放課後高速騎兵隊クラブ

LongingMoon

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一〇. キャプテンとして

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ぼくは、中学2年の夏の大会が終わってから、栗東市中学乗馬クラブキャプテンとして平日は早朝から馬の世話、放課後は、馬の世話と馬術の練習に励んだ。金曜日の放課後だけは、クラブを委員長に任せて、母親との約束を守って、塾通いを続けていた。成績は、相変わらず中の下であった。土日は、相変わらず、森永厩舎のアルバイトだった。
 「なんか、ウチの人は大変な仕事を任されるようになったはずなのに、なんでこんなにお金がないんだろうね」と、母はパートの仕事を続けていた。
 「なんか、自分の母親ではあるんだけど、親父がいくら稼いでも金銭感覚を満足させることはできないんじゃないかな」と思った。
こればかりは、父親の単身赴任を経験したことのない家族にはわからないかもしれないけど、余程の高給取りでなければ2重生活には多くの費用がかかるのかもしれない。バブルが崩壊し、リーマンショックを乗り越えた日本の会社の多くでは、単身赴任や出張旅費などの経費は削減されたままの状態で、出張成金などバブル時代の夢のまた夢の世界の話で、今は出張貧乏の時代じゃないかと思った。

 人馬一体という言葉があるが、乗馬の成績は馬の能力や人の技術だけで決まるものではない。どれだけ、馬とお互いのことを分かり合えるかで決まる。栗東市中学乗馬クラブは、真悟と委員長を中心に、メキメキと力をつけ、滋賀県や近畿圏の大会では、上位に食い込めるようになっていった。
 2年生の部員の構成は、ぼくこと星野真悟、委員長こと吉川仁美、動物マニアの原田広志、馬好きな女の子親友同士の中村京香と成瀬菜摘だった。1年生には、また馬好きな女の子親友同士の今村陽子と後藤田瞳がいて、あと男1人で船木俊輔だった。船木は、言わずとしれた船木祐介の弟で、兄貴をリスペクトしていて隣の中学から自転車で通い続けていた。
 ぼくと委員長は、キャプテンと副キャプテンとしての責任を背負っていた。ともちゃんと船木さんとの約束もあって、1日たりともクラブを休むことはできなかった。
 中1の頃は、結構人が傷つくようなことでも、ずけずけ言っていた委員長も、馬と振れあったせいなのか肉体とともに女らしくなったのか、厳しいことも言ったりするが、人の心を気遣う優しさが滲みでてくるようになっていた。ぼくにとって、いつしかそんな時の委員長の笑顔が魅力的に感じられるようになっていた。
 委員長も、土日に森永厩舎でほとんど休みなく働くぼくに、優しい言葉をかけてくれるようになり、お互いの立場を超えない範囲で慕い合う関係になっていった。

 季節が、秋から冬へと変わり、カゼやインフルエンザが流行ったりして、部員も休みがちになってきた。
 12月半ばのとある金曜日、学級閉鎖で放課後クラブに出てきたのは、委員長だけだった。ばくは、金曜日の放課後の塾通を続けていた。その塾で、ぼくは委員長と同じクラスのやつらから委員長が最近カゼぎみで体調を崩しているという話を聞いた。昨日、クラブで委員長はそんな素振りは全然見せていなかった。ぼくは、委員長のことがすごく心配に思えてきた。夜10時に塾が終わり、「厩舎の人もいるし、まさかこんな遅い時間になんて」思いながら、森永厩舎の方を回って帰宅することにした。厩舎の前までくると、光が灯り、烏騅の馬房に人影が見えた。入口まで行くと、委員長は真っ赤な顔をして1人で馬房の掃除をしていた。厩舎の人から、「用事があって戻ってくるのが遅くなるから、もう帰りなさい」と言われたが、委員長は「もう少しだけやって帰るから」と言って、馬の世話を続け烏騅の馬房の掃除をしているところだった。
「バカ、こんな時間に何をしてるんだ」
「あっ、真悟」と振り向いた瞬間、委員長がふらついて倒れそうになった。
ぼくは、すぐに駆けよって委員長を抱きしめてしまった。
委員長は、ぼくにもたれ掛かりながら、あの優しい笑顔を浮かべた。
「真悟、ありがとう」と言いながら、委員長は目を瞑ってしまった。
ぼくは、思わず目を瞑ったまま薄笑いを浮かべた委員長の唇に、ぼくの唇を重ねてしまった。
「バカ、カゼ移るわよ」と、薄笑いを浮かべたま委員長が小声で言った。
「ゴメンな」と、ぼくも小声で返した。
そこで、丁度厩舎の人が帰ってきて、ぼくは委員長を家まで、送っていった。

土日の間、委員長のことで頭の中はいっぱいだった。委員長のカゼとファーストキスのシーンが何度も何度も頭の中でフラッシュバックした。

「おっはよう」
月曜日早朝、そんなぼくの心配を他所に、厩舎の手前まで来ていたぼくの背中を忍び足で近づいてきた委員長が、おもいっきり、背中を叩いてきた。
「ってえな。まったく、こっちは、・・・」と、言いかけたときに委員長は右手の人差し指を唇にあてた。
「しっ」
なるほど、さすが委員長と思いながら、いっしょに厩舎に入っていった。

こんな事件ともハプニングとも、言えないようなことを乗り越えて、2017年が終わろうとしていた。12月30日に、栗東市中学乗馬クラブは厩舎の大掃除を終え、さすがに大晦日はそれぞれの家で過ごすことになった。
 しかし、栗東市中学乗馬クラブの面々は、年が変わると共に森永厩舎に集まり、今年の必勝を期して隣町の大宝神社へ初詣に出かけた。大宝神社は、樹齢400年の神木がある栗東駅の近くにある大きな神社だった。そこは、前キャプテンと現1年生部員の船木兄弟が通う中学の近くで、既に2人は待っていた。
 もちろん、クラブのみんなの第一の願いは「全日本ジュニア総合馬術大会」で優勝することだった。船木先輩も、栗東市中学乗馬クラブが優勝することを願っていたが、今は自分自身が志願している高校へ合格することに注力していた。船木先輩は、高校に入っても乗馬を続けるつもりで、県下で唯一乗馬クラブのある高校を狙っていた。ただ、その高校は滋賀県内で一番偏差値の高い高校だった。船木先輩は、案外秀才で油断しなければ合格できそうだと、弟の俊輔は言っていた。実は、委員長を張っているだけあって、吉川仁美も中学を卒業したら、その高校に入りたいと思っていた。ただ、委員長にとって好きになり始めた真悟の成績では、一緒の高校に入れそうもないのが悩み                                               だった。
「船木先輩は、やっぱり頭図高校を狙ってるんですよね」
「ああ、あそこぐらいしか乗馬クラブないからな」
「私も、中学卒業したらあそこで乗馬やりたいな。真悟くんはどうなの」
「ぼくの成績じゃ、ずぇったいムリムリ」と首を振った。
すると、船木が真顔になって、真悟を睨みつけた。
「真悟、何を言ってるんだ。あそこは、入試次第だから、今からでもがんばりゃあ遅くないぜ。また、いっしょに乗馬やろうぜ」
「そうよ、そうよ。真悟くんのがんばりがあれば、きっと合格するわよ」
「また、そんなことを言ってぼくに勉強させようと思っているんだろ」
「何よ。やってみなきゃわかんないでしょ。男でしょ」
委員長が顔を真っ赤にして言った。
「うーん。今からねぇ」
すると、原田が珍しく発言した。
「星野、高校でもいっしょにやろうぜ。ぼくと委員長がついてりゃ。なんとかなるぜ。これから、毎日部活終わってから、一緒にやろうぜ」
「そうよ。天才原田君まで付いて不合格なんて考えられないわ」
すると、今度はすでに1年でトップクラスの船木の弟の俊輔まで、ツッコミをいれた。
「キャプテンのいない頭図なんて、考えられないよ。絶対頭図に居てくださいよ」
「おまえらなぁ」としか、真悟は返せなかった。
真悟は、この初詣で、中学生活残りの乗馬クラブをやりきって、「全日本ジュニア総合馬術大会」での優勝を祈願しようとしか考えてなかった。クラブを引退しても、厩舎でのアルバイトは続けて、どうせ勉強はあまりできないからどこかの私立の高校をバイトでもしながらなんとか卒業して、馬関係の仕事をしようと思っていた。ところが、「みんなで、初詣に行こう」と言い出した委員長の罠にはめられてしまった。
船木前キャプテンは、この会話の中で委員長の目論見を感じとっていた。
「真悟、どうやらここで、おまえの進路も決まったようだな。がんばれよ」
他の部員たちも、それぞれ目指す高校は違っても、それぞれの目標に向かっていっしょに勉強することを誓い合った。

年が開けて2日から、栗東市中学乗馬クラブはクラブ活動と勉強に勤しむクラブへ性格が変わっていった。栗東市中学乗馬クラブは、真悟を中心にして強化され、関西では乗馬クラブ自体が少なく、群を抜いた存在へとなっていった。そして、夜になると、不動産業を営む委員長の家に集まり、それぞれの道を目指すべく勉強にも励んだ。

 2月になった。
「ここは、やっぱり寒すぎるなぁ。なんか、がんばってるつもりだけど、勉強の成績はなかなか上がらんなぁ。実力テストなんて、ボクにとっては死亡診断書に思えた」
「なあ、烏騅、ぼくはおまえと一緒に走れたらそれで満足なんだけどなぁ。ぼくには、頭図なんてムリだよな」
ある朝、真悟は烏騅に語りかけた。
いつの間にか、委員長も厩舎にやってきていて、それを聞かれてしまった。
「何よ。成績なんて、すぐにあがるもんじゃないわよ。私は、真悟と頭図に行くんだから。お願いだから、そんな、そんな弱気なことは言わないで」
委員長の目は涙で潤んでいた。
「ごめん。せっかく、みんなやる気になっているのに。オレがんばるし」
真悟は、不安にさせてしまった委員長を抱きしめ、唇を重ねた。

3月、冬を越え烏騅は生まれてからから3回目の春を迎えた。その馬体は、両親の血を引き継いで、もう立派な大人の競走馬になっていた。烏騅は、まだまだ経験こそ少ないが、真悟との信頼関係はしっかりしたものになっていた。障害競技は、簡単にできるものではなかったが、真悟と烏騅はお互いの実力を認識しながら、少しずつハードルを上げて、夏の大会に向けての仕上がりは上々だった。
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