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二度目の人生
第20話 温もりを下さい
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リーチェが看守によって連れ出され、牢屋はまた静寂を取り戻した。すると。
「随分な騒動でしたね」
監獄を後にしたと思っていたのに、どこに潜んでいたのか、シメオン様が現れた。彼はまた扉を開けて中に入って来る。
「シメオン様……。いらっしゃったの?」
「ええ。あなたの勇姿をしっかり拝見しました」
くすくすと笑うシメオン様に頬が熱くなる。はしたない姿を見られた。
「隠れて覗き見だなんて趣味が悪いですわ」
「あなたが身を隠してとおっしゃったのですよ。また後で来ますとも申しました」
「うっ。それは……そうですが」
言葉に詰まる私を見て、小さく笑ったシメオン様が私の頬に手を当てた。
ちくりと痛みが走る。
「――大丈夫ですか? 引っかき傷が」
気付かなかったが、どうやらリーチェに引っかかれていたらしい。
「ええ。これくらいの傷は大丈夫です」
私はシメオン様の温かい手に自分の手を重ねると目を伏せる。けれどその甘い時間は、他でもない彼の声によって破られた。
「……アリシア様。お尋ねしたいことがあります」
私は目を開けるとシメオン様を仰ぎ見る。
「監獄に入ってから、あなたに情報は与えられていないはずです。なぜアリシア様は、リーチェ侯爵令嬢が今日ここに来ると知っていたのですか? なぜ、ミラディア王女殿下のカップだけに毒が入れられていたと知っていたのですか? あなたはずっと侍女がお茶を淹れる姿を厳しい目で見守っていたと言います。まるで何かが起きることを知っていたかのように。なぜ彼女を見守って、いえ、監視していたのですか? なぜあなたは以前、そう呼んだことがあるかのように私を――名で呼んだのですか」
「っ!」
揺るぎない彼の黒い瞳に見つめられ、私は動揺を隠せなかった。
「アリシア様。私はあなたの味方です。どうか私に事情を話していただけませんか。それとも私が信じられませんか?」
「いいえ! いいえ、いいえ。そんなことはありません。そんなことは絶対ありません」
シメオン様は私を促すことはしない。私が話し始めるのをただ静かに待つだけだ。
「実は……」
私は重い口を開いた。
私はこれまでのことを全てシメオン様に打ち明けた。
「信じられないかもしれません。わたくしも信じられないくらいですし」
「いいえ。私はアリシア様を信じます」
シメオン様は即座に信じると言ってくれた。
「しかし、では私はアリシア様を助けられなかったということですね」
「ですが、またここで会えました。神様の気まぐれかもしれません。けれどわたくしたちは確かにまたここで会うことができたのです」
「……っ、アリシア様」
私はシメオン様に抱かれ、大きな温もりに包まれる。今度こそは監獄を出て、この温もりの中に戻りたい。
「――さあ。シメオン様、もう行ってください」
そっとシメオン様の胸を押し返すが、力強い腕で引き戻される。
「いいえ。離したくありません」
「わたくしも離れたくありません。ですが、ここにいては何もできないのです。分かってくださいますね?」
「……ええ。そうですね。申し訳ありません。私が必ずアリシア様の無実を証明してみせます」
「はい。お待ちしております。ただ」
私はシメオン様に近付くと自分から彼に口づけをした。そしてすぐに離れる。
「前回は最後、シメオン様の温もりを頂けないまま、二度と触れ合えなかったのです。だから今回は、次に会うまでこの温もりを唇に残しておきたいのです」
「アリシア様……。ええ。必ずまたあなたをこうして抱きしめます。それまでどうか私の温もりを覚えていてください」
そう言ってシメオン様が約束とばかりに私に熱く口づけしてくれた。
――けれど。
今回もその約束は果たされそうになかった。数日後、殿下とリーチェが来たからだ。
「随分な騒動でしたね」
監獄を後にしたと思っていたのに、どこに潜んでいたのか、シメオン様が現れた。彼はまた扉を開けて中に入って来る。
「シメオン様……。いらっしゃったの?」
「ええ。あなたの勇姿をしっかり拝見しました」
くすくすと笑うシメオン様に頬が熱くなる。はしたない姿を見られた。
「隠れて覗き見だなんて趣味が悪いですわ」
「あなたが身を隠してとおっしゃったのですよ。また後で来ますとも申しました」
「うっ。それは……そうですが」
言葉に詰まる私を見て、小さく笑ったシメオン様が私の頬に手を当てた。
ちくりと痛みが走る。
「――大丈夫ですか? 引っかき傷が」
気付かなかったが、どうやらリーチェに引っかかれていたらしい。
「ええ。これくらいの傷は大丈夫です」
私はシメオン様の温かい手に自分の手を重ねると目を伏せる。けれどその甘い時間は、他でもない彼の声によって破られた。
「……アリシア様。お尋ねしたいことがあります」
私は目を開けるとシメオン様を仰ぎ見る。
「監獄に入ってから、あなたに情報は与えられていないはずです。なぜアリシア様は、リーチェ侯爵令嬢が今日ここに来ると知っていたのですか? なぜ、ミラディア王女殿下のカップだけに毒が入れられていたと知っていたのですか? あなたはずっと侍女がお茶を淹れる姿を厳しい目で見守っていたと言います。まるで何かが起きることを知っていたかのように。なぜ彼女を見守って、いえ、監視していたのですか? なぜあなたは以前、そう呼んだことがあるかのように私を――名で呼んだのですか」
「っ!」
揺るぎない彼の黒い瞳に見つめられ、私は動揺を隠せなかった。
「アリシア様。私はあなたの味方です。どうか私に事情を話していただけませんか。それとも私が信じられませんか?」
「いいえ! いいえ、いいえ。そんなことはありません。そんなことは絶対ありません」
シメオン様は私を促すことはしない。私が話し始めるのをただ静かに待つだけだ。
「実は……」
私は重い口を開いた。
私はこれまでのことを全てシメオン様に打ち明けた。
「信じられないかもしれません。わたくしも信じられないくらいですし」
「いいえ。私はアリシア様を信じます」
シメオン様は即座に信じると言ってくれた。
「しかし、では私はアリシア様を助けられなかったということですね」
「ですが、またここで会えました。神様の気まぐれかもしれません。けれどわたくしたちは確かにまたここで会うことができたのです」
「……っ、アリシア様」
私はシメオン様に抱かれ、大きな温もりに包まれる。今度こそは監獄を出て、この温もりの中に戻りたい。
「――さあ。シメオン様、もう行ってください」
そっとシメオン様の胸を押し返すが、力強い腕で引き戻される。
「いいえ。離したくありません」
「わたくしも離れたくありません。ですが、ここにいては何もできないのです。分かってくださいますね?」
「……ええ。そうですね。申し訳ありません。私が必ずアリシア様の無実を証明してみせます」
「はい。お待ちしております。ただ」
私はシメオン様に近付くと自分から彼に口づけをした。そしてすぐに離れる。
「前回は最後、シメオン様の温もりを頂けないまま、二度と触れ合えなかったのです。だから今回は、次に会うまでこの温もりを唇に残しておきたいのです」
「アリシア様……。ええ。必ずまたあなたをこうして抱きしめます。それまでどうか私の温もりを覚えていてください」
そう言ってシメオン様が約束とばかりに私に熱く口づけしてくれた。
――けれど。
今回もその約束は果たされそうになかった。数日後、殿下とリーチェが来たからだ。
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