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中等部一年

宿泊学習⑤

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 最終日、私たちはショコラ・オリエンテーリングを終え帰りのバスに乗っている。

 ショコラ・オリエンテーリングとは地図を使い、周辺の山野を探索し設置してあるポストを発見し、ゴール時の得点を競う競技だ。

 ショコラ・オリエンテーリングでのクラス優勝したグループは公泰くんのグループだった。

 上位グループには順位に応じたお菓子の詰め合わせがもらえたようで、公泰くんと同じグループだった田村くんはお菓子の大きな袋を大切そうに抱えてバスに座っていた。

 公泰くんたちはジャンケンで勝った人から好きなお菓子を選んでいて、珍しく公泰くんがジャンケンに勝って最初にお菓子を選ぶ権利を得たようだった。

 珍しいなぁと思う。

 だって、公泰はジャンケンにとっても弱くて、やっぱり公泰くんもジャンケンにとっても弱かったから。

 私は来た時と同じように真由美さんの隣の席に座っている。

 来た時よりも若干気まずいのは気のせいだと思うようにした。だって、この宿泊学習を通して真由美さんと少しは仲良くなったと思いたいし。

 昨夜、私と笙真くんが先生に見つかったのは日付がちょうど変わる頃だった。ほかのテントで寝ているのが見つかった瑠璃子さんと一緒に、先生にこってりと絞られた。それからしょんぼりとしている瑠璃子さんと真由美さんの寝ているテントに戻ったのは、1時過ぎだったと思う。

 私と瑠璃子さんの寝袋まで丁寧に広げられていて、真由美さんはきっと心配してたんだろうなぁと思った。だって寝ているふりをしていたのは明らかで、私はそっと「ありがとう」と真由美さんにお礼を言った。聞こえているかどうかわからないくらいの囁き声だったけど。

 何となく気まずくて、今朝から挨拶以外の言葉を私たちは交わしていない。

 そのせいで、私たちのグループはクラスで最下位だった。

 真由美さんは今も本を読んでいて、きっとたくさん本を読んでいるから知識も豊富だと思うけど、グループの男子に聞かれてもただ黙っていた。

 グループの男子に真由美さんが感じ悪いと言われていたのが、本当に悔しかった。

 トイレ休憩で停止した高速道路のパーキングで、公泰くんが私にフランボワーズのクッキーをくれた。

「ジャンケンで負けて、好きなクッキー選べなかった」

 投げるように渡されたクッキーは銀座の有名な洋菓子店の物だった。

 クッキーを渡すと、後ろの人に迷惑にならないように公泰くんはそそくさと自分お席に戻っていく。

 田村くんが驚いたように公泰くんを見ていたが、ニヤニヤするだけで何も言わなかった。

 私は公泰くんがジャンケンで一番に勝ったことを知っている。

 ジャンケンで勝ったのに、私の好きなクッキーを選んでくれたのだと思うと嬉しかった。

 三枚入りのフランボワーズのクッキーを真由美さんと瑠璃子さんにお裾分けする。割れたクッキーは私の分だ。

 天音さんが私に聞こえるように「人の気を引くのが上手ですこと」と言っていたが、大好きなクッキーを食べて気分が上がっている私にはどうでも良かった。

 そういえば公泰も、私が落ち込んでいるときや喧嘩したときなどに、いつもお菓子をくれたことを思い出す。「お菓子をあげれば機嫌が良くなるんだな」と呆れて笑っていた公泰がとても懐かしい。

 甘酸っぱいラズベリーの味が口いっぱいに広がり、私は思わずニコリと微笑む。

 ほんの少しだけ真由美さんたちにお裾分けしたことを後悔しつつ、美味しかったので今度このお店に買いに行こうと決心する。

 少しお高いそのお店は特別な時にしか買えないけど、私はきっと落ち込んだ時にここのクッキーが食べたくなるだろうから。

 それに公泰くんの好きなチョコレート味のクッキーも売っているだろうから、忘れずに買おう。紅茶のクッキーは笙真くん、ナッツ類は侑大くん、それに抹茶味は樹くん。それぞれの好きなものも忘れずに買おう。

 雅臣くんにも迷惑をかけたから何か買おうかな?

 私は笙真くんを見つけたのに雅臣くんに連絡するのをすっかり忘れてしまったのだ。雅臣くんも笙真くんを寝ないで待っていたに違いない。

 雅臣くんは何が好きかな?公泰くんに聞けばわかるかな?それとも迷惑になるかな?

 私があれこれ考えていると、クッキーを食べ終えた真由美さんが思いつめたような顔をして私に話しかける。

「昨日…先に寝てしまってごめんなさい。そ、の…大丈夫でしたか?」

 意外な内容に私は驚きすぎて頭が真っ白になる。文句を言われるかと思ったのだ。真由美さんはずっと私のことを心配して、心配だけど聞けなくて、ずっと悩んでいたんだ。

 俯いて顔を赤くする真由美さんはとても愛らしかった。

「私の方こそごめんなさい。寝袋敷いてくれてありがとう。起こしちゃった?」

「いえ…、私は一度寝るとぐっすりですから」

 真由美さんの優しい嘘に心が暖かくなる。

「昨日は笙真くんとずっとピアノを夢中になって弾いてて、気がついたらあんな時間になってて…。心配したようね。…私、子供の頃に包丁で人を傷つけたことがあって、それから包丁握るのがとても怖いんだ。…また。人を傷つけちゃうんじゃないかって……」

「そうだったんですね…」

 私が話す以上のことを聞いてこない、真由美さんが私はとても好きだ。恥ずかしがりやで口下手だから誤解されやすくて、母親のことでコンプレックスがある真由美さんと友達になりたいってそう思った。

「心配してくれてありがあとう。真由美さんはとても優しいね…」

「私は優しくなんかありません…。紫音さんの方が優しくて綺麗でとてもいいひとだと思います」

「私はそんなに完璧じゃないよ…。包丁も握れないし…」

「紫音さんは磐井だから包丁握る必要はないと思います!」

「私の姓は磐井でも、磐井家の人間じゃないし…。それに、ステキな…お嫁さんにはなれないでしょ?」

「少しくらい完璧じゃない方が人は魅力的だと思います…」

「アハハ。そうだね。私もそう思うよ」

 それから私たちはバスが学校に到着するまで、いろいろな話をした。好きな音楽や映画、好きな芸能人から食べ物まで話ができて、私は真由美さんのことを少しだけ知ることができた。

 …もう、友達って思ってもいいよね?

 まだ、口に出して聞けないけど、真由美さんは私のステキなお友達だ。

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