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第8話 あの人は今

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 侍女らしき人にここでお待ちくださいと案内されたのは、やたらと豪華な応接室みたいな部屋だった。
  高い天井にはキラキラ輝くシャンデリアが下がり、私の家のベッドより大きくてふかふかなソファと一人がけのソファが、金色のやたら眩しいテーブルを囲んでる。


「……ねえマッティ、お城ってなんだか豪華すぎて落ち着かないね。ナリッサもカルロスもここで働いてるんでしょう? 仕事中なのに悪かったかなあ」

「ふふ、あかり様は堂々としていればいいのです。この国、いえこの世界で聖女より偉い人間などおりませんから」

「えーなにそれ。っていうか前も言ったけど、私はごくごく普通で平凡な大学生だから」

「おや、あかり様は確かコーコーセーではありませんでしたか?」

「それは去年の話。今年の4月からは大学生になったの。大学生っていうのはね……」


 そんな話をマッティとしていると、お茶のワゴンを押したピンクの髪女性と背の高い筋肉むきむきな男の人が部屋に入ってきた。
 女性が優雅にお茶の支度をする後ろで、監視するように立つ男の人からはこちらをうかがうような視線を感じる。
 やだなあ、私そんなに変な格好してる? 黒目黒髪って珍しいんだっけ? あれでもよく見たら二人とも見たことあるような……


「あっ! もしかしてナリッサとカルロス?」

「そうです! ナリッサです! あかり様!」

「あかり様!」


 二人はぱあっと嬉しそうに笑うと、私の前で跪いてナリッサは私の右手を、カルロスは左手をガシッと握った。


「またこうしてお会いできるなんて……あかり様……まるで夢のようです……」

「あかり様、ずっとお礼を言いたかったのです。我が国を、いえこの世界をお救いいただき本当にありがとうございました! うぐぅっ……」

「二人共、あかり様がお困りです。みっともなく泣いてないでせめて挨拶くらいきちんとしなさい」


 ええっ、二人とも本当に泣いてるの!?
 私の手を握りしめて離さない二人にマティアスが呆れたよう言うと、慌てて立ち上がった二人は涙を拭くと背筋を伸ばした。


「ご無沙汰しております。あかり様の護衛をしておりましたカルロスです。今はクリスタベル王国騎士団の騎士団長を務めております」
「あかり様、ナリッサでございます。お城の女官長をさせていただいております。実はあれからすぐに結婚いたしまして、今では18歳と15歳の男の子がいるんですよ」


  同い年だったカルロスは茶髪に茶色の目だし、身長155cmの私と同じくらいの背の高さだったから、実はひそかに親近感を持ってた。
 でもすごく真面目な性格で、どんなに頼んでも「自分は護衛ですから!」って言って隣に並んで歩くことも、普通の口調で話すことも絶対してくれなかったんだよね。 
 それが今はびっくりするくらい背が高くてむきむきになって、しかもカッコいい騎士の服なんか着ちゃってて、いかにも頼りになる渋い大人って感じだ。

 濃いピンクの髪の美女ナリッサは、裁縫でも料理でも私が頼んだことは全部完璧にかなえてくれるスーパー侍女だった。
 お姉ちゃんみたいに優しくて頼りになって、慣れない異世界生活に戸惑う私のことを心配して、ささいなことでもいつも相談にのってくれた。
 それにしても18歳と15歳って、私と同い年の子供がるってことだよね? 昔と全然変わってないからそんな風に見えない! 美魔女だ! 本物の美魔女がここにいるよ!


「さ、あかり様どうぞ。お好きだったお茶をご用意しました」

「うわ、嬉しいな。ナリッサの淹れてくれるお茶は美味しいんだよね!」

「あかり様こちらもどうぞ。確かこの蜂蜜入りの焼き菓子がお好きでしたね」

「わー、カルロス覚えててくれたんだ! ありがとう!」


 そうそうこの味! 日本のとある有名なお店のマドレーヌに似てて大好きだったんだよね。なんだか懐かしい! 
 両手でお菓子を持ってもぐもぐ食べてると、それまで黙って私達を見ていたマッティがおもむろに口を開いた。


「ところであかり様、正直に教えてください。アルベルト殿下と何かありましたか?」

「え? 何かって?」

「先程の殿下とのやりとりです。いくら面立ちが変わっていようと、あかり様が殿下にあのような態度をとられるのはおかしいと思ったのです。現にこの二人とは楽しそうに話していらっしゃる。……一体殿下と何があったのです?」

「うぅ、それは……」

「あらまあ、アルベルト殿下と何かございましたか?」

「あかり様、殿下に何か嫌な事をされたのなら私に言って下さい。例え王位に背く事になっても私は必ずあかり様をお守りいたします」


 アルベルトと聞いて、ナリッサとカルロスの表情がすっと冷たくなるのがわかった。
 ナリッサは口元はにっこり笑ってるのに目が冷たくて、カルロスは眉間にぐぐっと険しい皺が寄った。


「ええっと、みんなにとってアルは次期国王で偉い人なんだよね? なんか態度がひどいっていうか、昔と違くない?」


 だって私の知ってるアルは、神殿のみんなのアイドルだったよ?
 ナリッサはアルによくお菓子をあげてたし、カルロスだって護衛というよりお兄ちゃんみたいに接してた。普段はあまり表情を変えないマッティですら、アルには優しく笑ってたのに……?


「……まああの方も今年で御年30歳。昔のように可愛らしいままではいられないのでしょう」

「あかり様いいですか、アルベルト殿下には半径5m以内は近づいてはなりませんよ」

「ううむ、私があかり様の専属護衛になれば……やはり騎士団長を辞めるべきか……」


 なんだろうこのアルの扱い。まるで不審人物?
 ……でもそれだったら、私がさっき見たこと話しても大丈夫かな?


「えっとじゃあ、その、私が変な事言っても気にしない? ていうかぶっちゃけ怒らない?」

「勿論です。私は何があろうとあかり様の味方です」

「「その通りです!」」


 真剣な顔で力強く頷く3人を見て安心した私は、さっき訓練場で見たことを話す決心をした。


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