。……いつかきっと遠い未来のどこかでお返しします。
「いいよ、別に。って言うか、よく分かったね。声も高くしてみたし、念入りに化粧もしてもらったつもりなんだけどね。女に見えない?」
「いえ。とてもお綺麗ですよ」
ん? ユリウスの口から綺麗だなんて、とんでもない言葉が出るとはどういうわけ? 確かに綺麗な人ですけども。……ん? 女に見えない? そう言えば、さっき殿下とか何とか。
「しかし、私が分からないはずはないでしょう。入り口ではお顔を隠されていたからはっきりとは確認できませんでしたが」
「ユリウスが気付かなければ、誘惑してやろうと思っていたのに」
「お戯れを。そもそもリリアーヌ殿下によく似ていらっしゃるのに、どうして騙せると思えるのです」
「ちっ。敗因は姉上だったか」
二人の会話に混乱している状態からようやく立ち直って、目の前の女性をまじまじと見つめた。その視線に気付いたようで、カトリーナさんは目線を合わせてくると、先ほどの守ってあげたくなるような儚い雰囲気はどこへやら、にっと唇を薄く引いて笑った。
「見事だったよ。マデリーネ・アモンド。君の占い能力は確かなようだ」
テーブルに伏せていたカードをひっくり返して、『男性』の文字が書かれた面にすると、指で弾いて私の元まで滑らせた。
私はユリウスを恐る恐る見上げる。
「あ、あのぉ。このお方ってもしかして」
「この国の第二王子、エリオット・アルメキア殿下だ」
……ああ、そうですよね。うん。何か雰囲気で感じました。
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