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ローレシアン王国鎮圧編

誘導の失敗

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数十分で、粉雪の降るクァーク要塞に着いた。
司令室に窓から飛んで入り込んだ俺たちは
マルガ城と同じように、室内で駆けつけてきた警備兵たちの出迎えを受けたが
兵士たちの中に、以前ゴルスバウと共に戦った者達が数名居たので
あっさりと包囲を解かれ、司令代理のサーニャを連れてきてくれた。

またもや俺は、顔を見られると抱きつかれる。
今度は香水の匂いがふんわりと漂う。身体も柔らかい。
ガチムチのオネェ様に抱きつかれたさっきよりはいいか……。
しばらく照れながら、軍服と軍帽姿のサーニャに抱きしめられていた。
アルデハイトはいつまでも俺から離れないサーニャを見ながら
「モテますねぇ。まぁ魅力があるということなので、悪いことではないですが」
両手を広げて、ため息を吐く。
しばらくして俺の身体から離れたサーニャは、
俺の手を握ったまま、テーブル囲んで置かれている二対のソファの片方に
俺と並んで着席した。真っ白な肌の頬が赤い、照れているようだ。
反対側のソファに座ったアルデハイトは
相変わらず起きそうにないマイカをその隣に寝かせ
「クラーゴン司令から予め、このような事態について聞いていたと思いますが」
と切り出して、サーニャのロング金髪で前髪パッツンが印象的な顔を見つめる。
「はい。タカユキ様達が次に来られる時は、
 お前と機械槍を必ずご所望するはずなので、常に準備しておけと
 三ワンハー(月)前に言い付けられていました」
「さすがです。やはり読まれていましたね」
「あの……」
サーニャが顔を真っ赤にして、言いにくそうにアルデハイトに呟く。
「ああ……はいはい。タカユキ様にお話があるのですね。
 私は機械槍を移送する準備をしておきますので
 兵士さんたちをつけてもらってよいですか?」
「もちろんです。ノグティー!!アルデハイト様を地下へと案内しなさい」
サーニャが司令室の扉の方へと声をかける。
すぐに整備服を着た若い男性技術兵が、中へと入ってくると
「こちらへ」
とアルデハイトを案内して行った。
いやお前、一言くらいは俺の意見も聞けよ。
脱力していると、軍帽を脱いだサーニャにいきなり手を握られ、見つめられる。
鼻がくっつくくらいの距離で俺と目を合わせたサーニャは
「タカユキ様は、側室をとられる気はありますか?」
俺に潤んだ瞳で訊いてくる。
そっ、側室、側室ってなんだっけ。えーとアレだ。
れっ、歴史漫画とかでよく出てくるアレだ。
武将や王族の正室が一番の奥さんで、側室がその他の奥さんだ。
そっ、その他?さっ、最初からその他志望……?
「一般出身の私は、おそらくタカユキ様の正室にはなれません……」
瞳を伏せながら、サーニャは悲しそうに言う。
「でも側室なら……一緒に居られると思うのです……」
綺麗な顔でまっすぐ俺を見つめてくる。
その繊細な表情にドギマギしながら俺は考える。
お、おう。ミサキ女王もだったが、この世界の女性は本当に積極的なのな。
いや……ジャンガスも速攻結婚申し込んでたから男女ともにか。
要するにサーニャから結婚しようと言われているわけだ。
しかも、二番……いや、三番以下でもいいといわれているわけだな。
……つまり今は、ミーシャに身体を拭かれていたとき
そして、ミサキ女王から迫られたとき以来の大ピンチ到来なわけである。
冥界から帰ってきて、すぐにこれかい……と俺は必死に頭を回転させる。
もちろん、この場を上手く切り抜ける方法を考えるのである。
よしまずはこれだ。少ない対異性スキルを惜しみなく投入するしかない。
「お友達からでどうでしょうか」
「……いえ。側室になれなければ、今すぐに死にます」
サーニャは目を剃らして、小さく呟いた。
なんっつった……今何ていったあああああああああああああああ!?
まさかのサーニャメンヘラ化か?いや、むしろまだ"穢れ"の影響がメンタルに?
しかし、死ぬって……そりゃよっぽど思いつめてたんだな……。
「死ぬなんて言ってはいけませんよ。生命は大事なものです」
真面目な顔でそう諭すと
「……でも……」
不安げなサーニャからギュッと手を握られた俺は、次の手を考える。
ここはあれだな。仲間とかを盾にしていくか。
「俺には、妹のミーシャやアルデハイト、マイカ、そしてザルガスという
 頼りになる、良き仲間たちが居ます」
「……はい」
「彼らに相談してからではいけませんか?
 妻を貰うというのは、やはり大きなことですから」
「……でも、もしダメだったら……」
多数決をとられた場合、間違いなく反対一、賛成三で結婚させられるだろう。
ダメということはまず無い。しかし俺は、結婚する気は無い。
今を切り抜けるために仲間を話しのダシにしたに過ぎない。
別にサーニャが嫌いとかではない。
でも、人生の伴侶が何人も居るとかそういうもんじゃないと俺は思っているからだ。
……ああああああああどうすりゃいいんだあああああああああ!!
真面目な顔を崩さずに俺は、頭が沸騰するほど考え続ける。
「もう愛人でもいいです……お傍にいられれば……」
とうとう焦れたサーニャが条件を下げてきた。
ダメもとで、もう一回押してみるか。
「お友達ではダメですか?二人のことをよく知ってからでも良いのでは?」
「……でも……タカユキ様……魅力的ですし……他の女性が……私なんて……」
美射という半ストーカーに長いこと付きまとわれてはいましたが
地球で、他の女子にモテてたことなど一度もありませんが……。
こっち来てからは、変わった女子にばかり迫られるし……。
しかし、話しているうちにサーニャが何だか可愛く見えてきた。
元最強八宝使用者で、身体は並外れて強いはずで、
しかも、その若さで軍司令代理なのに女性としての自信は全然無い人なんだな。
うーむ。こういう人には、腹を割って話してみるか。

俺はその後、一時間ほどかけて
女性に対する俺の考えや、元居た世界では
残念な女子である美射以外に全然もてなかったこと
こっちきてからは様々な女性が寄って来るが
おそらくそれは、俺個人の人間的魅力ではなく、
流れ人としての才能やそれに集まった権力に惹かれているだけではないか
という話をサーニャに丁寧にした。
サーニャはポカンとした顔でそれを聞いていた。
「美射さんが羨ましい……」
意外な言葉をサーニャは呟く。驚いていると、
「だって素の状態のタカユキ様を、ずっと見て、愛していたのでしょう?」
「……そ、そうかな……」
愛と言うか一方的なストーカーに近いと言うか。百歩譲って親友と言うか。
「私だって、きっとその世界に生まれていれば
 タカユキ様を探し出して……一緒に……」
サーニャはとうとう泣き始めた。俺はハンカチを渡す。
ああ、俺は酷いことをしてしまったんだな。
はっきりと断らずに、弄んで、一本気な人の心を抉っただけだと気付いて
悲しくなる。
まだこんなことが何回も続くだろうけれど……。
次からははっきり言おう。人の可能性を弄ぶのは良くない。
断ち切ることで、生まれてくる幸せだってあるだろう。
痛みに耐えるのは俺だけでいい。

どうしようもなくなって、泣いているサーニャとうな垂れていると
司令室にアルデハイトが入ってくる。
背中には真っ白な呪布に巻かれた機械槍を背負っている。
準備が終わったようだ。
「あら、はやくも修羅場ですか」
「……」
アルデハイトは、ソファに音もなく座り、俺たちを見つめながら
「愛と言うのは素敵なものです。
 だけど愛のかたちは、個体によりそれぞれなので
 なかなか、上手く合わさらないのですよ」
「……」
「どうかお二人は、今の狭い想いだけに囚われず広い視野で生きていて欲しいです。     
 未来とは、ポジティヴな見方をすれば
 深い絶望すら軽く塗り替えるほど、予測不可能で楽しいものです」
よくわからないが、俺たちを励ましてくれているらしい。
魔族流の応援のつもりなのだろうか。
「今の絶望に囚われずに、変化することへと進んで行きたいと思いませんか?」
そしてアルデハイトは、王都中央山の地図をテーブルに広げる。
マーカーで東側に、様々な字がすでに書き込まれている。
ずっと寝ていたマイカがいきなり、むくりと起き上がって、パチパチと拍手する。
「……愛……難しい……サーニャ……くじけるな……我々が……味方だ……」
サーニャはマイカに駆け寄って抱きついて泣き続ける。
……俺は間違っているんだろうか。
流れ人になった時点で、俺の気持ちは諦めて
菅みたいに沢山の側室を設けて、子供を作りまくるべきなんだろうか。
という想いが頭の中を錯綜する。
隣に来たアルデハイトが俺の肩を叩きながら耳元で囁く。
「好きにしたら良いのです。強大な権力や暴力は責任を伴いますが、
 性的な趣向は、他者の権利を侵害せぬ限りはどこまでも自由です」
「望まない相手を傷つけることがこんなにきついとはな……」
「だけど、根本的な部分で無理して相手に合わせることもありませんよ。
 好きでもない相手にそこを合わせると、生きることそのものがきつくなります」
「……」
「決めた相手が出てきたときに、初めて合わせればよいのです」
「すまん。少し楽になった」
「メンタルケアも業務内容ですよ。さ、まずは、やるべきことをやりましょう」
アルデハイトはウインクして、地図の内容を説明し始める。
サーニャもマイカに抱きつきながらしっかりと涙目の顔を向けている。

アルデハイトの説明では現状のローレシアン領はこうだ。
東部から進軍し始めた第三王子ラングラール軍一万五千は
大老ランハムを奇襲で殺した後に、パーシバル城を併合して
国王領前の関所を焼き払い、
現在、王都中央山の一段目で、防衛に出て来た王都中央軍と激戦を繰り広げている。
空中から攻撃を仕掛けてくる中央軍をメグルスが大獄剣で焼き払い
ルーナムが地上制圧部隊を率いているらしい。

そして苦々しい顔でアルデハイトは言う。
「こちらの兵士から聞かされたのですが、
 ラングラール軍にもすでに魔族の支援があるようです」
「そうなのか」
「我々の国の傭兵会社が空中部隊を派遣しているようですね。
 おそらくモル様が手を回したのでしょう」
「……早いとこ……叩き潰そう……」
「そうですね。大規模な魔族の支援が入る前が良いです」
「作戦通りでいいのか?」
既に民宿で打ち合わせは済んでいる。
「はい。あとは予定通りこの四人で王都へと向かって
 王室とザルガス殿の支援をとりつけましょう」
「……決まったら……さっそく……行こう……時は……金なり……」
マイカは、戸惑うサーニャの身体を俺の背中に縄できつく括りつける。
ちょ。ちょっと待て。それはまずいのでは。
そして俺の腕をアルデハイトの腕に縄できつく括り、
呪布に巻かれてアルデハイトに背負われた機械槍に
"ローレシアン公認飛行物体。大老ミイ"と書かれた旗をつける。
そしてマイカ自身も、自身の手でアルデハイトのお腹に縄で身体を括りつけた。
「……よし……行くか……」
アルデハイトは、この司令室の、先ほど俺たちが入って来た大きな窓を開け
サーニャが括り付けられた俺を先に窓の下にぶら下げてから、
身体を折り曲げて、マイカや槍が窓枠に引っかからないよう器用に飛び降り
翼を開き、王都方角の北へと飛び始めた。

俺に括りつけられたサーニャは
身体をすりつけるように強く抱きつきながら
「私、諦めませんから……」
と吐息を俺の耳にかけてくる。
それと同時にマイカとアルデハイトが口を押さえながら噴出して
俺は鳥肌と共に、微かにため息を吐いた。
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