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Eine Serenade des Vampirs編

古い館

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 旅はのんびりと続いた。春の風は爽やかに吹き抜けて行く。街道を進んでいるので野宿する事もなく、街道に面した街や村に泊まる事が出来た。
 ミカはたくさんの魔法の書物を持って来ていた。一日の終わりには必ず書物を読んだり魔法の練習をして過ごした。シュタインはそんなミカに助言を与えたりしていた。
 ザイルは空いた時間に乗馬の練習や剣術の練習をしたりしていた。
 シュタインの屋敷を出て十日を過ぎたくらいの時だった。
「すっかり道に迷ってしまった」
 シュタイン達は森の中を彷徨っていた。道のない所を荷馬車で進むのは大変だった。
 リグルが前方を指差した。
「街道が見えます」
 そこで森は終わっていて森に沿うように街道が走っていた。皆は一旦街道に出て小休止した。
「困ったな。方角が分からない」
 日が沈んでまだそれ程経っていない筈なのに辺りは真っ暗だ。シュタインは空を見上げた。
「星も出ていないな……さて、どちらに行けば」
「そもそも師匠があの時戦闘に参加してくれればこんなに手間取る事も無かったんですよ」
 シュタイン達はもうすぐ宿営地と言うタイミングで山賊に襲われたのだった。それもかなりな大人数の山賊だった。
「ミカにはいい経験を積ませてあげたくてね。お陰で魔法を交えた戦闘の仕方が分かっただろう?」
 シュタインは山賊との戦闘には参加せずミカに指示を出す事に専念していたのだった。頼みの綱のリグルもザイルを守りながらの戦闘なので中々の苦戦を強いられたのだった。
 山賊はシュタイン達を森の中に追い込んだ。森の深くに追い込んで戦った。
「確かに魔法を交えながらの戦闘を経験する事は出来ましたよ。最終的にやっつけたのは良いけれど、でもかなり手こずって挙げ句の果てにこの有様じゃないですか」
「まあいいさ。今日はもう遅いから何処か泊まれる場所を探そう」
 一行は取り敢えず街道を進んだ。ポツポツと雨が降ってきた。街道はすぐに森から離れて草原の中の道になった。
「雨かぁ。屋根のある所に泊まりたいなぁ」
「何を呑気な事言ってるんですか」
 皆は外套の前をボタンで留めた。
 見ると前方に古びた館が見えてきた。
「あれは……廃墟になってるのかな?」
 近付いて見てみるともう何年も使われていない館のようで所々朽ちている。
「丁度いい。屋根もあるし今日はここに泊まろう」
 シュタインは構わず朽ちて半開きの門から館の敷地内に入って行った。館も朽ちていて入り口には扉もなく誰でも中に入れる状態だった。
 シュタインは馬のウェザーから降りてウェザーの手綱を引きながら一緒に館の中に入った。ミカ達は荷馬車に繋がっているポートとスターボードを荷馬車から外して館の中へ連れて入った。
「大丈夫だと思うけど、念の為荷馬車に積んでる荷物も館の中に片しておこう」
 シュタイン達はダラダラと荷馬車に乗せてある荷物を館の中へ運び込んだ。
 馬と荷物は玄関に置いたまま隣の部屋へ入った。
 その部屋は家具が朽ち果てて崩れ落ちており、その残骸以外何もない部屋だった。
「何か変な感覚のする館だな」
「師匠。何か気になるのですか?」
「気になると言うか、気持ちの問題かもしれないけど何か嫌な感じだよ」
 取り敢えず皆んなは朽ち果てた家具を適当に壊して薪にして火を起こした。
 リグルが保存食を取り出そうとした時、風が吹いて一瞬で火が消えた。
 ミカは部屋の片隅に半透明で足のないローブを纏った真っ白なモノが浮いているのに気がついた。
「し、師匠! あれ!」
 シュタインも振り向いてそちらを見た。
「我が屋敷に何の用だ?」
「これは……レイスか」
「レイス?」
 レイスは何らかの理由により幽霊となった魔法使いの事だ。魔法を使うのでゴーストよりも厄介な存在だ。
 シュタインは聞いた。
「お前は何の魔法を研究していたんだ?」
 レイスは生前は魔法探究者だ。例えば幽体離脱に失敗して肉体に戻れなくなってレイスになってしまうなどの例がある。
「私は転生の魔法を研究しているのだよ。それよりも私の屋敷から出てゆくが良い」
「転生の魔法……それで転生に失敗してレイスに」
「研究の邪魔だ。さあ早く出てゆくのだ」
「厄介な奴に出会でくわしたな。奴に霊力を吸われるなよ。エナジードレインを食らうかもしれない」
(エナジードレイン? どっかで聞いたような……)
 ミカは様々な魔法に関する勉強をしているが、その範囲が広すぎて一つ一つのことに対して深い知識を持っていない。特に幽霊などの知識はあまり得意ではなかった。
 エナジードレインとは簡単に言うとその人の精神力を奪い、精神的に力を退行させる事だ。魔法を使うには強い精神力がいる。強力な魔法を使うには精神力を鍛えてより高い精神集中を行う必要がある。
 エナジードレインを食らうとこの高い精神集中が出来なくなり強力な魔法を使えなくなる。一度エナジードレインを食らったら再び精神修行をして集中力を磨く必要がある。
「レイスは実態のないアンデットだ。通常の武器ではダメージを与えられないし魔法による武器でも殺す事は出来ない」
「出て行かぬと言うのなら実力で排除するまでだ」
 するとレイスは空中で両手を広げて魔法の詠唱に入った。
「シャルルアート マリルミルモ……」
「雷撃の呪文だ! 距離を取れ!」
「サバクナ ギルギヤ!」
 するとレイスの指先から放射状にいく筋もの雷が走った。雷はミカ達には当たらなかったものの地面を通して電気が流れてきた。
「ぐっ!」
 しかしシュタインはレジストした。それ程大きなダメージにはならなかった。
(風の使い手か。厄介だな)
 シュタインも風の魔法を得意とする。それは今シュタインが雷をレジストしてみせたように、このレイスには風の魔法は余り効果が無い事を意味する。
 リグルが反射的に攻撃した。レイスを下から上に薙ぎ払う。しかしリグルの持つ剣は通常のショートソードだ。レイスには何の効果もない。
「リグル! 通常の武器では効果はない。エンチャントをかけるからこっちへ来い」
 そう言われてリグルはシュタインの側にやってきた。シュタインはリグルのショートソードに手をかざして呪文の詠唱に入る。
「ミカ! レイスを威嚇するんだ。ザララーマ ヤナチャード カリオン」
 シュタインが魔法を唱えている間、ミカはレイスに切り掛かった。ミカの持つローエ・ロートは炎の魔剣だ。レイスにダメージを与えることが出来る。
「炎の剣か……小娘と思って油断したわ」
 ミカに切り付けられてレイスは体が少し焼けたような感覚に襲われた。
「リグル、このショートソードには氷の魔法がかかっている。これで奴にダメージを与えられるはずだ」
 いつの間にか部屋の隅に一人逃げ込んでブルブル震えているザイルが言った。
「シュタイン様の魔法でやっつけちゃって下さいよ」
「レイスはアンデットだ。今こいつを破壊しても数時間後にはまた元に戻るぞ。そしたらまた戦わなければならない」
 アンデット。つまり既に死んでいるものは、もう一度殺す事は出来ない。物理的、霊的に破壊するしかない。しかし破壊されても地霊を集めて数時間後には復活する。
「じゃあどうするんですか?」
 リグルとミカは交互に攻撃を繰り出している。
「成仏させるしかないが……」
「ないが?」
「僕は僧侶じゃない。成仏させる事は出来ない」
「そんなぁ」
 ミカとリグルの攻撃はジワジワと効いていた。
「ええい。鬱陶しい」
 するとレイスはスーッと天井に沿って飛行しミカ達から距離を取った。
「スンドロイヤ マナサーゴ ゴリナルマート」
 すると口から息をフッと強く吹き出した。
「横に飛べ!」
 レイスはリグルに向かって風笛かざぶえの魔法を唱えたのだった。
 リグルとミカは咄嗟に横に飛び退いた。レイスの放った息は加速して針のように鋭く尖った空気の線になり、横に飛び退いたリグルの足の間を通過した。
(これはまずいな。レイスに攻撃を加えていればやがてはレイスも破壊されるだろう。その隙にこの館を出ていくか? しかし……)
 シュタインは徐ろにその場に座り込んだ。目を閉じて瞑想に入った。誰にも聞こえないような小さな声で魔法の詠唱のような意味が分からない言葉を話し始めた。
「ダラスーノ モラヤナル コロバラム ロードミス……」
 リグルはレイスについてよく理解していなかったが、試しにレイスに剣を串刺しにしてみることにした。
「グオォォォ」
 リグルは剣をレイスに突き刺した。
「これで身動きが取れまい」
「何をたわけた事を」
 するとレイスはスーッと上に移動した。まるでそこに剣など刺さっていないかのように。レイスは幽霊なので物理的な拘束は受けない。
 レイスは天井からミカ達を見下ろした。
「ミカ様。私を踏み台にして奴に一撃くらわせてください」
 そう言うとリグルはかがみ込んで丸くなった。シュタインの怪しげな呪文は続いている。
 ミカは言われるままにリグルに駆け込んでリグルの肩に足をかけ、そのままジャンプした。
 その勢いのまま左から右へローエ・ロートを薙ぎ払った。
「グワッ!」
 炎の威力はこのレイスにはよく効くようだ。レイスは一瞬身悶えた。
「おのれ、チョロチョロとうるさい奴らめ」
 するとレイスは再び部屋の反対側にスーッと移動して次の呪文を唱え始めた。
「スタンナルム ミンダルムチ 光の矢よ バーナム」
 するとレイスの周りに無数の光の矢が現れてそれが次々とミカとリグルに向けて飛んできた。
「きゃあ!」
「ぐわ!」
 大量の光の矢を受けてミカもリグルも大きなダメージを受けた。
「し、師匠! 何か魔法で攻撃を……!」
 振り向くとシュタインは何やら意味のわからない言葉を発して目を閉じていた。あぐらをかいて両手はへんてこな位置で固定されている。
 レイスはそのシュタインの様子を見て驚いて言った。
「古代神と対話しているのか⁉︎」
 レイスは慌ててシュタインの方へスーッと移動した。
「……ガガラザンド マヨバムナラ。一足遅かったな」
 するとシュタインは目を開いてスックと立ち上がった。両手を大きく開いて言った。
「哀れな御霊を封じたまえ!」
 そう言うとシュタインの両手が光り輝き始め、その光が塊となりレイスの方へ飛んでいった。
「おおおー!」
 光の塊がレイスに当たるとレイスは動けなくなった。
「ミカ! なんでも良い。何か物体を投げつけるんだ!」
 ミカは光の矢を受けて体が思うように動かなくなっていたが、シュタインに言われるままに何か物体を探した。
(何か物体って何?)
 とにかく体に受けたダメージで思考も低下していたので、良く分からないまま傍らに落ちていた椅子の脚と思われる棒をレイスに投げつけた。その棒はうまいことレイスに当たった。
 するとレイスの体がグルグル回転し始めた。縦横斜め、あらゆる方向に回転しレイスの体は丸い光の球に変わっていった。そしてミカが投げつけた椅子の脚に溶け込むように吸収されていった。
「ふぅ。どうにか収まった」
「し、師匠。これは?」
「ミカ、リグル。傷はどうだ?」
 部屋の隅で震えていたザイルが駆け寄ってきた。
「レイスは古代神の力を借りてその棒に封印したよ」
「封印? 古代神?」
 シュタインは自分と交流のある古代神と対話して、その古代神を通してレイスを封印できる神を探し当てたのだった。その神の力を借りてレイスを封印しようとしたまでは良かったが、封印するのに丁度いい物品を用意していなかった。
 幽体を封印する物品は基本的に物体ならなんでも良い。なので今回は咄嗟に投げつけられた椅子の脚になったまでだ。
 シュタインは床に落ちた椅子の足を拾い上げて言った。
「あのレイスも思えば哀れな男だよ。自分が研究していた魔法が失敗して何年もアンデットとしてこの館に閉じこもっていたのだからね」
「その椅子の脚はどうするのですか?」
「どこか寺院に預けて成仏させてあげよう。それより怪我は大丈夫か?」
「大丈夫じゃ無いです」
 シュタイン達は傷の手当てをしてその夜を過ごすことにした。
 翌日、まだ傷の痛みはあるものの出発することにした。太陽の位置から方角を知り北へ向かった。レイスを封印した棒は途中の寺院に立ち寄り事情を説明して渡してきた。
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