2 / 4
前編
しおりを挟む「殿下。毎年、雪の華様の肖像画をありがとうございます」
絵の中の少女に似たソルティキア公爵夫人が、私に纁色の頭を下げる。その優雅な仕草は、淑女たちの見本とされるほどとても美しい。
私は毎年、新年のあいさつと共にソルティキア公爵家にルルリアナの肖像画を持っていく。
本来なら兄の婚約者で絶対神に選ばれたルルリアナを「雪の華」と呼ぶべきなのだが、私は自分の心の中ではひっそりと彼女のことをルルリアナと呼び捨てにしていた。
感謝するソルティキア一族に一抹の後ろめたさを感じつつも、私は贈呈した絵が去年の彼女の肖像画だということを秘密にする。
今年の彼女の肖像画は、私しかしらない秘密の場所に飾られている。
「マキシミリオン殿下には本当に感謝していますわ。私たちのために、毎年雪の華様の肖像画を届けてくださるのですから。おかげで私たちは毎年、娘の成長を知ることができます」
お辞儀と同じく優雅な仕草でソルティキア公爵夫人が淹れる紅茶は、本当に美味しかった。滅多に味わえないソルティキア公爵夫人の紅茶を楽しむ。
「別に大したことではないので、あまり私を持ち上げないで下さい」
本当にそうなのだ。私が宮廷お抱えの絵師に彼女の肖像画を毎年描かせているのは、彼らに親切したいからではない。私が彼女の姿をいつでも見られるように、描かせているのだ。その口実として、彼らを利用させてもらっているにすぎないのだ。
芳醇な紅茶の味を楽しみながら、私は召使いの手によって玄関ホールの目立つ場所に飾られるのを見守る。そして、ふと疑問に思う。
「外された肖像画はどこに行くのですか?」
「劣化防止の魔法が施された金庫で大切に保管しますわ」
ソルティキア公爵夫人はにこりと微笑む。
私はソルティキア公爵夫人ほど満足ができなかった。冷たい玄関ホールに飾られた彼女の絵が哀れでならなかった。
私なら、家族が集まる居間などに飾るだろうに。ソルティキア公爵家は、彼女を本当の家族の一員とは思っていないのだろう。ソルティキア公爵家に箔を付ける存在と思っているのかもしれない。彼らは気が付いていないのかもしれないけれど。
そのことがわかっているのか、年々美しくなる肖像画の中の彼女に、感情や希望、愛情などが少しずつ失われている兆しが見えた。そのことに気が付いているのはこの絵を描いた画家と私だけだろう。
兄では彼女を幸せにすることができないと痛いほどわかっていても、私に彼女は救えない。
エギザベリア神国の王位を継げない私に、彼女を迎える資格はないのだから。
少しでもアイス・ヘルシャフトの能力が私にあったのなら、全力で兄から君を奪うのに。
私にできるのは君の絵の前で、君に永遠の愛を誓い、君の幸せを祈ることだけなのだ。
君を幸せにするのは私の兄で、私には君に話しかける権利すらないのだから。
だからだろうか、ルルリアナを誘拐したとされるリースという少女の質問に即答できなかったのは。
私はリースに脅されてレオザルトがいる王族の別荘へと案内させられた。アインスの「ゲート」と呼ばれる魔法を使うには、私が必要なのだそうだ。その別荘ではルルリアナの妹で兄の想い人であるベルリアナの十六歳の誕生日パーティーが開かれていた。
ルルリアナが誘拐され行方不明になったというのに、兄はバルリアナの誕生日パーティーに出席したのだ。ルルリアナの十六歳の誕生日には顔も出さなかったというのに。
この世界で貴族女性の十六歳というのは本当に特別な意味を持つ。婚姻を結べる年になるからだ。そして男性は親同士が決めた婚約者だったとしても、形ばかりのプロポーズをして本当に自分と結婚する意志があるか確認するのだ。
兄は情報機関によるとルルリアナにプロポーズをしなかった。どうせ結婚しなければいけないのだからと、自分を愚かに憐れんでいるのだろう。
本当に哀れなのはルルリアナだとも知らず。
兄は神が選んだ雪の華をどう思っているのだろうか?自分が愛せないからと言って、ないがしろにしていいと本気で思っているのだろうか。
別荘へと案内させられる前に、ルルリアナを誘拐したリースに私の怒りが爆発した。
しかし、リースはルルリアナがよく笑うようになったと怒鳴り返したのだ。あんなところにいるよりも、私たちの側にいたほうがいいのだと。頑張りすぎて熱を出したり、苺が好きで苺のスイーツばかり食べていると。
リースが話す彼女の幸せそうな様子に、私はホッとしてしまったのだ。
そのため、アインスという女性に私の気持ちがバレてしまい。ルルリアナを愛しているのか尋ねられたのだ。
私は真剣に自分を見つめる、ルルリアナの瞳を黒くしたようなリースの瞳に嘘を言うことができなかったのだ。
なぜルルリアナを想いながら何もしなかったのだ、と怒れるリースに説明する。私にはエギザベリア神国を継ぐ能力がないことを。そのため、ルルリアナを手にする資格がないのだと。
ルルリアナへの愛を告白した私にリースが私に問うたのだ。「あなたがルルリアナを愛しているのはルルリアナが欲しいからなの?それとも王座が欲しいからなの?」かと。
即答できなかった私にリースは言ったのだ。
「あなたにルルリアナはあげられない。どんな障害があっても、ルルリアナを幸せにして見せるという根性がない奴に、ルルリアナはあげない」とはっきりと口にしたのだ。
私はルルリアナを愛している。その気持ちを誰かに疑われると思ってもいなかったのだ。リースの言葉に私は屈辱を感じたのだ。しかし、それでも私の彼女への愛は秘密にしなければならないと思っていた。
兄が、エギザベリア神国があんなことをしなければ、墓場までこの秘密を持っていくつもりだったのだから。
0
お気に入りに追加
12
あなたにおすすめの小説
お飾り王妃の死後~王の後悔~
ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。
王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。
ウィルベルト王国では周知の事実だった。
しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。
最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。
小説家になろう様にも投稿しています。
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
【完結】愛も信頼も壊れて消えた
miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」
王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。
無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。
だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。
婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。
私は彼の事が好きだった。
優しい人だと思っていた。
だけど───。
彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。
※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。
あなたの子ですが、内緒で育てます
椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」
突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。
夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。
私は強くなることを決意する。
「この子は私が育てます!」
お腹にいる子供は王の子。
王の子だけが不思議な力を持つ。
私は育った子供を連れて王宮へ戻る。
――そして、私を追い出したことを後悔してください。
※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ
※他サイト様でも掲載しております。
※hotランキング1位&エールありがとうございます!
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる