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IEWⅡ DISC‐1
40 失恋
しおりを挟むべースボールネックのフューシャ色のドレスに身を包んだベルリアナはとても美しかった。ノースリーブから覗くベルリアナの白い肌は濃い赤紫色のドレスに映え、ベルリアナの美しさを際立たせている。
ベルリアナを腕に抱き踊るレオザルト殿下の白いフロックコートの刺繍はベルリアナに合わせたのか濃い赤紫色の糸が使われていた。
お揃いの衣装に身を包んだ恋人同士は誰から見てもお似合いの夫婦のようだった。
ルルリアナの目は、広い舞踏会会場を埋め尽くす人々の中から悲しいことにレオザルト殿下へと真っ先に吸い寄せられてしまう。
ルルリアナが急に浮かべた悲しいそうな表情に、リースはルルリアナの視線を辿る。
そこには、ベルリアナの誕生日会で見た以上に仲睦まじいレオザルトとベルリアナの姿があった。
「あいつ!またあの子と踊ってる」
リースの囁きをルルリアナは聞き取ってしまったのだった。
「また?」
ルルリアナの問いにリースははっとし、口を両手で塞ぐ。
「どういうことですか?リース」
悲しく懇願するルルリアナに、リースはためらいながら話し始める。
「あいつ…レオザルト殿下はベルリアナの誕生日でも彼女と踊ってたんだ」
「彼女は確か、私の一つ下でしたよね」
「正確には九か月違いみたいだけど」
「つまり、十六の誕生日ということですね」
再び傷ついたように二人を見つめるルルリアナに、リースは何も言えなくなってしまった。
「飲み物取って来るね」
逃げているとわかっていても、リースはルルリアナを少し一人にさせてあげたかった。だって、どんなにリースが否定してもルルリアナがレオザルトに恋をしているのは紛れもない事実なのだから。そんなレオザルトはゲームでもヒロインを務めるベルリアナと踊っているのだ。ルルリアナが失恋するのは目に見えている。ストロベリージュースがあるといいなと思いつつ、リースはその場を離れたのだった。
一人残されたルルリアナは壁の華となり、目立たない場所で二人のことを観察し続ける。心が徐々に熱を失うのを感じながら。
ルルリアナはレオザルトの表情を読むことに人生を費やしてきたのだ。ほんのわずかな表情の変化も見逃さず。レオザルトの表情を読むことはとても難しかった。ルルリアナといるときのレオザルトは無表情に近く、いつも不機嫌で表情を変えることは滅多になかった。表情を変えたとしてもささやかな変化だったのだ。
そのレオザルトが私の妹だという女性を腕に抱き、愛おしそうな眼差しを浮かべて見つめ、口元は柔らかく弧を描いている。
ルルリアナが夢見た表情をレオザルトは二度も、もしかしたらもっとたくさんベルリアナに見せているのだ。
ぎゅっとルルリアナの心が痛みはじめる。まるでずっと冷たい氷が心に触れているみたいに、冷たくルルリアナの感情を奪っていく。レオザルトに恋焦がれていた日々がルルリアナを孤独にしていた。
私の十六の誕生日、殿下は私のもとを訪れることもなく、プレゼントも手紙すらなかった。でも、ベルリアナの誕生日を祝うパーティーには出席していたのだ。きっとベルリアナの髪に飾られている雪の華の結晶の宝石はレオザルト殿下からのプレゼントに違いない。だって、あの雪の華は王家のみに許されたロイヤルブルーの宝石がシャンデリアの光に反射し、キラキラと輝いていた。
エギザベリア神国では、女性の十六の誕生日は特別な意味を持つ。結婚が許される年になったと意味するからだ
婚約者を持つ女性は、婚約者に婚約指輪を貰うのが風習となっていた。そこで相思相愛なら親が決めた婚約者でもプリポーズするのだ。婚約者に改めてプリポーズされることはエギザベリア神国の貴族の女性たちの夢でもあった。
その話をルルリアナは就任したばかりのカルロ侍女長から話を聞いたのだ。
その話をした時のカルロは今までにないほどルルリアナに優しかったが、瞳は嬉々として「十六の誕生日に婚約者から何も貰えないなんて、雪の華様は本当に婚約者に愛されていないのですね。お可哀そうに」と話したのだった。
誕生日以降、それまでもルルリアナの左手の薬指に指輪がはめられたことは、今までに一度もなかった。レオザルトはルルリアナに婚約指輪を送っていなかったのだ。
誕生日が終わる夜、私は次の十七の誕生日はあなたと一緒に過ごせますようにとお祈りしたの。そのことをあなたは知らないでしょうね。一生知ることはないんだわ。
ルルリアナの体はすっかり冷え切り、他人が大勢いて蒸している舞踏会会場だというのに、ルルリアナの美しく白い肌には寒さによる鳥肌が立っていた。
ロクストシティリ様に選ばれた花嫁だということが、私のたった一つの希望だった。神があなたの花嫁にと私を選んだのだから、貴方は人生だけでなく心もいつか捧げてくれると信じていた。
もうこの恋は忘れよう。
今夜いっぱい、あなたのことを思って忘れよう。
この恋は叶わないのだから。
私の夢は叶わないのだから。
あなたがベルリアナを愛したように、私を愛してくれる男性を探そう。そして、私もその人を精一杯愛そう。
だって、きっとそれはあなたと結ばれるよりも幸せになれるのだから。
ルルリアナは泣き叫ぶ心を無視し、まるで二人きりの世界だというように踊っている二人を見続ける。レオザルトに恋する自分に言い聞かせるために。レオザルトは私と結婚するよりも、愛するベルリアナと結ばれた方が幸せになれるのだからと。
そんなルルリアナの耳に、舞踏会に出席していた貴族たちの会話が耳に入る。
「レオザルト皇太子殿下と踊っている方は雪の華様でしょう?とってもお綺麗で、なんてお似合いの二人なのかしら」
「あら?あの方は雪の華様じゃなくてよ」
「では誰ですの?あんなに愛おし気にお見つめになられているから、てっきり恋人なんだと思ってしまいましたわ」
「あのお方は雪の華様の妹君ですってよ」
「それに雪の華様は噂では行方不明になられているとか…」
「まぁ、それはデマですわよ。雪の華様はそれはそれは大切に神殿の奥で守られているはずですもの。それにあのエギザベリア神国がそんなくだらないミスをするとは思えませんわ」
「そうですわね。でも、きっとレオザルト皇太子殿下はあの姫君を側室に迎えるに決まっていますわ」
「えぇ、そうですわね。だって、あんなに愛し合ってるお二方が結ばれないなんて悲劇ではありませんか」
やはり他人の目から見ても二人は愛し合っているのが明らかなのだ。
ルルリアナは逃げるようにバルコニーへと足を向ける。
そこには一人でワインを飲んでいるマーカスの姿があった。
ルルリアナが来たことに気が付いたマーカスがグラスを掲げて挨拶をする。
「こんなところで綺麗な女性が一人で来るのは危険だと思うけど?」
ルルリアナはマーカスに近寄り、バルコニーの取っ手に背中を預ける。手すりは高く、背中を預けても落ちる心配はない。
「これでもう一人ではないですね」
「俺を信頼するのか?」
「あなたはアモミカ王国の皇太子ですもの」
マーカスが目を細めルルリアナに笑いかける。
「俺もあなたの仲間ですからね、少しの間でしたらお守りしましょう」
「ありがとうございます。私の騎士様」
ニコリと笑うルルリアナをマーカスが優しく諭す。
「無理に笑わなくてもいいですよ」
「えっ?」
「俺もまた叶わぬ恋に傷つく傍観者の一人なんです」
マーカスの細められた目の先には、婚約者であるルードヴィクと踊る白地に薔薇の刺繍がされたドレスに身を包んだ美しいクリア・ルッペンツェルト公爵令嬢がいたのだった。
「あの二人は婚約者同士ですからね…。俺は納得できますが、本来ならレオザルト殿下の腕にいるべきあなたは納得できないでしょうね」
マーカスの問いにルルリアナは長い間、踊っているレオザルトとベルリアナを見つめる。
「あの二人は愛しあっています。邪魔者は私の方でしょうね」
「でも、あなたは婚約破棄ができない。なぜなら、あなた方の結婚はロクストシティリ神の願いなのだから。…まぁ、正確に言うと子を成すことですけどね。でも、エギザベリア神国の次期国王が私生児なんて許されない。あなたもあなたの成すべきことに目を背けているのですね」
「そういうあなたは何から目を背けているのですか?」
ルルリアナが質問の答えを聞く前に、バルコニーにフィーアが姿を現す。
するとマーカスは寂しく鼻で笑うと、ルルリアナに一礼し会場へと戻っていった。
残されたルルリアナは悲痛な後ろ姿のマーカスが人混みに紛れ消えるまで、じっと見つめていた。
そんな後ろ姿にルルリアナの目から涙があふれる。
報われない恋に傷つくマーカスに、愛されないとわかっても愛してしまっている自分に。
「こんな想い忘れられたらいいのに」
両手で顔を覆い泣くルルリアナの頭をフィーアがそっと撫で慰める。
「その痛みを忘れたらダメ。忘れたら私みたいに何も始められなくなる」
鈴の音のような透き通った優しい声に、ルルリアナの顔が自然に上がる。
ルルリアナの目に映ったのは穏やかに笑ういつものフィーアだった。フィーアの赤く胃のような眼に一瞬だが知性の輝きが宿る。しかし、その輝きはルルリアナが瞬き押した瞬間失われ、いつものぼぉっとしたフィーアの眼へと戻ってしまった。
涙の跡が痛々しいルルリアナに、フィーアが甘えるように抱き着く。
「あなたの過去に何があったの?私と同じように忘れたい恋をしてきたの?」
美しい満月が浮かぶ暗闇にルルリアナの声は吸い込まれ、淡く消えたのだった。
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