月影の魔法使い 〜The magic seeker of the moonlight shadow〜

Eine Serenade des Vampirs編

急な出発

　二日後。ミカ達はシュタインの屋敷に戻ってきた。今回は特に何事も起きずに戻ってくる事が出来た。
　帰宅の報告に行くとやはりシュタインは書き物や調べ物に夢中で取り付く島もなかった。
　ミカはキルシュに買ってきたお土産のペンダントを渡した。
「ミカ様、わざわざありがとうございます」
「事のついでだったから気にしないで」
　夕食時になりミカは食堂に入ってシュタインを待った。暫くしてシュタインが深刻な面持ちで食堂に入ってきた。
「待たせたね。食事をしよう」
　ミカは少し気になったのだがそれは聞かずに食事を始めた。するとシュタインが話し始めた。
「ミカ。急な話なんだが、僕と一緒にシュタムトゼー地方のハインベルクと言う村に行って欲しい。早急に確認しないと行けない事が出来た」
「ハインベルク……ですか？」
「ああ。ここから大体一ヶ月位の所にある小さな村だよ」
「今回もムースさんに乗せてもらうのですか？」
「いや、急いでいるが今回は人数が多い。それに僕の取り越し苦労って事も考えられる。ムースには頼まずに行くよ」
「人数が？」
「ああ。万が一に備えてリグルにも同行してもらう」
（万が一？）
　ミカは何だか不安な気持ちになった。リグルの力が必要とはどう言う事になるのだろうか？
「それで、いつ発つんですか？」
「明日だよ。行けるかい？」
「明日ですか？」
（今日帰ってきたばかりなのに）
「無理かな？」
「いいえ、大丈夫ですよ」
　シュタインはメイドのニーノを呼び出した。二言三言耳打ちするとニーノはシュタインに一礼して部屋を後にした。
　メインディッシュが運ばれてくる。ミカはどうにも不安な気持ちで食事をする事になった。
　すると程なくしてリグルが食堂に入ってきた。
「シュタイン様。ニーノに聞きました。明日出発ですか？　随分急ですね」
「なるべく急ぎたくてね。行けそうかい？」
「今日王都から帰ったのでそのまま明日出発できますが……その、ザイルは同行させられますか？」
「今回はただの確認の旅だからザイルにも良い経験になるだろう。一緒に連れて行くと良い」
「しかし問題が一つ」
「問題？」
　リグルは申し訳なさそうに言った。
「ザイルの奴は馬に乗れないんです」
　シュタインは一瞬考え込んだ。
「うーん。なら、僕とリグルは馬に乗って、ミカとザイルは荷馬車に乗って行くかい？」
「それでも構いませんか？」
「ああいいよ」
　リグルはホッと一安心した。
「では準備にかかります」
　そう言ってリグルは部屋を後にした。
　それにしても何故そんな急いでハインベルクとか言う村に行く必要があるのだろうか。ミカは思い切って聞いてみた。
「師匠。どうしてそんな急にハインベルクに行く必要があるのですか？」
「ある物がちゃんとそこに置いてある事の確認さ」
「ある物？」
　しかしシュタインはそれ以上語らず食事を続けた。ミカは不思議に思ったがそれ以上は聞かなかった。
　　　　　＊
　翌日朝食を終えるとミカは馬小屋に行った。リグルが荷車を馬のポートとスターボードに付けていた。
「あ、ミカ様。おはようございます」
「おはよう。ポートとスターボードが行くのね」
「この二頭は軍馬としての訓練はしていませんが力が強いので」
　ポートとスターボードを荷車に付けるとリグルは二頭を正面へ導いた。
「ミカ様。ウェザーとリーも連れて来て頂けますか？」
「分かったわ」
　ミカはウェザーとリーを馬小屋から出して引っ張って行った。
　正面玄関前にはいくつか荷物が置かれていた。ミカのナップサックも置かれている。
「サヌラッグ。シュタイン様に準備が出来たと伝えて来てくれ」
「分かりました」
　サヌラッグが訛りのある言葉で返事をして振り向きドアを開けるとタイミング良くシュタインが出て来た。
「聞いてたよ。行けるかい？」
「あ、シュタイン様。この荷物を荷台に積めば出れます」
　ザイルとリグルは手際良く三人分の荷物を荷台に乗せた。シュタインは自分の荷物をウェザーに付けた。
　シュタインはウェザーに跨り、リグルはリーに跨った。ミカとザイルは荷馬車に乗り込んだ。
「それじゃ行こうか。後は任せたよ」
　シュタインはサヌラッグに一言伝えると馬の腹を軽く蹴った。
「行ってらっしゃいませ」