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声を聴いて
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次の日も優斗は図書館に行ってみた。しかし愛の姿は無かった。
(毎日来てるわけじゃないのかな)
優斗は何となく身体障害者の事、聴覚障害について調べてみた。それで知ったのだが、聴覚障害の人は声帯に異常があるわけではない。声を発する器官は健常者と同じだ。ただ、正しい発音が分からないから話せないだけなのだ。
その日の夜、優斗は愛にリニエでメッセージを送ってみた。
『今日は何して過ごしたの?』
『今日は学校の友達と遊園地に行きました。優斗君は? 友達と遊んだりしてましたか?』
『うん。カラオケに行ってガンガン歌ったよ』
(だから何で嘘つくんだよ)
思春期の優斗にとって、愛に会うために図書館へ行ったとは言えなかった。
『カラオケかあ。行った事ないから分からないけど楽しいんでしょうね』
優斗はしまったと思った。よりによってカラオケをチョイスするとは。
『クラスメートがたくさんいるのって何か羨ましいです』
優斗はその意味が分からず、どう言う意味か聞き返した。
愛は特別支援学校に通っている。特別支援学校は基本的に少人数制のクラスだ。だからたくさんの友達が出来にくい。
優斗は自分も本当はぼっちなので愛の気持ちが分かったような気になった。
『ねえ、今度その友達も一緒にスイーツでも食べに行こうよ』
『え? 良いんですか?』
『うん。なんなら明日とかさ』
『優斗君って行動力あるんですね。友達に聞いてみますね』
優斗は直ぐに美味しいスイーツのお店を検索した。
*
数日後、三人は駅前で待ち合わせした。優斗は少し早く来ていた。
程なくして愛がその友達と現れた。
『こっちは友達の恵美です』
「よろしく」
優斗は声に出して挨拶した。恵美はニコニコして会釈した。
『もしかして恵美さんも耳が?』
『はい』
優斗はスマホに挨拶を入力して恵美に見せた。そして手招きして二人を店に案内した。
お店に着くと他の客が並んでいた。お店の外に置いてある椅子に座っている。優斗は愛と恵美に椅子を勧めて自分はその前に立った。
愛と恵美は手話で何やら楽しそうに話していた。
ふと優斗がついて来れてない事に気付き、愛はスマホを取り出して優斗に送った。
『二人で話し込んじゃってごめんなさい』
『大丈夫。二人で楽しくお話ししてて』
再び手話で話す二人。すると直ぐに愛はスマホを取り出して通訳してくれた。愛は、恵美と話す時はスマホをしまい手話で話し、優斗と話すときはわざわざスマホを取り出して話すのだった。
そんなスマホをしまったり出したり、手話で話したりリニエで話したりが一日続いた。しかし、手話で話してる時の方が楽しそうだった。
(手話の方が楽なんだろうなあ)
そして手話でコミュニケーション出来る恵美が羨ましかった。
*
次の日優斗は家でゴロゴロしていた。母親がまた小言を言ってきた。
「そんなゴロゴロしてるなら何か手に職でも付けたら?」
(手に職ねえ……そうか、手話か!)
優斗は図書館へ走った。
優斗は手話の本を見付けると早速借りて帰ってきた。しかし本だけではどうにも分からない。
そこでネットで手話の動画を見ることにした。本を読んで予め予習しておき動画を見てそれを確認すると言う流れだ。
優斗は最初簡単に考えていた。しかし手話を覚えるのはとても根気のいる作業だった。
優斗は毎日部屋に篭って手話を勉強していた。両親も、普段だらけた生活しかしてない息子が急に手話を覚え始めて驚いていた。
愛も優斗が手話を覚えようとしてくれている事に喜んで応援してくれた。
『優斗君凄いね。新しい事にチャレンジするのは良い事だよ』
『次に会った時は何か手話で話せるように頑張るよ』
愛との会話はいつしかタメ口で出来るようになっていて、優斗は急激に距離感が縮んでいると感じていた。
*
数日後、優斗は違う手話の本を借りに図書館へ行った。
手話の本を探していると偶然愛と会った。
『偶然だね』
『手話は大分覚えたの?』
『まだ会話できるほどじゃないよ。ちょっと待ってね』
そう送った後優斗は練習した手話で名前を言ってみた。ぎこちなくノロノロの手話だった。
『どうかな?』
『うん。分かったよ。名前を言ったのね』
優斗は初めての手話が通じて嬉しかった。
そんな事があったので優斗は俄然手話の勉強に身が入った。
夏休みも終わりに近付いてきたある日、再び愛と恵美と優斗の三人で会う事になっていた。適当なカフェに入り席に着く。
すると恵美が優斗に何か手話を伝えてきた。優斗にとって早すぎてよく分からなかった。
"ゆっくりお願いします"
優斗は慣れない手話で聞き返した。すると恵美は一つ一つ丁寧にサインを送った。
「何々。"手話が出来ますか?"って言ってたのか」
優斗は少しだけ出来るようになったことを伝えた。すると愛と恵美は向かい合って何やら手話で話し始めた。所々分かる単語もあるのだが、優斗には早すぎてついていけなかった。
時々愛が話に乗り遅れてる優斗を見てリニエで会話を送ってくれるのだが、優斗は何か疎外感を感じるのだった。
その日の帰り道、恵美は方向が逆なので先に分かれた。愛はリニエを使って話しかけてくれた。
『優斗君手話が出来るようになって凄いね』
しかし優斗は少し気分が悪かった。
『気を使わなくていいよ。俺なんてただの邪魔者なんだろ』
愛はそれを見て驚いた。
『急に何を言い出すの? 邪魔者なんかじゃないよ』
優斗は愛と恵美が楽しそうに手話をしているのを見て、何だか仲間はずれにされたような悲しい気持ちになったのだった。
『今日は帰るよ』
愛は一体どうしたのか分からなくなって、ただ遠ざかる優斗の背中を見ているしか出来なかった。
*
それから数日間、悠斗も愛も何だか気まずくて連絡できずにいた。ただ優斗は自分の中のモヤモヤを晴らそうと手話の勉強は続けていた。
(このままじゃまずいよな)
しかし優斗は愛との仲を修復する気持ちにはなれなかった。
その日愛の方から優斗に連絡が入った。
『この前様子がおかしかったのは何か怒らせちゃったの?』
『いや、そう言うのとは違うよ』
『じゃあどうしたの?』
しかし優斗は既読スルーした。
『ねえ、一度会って話しましょう』
『別に構わないけど』
翌日二人は図書館で待ち合わせした。
『一体どうしたの?』
優斗は考え込んだ。
"僕は努力してる"
ぎこちない手話で気持ちを伝え始めた。
"君に近付きたくて努力してる"
"うん。分かってる。嬉しいよ"
愛もゆっくりと手話で返してくれた。
"なのに蔑ろにされた"
"そんな事ないよ"
暫く沈黙が続いた。優斗は素直になればいいのに何故か攻撃的になってしまう自分に気が付いた。しかし、それを止められなかった。
"君は……"
一瞬手話を止める。
"君は何か努力してくれているのか?"
優斗は何でそんな事を言うのか自分でも分からなかった。
"もういいよ。住む世界が違ったんだ"
"違くない"
愛はそう手話で伝えたのだが、優斗はそれを聞かずに背中を向けて図書館を出て行こうとした。愛はどうしたらいいのか分からなくなり混乱した。
「あだし……」
優斗は後ろから聞きなれない声を聞いた。
「あだしも……がんばっで……どぅよ」
振り向くと愛が涙を流しながら、必死に声を出していた。
「あだしだって……がんばってどぅよ」
優斗は愛が必死に声を出している姿を見て全てを理解した。愛は人知れず優斗に合わせて、手話ではなく声でコミュニケーションを取ろうと頑張ってくれていたのだ。
優斗は途端に自分の情けなさと意地を張ってしまった事に後悔した。
「ごめん」
思わず声に出してしまう。慌ててぎこちなく手話で謝った。
"ごめん"
"私、優斗君に近付きたくて……"
しかし優斗はその手話を遮って愛を強く抱きしめた。二人の間に言葉はいらなかった。
(毎日来てるわけじゃないのかな)
優斗は何となく身体障害者の事、聴覚障害について調べてみた。それで知ったのだが、聴覚障害の人は声帯に異常があるわけではない。声を発する器官は健常者と同じだ。ただ、正しい発音が分からないから話せないだけなのだ。
その日の夜、優斗は愛にリニエでメッセージを送ってみた。
『今日は何して過ごしたの?』
『今日は学校の友達と遊園地に行きました。優斗君は? 友達と遊んだりしてましたか?』
『うん。カラオケに行ってガンガン歌ったよ』
(だから何で嘘つくんだよ)
思春期の優斗にとって、愛に会うために図書館へ行ったとは言えなかった。
『カラオケかあ。行った事ないから分からないけど楽しいんでしょうね』
優斗はしまったと思った。よりによってカラオケをチョイスするとは。
『クラスメートがたくさんいるのって何か羨ましいです』
優斗はその意味が分からず、どう言う意味か聞き返した。
愛は特別支援学校に通っている。特別支援学校は基本的に少人数制のクラスだ。だからたくさんの友達が出来にくい。
優斗は自分も本当はぼっちなので愛の気持ちが分かったような気になった。
『ねえ、今度その友達も一緒にスイーツでも食べに行こうよ』
『え? 良いんですか?』
『うん。なんなら明日とかさ』
『優斗君って行動力あるんですね。友達に聞いてみますね』
優斗は直ぐに美味しいスイーツのお店を検索した。
*
数日後、三人は駅前で待ち合わせした。優斗は少し早く来ていた。
程なくして愛がその友達と現れた。
『こっちは友達の恵美です』
「よろしく」
優斗は声に出して挨拶した。恵美はニコニコして会釈した。
『もしかして恵美さんも耳が?』
『はい』
優斗はスマホに挨拶を入力して恵美に見せた。そして手招きして二人を店に案内した。
お店に着くと他の客が並んでいた。お店の外に置いてある椅子に座っている。優斗は愛と恵美に椅子を勧めて自分はその前に立った。
愛と恵美は手話で何やら楽しそうに話していた。
ふと優斗がついて来れてない事に気付き、愛はスマホを取り出して優斗に送った。
『二人で話し込んじゃってごめんなさい』
『大丈夫。二人で楽しくお話ししてて』
再び手話で話す二人。すると直ぐに愛はスマホを取り出して通訳してくれた。愛は、恵美と話す時はスマホをしまい手話で話し、優斗と話すときはわざわざスマホを取り出して話すのだった。
そんなスマホをしまったり出したり、手話で話したりリニエで話したりが一日続いた。しかし、手話で話してる時の方が楽しそうだった。
(手話の方が楽なんだろうなあ)
そして手話でコミュニケーション出来る恵美が羨ましかった。
*
次の日優斗は家でゴロゴロしていた。母親がまた小言を言ってきた。
「そんなゴロゴロしてるなら何か手に職でも付けたら?」
(手に職ねえ……そうか、手話か!)
優斗は図書館へ走った。
優斗は手話の本を見付けると早速借りて帰ってきた。しかし本だけではどうにも分からない。
そこでネットで手話の動画を見ることにした。本を読んで予め予習しておき動画を見てそれを確認すると言う流れだ。
優斗は最初簡単に考えていた。しかし手話を覚えるのはとても根気のいる作業だった。
優斗は毎日部屋に篭って手話を勉強していた。両親も、普段だらけた生活しかしてない息子が急に手話を覚え始めて驚いていた。
愛も優斗が手話を覚えようとしてくれている事に喜んで応援してくれた。
『優斗君凄いね。新しい事にチャレンジするのは良い事だよ』
『次に会った時は何か手話で話せるように頑張るよ』
愛との会話はいつしかタメ口で出来るようになっていて、優斗は急激に距離感が縮んでいると感じていた。
*
数日後、優斗は違う手話の本を借りに図書館へ行った。
手話の本を探していると偶然愛と会った。
『偶然だね』
『手話は大分覚えたの?』
『まだ会話できるほどじゃないよ。ちょっと待ってね』
そう送った後優斗は練習した手話で名前を言ってみた。ぎこちなくノロノロの手話だった。
『どうかな?』
『うん。分かったよ。名前を言ったのね』
優斗は初めての手話が通じて嬉しかった。
そんな事があったので優斗は俄然手話の勉強に身が入った。
夏休みも終わりに近付いてきたある日、再び愛と恵美と優斗の三人で会う事になっていた。適当なカフェに入り席に着く。
すると恵美が優斗に何か手話を伝えてきた。優斗にとって早すぎてよく分からなかった。
"ゆっくりお願いします"
優斗は慣れない手話で聞き返した。すると恵美は一つ一つ丁寧にサインを送った。
「何々。"手話が出来ますか?"って言ってたのか」
優斗は少しだけ出来るようになったことを伝えた。すると愛と恵美は向かい合って何やら手話で話し始めた。所々分かる単語もあるのだが、優斗には早すぎてついていけなかった。
時々愛が話に乗り遅れてる優斗を見てリニエで会話を送ってくれるのだが、優斗は何か疎外感を感じるのだった。
その日の帰り道、恵美は方向が逆なので先に分かれた。愛はリニエを使って話しかけてくれた。
『優斗君手話が出来るようになって凄いね』
しかし優斗は少し気分が悪かった。
『気を使わなくていいよ。俺なんてただの邪魔者なんだろ』
愛はそれを見て驚いた。
『急に何を言い出すの? 邪魔者なんかじゃないよ』
優斗は愛と恵美が楽しそうに手話をしているのを見て、何だか仲間はずれにされたような悲しい気持ちになったのだった。
『今日は帰るよ』
愛は一体どうしたのか分からなくなって、ただ遠ざかる優斗の背中を見ているしか出来なかった。
*
それから数日間、悠斗も愛も何だか気まずくて連絡できずにいた。ただ優斗は自分の中のモヤモヤを晴らそうと手話の勉強は続けていた。
(このままじゃまずいよな)
しかし優斗は愛との仲を修復する気持ちにはなれなかった。
その日愛の方から優斗に連絡が入った。
『この前様子がおかしかったのは何か怒らせちゃったの?』
『いや、そう言うのとは違うよ』
『じゃあどうしたの?』
しかし優斗は既読スルーした。
『ねえ、一度会って話しましょう』
『別に構わないけど』
翌日二人は図書館で待ち合わせした。
『一体どうしたの?』
優斗は考え込んだ。
"僕は努力してる"
ぎこちない手話で気持ちを伝え始めた。
"君に近付きたくて努力してる"
"うん。分かってる。嬉しいよ"
愛もゆっくりと手話で返してくれた。
"なのに蔑ろにされた"
"そんな事ないよ"
暫く沈黙が続いた。優斗は素直になればいいのに何故か攻撃的になってしまう自分に気が付いた。しかし、それを止められなかった。
"君は……"
一瞬手話を止める。
"君は何か努力してくれているのか?"
優斗は何でそんな事を言うのか自分でも分からなかった。
"もういいよ。住む世界が違ったんだ"
"違くない"
愛はそう手話で伝えたのだが、優斗はそれを聞かずに背中を向けて図書館を出て行こうとした。愛はどうしたらいいのか分からなくなり混乱した。
「あだし……」
優斗は後ろから聞きなれない声を聞いた。
「あだしも……がんばっで……どぅよ」
振り向くと愛が涙を流しながら、必死に声を出していた。
「あだしだって……がんばってどぅよ」
優斗は愛が必死に声を出している姿を見て全てを理解した。愛は人知れず優斗に合わせて、手話ではなく声でコミュニケーションを取ろうと頑張ってくれていたのだ。
優斗は途端に自分の情けなさと意地を張ってしまった事に後悔した。
「ごめん」
思わず声に出してしまう。慌ててぎこちなく手話で謝った。
"ごめん"
"私、優斗君に近付きたくて……"
しかし優斗はその手話を遮って愛を強く抱きしめた。二人の間に言葉はいらなかった。
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