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Eine Serenade des Vampirs編

始祖

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「良いかい。驚かないで聞いて欲しい」
 ミカ達は宿のシュタインの部屋に集まっていた。シュタインはベッドに腰掛けて足を組んで座った。
「ヴァンパイアを知っているかい?」
「人間の血を吸うと言う吸血鬼の事ですか?」
「まあ半分当たりだな。吸うのは血ではなく霊力だ」
「説話や御伽話の中の話ですよね」
 シュタインは首を横に振った。
「説話の中だけの話なら良いんだがね。どうやらヴァンパイアがもうすぐ転生するようだ」
 三人は驚いて顔を見合わせた。ザイルが言った。
「え? ちょっと待ってください。ヴァンパイアって実在するんですか?」
「まあね。そして近々もう一匹増えるかも知れない」
 シュタインはヴァンパイアの秘密を説明し始めた。
 ヴァンパイアは吸血鬼とも呼ばれるが実際には血を吸うことはない。人の精神力の源である霊力を吸いそのエネルギーで生きている。ヴァンパイアに霊力を吸われた者はやはりヴァンパイアとなり人を襲うようになる。
「通常はヴァンパイアは生身の人間の霊力を吸う事でその人間をヴァンパイア化して増えていく。しかしそうではなく生身の人間がヴァンパイアに転生する事もある。そうして転生したヴァンパイアは始祖と呼ばれ特別な能力を持つ」
 始祖は完全なる不老不死である。一般のヴァンパイアが心臓を破壊する事で殺す事が出来るのと違い、心臓を破壊しても再生する。更に太陽の光で全身を焼かれて灰になってもその霊力は塊のまま残り地霊を少しずつ吸い少しずつ全身を再生していく。
「つまり始祖を殺す方法は今の所見つかっていない」
「もしかしてもう一匹増えるかも知れないと言うのはその……」
「始祖さ」
「でも何で始祖が現れると言えるんですか?」
「教団本部の奥には広場があってそこにいくつかの物品がしまわれてたよ。メタセコイアの枝、ザッハコカの葉、乾燥したブタクサ、生きた鶏、亀、ペタシスク……これらはヴァンパイアの転生を行う時に必要だ」
「そんな……」
「そして何より表裏の石はヴァンパイア転生の際に必要な大切な魔法触媒なのさ」
「じゃあ早く教団へ行って表裏の石を取り返しましょう」
「うーん……」
 シュタインは、恐らく教団は表裏の石についてはしらを切るだろうと考えた。あんな暴力的な方法で奪ってきた石が教団によるものだと知れたら信者が離れていくだろう。
「無駄だとは思うんだけど、一応リグルとザイルは教団本部へ行って、表裏の石の事を聞いてみてくれないか。ちょっと僕は別の方向から止めてみようと思う。取り敢えずミカ、付いてきてくれ」
「は、はい」
 シュタインはリグルとザイルを残してミカと共に部屋を出て行った。
 シュタインは宿の下に降りて酒場のテーブルに座った。見るとやはり入り口にローブを纏った女性が立っていた。シュタインはその女性に手招きしてこちらに呼んだ。するとその女性は何の疑いもなく近付いてきた。
「やあ、友人」
「こんにちは友よ」
「ライスに聞いたよ。今度儀式をやるんだってね」
「タエスが戻ってきたのですか? なら次の満月の日になりますでしょう」
(満月の日……か)
 シュタイン達が話している横をリグルとザイルがすり抜けて行った。教団に向かうのだろう。
 シュタインはカマをかけてみた。
「するとタエスが転生を?」
 その女性は一瞬言葉を切り表情がこわばった。
「転生? タエスは生贄ですよ。まあ神の子に生まれ変わると言う意味では転生ですけどね。栄誉な事です」
(生贄だって?)
「実はライスからタエスに届け物を預かってきてるんだ。タエスは今何処に?」
「さあ本部にいないのなら今何処にいるのかは分かりませんが恐らく自宅でしょう」
「タエスの家は何処なんだい?」
 シュタインはまんまとタエスの家の場所を聞き出す事に成功した。それを聞くとそそくさと宿から出て行った。ミカも慌てて後を追った。
 シュタインは教えてもらった家の方へ歩いて行った。ミカは話しかけた。
「師匠。お届け物って何ですか?」
「ん? ただの嘘だよ。届け物なんてない」
「え! 何でそんな嘘を」
「事を手早く済ますにはそう言う嘘も必要になるから覚えておくといい」
「そんなもんですか……」
 タエスの家は小さかった。庭と言うか軒先に小さな花壇が作られていて綺麗に花が咲いていた。
「小さい家だが手入れが行き届いているね」
「そうですね」
「タエスは居るだろうか?」
 とにかくシュタインはドアをノックしてみた。返事はない。しかしシュタインはしつこくノックしてみた。
 すると扉が開いて一人の男が顔を出した。
「君は誰だ?」
「僕はシュタインさ。教団に入信を誘われててね」
「そうなのか……」
「君はタエスかい?」
「そうだよ、友よ」
「ちょっと話をしないか」
「話……?」
「部屋に入れてもらっていいかな」
 そう言うとシュタインはタエスの返事を待たずに家の中へ入って行った。ミカは申し訳なく後に続いた。
 狭い家だ。玄関を入ってすぐにリビングがあった。シュタインはそこに置いてあるテーブルの椅子に腰掛けた。
「ささ、タエスもミカも座って」
 言われるままにタエスとミカは椅子に座った。タエスは明らかに不信感を持っていた。
「今日は顔に化粧をしてないんだな。腕輪はしているのに」
「化粧はいつもしている訳じゃないよ。何の用だい?」
「今度の満月の夜、儀式が行われるのは知ってるよね」
「……知ってるが?」
「君が生贄になるんだから知らない筈もないか」
「…………」
 シュタインはジッとタエスの目を見た。タエスは動揺しているのか目を逸らした。
「嘘だろ?」
「な、何が……」
「生贄なんて嘘なんだろ?」
「何の事だい?」
「今度の儀式では生贄は必要ない。なんせ、転生の儀式だからね」
「言っている意味が分からない」
「……ヴァンパイアになるつもりだろ」
「な、何の事だい?」
「悪い事は言わない、辞めておけ」
「言っている意味が分からない。もう帰ってくれ」
 タエスは立ち上がった。シュタインはそのタエスの目を見つめていた。
「ヴァンパイアになって不老不死になる事はとても辛い事だぞ。それだけじゃない周りの人間も不幸にする」
「僕はゼーレンがいてくれればそれでいい。さあ帰ってくれ!」
(ゼーレン……恋人かな?)
 タエスは玄関のドアを開けた。
 シュタインはゆっくりと立ち上がった。ミカもつられて立ち上がる。
「そのゼーレンも不幸になるんだぞ。それでもいいのか……」
「さあ、友よ。帰ってくれ」
 シュタインは無言で暫くタエスを見ていたが諦めてドアから出た。ミカもそれに続いた。
 宿へ戻る道すがらミカは話しかけた。
「あの人がヴァンパイアになろうって思ってるんですか?」
「どうやらそうらしい。しかも決心が強い」
     *
 夜になり再びミカ達はシュタインの部屋に集まった。
「リグル。結果はどうだったんだい?」
「それが、例の男の事を聞いたら急に機嫌が悪くなりまして、表裏の石の事を聞いたら追い返されました」
「そんなもの見たことも聞いたこともないって」
「だろうね……満月の夜まで間がない。早急に何とかしないとなぁ」
「シュタイン様達はどうでした?」
「タエスと言う男が今回表裏の石を盗んだと思われる。そのタエスは自分がヴァンパイアの始祖になるつもりらしい。しかし信者には生贄になると吹聴されてるみたいだよ」
「そのタエスとか言う男がヴァンパイアになったとして、シュタイン様の力で倒す事は出来ないのですか?」
「ヴァンパイアは完全なる不老不死だ。倒す事は今の所誰にも出来ない」
 シュタインはその時の事も考えてマルトンの種を持ってきていた。現段階においてヴァンパイアを殺す事は出来ない。だからヴァンパイアは殺すのではなく封じるのだ。
「それで、満月までと言うのは?」
「ヴァンパイアに転生する儀式は地霊が最も活発になる満月の夜に行われるのさ。つまり今度の満月の夜までに何とかしないといけない訳だが……」
 ヴァンパイアの転生に必要な物品は数多い。だから、例えばメタセコイアの枝を盗んでしまえばい儀式は行えない。単純な話だが、メタセコイアの枝などいくらでも代えがある。ザッハコカの葉もブタクサも、例え盗んでみてもすぐに代わりを用意されてしまうだろう。
 代えが効かないのは表裏の石だ。これはポーレシア内には一つしかない。これを何とか手に入れられれば儀式を中断させる事が出来る。
「後は……タエスに諦めてもらうか。その二つしか道はない」
 ザイルが呑気に言った。
「どっちも難しそうですね」
「教団は僕らの手の届かない所に表裏の石を隠しているだろうね。忍び込んで探すのも手だけど……」
(それしか方法はないか……)
「うん、でも念の為これから僕一人で教団に忍び込んでみるよ」
「何かお手伝いできる事は?」
「大丈夫。君達は休んでてくれ」
 皆んなは取り敢えずそれぞれの部屋に戻って行った。
 シュタインは部屋を出て夜の村を教団本部に歩いて行った。
     *
 シュタインは透過の魔法を使って姿を消して気付かれないように教団本部内に侵入した。本部内は薄暗くやはり人影は見えなかった。シュタインは片っ端から入れる部屋に入って表裏の石を探して回った。しかし見つける事は出来なかった。
(二階にあるのかな?)
 確か二階は第一礼拝堂だ。シュタインは二階へ上がり第一礼拝堂に入った。以前来た時は中には入れてもらえなかった。
(意外と広いな)
 中は明かりもなく暗かった。信者が座る長椅子が整然と並べられていて、正面に祭壇が見える。近付いて見てみる。
(この様式は……それにこの古代文字は)
 そこに書かれていたのは古代シャタール語だった。シュタインは途端にいぶかしく思うのだった。
 ふと見るとそこに箱が置かれている。拳大の大きさだ。
(表裏の石が入ってそうだな)
 シュタインはその箱に手を伸ばした。しかし触れようとした時ピカッと光りビリビリと音がして何かに遮られた。
(結界!)
 その箱はどうやら結界に守られているようだった。シュタインは解呪の魔法を唱えようと思った。今は透過の魔法が効いている最中なので一旦透過の魔法を解除して解呪の魔法を唱えた。
「ザラナード モンマラ スリヤーラ タラナノ 解呪せよ アルキルノ」
 再び箱に触れようと手を伸ばした。しかし結界は解呪されていなかった。再び結界が光り拒まれた。
 解呪の魔法は強力な魔法でほぼ全ての魔法を無効化できる。但しそれは効果を永続している魔法を無効化するだけで、例えば魔法の矢のように飛んでくる矢を無効化する事は出来ない。更にそれは魔法理論が整っている現代魔法にのみ有効で、近代魔法の一部や失われた古代魔法はその限りではない。
(古代魔法? もしくは契約魔法か?)
 契約魔法により効果が永続している魔法の場合、それを解くにはその契約した超生物(神や悪魔)と同等以上の魔力が必要になる。人間レベルの魔力では解く事は出来ない。
 古代魔法だとしたら、その魔法がどのようなものか分からなければ解く事は出来ない。契約魔法も同じでその契約者たる超生物が何者なのか分からなければ解く事は出来ない。
(諦めるしかないか……)
 結界に守られている以上、手を出す事は出来ない。シュタインは唇を噛み締めてその場を去った。
 宿に戻りながらシュタインは思った。祭壇に書かれていたのは古代シャタール語だった。シュタインは強い違和感を持つと同時に不安が込み上げてきた。
 宿に着くと宿は扉が閉められていた。もう真夜中だ。
「え? もしかして村にいながら野宿?」
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