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サイクロプス

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 中に入るとその部屋はとても広い部屋だった。天井を支える柱だけで机などの調度類は置かれていなかった。しかし窓が広く大きく取られていて部屋の中は明るい。
 入ってきたドアの正反対側に上に登る螺旋階段があり、その階段の前に大きな影がうずくまっていた。
 三人が部屋に入ると後ろ手にドアが閉まり、勝手に鍵が掛かった。
「閉じ込められた!」
 するとその影がゆっくりと立ち上がり窓の光が差す所まで歩み出てきた。
 身の丈は人の二倍程、頭のてっぺんには角と思しきとんがりがあり、驚いた事に目が一つしかついてなかった。
「サイクロプス!」
「よく見てみろ、目が赤いぞ。恐らく魔法によって強化されているに違いない」
 サイクロプスはゆっくりと近付いて来た。手に鉄製のハンマーを持っている。
「あんな重いハンマーを武器として使っているなんて、何て怪力なんだ……」
 三人はその恐ろしさに暫く身動き出来ずにいた。サイクロプスはゆっくりと歩み寄り三人の間合いに入った。
「はっ! いかん!」
 サイクロプスはゆっくりとハンマーを振り上げると三人目掛けて振り下ろした。
三人は三方向に飛び退いた。
「しまった、離れ離れに回避してしまった」
 サイクロプスは三人をそれぞれ見渡すと、シュピナの方へ歩み始める。
「わ、私⁉︎」
「そりゃそうだ。弱いところからやりに行くのは定石だ」
 キコはショートソードを抜いてサイクロプスの死角に入った。サイクロプスの動きは鈍い。キコはサイクロプスの太ももを後ろから切り掛かった。サイクロプスは鎧を着けておらず太ももは剥き出しだ。
 しかしキコの剣は太ももに当たったがその硬さゆえに振り抜くのがやっとだった。太ももの上の布を切り裂くだけだった。
 それでもサイクロプスの歩みは止まった。キコの存在に全く気付いていなかったので何が起きたのかと自分の後ろを振り向いたのだ。
 キコを見つけるとサイクロプスはハンマーを横からキコに振り抜いて来た。
 キコは咄嗟に横に跳んだ。すんでの所でハンマーを交わす事が出来た。
(あんな物、掠っただけでも怪我するぞ)
「シュピナ! 奴を眠らせろ!」
「こんな大きな生き物無理ですよ」
 その時ギーガが叫んだ。
「二人とも奴との距離を取って! 爆破させます!」
 シュピナは言われなくてもと言わんばかりにスタタタとサイクロプスから逃げた。しかしサイクロプスに睨まれているキコはそう簡単にサイクロプスから離れる事は出来ない。
 キコは一か八かサイクロプスに駆け寄った。サイクロプスはそれに合わせてハンマーを頭の上に振り上げてから振り下ろした。
 キコは体を地面に滑らせてサイクロプスの股の間を滑り抜けると後ろに周り素早く立ち上がりサイクロプスから離れた。
「今だ!」
 ギーガは両手を前に突き出した。するとその前に大きな燃える球体が現れた。そしてそれはそのままサイクロプス目掛けて飛んで行った。
 その球体はサイクロプスに当たると爆発した。部屋中にその衝撃音が響いた。激しい振動がキコのショートソードを震わせた。
「やったか?」
 しかしサイクロプスは一瞬動きを止めた程度だった。爆発の煙が薄まっていくと辺りをキョロキョロ見渡した。
「化け物か……」
 サイクロプスはキコを見つけると再びゆっくり近付いて来た。
「シュピナ! ギーガの魔法を増幅させる事は出来るか?」
 キコはサイクロプスから一定の距離を取るように、しかし自分に注意が引きつけられるように動きながらシュピナに聞いた。
「神のご加護に不可能は有りません」
(何が神のご加護だ。俺はそれどころじゃない)
「キコさん、何か考えが?」
「ギーガは奴の膝を狙ってアイスの呪文を唱えてくれ。シュピナはそれを増幅するんだ」
 サイクロプスはハンマーを横に振り払う。キコは地面にうつ伏せになってそれを避けた。
「合成魔法はタイミングが難しい。シュピナさん息を合わせますよ。キコさんはその間奴の注意を引きつけてて下さい!」
(だから、もうやっている!)
 ハンマーを頭の上から床にうつ伏せてるキコ目掛けて振り下ろすサイクロプス。キコはゾッとして横に転がった。その勢いのまま立ち上がる。
「うぅぅりゃあぁぁ!」
 キコはダメ元でサイクロプスの腕に切りつけた。しかし案の定硬い体に阻まれた。しかしその腕には赤い線が一本残された。
「かすり傷は負わせられるみたいだな」
 サイクロプスは牛が鳴くような鳴き声を出した。ハンマーを短く持ち直す。それにより今までよりも更に素早くハンマーを振り回すようになった。
「おい! 魔法はまだか!」
 しかしギーガもシュピナも魔法に集中していて返事をしない。
 サイクロプスはハンマーを右へ左へがむしゃらに振り回した。
(無闇に後退しては二人の魔法を妨げてしまう。下がるんじゃない、交わすんだ)
 後ろに下がればハンマーは容易に交わす事が出来るが、そうするとサイクロプスはキコを狙う事を諦めてギーガ達の方へ向いてしまうかもしれない。キコはそう考えたのだ。
 サイクロプスには、こいつになら当てられると思わせていなければならない。
 キコはサイクロプスのハンマーを目の前ギリギリの所で交わした。次のハンマーもギリギリで交わす。少し革の盾で跳ね返そうとしたりもした。
(少しでも隙を見せたら一発でやられる……)
 その時サイクロプスは渾身の力を込めてハンマーを頭の上から振り下ろした。キコはそれをギリギリで交わした……つもりだった。
 サイクロプスのハンマーはキコの右足の外側を舐めるように引っ掻いて床に突き刺さった。しかしそれだけで十分だった。
 キコの足は皮が剥け途端に鮮血が滲み出て来た。肉も少しえぐれたようだ。キコはそのまま倒れ込んだ。
(やられる)
 キコは途端に恐怖に慄いた。しかしサイクロプスのハンマーは床に突き刺さってしまいサイクロプスはそれを抜くのに必死に引っ張っていた。
 その時、ギーガとシュピナの魔法が唱え終わった。ギーガが魔法の杖でサイクロプスの膝を指し示した。
 するとサイクロプスの膝がみるみる凍っていった。氷の塊が成長してサイクロプスの膝を包んでいく。
 驚いたサイクロプスは成長していく氷を拳で叩いて壊そうとするのだが、シュピナの魔法により効果が増幅されているギーガの魔法の氷は砕く事が出来なかった。
 そして膝は凍りつきサイクロプスはとうとう立っていられなくなった。再び牛のような鳴き声を上げると床に倒れ込んだ。
 キコは足の痛みに耐えて素早く立ち上がり、床でもがいているサイクロプスに駆け寄ると渾身の力を込めてサイクロプスの頸動脈にショートソードを突き刺した。剣を突き刺したままキコはバランスを崩して前のめりに転倒した。
 サイクロプスは喉に刺さった剣を両手で掴み引き抜いた。それを無造作に放り投げる。サイクロプスの首から大量に血が溢れ出した。
 ギーガとシュピナが慌ててキコに駆け寄った。
「大丈夫ですか?」
「俺はいい。奴は?」
 三人はサイクロプスの方を見た。必死で起きあがろうとしている。溢れ出る血が血溜まりを作り、それで手を滑らせて再び転ぶ。
 キコは痛みを堪えてギーガに捕まりながら立ち上がった。
「今、ヒーリング魔法で傷を治します」
「頼む」
 そう言いながらもキコはサイクロプスから視線を外さなかった。サイクロプスはジタバタもがいていたがシュピナがヒーリングを唱えると共に意識を失った。
「出血によって気を失ったようだ。放っておけば失血死する」
 シュピナの魔法でキコの傷は一瞬で回復した。キコは放り投げられた剣を拾いに行った。階段の下に落ちていた剣を片膝ついて手に掛けた。
 その時キコは殺気と言うのか、背筋が凍る物凄い恐怖感を感じた。剣を握り瞬時に後方へ飛び退いた。
「ボーブリサイクロプスを倒すとは……驚きだ」
 見ると一人のごく普通の青年が階段を降りて来ていた。武器も持たず防具も身につけていない。しかし何者も寄せ付けない恐怖のオーラが漂っていた。
「……何者だ?」
 しかしキコはそれが何者なのか知っていた。恐らくその名前を聞きたくはない。今この場にいて欲しくない、そう思った故に出た質問だった。
「我が名はゲオルグ。この世を統べる王だ」
「だろうな……」
 ギーガとシュピナが駆け寄って来た。
「王国からの刺客か……」
「キコさん、この青年はもしや?」
「ゲオルグさ」
「ゲオ……!」
 サイクロプスに足をやられたとは言えシュピナの魔法で回復している。この三人ならばゲオルグを倒せるかも知れない。
「正直に言おう。俺はあんたの夢や野望には全く興味はない。ただ、あんたを倒して名声を得たいだけだ」
「ふ、ボーブリサイクロプスを倒した程度で私を倒せるとでも思ったか……良いだろう。相手をしてやろう」
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