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Eine Serenade des Vampirs編

表裏の石

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 その村での出来事以外、特に大きな事件は無かった。オーテンベルを出て十日程した時、遠くに村らしきものが見えてきた。
「ハインベルクに着いたかな?」
 道を進むにつれて辺りは畑になってきた。小麦も青々と成長していた。
「暫くしたら小麦の収穫時期ね」
 ミカは隣りでウトウトしてるザイルに話しかけた。ザイルは寝ぼけながら頷いた。
「そ、そうですね。春ももうすぐ終わりですかね」
 前を歩くシュタインとリグルがハインベルクの門を潜る。ミカ達もそれに続いて門を潜った。
 シュタインは近くにいた人を呼び止めて聞いた。
「済まないが村長の屋敷を教えてもらえないだろうか?」
「え! 村長の? あなた方は一体……」
「我々は旅の賞金稼ぎです。この村でも稼がせてもらおうと思いまして。まずはその前に村長にご挨拶して出来れば何処かに泊まらせて頂きたいのです」
 その村人はいぶかしくシュタインを見た。シュタインは不思議に思った。実はシュタインはかなり昔にこの村を訪れた事があった。その時はもっと気さくで友好的な雰囲気だった。
「……良いでしょう。ご案内します」
 そう言うとその村人はスタスタと歩き出した。村の中心にある村長の屋敷まで来るとシュタイン達に少し待つように言って屋敷の中に入って行った。屋敷の門は開け放たれていた。
(この隙に入られたらどうするつもりなんだろう?)
 ミカは何となく不用心さを感じた。
 暫くすると村長と思しき老人が杖を付いて出てきた。
「あなたは……何処かでお会いした事がありますかな?」
「僕はシュタイン。実を言うと以前この村に立ち寄った事があります」
「おお、そうでしたか。また来て頂いたのですな」
 その老人は気さくに話しかけてくれた。シュタインは聞いてみた。
「心なしか村の雰囲気が変わられたようですが、何かあったのですか?」
「ここでは何ですから家の中へお入り下さい」
 老人はシュタイン達を屋敷の中に招いた。馬を使用人に預けてシュタイン達は屋敷の中に入って行った。
 応接間に通されると暫くして使用人がお茶を運んできた。それと入れ替わりに先ほどの老人が部屋に入ってきた。
「改めまして。私はこの村の村長をしているバージルと言います」
 シュタイン達も自己紹介した。
「シュタイン様は以前この村に立ち寄られたと仰られていましたが……」
「はい。僕は各地の珍しい植物や鉱物に興味がありまして、それらを求める旅の途中で宿を求めてこの村に立ち寄らさせて頂きました。その節は厚くもてなして頂いてありがとうございました」
「恐らく、その頃の村と今の村では何も違いがない。昨日までは」
「昨日までと言うと?」
 老人は話を途切らせた。暫く沈黙した後ゆっくりと話し始めた。
「シュタイン様はもしかしたらご存知ないのかも知れませんが、この村には一つの大きな役割があるのです」
 村長のバージルは村の秘密を話し始めた。
 ハインベルクの村には代々ある石を守っている家がある。
「その石は表裏の石と呼ばれております」
 表裏の石は見たところ何の変哲もない拳大の大きさの丸い石だ。この村のその家では表裏の石を特別にあしらえたほこらに祀って代々守ってきた。
 ミカが聞いた。
「その表裏の石とは何の石なのですか? 何に使うのですか?」
「それは……分かりません。我々はご先祖の頃からただその石を守る事のみ受け継いできました。或いはご先祖は石の持つ意味や力を知っていたのかも知れないが今では失われてしまいました」
 シュタインが堪らず聞いた。
「その石は今も守られていますか?」
「それが……昨夜賊が現れて盗まれてしまったのです」
(しまった!)
 シュタインは半ば想像はしていたが事実を目の当たりにしてショックを受けた。
 シュタインはその賊について詳しく話を聞いてみた。
「賊はたったの一人でした。しかし人質をとり我々を脅したのです」
 村長や村人にとって人質の命は大事だった。要求を聞くと表裏の石を渡せと言う事だったので、命には変えられないと石を渡したんだそうだ。
「その賊はやけに南部訛りで話していました。恐らくハノーフェン辺りの出でしょう」
 シュタインは更に詳しく賊に付いて聞いてみた。その賊は頬に二本の赤い線の化粧をしていて、動物の歯で作られたネックレスをしていたと言う。原色のキツイ色合いのポンチョを着ていて持っていたナタの先端が二つに割れていた。
「それから腕輪をしていました」
「腕輪……その色や形は?」
「黄色一色で縁がギザギザになっていました」
(なるほど……)
 ハノーフェンに住む民族はそれぞれ固有のファッションをしている。パッと見では分からないのだがそれぞれの地域や街、村で固有のファッションを取り入れている。
 シュタインは今の特徴を聞いて賊がレッチェの辺りに住んでる者だと分かった。
「表裏の石が盗まれたのが昨日……月齢は……」
 シュタインは何かを考え出した。
「村長。僕らがその表裏の石を取り返してみますよ。確約は出来ないけどね」
(取り返せないと大変なことになる)
「本当ですか? しかし我々にはそれに見合うお礼は出来ない」
「お礼は今夜泊めてもらえればそれで良いですよ」
「それでいいのですか? 何とお優しい方々だ」
 ミカは表裏の石が何なのか分からなかった。リグルもザイルも同じだった。しかしシュタインが取り戻すと言うのであれば従うつもりでいた。
(でも師匠は表裏の石が何か分かってるのかしら? 実物を見た事があるのかしら?)
 そして何処へ持ち去られたのかも分からない石をどの様な手段で取り戻すと言うのだろうか。
 翌日。シュタイン達は朝早く村を出た。
「ここからは少し急ぐよ。馬が疲れない程度にだけどね」
「師匠。次は何処へ向かうのですか?」
「まずはマルトンの種をいくつか手に入れないといけない」
「マルトンの種? 何ですかそれ?」
「マルトンと言う植物の種だよ。ポルシュへ行けば恐らく手に入るんだが、方角的に違うんだ。どうしたものか悩んでるよ」
 ポルシュは今いるハインベルクの村から南へ進み少し東へ行った所だ。方角的に違うと言うことは西に行きたいのだろうか。
「師匠は何処へ行きたいのですか?」
「ここから南のハノーフェン地方に行くよ。レッチェと言う村があるからそこに行く。しかしその前にマルトンの種を手に入れておかないといけないんだ」
 表裏の石の事もマルトンの種の事も何にもミカには分からなかった。ただ、ハノーフェンはポーレシアの南西部だ。今はポーレシアの北部にいる。とても遠い事は理解していた。
「このまま西へ向かいザッヒェン地方を通って行こう。ザッヒェンにはレクトアオゲンの街がある。そこに立ち寄ろう」
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