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第9話 甘い薬

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 口の中に甘いものが入ってくる。

 ……なんだっけこれ……私、知ってる……?

 甘くて妙に懐かしい、すごく小さい時に飲ませてもらった味。
 それが何か思い出そうとしていると、唇に柔らかいものが押し付けられて、また甘いものが入ってきた。

 あ……もしかして……お薬のシロップかも……

 小さい頃に熱が出ると飲ませてくれた、琥珀色の水薬。
 病院に行くのは嫌いだったけど、白衣の先生がくれる甘い薬シロップだけは好きだった。
 病気の時必ず一人で寝かされる部屋は、何も置いてなくてすごく退屈。だから枕元にあるシロップに光が反射して宝石みたいにキラキラしてるのを、飽きもせずにずっと眺めてたっけ……。

 そうだ、思いだした。
 これは私が小学生の頃の記憶だ。
 たまに熱を出すとお母さんは仕事を休んでずっと一緒にいてくれて、お父さんは会社の帰りにゼリーとかプリンとかアイスとか、とにかく私の好きな物をいっぱい買って来てくれた。
 共働きの両親はそれぞれ仕事が忙しくて、学校行事に来てくれることは滅多になかった。
 だから不謹慎だってわかってるけど、病気の時に会社を休んで家にいてくれるのが嬉しかった。
 でも私が中学生になったら、熱を出した位じゃ親は仕事を休まなくなったんだ。もう大きいから大丈夫でしょうって。
 それからは病気の時も、ずっと一人で家で寝てるようになったんだっけ……。
 
 ああそっか。これはきっと私の願望が見せる夢なんだ。でも、そうだとしても、なんだか嬉しいな。
 久しぶりの懐かしい味は、涙が出そうなほど甘くて美味しい。
 おかわりが欲しくて強請るように舌を出すと、また口の中にシロップを入れてもらえる。
 何回も何回もそれが繰り返されて、ようやく満足した私は深く息を吐いた。

「偉かったな。どっか痛い所はねぇか」
「ん……」

 大きな掌がゆっくりと私の頭を撫でてくれる。
 こんな風に頭を撫でてもらうのもすごく久しぶり。
 嬉しくなった私はその手をぎゅっと握った。

「……なあセリ、俺がずっと側にいてやるからよ。お前は何も考えずにゆっくり眠れ」
「ほんとう……?」
「ああ」
「へへ、うれしい」

 そうだよね、これは私の夢なんだってわかってる。
 だって私はもう大人だし、ここは実家でもなくて、一人暮らしの部屋でもなくて、異世界なんだから。
 だから、自分の夢なんだから、その中でくらい甘えてもいいよね……?

「ずっと、ここにいてね? もう、一人に、しないで……」
「……ああ、約束する」
「うん……」





 そして─────優しい声に誘われて深い眠りに落ちた私は、懐かしい記憶を思い出した。

 そう、あれは今から約1年前、大学生だった私芹澤愛菜せりざわ まなは突然この世界にトリップしてしまった。
 特に何か事件や事故に巻き込まれた訳じゃなくて、バイト先に向かう途中盛大に転んだ私は、顔を上げた時にはもうこの世界にいたんだ。





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