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中等部一年

悪役令嬢登場?

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 入学式から1か月がたった。

 私はまだクラスに打ち解けられなくて、友達と呼べる人もいない。そのため、暇を見つけてはクラスに遊びに来てくれる笙真くんの存在はありがたかった。

 昼休みの今も、笙真くんは当たり前のように公泰くんの席を奪い取りお弁当を一緒に食べている。

 磐井家のお弁当は老舗の料理屋で働いていた料理人が作ってくれたもので、優しい味の和食がメインとなっている。あまり、お肉が得意ではない私にとってはありがたいものだった。

 カフェや売店もあるが早くいかないと行列に並ぶことになり、私はお弁当を持ってきてゆっくりと食べるのが好きだ。

 笙真くんはシルバーガーデンクラブでご飯を食べることもできるが、「紫音と食べることできないじゃん」とこうして一緒にお昼を食べてくれる。

 席を奪われた公泰くんはというと時々お昼を一緒に食べたりもするが、シルバガーデンで雅臣くんたちと一緒に食べている方が多い。

「うわぁ、椎茸が入ってる。ぼく、椎茸の煮物キライなのに。紫音好きでしょ食べて?」

 笙真くんが椎茸をお箸で掴み、あーんと、私の口元へと運ぶ。

 私は何の抵抗もなく口へと入れるが、入れた瞬間ここが学校でクラスメイトたちもいること思い出す。

 顔を真っ赤にして椎茸を噛み締める私に、クラスの女子たちがこそこそと話している。

 笙真くんは学年でも一、二位を争う人気者だ。

 女の子たちにチヤホヤされて喜び、愛敬を振りまく聡介くんが断トツで人気だったが、笙真くんは笙真くんで近寄りがたい美術品のような美しさがあり、一部の女子たちから「王子」と呼ばれていることを最近知った。

 そんな周囲の様子を笙真くんは気にした様子もなく、首を傾げて「おいしい?」と微笑みながら尋ねる。肩まで長い髪がさらりと目に垂れる。髪が自然光に照らされ、キラキラと輝いており本当の王子様のようだ。

 笙真くんは本当に綺麗なだなぁと、グレープ100%の紙パックのジュースを飲みながら思う。毎日見て言えるのに、こうしてはっと見惚れる瞬間が必ずあるのだ。

 クラスにいた女子たちが、こっそりと写真を撮るのを笙真くんは少し迷惑そうに睨みつけるが何も言わなかった。

 お弁当を食べ終えても、笙真くんは自分のクラスに戻ろうとせず、クラブでお昼を食べ終えた公泰くんにどくようにと促されても、笙真くんは駄々をこねる。

「公泰ばっかりずるい!ボクももっと紫音と一緒にいたいのに!」

「いいから、もう自分のクラスに戻れ」

「そうだ!公泰!同じ顔してるんだから、入れ替わろうよ。昔、少しだけやったでしょ?」

「バカを言うな」

「紫音!公泰がバカって言った!」

 笙真くんも公泰の前ではまだまだ子供なんだな。お兄ちゃんに甘えちゃってと、二人のやりおりを温かく見守る。

 笙真くんは可愛らしく頬を膨らませ、私の膝にストンと座り抱き着く。

 クラスの女子たちから小さな悲鳴が上がる。

「紫音!英語の教科書貸して!」

 侑大くんが教室の入り口で叫び、その後ろに樹くんの姿も見える。

侑大くんは私のところまで来ると、頭をちょこんと机に載せる。

「また?しっかりしてよ」

「急に英語になったんだよ。だから、俺のせいじゃないよ。樹にも貸してやってよ、公泰」

 公泰くんに次いで、私も侑大くんに英語の教科書を渡す。

「落書きしないでよ」

 先日、侑大くんに歴史の教科書を貸したら、歴史上の人物の写真すべてにサングラスが落書きされていたのだ。

「わかってるよ」

 本当にわかっているのか、じろりと侑大くんを睨みつける。

「それよりなんで笙真は紫音に抱っこされてるの?」

 私に座る笙真くんに侑大くんは子猫のような顔で、質問する。

「紫音がボクのだからだよ」

 ぎゅっと抱きしめられ、右手で髪の毛を撫でられる。

 クラスの女子たちがきゃあと騒ぎ、女子たちの視線の先には聡介くんと克之くんが重そうな資料を持ってクラスに入ってきた。

「先生が、この資料を授業が終わったら資料室に片付けてほしいって」

「わかった」

 勢ぞろいした磐井一族にクラスメイト達が騒ぎはじめる。

 私だけ場違いに感じて、逃げ出したくなるが笙真くんが座っているため逃げだすことができない。

 その時、予鈴が鳴り、公泰くんが「授業に遅刻するぞ」と笙真くんの腕を掴み無理やり立たせる。


「公泰ばっかり本当にずるいよ」

 公泰くんが呆れたように深くため息をつく。

「お前な、時と場所をわきまえろよ。紫音に迷惑だろう?」

 公泰くんを無視して笙真くんが可愛らしく尋ねる。

「紫音、ボク迷惑?」

 私が返事するよりも早く、先ほどクラスに入ってきた雅臣くんが私の代わりに応える。

「お前がオレに迷惑を掛けなかったことあるか?」

「雅臣には聞いてないし」

「いいから行くぞ。移動教室なのに、何を考えているんだ?」

 雅臣くんは持っていた笙真くんの分の教科書を、ばさりと私の机に投げるように置く。

 笙真くんも諦めたように、乱雑に置かれた教科書をまとめる。

「じゃあね、紫音。また放課後来るから、先に帰らないでね」

 笙真くんは私の頭を2回ポンポンと叩き、何度も何度も寂しそうな眼差しで振り返り、雅臣くんに小突かれ教室を後にする。

 侑大くんたちもそれぞれのクラスに戻っていった。

 田村くんがやってきて、疲れ切った様子の公泰くんに話しかける。

「公泰も同じ顔なんだから、たまには笙真みたいに女子に愛嬌を振りまいてみたら?」

「俺にあんな顔しろというのか?無理だ。考えただけで…吐き気がする」

「そんなに?だから公泰は堅物って言われるんだよ」

「でも、そこが公泰くんのいいところだと私は思いますよ」

 思わず私は公泰くんをかばってしまった。

「ふ~ん、紫音さんは笙真よりも公泰がタイプなの?」

「別にそういうわけではないけど…」

 田村くんは少し意地悪だと思う。

 田村伊織くんは公泰くんたちの幼馴染で、幼稚園からの付き合いになるそうだ。田村くんのご両親は超有名弁護士でテレビでもよく見かけ、日本最大級の弁護士事務所を経営している。

 田村くんも将来弁護士を目指しているようで、そのためか口が達者で私を含めて公泰くんたちもよくからかわれている。

「公泰たちは何しても目立つからね。でも、目立ちすぎるのも問題だよね」

 田村君が私の背後に視線を向けて、あちゃーという表情を浮かべる。

 後ろを振り返ると東郷天音さんが取り巻きを引き連れ、近づいてくるのが見えた。

 天音さんは私の側に来ると、腕を組み私を見下ろしている。

 天音さんは溢れんばかりのカリスマ性と美貌で、胡蝶学院の『女王』のような存在だ。天音さんは同じクラスで、休み時間など天音さんはいつもたくさんの内部生に囲まれていた。

 それに田村くんから、こっそり東郷さんには目をつけられない方がいいよと教えられてもいたため、天音さんと話したこともないのにビビってもいた。

天音さんの父親は不動産王で、都市デベロッパーとして有名でいくつもの名だたるビルや施設を所有している。磐井グループのホテル産業においては最大のライバルでもある。

 天音さんは女王然とした態度で私に告げた。

「あなたが紫音さん?」

 ニコリと微笑む天音さんは大変美しく、ただその美しい笑顔に私はなぜか背筋が凍るのを感じた。
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