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在処のはじまり
54 店名
しおりを挟むリースのカフェは開店を明日に控えていた。
リースは自分の理想が実現したカフェを見渡す。
うん、最高に素敵なカフェだ!
ルルリアナの提案で花の小部屋の窓ガラスを花が描かれたステンドグラスにしたのだ。淡い色のステンドグラスは主張しすぎておらず、いい感じに納まっていた。
リースはこの世界にないスタイルのカフェにするつもりだった。
リースがカフェを開いた目的はこのスノクリスタ大陸の情報収集だ。キッチンに籠って料理を作っている時間がもったいない。そのため、リースはあらかじめ料理を作り置きすることにした。
メインを四品、副菜を六品、デザートは日替わりで用意する。カレーとミートソーススパゲティもその他に用意するつもりだ。
リースが料理を作れない事態が発生したときにメニューは1か月間同じにするのだ。そうすれば、マーカスかチャーリーがリースの代わりに料理を作ることができる。
そして来客は最初にショーウィンドウのメニューを選んでもらうのだ。メインから一品、副菜から三品、デザートはお好きに。
そうすればスタッフが少ない問題も解決できるし、いちいちオーダーを聞きに客の間を行ったり来たりする必要はなくなる。
水もセルフサービスだ。
こうしてスノクリスタ大陸にセルフサービスなるものが登場し、リースの想像を上回る発展を遂げるのだった。
「それでリース、お店の名前はどうするのですか?」
リースはカフェの名前を何にするか全く迷わなかった。
ルルリアナと出会い、三人の古の魔女と出会い、リースはこのスノクリスタ大陸でいろいろな人に出会った。その中でも四人に出会ったことはリースの人生において特別なものだった。実の姉妹でも友達でもない五人だが、リースにとっては大切な人たちだった。
リースはカフェの入り口の黒板えお徹夜して完成させた。店名だけは消えないペンで書いたのだが、メニューはチョークで書いたため、昨晩の雨で消えないように布をかけておいたのだ。
ルルリアナの問いにリースはもったいぶってゴホンと咳き込む。
「それでは、私たちのカフェの名前を紹介しましょう!」
リースの一言でルルリアナたちが続々と入り口のカフェに集まる。
リースはドラムを口ずさむが、皆きょとんとして誰も盛り上げてくれない。やっぱり異世界はこういう時に寂しい。文化の違いをひしひしと感じるのだ。
気を取り直してもう一度咳き込む。
「それでは発表します!私たちのカフェの名前は『魔女のいとこ』です!」
リースのハイテンションとみんなの温度差が激しい。辺りはシーンと静まり返ってしまう。
子ども特有の無邪気さでロミリアがリースの傷口に塩を塗りたくる。
「なんで皆黙ってるの?リースのカフェの名前がそんなに変なの?」
「みんなが黙っていたのは、妖精が通ったからだよ」
チャーリーがロミリアの頭にポンっと手をのせ、ロミリアは背の高いチャーリーを必死で見上げる。
「妖精が通ると静かになるの?」
「そうだね」
「じゃあ、リースなんかに妖精が来るならボクのところにも来るかな?」
「いい子にしていたらきっと来てくれるよ」
「ボクいい子だから、大丈夫だね」
にこりと笑ってロミリアはとても満足そうだ。
「ねぇ、みんな魔女のいとこのどこが気に入らないの?」
「どこって…」
ルルリアナが気まずそうに他の人々の顔を見渡す。マーカスが少し困ったようにルルリアナの視線を受け止め、代わりに答え始める。
「魔女はあまりいいイメージじゃないんだ」
「そう、古の魔女が世界を破滅寸前へと追いやったからね」
ツヴァイが補足する。
今更ながらの説明になるが、魔女とは火、水、風、土、雷、氷、木の七つある系統の魔法を全て使えるものを指す。今まで七系統を使えた人間はなぜか女性のみだった。そのため「魔女」と呼ばれるようになったのだ。
ちなみに普通の人は使えて三系統くらいだ。もちろん魔法道具を使えば、自分の系統以外の魔法を使えることもできるが、効率が悪くコストだけがかさみ実用性がないのが現実だ。
そのため魔女と呼ばれる人間はとても少なく、残されている逸話も「蒼し魔女」と「赫き魔女」が多く、人々は魔女は恐れの対象だった。
「でも、いい魔女もいるでしょ?」
「魔女は信用ならっ…いてぇ!」
マーカスをルードヴィクが蹴り話を中断させる。ルードヴィクが視線でここにアインスとツヴァイがいることを忘れるなと釘をさす。
「まぁ、最近そこそこいい魔女たちには出会ったと思うけど…さ」
国王兄弟、チャーリーにはアインスたちが魔女だとバレているが、まさか古の魔女だとは思っていない。
「とにかく俺が言いたいのは、魔女をよく知らない人間はあまり魔女という言葉にいいイメージを持ってないってことだ」
リースは昨晩、散々苦労して描いた黒板の「魔女のいとこ」というロゴを悲しそうに見つめる。
「魔女のいとこ」というロゴは丸底のコーヒーカップの上に大きな雪の結晶が二個と小さな雪の結晶が三個描かれていて、魔女のいとこという文字がコーヒーカップの受け皿になっている。
「じゃあ、やめた方がいいのかな?でも、私は魔女が悪い人だなんて思えないけど」
「いいえ!魔女は悪い奴なのよ?信用しすぎない方が良くてよ」
「あたしもそう思う。今まで出会った魔女にいい奴なんかいない」
「でも私はアインスやツヴァイ、そしてフィーアの事を大切に思ってるよ。だから「魔女のいとこ」にしたのに」
「どうしていとこなの?」
アインスが腕を組みチラリとリースを見つめる。そんな仕草でもアインスなら典麗に見るから不思議だ。
「ルルリアナは私にとって姉妹みたいな感じだけど、アインス、ツヴァイ、フィーアはルルリアナよりは大切じゃ…」
「やめて!もういいわ。これ以上聞きたくない」
アインスが気分を害したようにリースの話をぶった切る。
「違うの、最後まで聞いて!ルルリアナみたいに姉妹って感じじゃないし、友達みたいに仲がいいわけでもない、弱い私があなた達を仲間と呼んでいいかもわからない。だから、ね…。あなた達は私のいとこって感じなの。主従関係だけじゃなくて、姉妹ほどは血がつながってもなくて、でも仲がいいという理由で側にいるんじゃなくて、仲間ほどは互いに依存しあわない。そんな私たちの関係はまるでいとこみたいだなあって。アインス、ツヴァイ、フィーアは私にとってそんな関係なの。大切ないとこなの」
リースが言葉を選びながら説明する言葉を三人の魔女は静かに一字一句聞き漏らさないかのように真剣に聞いている。
「だから魔女のいとこって名前にしたの。ダメかな?」
フィーアは言葉で答える代わりに屈託のない笑顔を浮かべる。心配顔だったリースも思わず微笑んでしまう微笑みだった。
「あたしはなんでもいいと思うよ。リースのことは嫌いじゃないし」
「ツヴァイ、ありがとう」
「お礼はいいから強い敵と戦わせてね」
「わかった」
リース達は何も話さないアインスに注目する。
アインスはツンと顎を上げていたが、ちらりとリースの顔色を窺うと大げさにため息を吐く。
「いとこの頼みなら仕方ないわね」
こうして少しの不安を残しながらもリース達のカフェの名前は「魔女のいとこ」に決まったのだった。
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