白の贄女と四人の魔女

レオパのレ

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IEWⅢ DISC‐1

73 来客

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 デビルマ山脈の実に三分の一を燃え尽くした山火事は、「ゼオルグ」と名付けられた。初めて男性の名前が付いたこの山火事は、未来永劫語り継がれることとなる。史上最悪の山火事であったとともに、デビルマ山脈の自然が失われるきっかけとなった山火事だったからだ。

 山火事「ゼオルグ」から三日後、ロークが大きな荷物を持って魔女のいとこへとやってきた。

「この荷物、何よ?」

「ルームメイトだった奴が、旅行先で嫁さんを見つけたみたいで部屋を追い出されたんだ。ここ、部屋が空いてるんだろう?じゃあ、俺に部屋を貸してくれよ」

「一体、誰に聞いたわけ?」

 リースが問い詰めると、ロークが一瞬だが間を置いて誤魔化すように肩をすくめる。しかし、肩をすくめる前にロークがチャーリーと視線を合わせたことに気が付いたリースは、チャーリーをきつく睨みつける。

 リースがチャーリーを怒鳴りつけるよりも早く、フィーアがチャーリーを後ろから蹴り飛ばす。態勢を崩したチャーリーにフィーアはキャメルクラッチを決めている。

チャーリーへのお仕置きはフィーアに任せることにして、ロークへと向き合う。

「家賃ももちろん支払うよ。それにここには兄の心臓を持ち去ったゼオルグと再会する可能性が高いだろう?山火事のゼオルグじゃないぞ。可愛い面をして根性悪だったゼオルグのことだ。ここには奴が狙う火の大精霊がいるからね」

「ホットショットの仕事はどうするのよ?」

「ここからでもアスタリアがいればすぐに駆け付けられる」

「アスタリアはどこに置くのよ?」

「庭に小屋を建てる許可をくれれば、すぐにアスタリアの家ができる。ルードヴィクにはすえに許可をもらっている」

「…すでに決まっていたことなのね」

 リースはため息を一つつく。確かに男性部屋は余っているし、ロークがいた方がゼオルグに対応できるだろう。悪役が変わろうと「アイス・エンド・ワールド」のシリーズスリーの主役はロークなのだから。

 ゲームで悪役だったワインズは、死んだように眠っている。ワインズの体はまるで冷凍保存されたように冷たく凍っていた。ワインズの命を救うために聖職者の魔法によって仮死状態にされ、ワインズは辛うじて命を繋いだのだ。その聖職者いわく、ゼオルグに奪われたワインズの心臓を取り戻せば、ワインズはもとに戻るかもしれないとのことだった。

 ロークはワインズの心臓を取り戻すために、ゼオルグの後を追っているのだ。

 ロークを空いている部屋へと案内する。男性部屋は魔女のいとこに隣接している家の一階部分の奥だ。二階建ての家は、一階が共有スペースと男性部屋となっていて、二階が男性立ち入り禁止の女性部屋へとなっている。

 八畳くらいの大きさの部屋を見渡し、ロークがベッドに荷物を降ろす。部屋にはシンプルなベッドとクローゼット、机と一脚の椅子があるだけだ。

「思ったよりもいい部屋だな」

「掃除と洗濯は自分でしてね。食事はカフェの残りを食べてもいいし、自分でも作ってもいいから」

「わかった」

 戸口で躊躇うリースに、ロークは視線で問いかける。

「あの山火事の時、二人で子供たちを助けに行ったとき、ルルリアナと何かあった?」

 あの山火事以降、ルルリアナはぽーっと頬を赤く染め、形のいいぷっくりとした唇に手を当てるのだ。ルルリアナの唇は冬でないのに唇に傷があり、ずっとリースは気になっていたのだ。

「…何も」

 急に視線を反らし荷物の整理を初めてロークを訝りつつも、リースはロークの部屋を後にする。

「そう…それならいいんだけど。あなたにはミリスタがいるものね」

 バタンと絞められた扉を見つめながら、ロークは疑問を口にする。

「どうしてミリスタが出てくるんだ?」

 当然答えは帰ってこないので、ロークは気にするのは止めようと肩をすくめ荷物整理を開始したのだった。



―❅―・―❅――❅・❅―❅――



 魔女のいとこへと戻ったリースは、メインフロアのカウンター席に座る半色の髪の毛の男性に目を見張る。

ルルリアナと楽しそうに話している男性は紛れもないエギザベリア神国第二王子であるマキシミリオンその人だった。

レオザルトによく似たマキシミリオンは、本当に嬉しそうにルルリアナと話している。レオザルトが決してルルリアナには見せない温かい瞳でルルリアナに笑いかけているのだ。

ゲームの世界ではほんの少ししか登場しないマキシミリオンは、確かにルルリアナに恋している設定だった。しかし、マキシミリオンはプンクツウム陸地への外遊中に、エギザベリア神国からの独立を宣言しているゲリラに襲われて亡くなってしまうのだ。それをきっかけに「アイス・エンド・ワールド」のシリーズシックスは幕を開ける。

リースの心に不安が走る。もしかしたらディランは…マキシミリオンの代わりにプンクツウム陸地へと派遣されたのだろうか?

マキシミリオンの代わりにディレンが死亡するかもしれないという不安に、リースの心がなぜか騒ぎ立てる。まるで心臓が痛んだかのように、月菜の心臓がある場所に拳を当てる。

大丈夫。ディランは「アイス・エンド・ワールド」のシリーズセブンの後半の主人公なのだから、こんなところで亡くなるはずがない。しかし自分が知らなかったフィーアや、悪役となったゼオルグの存在に確信は脆く崩れる。

あいつ…。大丈夫かな?

お湯が沸いたことを知らせるやかんの音に、リースは我に返る。

どうして私が、あんな嫌味なディランのことを案じないといけないの?主人公なんだから、自分の力で生き残りなさいよね!

ルルリアナがマキシミリオンの会話に夢中になっていたので、リースが火を止めてやかんのお湯をポットへと移す。

ルルリアナが会計のために並んだ客へ対応するために、マキシミリオンから離れたためリースは淹れたての珈琲が入ったポットを持ち、マキシミリオンへと近づく。

「どうしてここにいるわけ?」

 お代わりがいるかも尋ねずにリースは、マキシミリオンのカップに珈琲を注ぐ。

 紅茶が入っていたのに…。と、思いながらもマキシミリオンは賢いことに口を紡ぐ。

「君はあの時、私に尋ねたよね?私がルルリアナを愛しているのはルルリアナが欲しいからなのか?それとも王座が欲しいからなのかって?」

「えぇ、確かに聞いたわよ。でも、あなたはあの時、即答できなかった。だから、私はこうも言ったはずでしょ?ルルリアナには近づかないでって。私からしたらあなたもレオザルト殿下と同類なのよ」

「あの時は不意を突かれて答えられなかっただけだ。私はあれから自分の心に向き合った。そして、答えを出したんだ。そして、私はルルリアナを選んだ」

 力強く明言するマキシミリオンの言葉に、リースは珈琲がコップから溢れていることに気が付かなかった。

「だから、私はちょくちょくここに顔を出すからそのつもりでいてくれ。それと、珈琲がこぼれてるよ」

 慌てて珈琲をふき取るリースは、マキシミリオンの側に置かれた手帳の上に、ルルリアナが折ったマキシミリオンの髪色に似た折り鶴があることに気が付いたのだった。



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