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第53話 王都からの客人 アイザック視点

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「……わたし、がんばる……から……いっぱい……たべ……て……」

 そんなことを呟きながら眠ったセリは、そのあと抱き上げようが身体を拭こうが、なにをしても目を覚ますことはなかった。
 あわよくばもう一回戦……なんて期待をしていた俺は、気持ちよさげに眠る白い頬をつついて苦笑いした。

「……ったく、しょうがねえ奴だ。だがまあ、昼間あんなに頑張ってたしな」

 昼間、セリの実力を見極めようとやらせてみたのは、野鼠の駆除だ。
 野鼠はすばしこいだけで、攻撃性は低い。子供が小遣い稼ぎにやるような依頼だ。
 だからEランクのセリでも、余裕でこなせると思っていたんだが……
 一緒に行動してわかったセリの実力は、ある意味俺の予想をはるかに下回り、そしてある意味では俺の想像をはるかに超えた、驚くべき能力の持ち主だった。

「おいおい、どこ見てんだ。お前の足元にいるぞ」
「ええ!? うそ!」

 俺の声にセリは慌てて下を見るが、すでに鼠は通り過ぎたあとだ。
 端的に言うと、セリはトロい。経験値不足もあるのだろうが、鼠の動きが全く追えていない。
 その一方で、セリは教えたことを吸収するのが早い。分析力が高いのか、一度教えればそれに自分の解釈を加え、予測を立てることができる。

「ねえアイザック、これなら野鼠の巣を探して駆除した方が、効率はいいんじゃない? 巣穴を燻して、出てきたところをやっつけるとか」
「へー、そんな方法よく知ってんな。だが、野鼠の巣を探すのは、ここらの地形を熟知してないと難しい。巣穴が幾つあるかわからねえからな。一つの巣穴を燻してる間に別の巣穴から逃げられたら、意味がないだろう?」
「確かに! なるほどね-」

 納得したように大きく頷いたセリは自分の鞄から手帳を取りし、そこになにかを書き始めた。

「おい、なにしてんだ?」
「あ、ごめん、ちょっと待って。忘れない内にメモしておこうと思って」
「メモ? なあ、それ、ちょっと見せてくれるか」

 渡されたセリの手帳には、今まで受けた依頼らしきものが詳細に書いてあった。
 精緻な薬草の絵の横に書かれたのは、その外見の特徴と効能だろう。簡単な地図が添えてあるのは、その採集場所かもしれない。なぜか野菜や果物の絵まで詳細に描いてあるのが、いかにもセリらしい。だが……

「……セリ、ここに書いてあるのは一体何語だ? 見たこともねえ文字だが」
「ああ、これは私の国の文字なんだ。ニホン語っていうんだけど、アイザックは見たことない?」
「ニホン語? いや待て、お前、大陸共通言語は普通に話してるし、読み書きもできるよな? もしかして他の国の言葉も喋れんのか?」
「ええと……試したことはないけど、多分、話せると思うよ?」

 いや待て。大したことじゃないように話すが、それってすげえことだからな? 

「……ったく、知れば知るほど面白い女だよ、お前は」

 そんなセリは、翌朝起きるなり『市場に行きたい!』と、元気よくのたまった。
 なんでも作りたい料理があるらしく、ここらでは珍しい食材を探すんだと、張り切っている。

「なにを作るかは、アイザックに秘密にしたいっていうか……驚かせたいんだもん。だから、買い物は一人で行くから」
「だがなあ……大丈夫なのか?」
「ねえ、アイザックは私を一体何歳だと思ってるの?」
「何歳って、成人したてなんだろ?」
「そう。もう大人なの。心配しなくていいから!」

 結局一人で市場に行くと譲らないセリに、買い物が終わったらデュークの店で待ってることを約束させ、俺達は市場の入り口で別れた。

「じゃあ、アイザック、行ってくるね」
「おい、やっぱり俺も一緒に行ってやろうか?」

 別れ際についそう声をかけると、セリは俺に向かって舌を出したあと、足取りも軽く市場の雑踏に消えていった。
 そしてその小さな背中を見送った俺は、その足で冒険者険者ギルドへ向かった。


 ◆◇◆


「アイザック、いいところに来た。お前に客だ」
「ああ? 客だあ? そんな話、俺は聞いてねえぞ」

 ヒマを持て余し顔を出した執務室で待っていたのは、いつになく真面目くさった顔をしたエンゾだった。
 俺を見るなり勢いよく立ち上がったエンゾは、こちらへやって来て声を落とした。

「王都から来たって言やぁわかるか? ……お前が向こうさんを呼びつけたんだ。もう逃げられねえぞ」
「……チッ」

 応接室で俺を待っていたのは、初老の線の細い男だった。
 宮廷魔道士の証である紫のローブを纏い、白髪交じりの髪を後ろに撫で付けたその男は、なんとも言えない笑みを浮かべてこちらを見つめていた。

「やあ、君が噂のアイザック君かな? 初めまして、私はニックだ」
「あんた……噂の宮廷魔道士長のニックか? 俺でも知ってる王都の有名人が、わざわざこんな田舎町になんの用だ」
「わざわざ足を運ばせたのは君の方だろう? この国で知らない者はいないと言われる、有名なA級冒険者のアイザック・モルド君」

 宮廷魔道士長ニック。
 並ぶ者のいない膨大な魔力量を誇り、稀代の魔法使いと名高い男。一切の経歴は謎に包まれて、一部では国王の虎の子とも、懐刀とも呼ばれる。

「君の希望で、わざわざ王都からこんな田舎に出向いたんだ。つまり、この依頼を断る資格はない。わかっているね?」
「……しょうがねぇな」

 断るための策が裏目に出るとはこのことか。俺は思わず頭をガシガシと掻いた。

「よろしい。君が物わかりのいい人物で助かったよ。では、早速だが本題に移ろう。──君に頼みたい依頼は、人捜しだ」
「はあ? 人捜し?」
「年齢は定かではないが、恐らく二十歳は超えている女性だ。その女性は、一年以内にこのモルデンに滞在していたと思われる。そして現在も、この周辺地域にいる可能性が高い。外見の特徴は黒目黒髪、そして小柄だと思われる」
「おい、ちょっと待て」

 俺は思わず話を遮った。

「定かではないとか恐らくとか、なんだよそれ。人を探せっつうなら、もっと確実な情報はねえのか」
「それができないからこそ、わざわざAランク冒険者に依頼しているのだ。君にはモルデン周辺の街を回りその女性を探すのと同時に、各地のギルドにこの依頼書を貼ってほしい」

 手渡された依頼書を見て、俺は眉を顰めた。

「……なんだこれは」
「そこに書(・)い(・)て(・)あ(・)る(・)通(・)り(・)、私は王都で文献翻訳を手伝ってくれる人材を探している。この依頼を見て彼女が王都に来てくれればいいのだが、冒険者ではない可能性も考えられる」
「こんな依頼書、ギルドに頼んで貼らせりゃあいいじゃねえか」
「Aランクの冒険者を信用しないわけではないが、こちらも君がきちんと依頼を遂行しているか、確認したいのだ」
「つまりアレか。俺を疑ってんのか」

 目を細めじっと睨むと、ニックは無言のまま食えない笑みを浮かべた。

「はあ……。どっちにしろ俺に断る権利はねえがな。……期限は?」
「彼女が見つかるまで……と言いたいところだが、優秀な人材いつまでも束縛しているわけにはいかないな。一年でどうだろう」
「長すぎる」
「これでも、かなり譲歩しているつもりだ」
「……見つけたらどうすりゃあいいんだ。とっ捕まえて王都へ連れてきゃあいいのか? それともお姫様並みの待遇で、王都へお連れすりゃあいいのか?」
「彼女は私にとって、とても大切な女性なんだ。くれぐれも粗相のないよう、丁重に迎えてほしい」
「……どのみち俺に断ることはできねえんだろ?」
「その通りだ。……ああそうだ。とても大切なことを伝え忘れていた。その女性の名前はマナだ」
「マナ、ね。了解だ。そんで? いつから始めりゃあいいんだ」
「今日からでもお願いしたいところだが、君にも支度があるだろう。一週間後からどうだろう」
「まあ、そうしてもらえるんなら助かるがな」
「では決まりだ」

 男はそう言うと立ち上がり、私に向かって手を出した。

「この依頼は私にとって極めて重要度が高い。どんな些細な情報でも、わかり次第連絡してほしい。──アイザック・モルド、いい報告を期待している」
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