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ローレシアン王国編
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外に出ると、先ほどとは別の女兵士たちが三人待っていた。
真っ白な鎧を着込んだ彼女らは
雰囲気的に兵長とその部下二人という感じだ。
「お疲れ様でした。思念の部屋の試練を突破なされたようで
我が国としてもこれで、あなた様を正式な後見人として
迎え入れることができます」
「あ、はい……」
重い。何かいきなり重たくなってきた気がする。
菅の思念体もそれっぽいことを言っていたが、
やはりあの思念の部屋は、流れ人を選別する試練でもあったようだ。
あのな……菅、いきなり試練とか、国の行く末とか
そういうのをいくら流れ人だからって
見ず知らずの他人に押し付けちゃいかんだろ。
まぁ、俺はお前の先輩っつうか友達だからまだいいけどよ……。
いや待て、先輩だからってよくねぇだろこれ……。
なんとなく、ボーっとする。
そろそろメンタルが限界なのかもしれない。
「おまえら……タカユキ様……つかれてる……やすませろ」
「そうだあ……私もお腹ペコペコだぁ……」
マイカとミーシャがそれぞれ抗議をする。
「申し訳ございません。ただちにお部屋にご案内いたします」
「こいつらもついてくるから、三人分、俺の部屋に何か食いもの頼む」
一応釘を刺しておく。
俺は別に腹は減ってないが、食ったほうが良いのは確かだろう。
空気でも二週間生きてられるとか言われたが
やはりこう、人間的な最後の一線は守っていきたいと思う。
キリッとした顔の女兵長は、俺たちの話を聞いた後に
背後の部下二人に命令すると
彼女らを廊下の向こうへと走らせて
「参りましょう」
と整然とした歩みで、廊下を歩き出した。
俺は腹ペコでへこたれたミーシャを背負い、マイカの手を引いて
女兵長についていく。
入り組んだ廊下を左に曲がり右に曲がり
そして階段を上がる。さらに廊下を直進して右、そして右……。
途中で俺は覚えるのを諦めた。
ホワイトリール城もかなり複雑だったが、それどころではない。
この城で迷って誰にも会えなかったら餓死する自信がある。
いや、迷ったらもう壁を破壊して脱出しよう……。
とにかく何回も曲がり、そして階段を上がり
フロアがそのまま一つの部屋になっているようなスウィートルームに通された。
扉を開け、白く煌めくやたら広い室内に絶句している俺たちの後ろで
「では、お食事を持って参りますので、御用のときは室内の通話装置でおよび下さい」
女兵長はそう言うと、一礼して去って行った。
「兄さん……すごいね……こういうのを天国というのかな……」
腹が減って動けないはずのミーシャが
あまりの驚きに背中から降りて立ち上がり、部屋中を見回す。
「うむ……あまりに……贅沢……もったいない……アルナも……呼ぼう……」
マイカは勝手にアルナを呼ぶことを決めたようだ。
備え付けられていた果物をミーシャに勧めてから俺は室内を探索する。
ふーむ……広いベッドルームが幾つもあり、
三人くらいなら同時にゆったり入れそうな風呂のついたシャワールーム、
透明な背の低いテーブルと椅子が数脚、そして大きなソファが置かれたリビング、
そして外は土砂降りだが、晴れたら間違いなく絶景だろう真っ白なテラス。
おお、冷蔵庫もある。潜水艇の中で見たやつと同じ型だ。
薄型テレビのような、モニターもあるな。
スイッチをつけると高所につけられたカメラから白黒の城下町の様子が一望できた。
何箇所かあるようで、定期的に切り替わる。
女兵長が言っていたように、固定電話のような通話機器もある。
ただダイヤルやボタンはないので、おそらく受話器をあげたらそのまま直通で通話ができるのだろう。
しかし固定電話か……うちの地元では未だに黒電話すら使っている家庭もあるので
ある意味ホッとする見慣れた景色だ。
一通り室内を見終わった俺たちは、三人で透明なテーブルを囲み
備え付けられていたフルーツを食べる。
夕食はまだしばらくかかるだろう。
ああそうだ。この機会にちゃんと訊いておかねば
「マイカ、俺な。失礼だけど、お前のこと
よくわからないこと呟く不思議ちゃんだとずっと思ってたんだけどな」
「……だいたい……あってる……もんだい……ない……」
マイカは太眉が印象的な顔を俺に向けコクリと頷く。
「注意深く聞いてると、結構、俺たちを導くような言ってるよな」
ゴブリンとオークたちを説得したし
さっきの思念の部屋ではさり気なく俺にアドバイスを入れていた。
「……たしかにそうだね」
ミーシャは今初めて気づいたようだ。俺が
「お前は何者なの?……いや、何者でも問題はないけどな」
「私も兄さんと同意見だ。でも気になったからには訊きたいよね」
ミーシャもジッとマイカの顔を見る。
メイドとしてホワイトリール城に連れてきたルーナムでさえ
マイカがどこから来たのかは分からないようだった。
ただ一つ分かっているのは
菅の息子のシンタロウ・スガ絡みだったということだけである。
マイカはニヤリとして
「……いまは……いえない……」
「そか。いや、無理には聞き出さないよ。
過去がどうであれ、俺たちの大事な仲間だしな」
マイカは目をそらして少し考えると
「……でも……いつかは……きっと……わかる思う……」
「そうなのか?」
ミーシャは隣で口を閉じて聞き入っている。
「……そのときを……待って……ほしい」
「わかった。でもな、今後も気になることあったら
どんどん俺にアドバイスしていってくれよ」
「……そのつもりだ……私……タカユキ様……好き」
「兄さんは私のものだーっ!!」
その言葉を聞いたミーシャがいきなり立ち上がって怒り出す。
いつものやつである。
ミーシャに指をさされた、マイカは冷静に手を振りながら
「ちがう……人格に……好意を……もっている……性的では……ない」
「……なんかよくわからないけど、違うならいいよ。ごめんね」
すぐに落ち着いたミーシャは勘違いの仲直りとして
マカルの青い皮を手早く剥き、黄色い中身をマイカに渡した。
それを口に入れながらマイカは
「アルナ……近くに置いたほうが……いい」
とさっそく俺に顔を向けてアドバイスをくれる。
「そうなのか?」
「うん……ばれると……とりあいに……なる……」
おそらく、他種族や他国のことを言っているのかな。
しかしここは王都だ。もしかすると王都内の政治勢力的な……。
そういえばローレシアン八宝の使用者も欠員が出ていると聞いたな……。
八宝の使用者二名殺したゴルスバウ王国の"凶"がローレシアン南部を進軍しているとも。
あ、やばいわ。暢気に果物食ってる場合じゃねえな。
「連絡してみるが、いいか?」
「そう……いまが……良いタイミング……」
俺は、通話機器を手にとり耳に近づける。すぐに相手方が出て
「タジマ様、どうなされましたか」
と訊いてきた。当番の人らしい。
「俺の仲間のアルナというメイドが、城内にいるなら
すぐに自室に連れてきて欲しいのですが」
「はい。直ちにお探しして、見つかり次第お連れいたします」
「よろしくお願いします」
よしこれで安心だ。
マイカの方を見ると、握り拳をこちらに向け、頷いていた。
どうやらみれで大丈夫らしい。
変な体験をしたり、怒ったりで疲れたらしいミーシャは
俺たちと雑談していると、いつのまにか眠り込んでしまっていた。
俺は彼女をベッドルームへと連れて行って寝かせ
バンダナをベッドサイドに置く。
リビングに戻り、チマチマと
先ほどミーシャから差し出されたマカルを食べているマイカに
「夕食、こないな」
と聞いてみる。かなり遅い、もう部屋に入って一時間以上は経っている。
「焦らぬが……吉なり……たぶん……まとめて……いろいろ……くる」
マイカは自分の言葉にうんうんと頷いた。
俺もマイカの言葉を信じて、待つことにした。
外は日が完全に暮れたが、ライトアップされた城内は明るい。
この部屋もほぼ全て、電球による照明のようだ。
先ほど、扉近くの低い位置にある照明をカバーを外し確認してみたが
元の世界に居たときと同じようなフィラメントの電球が中から顔を出した。
暇をもてあました俺は、何の気なしにマイカに訊ねてみる。
「マイカは、この世界についてどう思ってるの?」
「……思い出……一つの大切な……思い出が……誰かを待つ間
……大きくなり……様々なもの……生み出した……」
なるほど分からん。哲学的だわ。
「……タカユキ様……もしかしたら……」
マイカが何かを言いかけて、そこで部屋の扉がノックされる。
「お夕食をお持ちいたしました」
上品そうな壮年のおばさんの声である。
「どうぞ、中へ」
俺は扉を開ける、
そこには高そうなガウンを羽織り、綺麗な銀髪をショートカットにした壮年の女性と
正装したルーナムと、蓋のされた様々な大きさの料理皿が乗ったサービスワゴンの
取っ手をもったアルナが立っていた。
「お、ルーナムさん」
ルーナムはすばやく俺に歩み寄り耳元で囁く。
「このお方は、大老ミイ様です。
時間が無いので、タカユキ様の御夕食ついでにお話をしたいとのことです」
「マジすか」
とりあえず俺は三人を部屋の中に入れる。
マイカはアルナを見つけると、すぐに歩み寄り、透明な机の上
食事を並べる手伝いをする。
またこの食べ物の数々も凄まじく贅沢そうである。
肉料理から野菜料理、パンやご飯のようなものまで
今までこの世界で見た料理で一番、地元のものに近いのではなかろうか。
俺が並べるのを手伝うことも忘れ
椅子に座ったままそれを珍しそうに眺めていると
「父が、地球にいたころの味を懐かしみましてね」
と上品なおばさんは俺に話しかけてくる。
穏やかな話し方や、声質でとても頭が良さそうだと分かる。でも威圧的ではない。
「この部屋も、城内も所々にマシーナリーの助けを借りて
父の元居た世界を再現しています」
「聞くところによると貴方様も、元居た世界は同じだとか」
「たしかに似てますね。過ごし易いです」
「喜んでもらえて光栄ですわ。私はミイ・スガ。
菅正樹の娘であり、今は大老としてこの国の運営に携っています」
おお、この人がそうなのか……菅の娘。
聞いていた話だと、六十後半以上だったはずだが……異常に若い。
父親と同じで、この人も四十代にしか見えない。
体力的に生まれついての強靭さがあるからだろうか。
「どうぞ。私はもう食べ終わりましたので、お食べください」
「あ、では失礼します」
俺はミイに頭を下げてから
「頂きます」
と小さく手を合わせて食べ始めた。
「やはり、父と同じ世界の方なのね」
ミイはそう言って、ゆっくりと食べ始めた俺を微笑ましく見ている。
「ルーナムさんや、アルナ、マイカにも食べさせて良いですか?」
一人で見つめられて食べるのはやりにくい。皆もお腹すいているだろうし。
「もちろん。食卓は皆で囲んだほうが楽しいですから」
ミイは年季の入った笑顔と雰囲気で、室内に居る全員を上手く座らせた。
「これまでの貴方のやったことは、全てルーナムから報告を受けました」
ミイがお茶を置きながら、俺に話しかける。
「そうですか……」
ルーナムさんも結局のところ公務員といっていい立場なわけだし
様々な人からこの人が一番ローレシアンでえらいっぽい話聞いたし
そりゃ国の最高権力者には隠せんわな。
つまり魔族やオークが仲間にいることも
俺とアルデハイトが勝手に城を解放したことも、
ネーグライク城でラングラールを槍でドついたこともばれている訳である。
多少は怒られるのも仕方ないだろう。俺がそう覚悟した時だった。
大老ミイはまったく思ってもなかったことを言う。
「思念の試練を短時間で突破なされたという報告も受けました。
あなたは、我々の国がまさに求めているお人ですわ」
「そ……そうですか」
恐縮した俺は頭をさわる。褒められるとは思わなかった。
マイカやミーシャが居たから楽に終わったというのは黙っておこう。
「さっそくで……悪いのですが」
「明日すぐに、南部へと向かって頂きたいのです……」
……ほらきた。甘い話ばかりではないのが世の常である。
色々と上手くいきすぎていると思ってた。
高校生の俺にでもわかる。中学の激弱野球部でそれなりに学んだのもある。
しかし南部って言うと激戦地のあの第二王子領のことか……。
ゴルスバウ王国軍と超巨大ドラゴンが侵攻していると何度も聞いた。
ルーナムが申し訳無さそうに顔を伏せる。
俺は口に入れた肉をよく噛んで飲み込んでから
「要するにこの国のために、さっさと戦って来いってことですよね」
「……歓待も半端で悪いのですが、我が国にとっては危急のことでして……」
大老ミイは俺に深々と頭を下げる。
「タカユキ様、八宝も二人ほど欠員が出ていまして
戦況が本当に悪いのです……あなた様にしかおそらく、どうしようも……」
ルーナムが、チラッとアルナを見ながら呟く。
そちらのことはまだ話していないようだ。
俺もそれに頷き返してから、大老ミイの方を見て口を開ける。
「いや、まぁ、いいんすよ。
困ってる人たちがいて、それは俺の友達が建てた国の人だっていうわけですから。
でもその戦乱とやらを治めて帰ってきたら、ちゃんと俺の仲間たちに
それなりの地位とか恩賞を与えてやってくださいよ」
このくらいは言ってもいいだろう。
俺はそんなもんぶっちゃけどうでもいいんだが
もし何も無かったら、信じてついてきたザルガス達がかわいそうだ。
「もちろんです。貴族程度の地位ならばいくらでもお仲間に与えます。
タカユキ様も王都へのご帰還後は、正式に女王様の補佐後見役として……」
よし、この国の一番偉い人から言質とったからな。
俺はルーナムの方を見つめる。ルーナムもすぐに理解して頷き返した。
あれ……?ミイが今、女王って言ったか。
ローレシアンの国王って
菅みたいに、不精髭生やしたどっしりしたおっさんかと、勝手に思ってた。
「ミサキ女王陛下のご容態は……」
ルーナムが恐る恐るミイに訊ねる。
「よくはありません……即位してすぐに戦況が悪化し始めたので……
ご自分のせいだと思われているようです」
すっかり沈鬱な顔になった大人二人を俺は交互に見て考える。
困ってる人多いんだな……。
しゃあねぇ……何とかなるかはわからんけど、
俺しかできないってんなら、俺がやるしかないだろう。
「分かりました。やりましょう。明日、言われた通りに南部にいきますよ」
その言葉を聞いた大老ミイとルーナムが同時に深々と頭を下げる。
アルナは我関せずと食べ続け、マイカは俺の顔を見ながら
ウンウンと頷いた。
真っ白な鎧を着込んだ彼女らは
雰囲気的に兵長とその部下二人という感じだ。
「お疲れ様でした。思念の部屋の試練を突破なされたようで
我が国としてもこれで、あなた様を正式な後見人として
迎え入れることができます」
「あ、はい……」
重い。何かいきなり重たくなってきた気がする。
菅の思念体もそれっぽいことを言っていたが、
やはりあの思念の部屋は、流れ人を選別する試練でもあったようだ。
あのな……菅、いきなり試練とか、国の行く末とか
そういうのをいくら流れ人だからって
見ず知らずの他人に押し付けちゃいかんだろ。
まぁ、俺はお前の先輩っつうか友達だからまだいいけどよ……。
いや待て、先輩だからってよくねぇだろこれ……。
なんとなく、ボーっとする。
そろそろメンタルが限界なのかもしれない。
「おまえら……タカユキ様……つかれてる……やすませろ」
「そうだあ……私もお腹ペコペコだぁ……」
マイカとミーシャがそれぞれ抗議をする。
「申し訳ございません。ただちにお部屋にご案内いたします」
「こいつらもついてくるから、三人分、俺の部屋に何か食いもの頼む」
一応釘を刺しておく。
俺は別に腹は減ってないが、食ったほうが良いのは確かだろう。
空気でも二週間生きてられるとか言われたが
やはりこう、人間的な最後の一線は守っていきたいと思う。
キリッとした顔の女兵長は、俺たちの話を聞いた後に
背後の部下二人に命令すると
彼女らを廊下の向こうへと走らせて
「参りましょう」
と整然とした歩みで、廊下を歩き出した。
俺は腹ペコでへこたれたミーシャを背負い、マイカの手を引いて
女兵長についていく。
入り組んだ廊下を左に曲がり右に曲がり
そして階段を上がる。さらに廊下を直進して右、そして右……。
途中で俺は覚えるのを諦めた。
ホワイトリール城もかなり複雑だったが、それどころではない。
この城で迷って誰にも会えなかったら餓死する自信がある。
いや、迷ったらもう壁を破壊して脱出しよう……。
とにかく何回も曲がり、そして階段を上がり
フロアがそのまま一つの部屋になっているようなスウィートルームに通された。
扉を開け、白く煌めくやたら広い室内に絶句している俺たちの後ろで
「では、お食事を持って参りますので、御用のときは室内の通話装置でおよび下さい」
女兵長はそう言うと、一礼して去って行った。
「兄さん……すごいね……こういうのを天国というのかな……」
腹が減って動けないはずのミーシャが
あまりの驚きに背中から降りて立ち上がり、部屋中を見回す。
「うむ……あまりに……贅沢……もったいない……アルナも……呼ぼう……」
マイカは勝手にアルナを呼ぶことを決めたようだ。
備え付けられていた果物をミーシャに勧めてから俺は室内を探索する。
ふーむ……広いベッドルームが幾つもあり、
三人くらいなら同時にゆったり入れそうな風呂のついたシャワールーム、
透明な背の低いテーブルと椅子が数脚、そして大きなソファが置かれたリビング、
そして外は土砂降りだが、晴れたら間違いなく絶景だろう真っ白なテラス。
おお、冷蔵庫もある。潜水艇の中で見たやつと同じ型だ。
薄型テレビのような、モニターもあるな。
スイッチをつけると高所につけられたカメラから白黒の城下町の様子が一望できた。
何箇所かあるようで、定期的に切り替わる。
女兵長が言っていたように、固定電話のような通話機器もある。
ただダイヤルやボタンはないので、おそらく受話器をあげたらそのまま直通で通話ができるのだろう。
しかし固定電話か……うちの地元では未だに黒電話すら使っている家庭もあるので
ある意味ホッとする見慣れた景色だ。
一通り室内を見終わった俺たちは、三人で透明なテーブルを囲み
備え付けられていたフルーツを食べる。
夕食はまだしばらくかかるだろう。
ああそうだ。この機会にちゃんと訊いておかねば
「マイカ、俺な。失礼だけど、お前のこと
よくわからないこと呟く不思議ちゃんだとずっと思ってたんだけどな」
「……だいたい……あってる……もんだい……ない……」
マイカは太眉が印象的な顔を俺に向けコクリと頷く。
「注意深く聞いてると、結構、俺たちを導くような言ってるよな」
ゴブリンとオークたちを説得したし
さっきの思念の部屋ではさり気なく俺にアドバイスを入れていた。
「……たしかにそうだね」
ミーシャは今初めて気づいたようだ。俺が
「お前は何者なの?……いや、何者でも問題はないけどな」
「私も兄さんと同意見だ。でも気になったからには訊きたいよね」
ミーシャもジッとマイカの顔を見る。
メイドとしてホワイトリール城に連れてきたルーナムでさえ
マイカがどこから来たのかは分からないようだった。
ただ一つ分かっているのは
菅の息子のシンタロウ・スガ絡みだったということだけである。
マイカはニヤリとして
「……いまは……いえない……」
「そか。いや、無理には聞き出さないよ。
過去がどうであれ、俺たちの大事な仲間だしな」
マイカは目をそらして少し考えると
「……でも……いつかは……きっと……わかる思う……」
「そうなのか?」
ミーシャは隣で口を閉じて聞き入っている。
「……そのときを……待って……ほしい」
「わかった。でもな、今後も気になることあったら
どんどん俺にアドバイスしていってくれよ」
「……そのつもりだ……私……タカユキ様……好き」
「兄さんは私のものだーっ!!」
その言葉を聞いたミーシャがいきなり立ち上がって怒り出す。
いつものやつである。
ミーシャに指をさされた、マイカは冷静に手を振りながら
「ちがう……人格に……好意を……もっている……性的では……ない」
「……なんかよくわからないけど、違うならいいよ。ごめんね」
すぐに落ち着いたミーシャは勘違いの仲直りとして
マカルの青い皮を手早く剥き、黄色い中身をマイカに渡した。
それを口に入れながらマイカは
「アルナ……近くに置いたほうが……いい」
とさっそく俺に顔を向けてアドバイスをくれる。
「そうなのか?」
「うん……ばれると……とりあいに……なる……」
おそらく、他種族や他国のことを言っているのかな。
しかしここは王都だ。もしかすると王都内の政治勢力的な……。
そういえばローレシアン八宝の使用者も欠員が出ていると聞いたな……。
八宝の使用者二名殺したゴルスバウ王国の"凶"がローレシアン南部を進軍しているとも。
あ、やばいわ。暢気に果物食ってる場合じゃねえな。
「連絡してみるが、いいか?」
「そう……いまが……良いタイミング……」
俺は、通話機器を手にとり耳に近づける。すぐに相手方が出て
「タジマ様、どうなされましたか」
と訊いてきた。当番の人らしい。
「俺の仲間のアルナというメイドが、城内にいるなら
すぐに自室に連れてきて欲しいのですが」
「はい。直ちにお探しして、見つかり次第お連れいたします」
「よろしくお願いします」
よしこれで安心だ。
マイカの方を見ると、握り拳をこちらに向け、頷いていた。
どうやらみれで大丈夫らしい。
変な体験をしたり、怒ったりで疲れたらしいミーシャは
俺たちと雑談していると、いつのまにか眠り込んでしまっていた。
俺は彼女をベッドルームへと連れて行って寝かせ
バンダナをベッドサイドに置く。
リビングに戻り、チマチマと
先ほどミーシャから差し出されたマカルを食べているマイカに
「夕食、こないな」
と聞いてみる。かなり遅い、もう部屋に入って一時間以上は経っている。
「焦らぬが……吉なり……たぶん……まとめて……いろいろ……くる」
マイカは自分の言葉にうんうんと頷いた。
俺もマイカの言葉を信じて、待つことにした。
外は日が完全に暮れたが、ライトアップされた城内は明るい。
この部屋もほぼ全て、電球による照明のようだ。
先ほど、扉近くの低い位置にある照明をカバーを外し確認してみたが
元の世界に居たときと同じようなフィラメントの電球が中から顔を出した。
暇をもてあました俺は、何の気なしにマイカに訊ねてみる。
「マイカは、この世界についてどう思ってるの?」
「……思い出……一つの大切な……思い出が……誰かを待つ間
……大きくなり……様々なもの……生み出した……」
なるほど分からん。哲学的だわ。
「……タカユキ様……もしかしたら……」
マイカが何かを言いかけて、そこで部屋の扉がノックされる。
「お夕食をお持ちいたしました」
上品そうな壮年のおばさんの声である。
「どうぞ、中へ」
俺は扉を開ける、
そこには高そうなガウンを羽織り、綺麗な銀髪をショートカットにした壮年の女性と
正装したルーナムと、蓋のされた様々な大きさの料理皿が乗ったサービスワゴンの
取っ手をもったアルナが立っていた。
「お、ルーナムさん」
ルーナムはすばやく俺に歩み寄り耳元で囁く。
「このお方は、大老ミイ様です。
時間が無いので、タカユキ様の御夕食ついでにお話をしたいとのことです」
「マジすか」
とりあえず俺は三人を部屋の中に入れる。
マイカはアルナを見つけると、すぐに歩み寄り、透明な机の上
食事を並べる手伝いをする。
またこの食べ物の数々も凄まじく贅沢そうである。
肉料理から野菜料理、パンやご飯のようなものまで
今までこの世界で見た料理で一番、地元のものに近いのではなかろうか。
俺が並べるのを手伝うことも忘れ
椅子に座ったままそれを珍しそうに眺めていると
「父が、地球にいたころの味を懐かしみましてね」
と上品なおばさんは俺に話しかけてくる。
穏やかな話し方や、声質でとても頭が良さそうだと分かる。でも威圧的ではない。
「この部屋も、城内も所々にマシーナリーの助けを借りて
父の元居た世界を再現しています」
「聞くところによると貴方様も、元居た世界は同じだとか」
「たしかに似てますね。過ごし易いです」
「喜んでもらえて光栄ですわ。私はミイ・スガ。
菅正樹の娘であり、今は大老としてこの国の運営に携っています」
おお、この人がそうなのか……菅の娘。
聞いていた話だと、六十後半以上だったはずだが……異常に若い。
父親と同じで、この人も四十代にしか見えない。
体力的に生まれついての強靭さがあるからだろうか。
「どうぞ。私はもう食べ終わりましたので、お食べください」
「あ、では失礼します」
俺はミイに頭を下げてから
「頂きます」
と小さく手を合わせて食べ始めた。
「やはり、父と同じ世界の方なのね」
ミイはそう言って、ゆっくりと食べ始めた俺を微笑ましく見ている。
「ルーナムさんや、アルナ、マイカにも食べさせて良いですか?」
一人で見つめられて食べるのはやりにくい。皆もお腹すいているだろうし。
「もちろん。食卓は皆で囲んだほうが楽しいですから」
ミイは年季の入った笑顔と雰囲気で、室内に居る全員を上手く座らせた。
「これまでの貴方のやったことは、全てルーナムから報告を受けました」
ミイがお茶を置きながら、俺に話しかける。
「そうですか……」
ルーナムさんも結局のところ公務員といっていい立場なわけだし
様々な人からこの人が一番ローレシアンでえらいっぽい話聞いたし
そりゃ国の最高権力者には隠せんわな。
つまり魔族やオークが仲間にいることも
俺とアルデハイトが勝手に城を解放したことも、
ネーグライク城でラングラールを槍でドついたこともばれている訳である。
多少は怒られるのも仕方ないだろう。俺がそう覚悟した時だった。
大老ミイはまったく思ってもなかったことを言う。
「思念の試練を短時間で突破なされたという報告も受けました。
あなたは、我々の国がまさに求めているお人ですわ」
「そ……そうですか」
恐縮した俺は頭をさわる。褒められるとは思わなかった。
マイカやミーシャが居たから楽に終わったというのは黙っておこう。
「さっそくで……悪いのですが」
「明日すぐに、南部へと向かって頂きたいのです……」
……ほらきた。甘い話ばかりではないのが世の常である。
色々と上手くいきすぎていると思ってた。
高校生の俺にでもわかる。中学の激弱野球部でそれなりに学んだのもある。
しかし南部って言うと激戦地のあの第二王子領のことか……。
ゴルスバウ王国軍と超巨大ドラゴンが侵攻していると何度も聞いた。
ルーナムが申し訳無さそうに顔を伏せる。
俺は口に入れた肉をよく噛んで飲み込んでから
「要するにこの国のために、さっさと戦って来いってことですよね」
「……歓待も半端で悪いのですが、我が国にとっては危急のことでして……」
大老ミイは俺に深々と頭を下げる。
「タカユキ様、八宝も二人ほど欠員が出ていまして
戦況が本当に悪いのです……あなた様にしかおそらく、どうしようも……」
ルーナムが、チラッとアルナを見ながら呟く。
そちらのことはまだ話していないようだ。
俺もそれに頷き返してから、大老ミイの方を見て口を開ける。
「いや、まぁ、いいんすよ。
困ってる人たちがいて、それは俺の友達が建てた国の人だっていうわけですから。
でもその戦乱とやらを治めて帰ってきたら、ちゃんと俺の仲間たちに
それなりの地位とか恩賞を与えてやってくださいよ」
このくらいは言ってもいいだろう。
俺はそんなもんぶっちゃけどうでもいいんだが
もし何も無かったら、信じてついてきたザルガス達がかわいそうだ。
「もちろんです。貴族程度の地位ならばいくらでもお仲間に与えます。
タカユキ様も王都へのご帰還後は、正式に女王様の補佐後見役として……」
よし、この国の一番偉い人から言質とったからな。
俺はルーナムの方を見つめる。ルーナムもすぐに理解して頷き返した。
あれ……?ミイが今、女王って言ったか。
ローレシアンの国王って
菅みたいに、不精髭生やしたどっしりしたおっさんかと、勝手に思ってた。
「ミサキ女王陛下のご容態は……」
ルーナムが恐る恐るミイに訊ねる。
「よくはありません……即位してすぐに戦況が悪化し始めたので……
ご自分のせいだと思われているようです」
すっかり沈鬱な顔になった大人二人を俺は交互に見て考える。
困ってる人多いんだな……。
しゃあねぇ……何とかなるかはわからんけど、
俺しかできないってんなら、俺がやるしかないだろう。
「分かりました。やりましょう。明日、言われた通りに南部にいきますよ」
その言葉を聞いた大老ミイとルーナムが同時に深々と頭を下げる。
アルナは我関せずと食べ続け、マイカは俺の顔を見ながら
ウンウンと頷いた。
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悠々自適な転生冒険者ライフ ~実力がバレると面倒だから周りのみんなにはナイショです~
こばやん2号
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とある大学に通う22歳の大学生である日比野秋雨は、通学途中にある工事現場の事故に巻き込まれてあっけなく死んでしまう。
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かつて生きていた世界で趣味で読んでいた小説の知識から、自分の実力がバレてしまうと面倒事に巻き込まれると思った彼は、自身の実力を隠したまま自由気ままな冒険者をすることにした。
果たして彼の二度目の人生はうまくいくのか? そして彼は自分の実力を隠したまま平和な異世界生活をおくれるのか!?
※この作品はアルファポリス、小説家になろうの両サイトで同時配信しております。
異世界転生~チート魔法でスローライフ
リョンコ
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【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。
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3メートルはありそうな巨大なオオカミが!!
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「え!ここどこだ??」
都会の生活に疲れた主人公が、
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恋愛は多分ありません。
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※挿絵有りますが、自作です。
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転生させて貰ったけど…これやりたかった事…だっけ?
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目が覚めたら…目の前には白い球が、、
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※誤字・脱字多いかもしれません💦
(教えて頂けたらめっちゃ助かります…)
※自分自身が句読点・改行多めが好きなのでそうしています、読みにくかったらすみません
全校転移!異能で異世界を巡る!?
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全校集会中に地震に襲われ、魔法陣が出現し、眩い光が体育館全体を呑み込み俺は気絶した。
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第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。
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