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1章

黄色+緑色の調9

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フランは真顔で答えた。
「それは、誰だ」
――やはり違和感はこれだった――
龍は悲痛な顔をしてフラン様に伝える。

微かな希望をこめて。
「しっかりなさいませ!!」
龍は睨みつけるようにフランを見る。

「まぁいい。
 そのミルとやら、なぜ、この部屋にいる。
 ここは、王子である、次期国王の部屋だ。
 それにしても…―
 なんだか一晩で部屋の様子が変わっているな…」
辺りを見回しているフランの様子といい、確信をもってみる。

大変なことになった…
龍は自分の顔色が悪くなるのを感じ取った。
「ははっ。
 よくわからないが、腹が減った。
 その者を部屋から出し、食事の用意をしてくれ」
――まるで、ミル様と言葉を交わす前のフラン様だ――

龍は配下の者を呼び、国王夫妻に報告を。
龍の私室にフラン付の医師を呼ぶように。
そして、軽めの食事を用意するように伝えた。
腕で抱えたままのミルを見下ろす。
フランが眠っている間、献身な世話をし執務も代行したミル。
幸福を直に感じ取れる可能性を目の前で見れるとばかり思っていた。
指には筆だこ、唇には噛み跡。眠れていない目元の隈。

従来なら、龍がミルに触れることすらフランは許さなかった。
今は龍が触れているのを目の前で見ても顔色ひとつ変えようとしない。
それよりも、自分の腕が不自由なことが気になるようだ。

龍はミルを傷つけないように、そして他の者に姿を見せないように寝台にあった布を被せる。
長い白い髪がかすかに零れ落ちる。
これではだめだ。
髪に触れることはフランの宝物に触れることにもなる。
しかし、やむを得ない。
ミルの懐にいつも持ち合わせている黄色と緑色の髪飾りを使う。

フランはその様子を冷たい目でみている。
白い髪をまとめ、今度は零れることもなく姿を隠して運べそうである。
ゆっくりと抱きかかえ、龍は部屋を出る前にフランを見る。
ミルのことを気遣う素振りもなく部屋をみてまわってる。
部屋の外にでて控えてた者にフランを任せ、龍は龍自身の私室に布で隠したミルを運んだのだった。


龍の部屋はフランの部屋のすぐそばにある。
どんなこともすぐに駆け付けれるようにとフランが用意したものだ。
ほとんど着替えて寝に帰るようなものであるが、今回は近いことに感謝した。
部屋に入り、寝台にミルの身体を横にして寝かせる。

ぐったりと長い手足を力なく龍の動かすままに導かれている。
龍はミルを見つめ、恐る恐る額に手を置く。
自分の手が震えているのに気づき、龍はため息をつく。

控えている者の報告が入り、フランの部屋に国王夫妻が駆け付けたことを知る。
全てを見ていただけたら、分かるだろう。
後でこちらにも寄るだろう。

龍の部屋にフラン付の医師が訪れ、ミルの様子を見てもらう。

「背中に大きな打ち身の跡。
 そして喉あたりですが、圧迫をしていたのでしょう。
 骨は折れていませんが、しばらく声をだしたり、飲食すると痛むでしょう。
 気絶ですが、少しすると気づくでしょう」
医師はミルをみて、そして龍を見る。
「今からフラン様の診察に行きますが、腹部のことは本人はまだ知りませんか?」
龍は問いに、
「えぇ。
 普段の様子のフラン様でしたらお伝えしていたのですが―…」
医師は
「詳しく聞いてみます」
医師と国王夫妻が入れ違うように入ってくる。
「龍、ミル殿は?」
龍は頼れる存在である国王夫妻に近寄り、片膝をつく。
「龍、今はいい」
夫君の声に龍は立ちあがり2人と同じように並んで寝台で横になっているミルを視界にいれる。
「フランの話だと、目覚めた時に、寝台にミル殿が顔を埋めたままで寝ていたそうだ。
 ただ、フランはミル殿のことを、覚えていないようだ。
 言い方も昔のよう。
 寝ているミル殿に気づいて、侵入者だと背後にまわったらしい。
 ミル殿が起きてフランの名前を呼んだことで、あやつ、カッとなったらしい」
――‥‥カッとなった……―
「その後は、様子をみながら力の加減をしたが、龍の名前を呼んだ瞬間。
 加減を忘れてしまったと―…
 はぁ。
 どうしてこうなったのか…」
近くにあった椅子に王は座る。
そばに夫君が近寄り、肩を抱き、寄り添う。
目覚めた時、この二人のように微笑ましいぐらいの仲を自分も見れると思っていたのに。
龍は、判断を求めた。

「フラン様は、ミル様に一切興味を持たれることなく部屋に居られました。
 正直、私も混乱しております。
 このままでは、ミル様は孤立されてしまいます。
 ずっとこの部屋にいてもらうにも、色々と支障がでてくるでしょう。
 それに、フラン様のお腹には…」
王は深刻な顔をして
「それも、どうするか考えなくては―…」
!!!!ガシャン!!ガシャン!!!!
話をしている時、フランの部屋の方から大きな音がした。
龍は国王たちにミルの傍にいてもらうように言う。
そして龍はフランの部屋に向かうのだった。

龍がフランの部屋に入ると、部屋の状態が荒れている。
「フラン様!!
 おやめください!」
フラン付の医師が部屋の壁に身を寄せているが、声だけはかけている。

寝台の横には、ミルが気にいったと残した布の幕。

寝室の端でミルがフランのために編んでもうすぐ完成する物。
そしてミルの衣類などが、原形を留めていない物や無造作に追いやられているではないか。
龍は、顔をゆがめる。

フランは、動かぬ腕を器用に使い、ここまでしたのだろう。
「あぁ、龍。
 どうも、身体が重くてな。
 先ほど、食事をしたので身体を動かそうと思ってな。
 部屋の中のいらないものを、そこに置いておいたので、また片付けておいて」
―…いくらなんでも、これは酷すぎる…―

龍は、このフランの様子を知っている。
ミルとの鏡を通しての物を交わすだけだった頃、フランはこんな様子だった。
身体を動かすことが好きで、王子としての教育を優先する故、威圧的であった。
ミルと言葉を交わすことで相手を思いやり、そして温厚な性格へと変わっていった。

龍はフラン付の医師と目を合わせ、フランを落ち着かせる。
「フラン様。
 今は、みな、休む時間ですよ。
 この時間にされなくてもいいではありませんか?
 それよりも、寝台に寝てください。
 身体を診てもらいますよ」
フランはまだ足りないような顔をしたが、医師の姿をみて諦めた。

「先生も起きてるのか。
 それは、申し訳ない」
医師が診察しながらフランに尋ねる。
「フラン様。
 腕はしっかり治しておかなければ今後に響きます。
 いいですか、少しと、気を緩められてはいけません。
 それから、フラン様。
 お腹の具合はいかがでしょう」
フランは話を素直に聞いている。
この様子も、昔のフランの姿だ。
「先生の教えは確かだからな。
 腕はわかった。
 でも、どうして寝ている間にこんな姿に?
 あと、お腹は特に変ではないぞ。
 先ほど、軽めの物を食べたが、もっと食べれるぐらいだ」
―…自覚症状はまだ、今はないのか…―
医師が念のため助言する。
「フラン様。
 これぐらいの時期になりますと、体調を崩される方が多いようです。
 しばらくはお腹に負担のかからないようなものをたべるといいでしょう。
 そして腕が治るまでは安静にしていただけるといいですな」

フランは納得している様子で無理なことはしないだろう。
だが、フランは気になっていたことを言う。
「それにしても、変なことが起こってよくわからない」
退出する医師を見送り、龍はフランの元へいく。
「フラン様。昨日の執務はどの辺りをしていたでしょう」
この問いにフランは龍を変な顔でみる。
「何を言っている。
 新設する図書館の本についての話だったはずだ」
―…新設する図書館…―
これは確か覚えている。
この図書館の手続きをしている時、鏡で物を交換していたミルとフランは初めて言葉を交わしたのだ!

あの頃の会話で
『あの子のところに本は送れるか』とフランが聞いてきたのを覚えている。

結局、濡れると予想したため別の物を送ったように思う。
龍は、様子をとりあえず、自分の部屋で待っている王たちに伝えるべきだと考えた。
「フラン様。
 今日は、龍も休ませていただきたいと思います。
 また、翌朝に伺わせていただきます」

王の待つ部屋に行き、詳細にフランの様子を知らせる。
「龍がフランの所に行っている間も、ミル殿は目を覚まさなかった。
 これでは、入れ違うようになっているではないか…!」

どうすることもできない苛立ちを持っている気持ちもわかる。

「あの頃のフランを変えたのはミル殿との鏡でのやり取りだった。
 今は、鏡は反応しないのだろう。
 それを知らずにまた、フランは鏡に向かったら…
 ショックを受けるだろう…」
龍はあのころのフランの考え方だと、悪い方向へと向かうと考えた。

「あの頃も、毎日のように鏡に向かわれてましたからね。
 まだ、言葉を交わしていないので、ミル様の名前も知らないのです」

そう言いながら龍は再び自分の手が震えているのに気づいた。
その様子を夫君は気づき、彼の手に自分の手を添える。
「龍、大丈夫だ。
 そなたが、怯えるのも仕方がない。
 だが、考え方を変えるのも一つだ。
 絡まった者を解きほぐすのもまた、先に命を受けた者だと思わないか」
龍は、顔をあげ、彼らの顔を見る。

「ずっと考えていたのだが―…
 ・・…鏡を壊そうと思う」
国王のとんでもない衝撃的な話を耳にし、龍は目を見開く。
そして口を開き反論しようとした瞬間、王に手で遮られる。
「龍、分かっておる。
 昔から我々王族は鏡を頼ってきた。
 前国王は鏡に背いて悲劇が生まれた。
 だが、今の私も鏡に背いた者であるのには違いない。
 でも、平穏が訪れている」
龍は考える。
現国王は鏡に選ばれた者と交わりフランを身ごもっている。
その前からも世の中の混乱を収めようと尽力している。
これは賭けにでるようなものである。
話では前王は鏡に選ばれた者が現れても鏡を通らせなかったらしい。
通らせなかった。
つまり、この世界に足を踏み入れようとしたのを阻止した。
前国王は阻止したものの、見てしまい衝動は治まらず、近くにいた者に向けられた。
龍がぐるぐると考えている様子に王は心を固めたかのように話す。

「…私は鏡に選ばれた者同士の子どもではないのだよ。
 ただ、その時、すでに前王である母の腹にいたのだ。
 母は、傍についていた者と恋仲だった。
 後に、夫になったものだ」

今まで知らなかった新たな事実に衝撃を受ける。
「もし、世の中に混乱が生じてもそれは仕方がないことだと考えている。
 長としての考えとしてはどうかと思うが、王もまた、人の親である。
 鏡に振り回される我が子の姿を見たくない。
 ―…そなたの元の主である王子。
 私の夫も同じ考えなの。
 最悪、壊した罰は私が受けるでしょう。
 混乱を避けるために夫に表に立ってもらう予定です。

 この人なら、みんな受け入れるでしょう。

 あと、故郷であるあなた方の国にも協力をしてもらう予定です。
 友好関係を結んでいるし、混乱を避けるための措置としてこちらも受け入れるよう通達をだします」

ずっと抱えてきたことだったのだろう。
意志を貫く覚悟で話をしたようだ。
「はぁ…
 お心は決まっているのですか。
 この国の重鎮たちが騒ぐでしょうな」

国王は笑う。
「そんな者、少し匂わせばいいのよ。
 『これからは、己の力で自身の選んだ伴侶と世の中を支えていく』ってね。

 まぁ、世の中の一般的な欲が付いて回るでしょう。
 でも、鏡に振り回されるよりいい」
夫君に龍が目を向けると苦笑いをしている。

「龍、そなたは私がこの国に入ったときから傍にいてくれました。
 私は、この人の傍で、この人の支えになりたいと思っているのです。

 他の者からすると普通かもしれませんが、この人にとっては奇跡のようなもの。
 私たちは心を交わしているのだから…」

―…そう言って、彼は国王の前に片膝をつく…―
「王、私はあなたの判断に従います。
 でも、言わせてください。
 命が尽きるまで私の心はあなたのそばにいます」

王の両手を取り、指先に口づけを落とす。
王は上を向き、流れ出てくる物を堪えようと必死だ。

―この瞬間を私は見守ることしかできない―

結局、この二人も鏡に振り回される運命なのだ。

龍は奥歯に力を入れて悲しい表情をするのだった。



落ち着いた2人は寝台で横になっているミルに目を向ける。
「フランがあのままだと、ミル殿が可哀想すぎるわね。
 どうしようかしら…」
国王と龍は今後を考えて案を出そうとする。
静かに考えていたら夫君が口を開いた。
「どうだろう…
 一度、我が母国にミル殿を保護するのは…」

王と龍は彼を見る。
「ずっとこの部屋にこもるわけにもいかない。
 そしてこの国にいる限り狙われるだろう」
正しい答えなのだろう。
龍は目を閉じ、何が正しいのか考える。
――

龍は静かにミルの傍にいく。
白く細い指を躊躇いがちに握る。
本来ならこの指に触れていいのはフランだ。
龍は自分の額にミルの指を触れされる。
――!!――
「龍?!」
国王と夫君が慌てる。
そうだろう。
当たり前だ。
主従関係を結ぶ王家に伝わる契約の儀。
主としてついているフランとも交わしていない契約の儀。
龍は2人に向き、伝える。
「勝手なことだと思われるでしょう。
 ですが、フラン様にはまだ他の者が支えます。

 ミル様は、もう誰もいません。
 どうか、お許しください。
 ミル様の行かれる場所に私は行きます」

2人の深いため息が聞こえる。

「フラン様が元に戻られた時、話をすれば納得されるでしょう。
 ですが、今のフラン様ではそれは無理です。
 ミル様を亡き者にすることも考えられます」

王は目を見開き口を手で押さえる。
「…」
龍は低く小さい声で
「フラン様の腹部の事。
 もうお気づきですね。
 ミル様とのお子がいらっしゃいます」
王は膝をついて座り込む。
頭に手を当てて信じられない様子だ。
「ですが、ミル様もフラン様もご存じではありません。
 フラン様には腕の怪我が治るまでは安静にと言ってます」

「それでも、ミル殿は母国に行くべきです」
夫君は、念をおして言った。

ミルが目を覚ましたのは翌日の早朝。

嗅ぎなれているフランの匂いではない寝具に違和感を感じ、目を開く。
最初に見えたのは、横に座って寝ている龍。
辺りを見回すと、暗いが物の少ない部屋である。
ミルは声を出そうとお腹に力を籠めると、背中に痛みが走った。
「いっ!!っっつぅ・・・」
顔をしかめて痛みに耐えていると
「目が覚めましたか?」
龍がそばにきて様子を伺う。

ミルは尋ねた。
「ここは…どこ?」

龍の表情は沈んでいる。
「ここは、私の私室です。
 すぐそばに、フラン様の部屋があります。
 …ですが、ミル様。
 昨日は何があったか覚えておりますか?」
ミルは、思いかえる。
「昨日は、フランの様子をみて、話をしてしばらくそばにいたんだ。
 でも、自分の寝る場所で寝た記憶が‥‥っはっ!」
龍の顔をみてミルは喉に触れる。
「寝具が揺れる感じがして、フランがいなくなってた・・・!!
 そう、龍さん!フランが、いなかったんだ…っ!
 どうして…」
身体を起こしてミルは何かをするつもりでいるようだ。

「ミル様、何をされているんです」
龍の問いに、ミルは応える。
「何って?
 いなくなったフランを探しに…」
ミルがフランの部屋にいないことに違和感を感じた。
「…?
 龍がここにいるってことは、フランは部屋にいるの?」
一つ一つ、バラバラのパズルを合わせていくように、疑問を投げていく。
「…フラン様は部屋にいらっしゃいます。
 目を覚まされました」
!!!!!
沸き起こる喜びの表情を浮かべようとミルは口を開こうとしたが、また、気になることを尋ねる。
「でも、僕が見た時、誰もいなかった。
 いきなり、後ろから押さえられて…」
龍の悲しそうな様子に
「まさかっ!!
 フランに怪我が?!
 ねぇ。
 龍さん、さっきからなんでそんな顔なの?」
複雑な顔をした龍が顔を上げる。
「ミル様。
 あなたを抑えつけた者、それはフラン様です」

「―えっ・・・・」
ミルの緑の瞳が大きく、揺らぐ。

まさか・・・なんで・・・どうして・・・

―動揺するのは仕方がない―
フランがするはずない。フランがしたの?
混乱しているミルは苦笑いして龍に言う。
「…もう、龍さん!
 そんなことをフランがするわけ、ないですよ…

 …本当に?」
表情を変えない龍に、彼の言ったことは本当なのだと悟る。

龍は普段話をする声とは違い、抑えられた話し方で
「フラン様は、気づかれた時、ミル様を覚えていませんでした。
 医師に聞いたところによると、貧血が酷いとなる場合があるそうです。
 ミル様を見て、誰だと私に聞いてきました。
 …ミル様を部屋から出すときも、私がミル様に布越しでも触れることを何も言われませんでした。
 あなたと鏡で物を送りあっていた時期に戻っているのです…」

「―…そ・・そんな‥」
物を送っていた時っていったら、まだ、言葉も交わしていない。
顔も一度、始めの時に見せたぐらいだ。
幼いころ。
言葉を交わすきっかけとなった久しぶりの対面。
交わしたことでお互いを知ることが出来たのだ。
それを覚えていないと‥‥
龍は続けて話をする。

「ミル様と言葉を交わすことで、あのような落ち着いたフラン様になったと言っていいでしょう」

ミルは下を向いて言われたことを理解しようとする。
龍は、言葉を選びながらミルに伝える。
「ミル様と言葉を交わされるまでのフラン様は、次期国王としての教育が本格的に始まった頃でして・・・
 威圧的な態度で、気高いという意味を捉え方として間違った方向に向かわれていました。
 所々に見られる残酷な部分があったため、我々も悩んでいたのです。
 信じられないでしょうが、今のフラン様は、ミル様を亡き者とするだけの力を持たれているのです!」

龍の話は、ミルの知らないフランの一部の姿だ。

静かに聞いていたミルは深くため息をつく。
「もし、そうだとしても・・・
 僕は、フランのそばにいたい・・・って思うのは、わがままなんだろうね。
 龍さんの話を聞く限り、亡き者にする原因は、この容姿かな」
珍しい容姿。
興味を持つが、美しいものを壊していきたくなるだけのことをするのかもしれない。
「・・・ミル様の考えられていることで、おおよそあっていると思います」
ミルは立ち上がり扉の近くに向かう。
龍は
「ミル様?」
ミルは振り返り苦笑いをする。
「・・・それでも。
 僕はフランのそばにいるよ。
 ハハハ・・・
 …だって、僕にはフランが戻るのを、そばで待つしか方法も選択もない・・・」
最後の方は諦めや孤独への不安が見える。
小さい声で
「殺されるなら、フランに決めてもらうのも、この国の鏡に選ばれた者の理なのでは?」
!!!!!
龍は、危機感を持った。
フランによってこの世界に来ることとなったミル。
そのミルがフランの異変でこの世界で命を絶たれるかもしれない。

ミルはそれでも構わないと言う。
だが、龍は許せなかった。
― 現国王の守りたい者 ―
それは、フランであり、ミルである。
悲劇に向かうことをさけることも、先に命を受けた者の仕事である。
扉に手をかけたミルに声をかける。
「ミル様。
 お話があります」
―…ミルが振り向いて龍をみた瞬間!!

腹部に強い衝撃があった。
崩れ落ちる瞬間・・・龍の悲痛な顔が見えた・・・

国王夫妻の私室。
人払いをされたこの静かな部屋に3人いる。

何かを覚悟し、決めた表情の龍は国王夫妻に伝える。
「まさか、こんな日が訪れようとは・・・
 ですが、ミル様を守るため。
 そして、フラン様を守るため・・・」
神妙な顔で話をする龍に
「―…何もかも、鏡のせいには出来ぬがミル殿だけはよろしく頼む。
 龍・・・そなたには、感謝しておる。
 再び、そなたと酒がのめることを楽しみにしている」
国王直々の頼み。
近日中に判断を下すことになるだろうと龍の私室で話を合わせ、別れたはずだ。
ただ、こんなに早急になるとは思わなかった。

「あちらでのことは、末の子どももいます。
 みんなによろしく伝えてください」

この方についてこの国に入り、国王と添い遂げる覚悟でとどまる選択をした元王子。
決断を支えようと懸命に働いてきた。
強面の顔のせいで子どもは苦手だったが、フランが懐いてくれたことで新しい志が持てたと言っていい。

「王子、よろしくお願いします」
龍が涙を溜めながら言う。
―次にこの地を訪れるとき―
 それは、フランが戻った未来か。
 鏡を葬ることで子どもたちの未来に希望をもてるように祈りながら去っていく国王の不在か―

カツン… カツン… 
静かに暗い廊下に響く自分の足音を聞きながら歩き、極秘の通路を通る。
闇に染まる服を着て用意していた乗り物に乗り込む。

龍は後ろで眠っているミルを確かめる。
ミルは、龍の私室の中で龍の手によって気絶させられた。
目覚めたばかりの人間に、酷い仕打ちだと思うが、致し方がない。
無理やり連れてでる形となり、本来の手順を飛ばしたことが心残りだ。

―フラン様、龍はミル様をお守りします―
伝えることもできず、出立をする慌ただしさ。

走り出す車中の龍は、これから自分のやるべきことを確認する。
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