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Eine Serenade des Vampirs編

刺客

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 儀式当日の夜。
 作戦は単純だ。ミカとリグルとザイルは村の門を出て大きく迂回して儀式が行われる広場に行く。シュタインは本部裏から小道に沿って林を抜けていく。
 第一目標は表裏の石を奪う事。それが無理ならタエスを誘拐する事。
 シュタインは教団本部にやってきた。松明たいまつは燃えているものの入り口に人はいなかった。シュタインはそのまま敷地内を通って裏口に周りこんだ。裏口にも人はいない。
 これなら小道をそのまま進める。
 そう思って小道に踏み入った時、木の上から何者かが飛び降りてきた。シュタインは後ろに飛び退いた。
「お、お前は……クベリウス!」
 それは邪神ランパーギルの下僕、デーモンのクベリウスだった。黒い袖のないシャツを着ている。下半身はやはり黒いロングスカートを履いていた。武器らしき物は持っていない。頭の両端には角が一対生えている。山羊のような角だった。皮膚は薄い青い色をしている。
「クベリウス。何故お前がここに!」
「今宵の儀式を無事に終わらせる為だ」
「お前は主人を変えたのか!」
「我が主人は生涯ランパーギル様だけだ」
「ガイスではないのか?」
「ガイス? 何だそれは? そんな事よりお前はここを通る気か? それはこの私が許さんぞ」
 シュタインは違和感を覚えた。クベリウスは唯一ランパーギルにのみ従うランパーギルの下僕だ。本人もそう言っている。なのにガイスの為に働くとはどう言う事か。ガイスと言うのはランパーギルの隷下のものか。そう考えれば合点がいくが、クベリウスはガイスを知らないと言っている。これはどう言う事なのか。
「オブザード マ ザード 解き放て」
「飛んで抜けようとしても無駄だ」
 次の瞬間地面から水の壁が噴き出した。超高圧の水の壁だ。触れたら大怪我をする。シュタインは空中で止まった。
(デーモンだけあって、魔法による対決は不利か)
 神や悪魔、天使やデーモンなどの超生物は霊力が高い為呪文の詠唱無しに魔法を使う事が出来る。しかも今は飛翔の魔法の最中だ。他の魔法を使う事が出来ない。
 シュタインはシュネーバルを抜いた。クベリウスはデーモンだ。通常の攻撃では傷一つ負わせる事は出来ない。精霊であるシュネーバルを使うしかない。
 シュタインは空中からクベリウスに切り掛かった。
「無駄だ」
 クベリウスは左腕を掲げてシュタインの剣を左腕で受けた。シュネーバルの刃はその左腕に突き刺さった。
 しかしクベリウスはそのまま剣ごとシュタインを弾き飛ばした。クベリウスの傷はみるみる再生されていった。
(やはりデーモン。再生するか……)
 神や悪魔などの超生物は通常尋常ではない再生能力を持つ。多少の傷は瞬時に修復される。
 シュタインは別行動を取っているミカ達の方も気になった。そちらにもデーモンが配置されていたら……。しかしそれを心配している暇は与えられなかった。クベリウスがシュタインを指さすとその指先から細い水の線がシュタイン目掛けて飛んできた。
 シュタインは右へ飛んで逃げたが一瞬遅かった。超高圧の水の線はシュタインの左肩に当たり貫いたのだった。
「グハッ」
 シュタインは集中力が途切れ飛翔の魔法は効果を失った。シュタインは空中から地面に落ちた。
「丁度いい。お前の魂をランパーギル様に捧げるとしよう」
 シュタインはゆっくり歩み寄ってくるクベリウスを睨んだ。クベリウスが間合いに入るとシュタインは素早く立ち上がり、シュネーバルで再び切り掛かった。クベリウスは全く防御の姿勢を取らなかった。
 シュネーバルはクベリウスの腹を切り裂いたがやはり直ぐにその傷は再生された。衣服だけが裂けた。
「無駄だと言った」
 クベリウスはシュタインの右腕を握ると上に持ち上げた。シュタインはぶら下がる形になったがギリギリ足の先が地面に着いている。左の肩から溢れる血が衣服に染み込んでいく。
「人間とは何と脆い生き物なのか」
 その時広場の方から打楽器を始めとする楽器を奏でる音が聴こえてきた。
「儀式が始まったようだな」
(腕を掴まれてはいるものの、右手首は動く……)
 シュタインは一か八か氷の魔法を唱えてみる事にした。
「タルハラ マララヤ……」
「小賢しい。無駄な足掻きだ」
「キガナノモ 氷の塊となれ ウラナハス!」
 シュタインは剣を持つ右手を一杯に曲げて剣の先端をクベリウスの左手の肩に向けた。
 剣の先端から氷の光線が超高速で飛び出した。そしてその光はクベリウスの左肩を貫いて行った。シュタインはそのまま剣を回せるだけ回した。光線はその剣の軌道に合わせて動きクベリウスの肩の周辺を氷漬けにした。
(力は弱まっているはずだ)
 シュタインは同時にクベリウスの腹を両足で蹴った。クベリウスはそれを予測していなかったが咄嗟に腰を引いて蹴りをかわした。その反動と氷の光線のダメージで思わずシュタインを掴んでいた手を離してしまった。
 シュタインは地面に投げ出された。
「くっ!」
 左肩の傷が痛む。シュタインは肩で息をした。
「はぁはぁ。やってみるもんだな」
「魔法攻撃と物理攻撃を同時に繰り出したか。余程追い詰められているようだな」
 確かにシュタインは押されていた。シュタインの攻撃は全く歯が立たない。クベリウスを倒す……正確には魔界へ追い返す術はなくもないが、林では無理だ。
 と、不意に再びクベリウスがシュタインを指差した。細い水の線が飛んでくる。しかし今度はシュタインはそれを避けた。右へ左へ木の影から木の影へシュタインはクベリウスを翻弄するように走った。肩の傷が酷く疼く。
 クベリウスは高圧の水の線を次々に出してきた。シュタインをわざと逃がして遊んでいるようだった。
 しかし気は抜けない。少しでも油断すれば再びあの水をくらい今度は深いダメージになるだろう。
 精霊を除く神や悪魔などの超生物が物質界に実体化する時、その霊的エネルギーの本体は元の世界に残して実体化する。それは、元の霊的エネルギーが巨大過ぎて物質界に収まりきらないからだ。
 これはつまり、実体化した肉体を何らかの方法で破壊できたとしてもその本体は元の世界に残してあるので殺す事は出来ない事を意味する。
 今の場合クベリウスの肉体を彼の再生能力を上回る速度で破壊すればクベリウスは物質界に残れない。なので魔界に戻るしかなくなるのだ。
(先ずは奴の魔法を封じなければ)
 シュタインは逃げ回りながら次の魔法を唱え始めた。
「クルナルマルマヤ ジムランド……」
「私の魔力を封じようと言うのか」
「コータヤ ソールコ マナハサゴガギグ……」
 クベリウスは両手を下から上空に掲げた。シュタインは咄嗟に地面に飛び込むように跳ねた。
 すると今シュタインが居た地面から太い水柱が立ち上ったのだった。しかしシュタインは怯まず呪文を完成させた。
「エンヤ 防げ魔力!」
「ええい。しまった」
 クベリウスの体は輪郭が細く薄く光っているように見えた。シュタインが唱えた完全魔法防衛が効果を表している証拠だ。この魔法は対象に指定された生き物や物が魔法を使う事が出来なくなる魔法だ。これが決まった事でクベリウスは魔法を使えなくなる。
 しかし効果はシュタインが集中している間だけだ。何らかの攻撃を受けるなどして集中力が途絶えると完全魔法防衛も無効になる。
 但しこの魔法は近代魔法だ。完全魔法防衛が掛けられている間も他の魔法を使う事が出来る。
 クベリウスはシュタイン目掛けて駆け込んできた。デーモンだけあって桁外れのスピードだ。クベリウスは横からシュタインの顔を目掛けて拳を入れてきた。シュタインはそれをのけぞってかわした。クベリウスはその回転を生かしたまま左足で後ろ回し蹴りを入れてくる。
「くっ」
 シュタインはのけぞった体勢からバク転に入った。左肩に力が入らず地面に崩れた。しかしそれが功を奏した。回転を生かしたまま右手で入れてきたクベリウスの拳が空を切った。
 シュタインは素早く立ち上がりその場から飛び退いた。そこへ跳躍して飛び込んできたクベリウスの足が地面に刺さった。クベリウスはそのまま地面に両手を付きシュタインを足払いした。シュタインは思わず足を取られ倒れ込んだ。
 クベリウスはシュタインの首を取りにくる。
(化け物め……)
 シュタインは呼吸も出来ず息が上がってきていたが首を取られたら終わる。精一杯の力で横に転がって避けた。
 その回転のまま立ち上がるとクベリウスも素早く立ち上がりシュタインに突進してきた。
 シュタインはシュネーバルを振り上げて上から斜めに切り付けた。
「効かんのだ!」
 クベリウスは構わず切られてそのままシュタインに体当たりした。シュタインは後方へ吹き飛ばされた。木の幹にぶつかり地面に落ちた。左肩に激痛が走る。気を失ってはいけない。完全魔法防衛が消えてしまう。
 シュタインは気力を振り絞り立ち上がる。
「人間にしては素早い動きだな」
 シュタインは息を整えるだけで精一杯だった。
(そう言えばケンタリウリの実を持っていたな。使えるか?)
 シュタインはポケットからケンタリウリの実を取り出して口の中に放り込んだ。ケンタリウリの実は米粒程の小さな茶色い実で硬い殻に覆われている。麻薬の一種である。
「何をしている」
 シュタインは息を整えると魔法の呪文を唱えた。
「グルゲルダル 分裂せよ ダスローン」
「む?」
 シュタインの姿が十二人に分身した。
「何の子供騙しだ?」
 しかしそれは実際にシュタインが十二人になった訳ではない。魔法によりクベリウスの視覚が異常を来たし十二人に分身しているように見えているだけだった。なので実際にはシュタインは一人だった。
 シュタイン達・・・・・・はクベリウスを翻弄するように動き回った。クベリウスは拳を振り出してシュタイン達を攻撃するのだが、全て偽物のシュタインなので本物のシュタインは何のダメージも受けなかった。
「くう、小賢しい真似を」
 本物のシュタインは木陰に隠れて次の魔法を唱えていた。
「スチラニヤーマ トニガラチーノ サンサンス マダマチル 風の界より出よ、風の精霊 ダルラン カルラン マ スタナ」
 すると一陣の風が舞起こった。そして形の捉えられない何かが高速で飛行し始めた。シュタインは風の精霊ヴィントを精霊界から召喚し使役し始めたのだった。
 精霊を召喚するとシュネーバルを地面に刺して言った。
「シュネーバル、実体化して力を貸してくれ。クベリウスを翻弄するだけでいい」
 するとシュネーバルは煙のように霧散した。そしてその煙は一つの所に集まって一人の大男に姿を変えた。
「つかず離れずクベリウスを翻弄してくれ」
「かしこまりました」
 するとシュタインも木陰から姿を現してクベリウスに近付いたり離れたりを繰り返した。
 クベリウスは偽物と本物の区別が付かない。四方から襲ってくるシュタインの影を本物と思い全てに対して反撃した。
 そこにヴィントが風笛かざぶえの魔法を使った。高圧の空気が針のように鋭くなって対象を攻撃する。高圧の空気の針はクベリウスの後ろから延髄に突き刺さり貫いた。
 しかしやはり直ぐにそれは再生された。クベリウスは首に手を当てるだけだった。シュネーバルはクベリウスに攻撃を仕掛けると見せかけて反対側に駆け抜けた。
「ちょこまかとうるさい蝿だ」
 ヴィントはクベリウスの体の周りを高速で何周も周り体を爪で引っ掻いて回った。
(早く儀式を妨害しなければ)
 儀式の音はまだ響いていた。偽物のシュタイン達とシュネーバル、ヴィントのお陰で力の均衡は辛うじて保たれたかのように見えた。しかしクベリウスの絶対的な再生能力の前に成す術がない事に変わりはなかった。シュタインの精神力が途切れれば完全魔法防衛が解かれて力の均衡が破られる。そうなれば一瞬でやられるだろう。
(ここが平地なら魔法陣を描けるのに)
 クベリウスはランパーギルの下僕のデーモンだ。それに匹敵する超生物を召喚すれば対等に戦えるのだ。しかしそれには魔力が足りず、魔法陣を描かなければならない。林の中ではそれは無理だった。
 偽物のシュタイン達はクベリウスの周りを駆け回ってクベリウスを翻弄している。
 儀式の音が一時的に大きくなった。
(ヴィントとシュネーバルが同時に同じ箇所を攻撃したら、或いは再生能力を上回れるか?)
「シュネーバル! ヴィントと同時にクベリウスの首を切るぞ!」
 シュネーバルはシュタインの方を見て頷いた。
「今だ!」
 ヴィントは旋風の魔法を使った。シュネーバルは手刀でクベリウスの首を切りに行く。
 その時儀式の音が止んだ。
 クベリウスは動きを止めた。そこに旋風とシュネーバルの手刀が同時に入った。クベリウスの首は真っ二つに切れて、頭がゆっくりポトリと地面に落ちた。
 しかしそれではクベリウスを倒した事にはならない事をシュタインは知っていた。地面に落ちた頭はゆっくりと話し始めた。
「儀式は終わった。私の今宵の役目も終わりだ」
 そう言うとクベリウスはスーッと霧散して消えた。
 シュタインはホッと胸を撫で下ろした。
(しかし儀式が終わったと言っていたが……)
 シュタインは魔法を解除し、ヴィントを解放した。
「シュネーバル。戻ってくれ」
 シュタインが手を差し出すとシュネーバルは煙になり霧散した。そして再び煙がシュタインの手に収束し剣の姿になった。
 シュタインは剣を鞘に収めるとやられた左肩を押さえながら走って広場に向かった。
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