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何故かできてしまった話。

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「ぁーーーー…………」

ありえない……と思いつつも日々の気だるさや、思い当たる節がなんにもなかったとは言いがたったりしちゃったりする俺。
半信半疑で、「一応やってみるか」程度で妊娠検査薬を買ってきた俺は、その表示をみて気が遠くなるような気がした。

「まじか、、……まじか……」

重たい溜息を吐気出しながら、洗面所にへたり込んで何分たったのだろう。

未だに立ち上がる気力のない俺に、ピンポーンとチャイムがなった。

タイミングが悪いのかいいのか。

思い当たる来客人に、嫌に大きくなった心音を無視して、なんとか玄関のドアを開けた。

「遅い……って、顔色悪いぞ?何?どうかしたか?」

くっそ……そういうのはずるい。

基本的に他人に興味のない男が、俺の顔を見て直ぐに、そういうことを言うのは。

「おーまーえーのー……」

不思議そうに、だけれど少し心配そうに俺を覗き込む男。

「せいだろーがーーーー!!!!!」
「ぇ゛……!」
「どうしてくれるんだ!?コノヤロー!」

相手のダウンジャケットを下のニットまで引っ掴んで激しく揺さぶる。

服の下のチェーンネックレスまで掴んでしまったのか、ぐえっと変な音がした。

こいつの身につけるものが、全部ハイブランドものだとか。
この間新しいネックレスつけてたな、とか。
もうそれどころではなかった。

「ちょっ……一旦落ち着け!いきなりどうし……」

半泣きに近いヤケクソ状態の俺を宥める男に、首元を1度解放したはいいが、今度は手に握りこんだままだった妊娠検査薬を投げつけた。

カシャンと音を立てて足元に転がったそれを、海斗かいとは不思議そうに拾い上げた。

その赤い表示を切れ長の目が捉え、見開かれる。

「春、、これって」
「……」
「赤ちゃんって、ことだよな……」

「お前のそこに……」と俺の下っ腹を指さす男。

確かにここに入っているのだろうが、俺にはちっとも実感はなくて、少し怖い。

「そうだよ。……だからさ、」
「やったじゃん!!!!!」
「おろす金、……は?」

「まじ?まじ?」と長身のイケメンがグイグイと迫って、俺の腰を抱いたと思えば腹を撫で回してきた。
興奮したようにはしゃぐ姿は、まるで小学生……って違う!

「なんで喜んでんの!?」
「は?なんでって……お前は嬉しくねーの?」
「えっ、」

思ってもみなかった質問に、口を開いたはいいが、どうしたらいいか分からず、結局言葉が出ずに下を向いた。

すると、必然的に目に入る海斗の手が当てられたままの、俺の腹部。

俺の、ここに、命がある。



ーーーー好きな人との。



喉に何かがつっかえたような苦しさを感じた。

この世界には、外見上の男女性の他に、α、β、Ωの3つ、つまり全部で6種の性別がある。

中でもαは特に希少で、Ωよりも人口比が少なく、見目が良く、頭がいい人が多いのがこのαだ。

Ωは人口こそαより多いが、βよりは断然少なく、αと番えばαが生まれる確率が高いためαに重宝されていたりする。
なので、Ωに関してはβと番うこともそれなりにもあるが、α亭主に限っては一夫多妻制が認められている国が多い。
日本もその例外では無い。

そして俺は、αだ。
それも、男性体の。

目の前で、俺をじっと静かに見つめているこの男、葛城海斗も男性体αだ。

誰だってひと目でわかる、整いすぎた容姿に高く綺麗に筋肉のついた体。
少し長めの前髪がΩに好評だったはずだ、色気が増すとか……。

別に、こいつの容姿に惹かれたわけではない。

ただ、同じ大学で出会って同じバースであり、妙にウマがあった俺たちが親友になるのにもそれほど時間はかからなかった。

それからは、適度に夜遊びもそれなりにして、、。
気づいたら盛ってた。

いつものように海斗と飲み会へ行って、笑ってお開きになろうかと言う頃。
「3人、興味ある?」とかいうこいつに、別にそこまで興味があった訳では無いが返事して。

男ふたりに女ひとりでも案外変な顔されないんだなーとか思いながら、女挟んでことに及んだら、最中にキスなんて仕掛けてきやがって。
そしたら急に、海斗は女を部屋外へ追い出しやがった。

俺も、αの中のαみたいな男に求められて悪い気もせず。

それに、密かに想いを寄せていた男の欲に濡れた瞳を前にして、もうどうにでもなれという気持ちで体の力を抜いたのがいけなかったのか。

αの妊娠。

別に前例がない訳では無いが、それは過去数件程だ。
その確率は1万分の1とも言われていて、俺もそんなことは夢にも無いと思っていた。

だがこいつ、あてやがった。

宝くじみたいな確率を、あてやがった。

豪運というかなんというか。
奇跡みたいなことを起こしやがって。

海斗に抱きつかれたまま、拒絶する訳でもなく何も言わない俺に焦れたのか、海斗はなんでもない風に言った。

「お前さ、何迷ってんの?迷うことなんかないじゃん」

「は?」

その言葉に、カチンときた。

誰のせいだと思ってるんだよ!!!!!と怒鳴ろうとした俺の口は、

「だってお前さ、俺の事好きだろ?」

という海斗の言葉に、声になることは無かった。

「バレてないと思……っ!!!!!」

パンっという乾いた音が響いて、しばらくしてじんわりと手のひらが熱くなった。

「っ、」
「ごめん、泣くなよ、春」

俺が叩いたのに、怒るでもなく静かに抱きしめてくる腕を、振りほどく気にはならなかった。

ただ、俺が壊すまいとしてきたことを、簡単に壊されたような気がして、ひどく悲しかった。

女遊びにうつつを抜かして、別段女に興味があった訳では無いが、こいつが「お前、こん中だと誰が好み?」とか言うのを受け流して。
毎回傷ついているのを無視して、親友でいられるならと目を瞑っていた俺の事を。

「ごめん、ごめん」と俺の背を撫でる手のひらが暖かくくて優しくて、さらに涙が出る。

でも知ってる、この手でどれだけの人間を堕としてきたのかを。
海斗が決して綺麗な人間ではないことを。親友だったから。

「……おろすから」
「は?」
「だからさ、……この子、おろ」

「ふざけんなよ!!!!」という海斗の怒声に、ビクッと背がはねた。
思わず顔を上げると、珍しく怒った海斗の顔が俺を睨んでいた。

「なんでお前は喜ばないんだよ!しかも、おろすだ!?ふざけんなよ!!!!!好きな奴との子なんだぞ!!!!!」
「そんなの、」

海斗に睨まれた、親友に睨まれた。
決して俺だけは、俺だけには親しげな目を向けてくれていた海斗が、この時だけは獰猛な狼のように尖った瞳を俺に向けた。

その事がショックで、、涙が止まらない。

俺は捲したてるように、もうどうにでもなってしまいたくて口を開く。

「わかってるよ!!!!!俺がお前好きなのは!!!!!」
「は?」
「だから、みのらないのくらい……知って」

「アホかお前」

激高した俺に浴びせられた、少しバカにしたかのような声。

さらにカッと頭に血が上った。
だが、さらに怒鳴りつけようとした俺の声はまた、声にならなかった。

「んぶっ」

海斗が急にキスしてきたことに、一瞬遅れて気がついた。

「っ、!お前、何す……っ!」

慌てて顔を振りほどいたが、今度はぎゅうっと音がしそうな程に抱きしめられて、逃げるに逃げられない。

しばらくそのまんまの状態が続いていたら、なんだか怒りがしぼんでいくのを感じた。
今にも殴りそうな程に、握りしめられていた俺の拳も力を失ってだらりと垂れている。

お互い何も喋らずに、じっとしていたら、海斗は小さく呟いた。

「はぁ~、お前、意外とアホだよなぁ」
「は?」

俺の方に額を乗せて、今度は何故か笑っている。
ここ、笑うとこじゃねーだろ。

「ははっ、お前は気づいてると思ってた」
「……何が?」
「俺が、お前を好きな事」
「それはさっき聞い…………は?」

「ははは、お前やっぱ馬鹿だ」と、俺の肩で震えてゲラゲラ笑う海斗とは裏腹に、俺はポカリと口を開けていただろう。

そして、さっきとは違う意味で頭に血が上った。

俺はきっと顔が真っ赤になっているんだろうと、何処か達観したように考えた。

一通り笑い通して、一呼吸置けたのか。
海斗は柔らかい口調で、俺の耳に囁いた。

「なぁ……産んでくれる?」

甘さを含んだ、甘えるような優しい声だった。

ほんと、ずるい。
海斗だけが、全て気づいていたというのだろうか。

「………うん」

うんって、出た返事はまるでΩの女のように小さな声で、さらに情けなくなった。

「ははっ、耳真っ赤~」
「っ、うるさい」

さっきまでの自分が恥ずかしくなって、海斗の肩を押してホールドを抜けようとしていたら、急に真面目腐った動きで、海斗は床に足をついて俺の手を取った。

何処か神聖な雰囲気を感じれるその光景を、じっと眺めた。

長いまつ毛が黒髪越しに伏せられ、形のいい唇が、ちゅっと小さなリップ音をさせて俺の指先にキスを落とした。

「俺と、結婚してくれるか?」

「そもそも、まだ付き合ってすらねーよ」という返しをする気にもなれなくて、俺はうん、とうなづくしか無かった。
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