伊十郎、参る!

よしだひろ

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第一章 拙者、伊十郎にござる

其の五 無意識の守り神って何ですか?

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 結局美香が外に出る時は伊十郎がついて回る事になった。会社にいる時は、伊十郎は会社が入っているビルの外、通りを挟んで反対側のビルの影から見守る事になった。
 伊十郎としては人々に紛れて目立たないように美香のビルを見ているつもりだった。しかしちょんまげで羽織袴の男がオフィス街にいるだけで十分目立った。
 伊十郎の存在はたちまちその付近で噂になり、その噂はSNSにまで広まった。写真を撮るものまで現れてSNSには伊十郎の写真が出回った。
 やがてそれはテレビ局の知るところとなりある日伊十郎の元にテレビ局が取材しにやってきた。
「こんにちは。あなたがお侍の伊十郎さんですか?」
「お主らは何者だ? あからさまに怪しい奴らめ」
「私達は怪しい者ではございません。テレビサンライズの者です。あなたの事を取材させて下さい」
「何を言ってるのかさっぱり分からん。拙者只今大事な用の途中にて、しからばご免」
「そこを何とか」
「しつこい奴らじゃのう」
 丁度その時昼休みに入った美香がビルから出てくるのが見えた。
「拙者、役割がある故、ご免」
 その時通りの反対側、美香がいる方の車道を黒い車が走り込んできて、美香のすぐ後ろで急停止した。中から黒ずくめの男が数人飛び出してきた。
 伊十郎は長年の経験でその男達を不審に感じた。伊十郎は無意識に車道に飛び出した。
 車道を走ってきた車が飛び出した伊十郎に驚いて急ブレーキを踏む。しかし止まり切る事が出来ない。伊十郎は黒ずくめの男達を見据えたままチョンと上に跳んだ。突っ込んできた車のボンネットに飛び乗ると再び跳んだ。
「キャー!」
 黒ずくめの男の一人が美香の腕を掴んで引っ張った。
「美香殿!」
 伊十郎は反対車線に着地する。反対車線の車も急ブレーキをかける。伊十郎は構わず黒い車に駆け寄る。美香は無理矢理車に押し込まれていた。
 伊十郎はジャンプ一番黒い車の屋根に飛び乗った。と同時に黒い車が動き出した。伊十郎は屋根の上でバランスを崩して転がって、屋根の上から落ちた。
 伊十郎は回転して受け身を取りつつスクッと立ち上がるとそのまま黒い車を走って追いかけた。
「美香殿お!」
 黒い車は赤信号を無視して交差点を突き抜けて行った。青信号側の車は軒並み急停止し、追突する車やハンドルを切ってブレーキをかけた為回転して止まる車があった。
 横断歩道の手前で伊十郎は車を追うのを辞めた。テレビクルーが駆け寄ってくる。
「大変です! 今我々の目の前で誘拐事件が発生しました!」
     *
 伊十郎は警察に呼ばれて事情聴取を受けていた。しかし伊十郎は言った。
「尾関殿を呼んでくだされ。尾関殿になら何でも話すでござる」
 小一時間程して尾関巡査部長がやってきた。警視庁の警部立ち会いの元、尾関巡査部長が事情聴取を行った。
 伊十郎は正直に起きた事を説明した。尾関巡査部長は警部がいる手前話しにくい事なのだが仕方なく話した。
「例の橘がいたビルですが、借主が分かったんですよ。蓮華商事と言う会社ですが、その実態は暴力団です」
「おい尾関。何の話をしている?」
「暴力団とはなんぞ?」
「犯罪を犯してでも金を儲けたりする悪い奴らですよ。ヤクザと言えば伝わりますか?」
「つまり無法者達と言う事か?」
「その蓮華商事に最近つるんでる連中がいるらしいんですよ。最初は刀を差していたと」
「俊介はその無法者と手を組んでると言う事か」
「おい。さっきから何を話しているんだ」
「吉岡警部。実はこの佐々木さんはですね。浦安署で特別に扱ってる人物なんですよ。ここでは何ですから、ちょっと部屋を出て話しませんか」
 そう言うと尾関巡査部長は人払いよろしく伊十郎を残して部屋から出て行った。数分後尾関巡査部長は一人で部屋に戻ってきて伊十郎に言った。
「さ、早く逃げますよ」
「何故逃げるのじゃ」
「良いから早く」
 そう言って伊十郎を警察署から連れ出した。駐車場にはパトカーが停まっていて中島巡査がボンネットに腰掛けて退屈そうに待っていた。
「おお! 中島殿」
 その時警察署内から吉岡警部が飛び出してきた。
「尾関! 佐々木さんをどうするつもりだ!」
 尾関巡査部長は伊十郎の背中を押してパトカーに詰め込んだ。
「中島! 早く出せ!」
「は、はい」
 尾関巡査部長は窓を開けて叫んだ。
「報告書は後ほど送ります!」
「待てコラ!」
 しかしパトカーは行ってしまった。
「尾関さん。これはどう言う事ですか?」
「あのままじゃ佐々木さんを解放してもらえないからな。無理矢理連れてきたんだ」
「何ですって!?」
「今はそれを言ってる場合ではない。金井さんが誘拐されてるんだ。何か連絡があるとすれば金井さんの自宅だろうに。急げ!」
 浦安に戻る車中で、尾関巡査部長は事態を整理するために伊十郎に話をした。
 どうやら伊十郎が江戸時代からタイムスリップした時、俊介とその一味も一緒にタイムスリップしたと言う事。そして、俊介はどう言う経緯いきさつか分からないが蓮華商事に世話になってるという事。美香を誘拐したのは恐らく蓮華商事の手のものであるか、俊介の手のものである事。
「今は相手の出方を待つしかありません」
 マンションに着くと伊十郎は部屋の鍵を出して尾関巡査部長と中島巡査を部屋に招き入れた。
 中島巡査は電話機の留守録が点滅してる事に気付いた。
「録音を聞いてみましょう」
 それはやはり誘拐犯からの連絡だった。
「女の命が惜しくば伊十郎一人でこれから言う倉庫に来い……」
「卑怯者め! 美香殿を解放せよ!」
「佐々木さん、これは録音だから相手には伝わりませんよ」
 中島巡査は倉庫の場所をメモした。
「この倉庫だとここから車で三十分程の所です。警視庁の管轄です」
「誘拐対策本部へ連絡だ」
 伊十郎は言った。
「尾関殿、中島殿。拙者をその倉庫へ連れて行ってくれまいか。あいや、近くまでで構わん。望み通り拙者一人で参る」
 三人はとにかく現場へ向かう事にした。本部へ連絡して現場に先回りしてもらう事にした。
「佐々木さん。取り敢えずこの場は我々警察のやり方を通させてもらえませんか。人質の命が最優先です」
 伊十郎は言われるままに従う事にした。
 現場の倉庫近くに着くと既に先に到着していた警官が規制線を張っていた。
「佐々木さんを連れてきた」
「浦安署の尾関巡査部長。あんた何考えて……」
「責めは受ける。が、今はそれを言っている時ではないだろう……あの角の倉庫か?」
「はい。ドローンで偵察したのですが、ハッキリとは分かりません。どうやら人質が一人。犯人グループが七人いるようです」
 伊十郎は、俊介とその手下だと思った。尾関巡査部長は警察に任せろと言うものの、俊介の腕は一流だ。果たして捕まえられるのだろうか。
 数分で辺りに規制線が張られて警官隊が倉庫を取り囲んだ。吉岡警部が拡声器で呼びかけた。
「誘拐犯に告ぐ。大人しく人質を解放して投降しなさい」
「やたらと声の大きな人じゃのう」
 すると倉庫の中から俊介の手下と思われる男の声がした。
「伊十郎はいないのか! 奴は腰抜けか!」
 伊十郎は堪らず声を張り上げて言った。
「拙者はここじゃ! 美香殿を解放しろ。俊介! 姑息な手は使わずに正々堂々と勝負しろ!」
 しかし俊介の手下と思われる男が言った。
「伊十郎! 女の命を助けたくばこの場にて腹を切れ!」
「拙者の命が欲しくばくれてやる! しかし美香殿は関係ない。解放せよ」
 しかしそれ以降返事はなかった。警察による常套手段はこうだ。一晩中投光器を当てこちらから話しかける事で犯人グループを疲労させる。その疲労がピークに達する午前四時頃突入。それまでに斥候を出し中の様子を把握しておくと言うものだ。
 それを知らない伊十郎は痺れを切らしていた。
「やはり拙者が赴いて奴らを捕縛して参る」
「待ってください。これは作戦なんですよ」
 しかしその時倉庫の中から一人の男が飛び出してきて叫んだ。
「伊十郎! 出てこい! ぶっ殺してやる」
 そう言うとその男は右手を空に突き出してその手に握られた拳銃を一発撃った。
 辺りの警官隊は一斉に身をかがめた。しかし伊十郎一人は仁王立ちしていた。
「退避ー! 全員物陰に隠れよ! シールド用意!」
「規制線の範囲を広げろ!」
 警官隊は蜘蛛の子を散らすように物陰に逃げて行った。中島巡査は物陰から伊十郎に叫んだ。
「佐々木さん! 相手は銃を持っている。危険です。隠れて!」
「拙者、逃げも隠れもせぬ」
 そう言うと伊十郎はその男に向かって一直線に走り込んだ。男は両手で銃を構えて伊十郎に狙いを定めた。
 それと同時に伊十郎は右へたいを移す。男は冷静にその動きに合わせて拳銃の狙いを左へ移し、そして撃った。
 しかし伊十郎が右へたいを移したのはフリだった。伊十郎は右へ移すと見せかけて左に跳んだ。
 中島巡査はそれをみて興奮気味に言った。
「かわした!」
 伊十郎は木刀を抜き上段に構え、力の限り男の小手を打った。男の手から拳銃が弾かれ地面に叩きつけられる。すかさず伊十郎は左の肘を男の鳩尾みぞおちに入れる。
「うっ」
 男は声とも取れない声を発してその場に崩れ落ちた。
「すまぬ、尾関殿! 俊介え! 今行くでござる!」
 そう言うと伊十郎は男が出てきたドアを開けて中に入って行った。
「行けない! 佐々木さん!」
 伊十郎が中に入るとだだっ広い空間だった。目の前に上に上がる階段があった。躊躇わず伊十郎は階段を駆け上った。
 二階に上るとすぐ左手にドアがあった。そのまま蹴破って入ろうかとも思ったが、前回それで俊介に先手を取られている。同じ手は食えない。
 伊十郎は中の気配を伺った。誰かがドアに駆け寄ってきていた。伊十郎はしゃがみ込み、木刀を突き刺す用意をした。
 ドアが内側に開かれた。男の姿を確認すると、伊十郎はその男の喉元へ木刀を突き刺した。そのまま刺し殺そうと思った時、美香に簡単に人を殺しては行けないと言われていた事を思い出して力を緩めた。
 とは言っても男は後ろの室内に吹っ飛んだ。そのタイミングで入り口に尾関巡査部長、中島巡査が駆けつけた。
「佐々木さん、落ち着くんだ!」
 しかしその言葉が届いていないかのように伊十郎は部屋の中に入って行った。
「中島、追うぞ」
 尾関巡査部長と中島巡査は階段を駆け上った。そして部屋の中に踏み込んだ。
 部屋の中には五人の男が転がってうめいていた。
「た、たったこれだけの時間でこれだけの犯人達を!?」
 部屋の右側にはパーテションがあり曇りガラスのドアが取り付けられていた。伊十郎はそのドアを睨むように見ていた。
 残りは美香と俊介のみだ。
「佐々木さん危険だ! 相手は銃を持っている! こんな壁容易く抜かれますぞ!」
 しかし伊十郎はその言葉を無視して言った。
「俊介! もう終わりじゃ! 出てこい!」
 所が中から聞こえてきた声は俊介のものではなかった。
「入ってきたらこの女ぶっ殺すぞ!」
 そして美香の悲鳴が聞こえた。
 伊十郎は木刀を肩に構えると槍でも投げるように曇りガラスに向けて木刀を投げた。
 中から男の悲鳴が聞こえ同時に発砲音が聞こえた。
 中島巡査が抗議するように言った。
「中の様子が分からないのになんて危険な事を」
 伊十郎はゆっくりドアを開けながら言った。
「男の声と美香殿の悲鳴で二人の位置関係は把握できておった。危険はない」
 ドアの中は小さな部屋になっていて、一人の男が右肩に木刀を刺したまま倒れてうめいていた。美香は何が起きたのか分からずただ泣いていた。
「伊十郎……」
「美香殿、無事か?」
 男の肩に刺さった木刀を抜きながら伊十郎は思った。俊介はいずこ?
 警官隊が雪崩れ込んできた。
 警察署で美香と伊十郎は尋問とも言うべき事情聴取を受けていた。
「拙者は誰も殺しておらんぞ。何が問題なのじゃ?」
「何がって……あなたは確かに悪いことはしていませんが、二百年前から来たって所が問題なんですよ。何で身元を隠すんですか?」
「隠してなどおらん。拙者は深川の佐々木伊十郎じゃ」
 同時に尾関巡査部長と中島巡査も事情聴取を受けていた。
「いや、信じてもらえないのは分かりますが、佐々木さんは本当に過去からタイムスリップしてきたんですよ」
「中島巡査。君も警察官なら分かるだろ。そんな調書作れると思うのか?」
 一方尾関巡査部長はただ質問に答えるだけのような淡々とした聴取が行われていた。美香は素直に自分が体験した事を話していた。伊十郎と出会った日の事、その後の生活など。
 美香は早々に解放された。
「今日はもう帰って良いですよ」
「あの、伊十郎は?」
「彼はもう少しかかりそうです」
「じゃあ待たせてもらっていいですか?」
 美香は受付の前の椅子に座って伊十郎が出てくるのを待った。しかし先に出てきたのは中島巡査と尾関巡査部長だった。
「尾関さん。伊十郎は?」
「我々も別に聴取を受けていたので今どうなっているのか分かりません」
「そうですか……それで尾関さん達は?」
「我々は当分の間自宅謹慎を言い渡される予定です」
「そんな……」
「まあ佐々木さんを無理矢理浦安署に連れて行ったのが不味かったですわ。しかし自宅謹慎の間に捜査を進められます」
「いいんですか?」
 尾関巡査部長は辺りを見回してから美香にウインクして見せた。
「買い物程度なら外出も問題ない」
 尾関巡査部長が元気そうなので美香は少し安心した。
「佐々木さんを待ってるんですか?」
「はい。伊十郎一人じゃ家に帰れませんから」
「では我々はこれで」
 二人は行ってしまった。
 結局伊十郎が解放されたのは夜の九時を過ぎてからだった。それでも伊十郎は疲れ一つ見せていなかった。
「伊十郎、大丈夫? 疲れたでしょ」
「この時代の与力は融通が効かぬでござるなあ」
「警察も人によるのね。尾関さん達は分かってくれてるのにね」
 二人は地下鉄で浦安のマンションに帰った。家に入りテレビを付けると丁度ニュースの時間だった。
「え? これって!」
 テレビでは美香が誘拐された時の動画が流れていた。あの時のテレビ局だった。
「顔はぼかしてあるけどこれじゃあ伊十郎だってバレバレじゃない」
 テレビではアナウンサーが情報を伝えていた。
「本日お昼頃起きた誘拐事件ですが、警察の発表によると事件は早々に解決されたとの事です」
「この、車を追いかけている男性ですが、最近SNSなどで話題になってるお侍の伊十郎さんに似てますよね」
 美香はまずいと思った。伊十郎がいたずらに話題になってしまう。案の定SNSでは伊十郎の事を追跡しようと言うものまで現れた。
 美香は誘拐による精神的なショックで当分の間就労不能と診断され会社を休職する事になった。
 伊十郎と一緒に買い物に出かけたりするとすれ違う人が振り返って見たり、中には写真を撮る人までいた。やがてその噂はネットで拡散されてとうとう美香の住むマンションまで知られてしまった。
 マンションやその付近には野次馬が何人かいて伊十郎が出てくるのを待っていたのだった。
「美香殿が言ってたのはこの事でござるな?」
「何の事?」
「拙者の事が世に知れ渡れば大騒ぎになると申されてたではないか」
「本当よ、一体どうしたら良いのか……」
 伊十郎自身はこの騒ぎに関しては然程重要に思ってなかったのだが、美香が深刻に悩んでいるので大変な事になってるのだと認識した。
「美香殿。拙者がこの時代に彷徨い込んでしまった為に大変な迷惑をかけてしまったでござるな。誠に申し訳ない」
 美香は驚いた。
「あなたのせいじゃないよ」
「いいや、これ以上迷惑をかける訳には行かぬでござる。拙者ここを出てゆくでござる」
「ちょ、ちょっと待って。ここを出てどうやって生きていくのよ」
「男一人どうにでもなるでござる」
 しかし美香は止めた。
「あなたがここを出て行ったくらいじゃ騒ぎは収まらないところまで来てるのよ。それにまた誘拐犯が来たら誰が守ってくれるの?」
「しかし……」
 その時インターフォンが鳴った。また野次馬が中に入ろうとしてるのかと思い確認すると、それはエントランスからのコールではなく玄関前からのコールだった。モニターに老婆が映っている。
「三〇六の高橋です。息子がフルーツたくさん送ってきて食べきれないから持ってきたのよ」
 美香は玄関を開けた。高橋はスーパーのレジ袋を持ち上げてみせた。
「リンゴ、好きかしら?」
 そう言うと高橋はズカズカと部屋の中に入ってきた。
「あら、伊十郎ちゃん。元気かしら?」
「これはこれは高橋殿」
高橋はフルーツが入っているレジ袋をリビングのローテーブルに置いて腰かけた。
「お二人さん。なんか大変な事になってるわね」
 美香は麦茶を三人分用意した。
「私にお手伝いできる事があったら何でも言ってね」
「かたじけのうござる」
 伊十郎は頭を下げた。美香は三人分の麦茶をローテーブルに置いて自分も座った。
「あなた達を苦しめてるのはネットのせいなのよね」
「ええ……」
「私ね、実はこう見えてネットやコンピュータにはとても詳しいのよ」
「え?」
 美香は驚いた。先入観と言うか老人がIT関係の技術に詳しいとは思えなかったからだ。
「ネットやコンピュータとは何でござるか?」
 高橋はただ微笑んで室内を物色した。傍らに置いてあるタブレットパソコンを見つけると立ち上がった。
「『無意識の守り神』って聞いたことない?」
 聞き慣れない言葉だった。高橋はタブレットパソコンを持つと再び元いた所に座った。
「世の中には理不尽に暴力などを受けている人がいる。不正な方法で権力やお金を手に入れている人がいる。そう言う弱者を助けたり悪者を放っておけない人々が集まって作った組織よ」
 そう言うとタブレットパソコンを開いて何やら操作し始めた。
「組織といってもリーダーはいない。みんな自分の意思で動いている。それぞれの得意分野でね」
 そう言うとタブレットパソコンの画面を二人に見せた。そこには無意識の守り神のホームページが表示されていた。
「今までいくつもの事件を解決してきたわ。個人の力では太刀打ちできない組織的な不正にも立ち向かってきているの」
「高橋さんもそのメンバーなんですか?」
「そうなのよー」
 伊十郎は全く事情が飲み込めなかった。
「一体どう言うことでござるか?」
「つまりね、困ってる人を助けたり悪者をやっつけたりする活動を私はしてるのよ。そう言う人が集まって組織されたのが無意識の守り神という名前の組織なのよ」
 伊十郎はやっと理解できた。
「では尾関殿と同じでござるな!」
「尾関殿?」
「そこの富士見交番のお巡りさんなんですよ」
 高橋はお巡りさんとはまた違う事を丁寧に説明した。
「お巡りさんは正義の味方。だから法を絶対に守るのよね。私たちは真実を突き止める為には時には法を越えたところで動く事もあるのよ」
「なら拙者と似ておる。拙者、御奉行から特命を拝礼し、特別に拙者の判断で動けるでござる」
「伊十郎ちゃんは警察と私達の両方の良いところを持ってるのね」
 高橋は更にタブレットパソコンを操作した。そこに映し出された画面を二人は見た。
「『お侍の伊十郎は過去からタイムスリップしてきた本当のお侍だ』って、これは?」
「私ハッキングも得意でね。警察の内部資料見つけちゃったのよ」
「ハッキングについて聞きたいのは分かるけどいちいち説明してたら話が進まないから今はとにかく黙って話をきいてて、伊十郎」
 喋り出そうとしていた伊十郎は言葉を飲み込んで頷いた。
「あなた達二人は警察にマークされてる。本来なら保護されるべき立場なのにね。だから私達無意識の守り神はあなた達をサポートしていこうと言う事になったのよ。それを伝える為に今日は来たの」
「何か急な話でなんて言えば良いのか分かりませんが、ありがとうございます」
「いいのよ、無意識の守り神のメンバーはみんな自分がやりたくてやってるんだから。だから、何か困ったことや頼み事があったら遠慮なく言ってね。力になれるか分からないけど」
 伊十郎が言った。
「かたじけのうござる。しからば遠慮なく頼みたいのでござるが、橘俊介と言う男について調べてみては貰えぬだろうか?」
「橘俊介? 警察の調書にも書かれてたわね」
 伊十郎は俊介と会った日の事や当時の事を話して聞かせた。
「俊介は拙者の命を狙っているのでござる。その為には手段を選ばぬ。美香殿を拐かしたのもその為でござる」
「分かったわ。仲間にも伝えておくわね。所で金井さん。電話番号やメルアドを交換しない?」
 美香はスマホの番号やメルアドを教えて、高橋の連絡先を教えてもらった。
「じゃ私は帰るわね。あ、リンゴは是清のだから美味しいと思うわよ」
「是清って……高級店じゃないですか!」
「仲間が勤めててね。それじゃまたね」
 そう言うと高橋は出て行ってしまった。
     *
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