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プロローグ

1 双子魔女リサマミ

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 私、中川弥生はアメリカのJFL空港行きの飛行機に搭乗していた。

 みんなと修学旅行に行きたかったと、悔し涙が目に浮かぶのを私は夜の雲を見つめることで誤魔化す。

 夜の雲はまるで、私の心の中を映しているようだった。黒くもやもやとしたものが視界いっぱいに広がって、雲海の下の景色を隠している。

 雲海の下にはきっと綺麗な夜景が広がっているだろうに…。

 私の飛行機の席は窓側の席で、私の隣の席には体格の良いアメリカ人らしき夫婦が楽しそうに機内エンターテインメントシステムの映画を見ている。

 飛行機の会社がアメリカの会社だからか、機内の映画はすべて英語のみで、日本語字幕が付いているものはなかった。

 持ってきていた本を既に2回も読み終えており、限られた機内で私はすることがなかった。

 特に面白くなかった小説は、空港の本屋さんで購入したものだ。

 アメリカのティーンエイジたちの恋愛が書かれた小説のように、私のアメリカでの生活も楽しくなればいいとは思うが、そんな未来は私にはないだろう。

 あぁ、来年の春に卒業して日本の中学校に通いたかったな。

 トイレに行きたいのを我慢しつつ、夫婦が映画を見終えたらトイレに行こうと決心する。英語ができなくても、ボディランゲージで何とかなるだろう。

 ボディランゲージは世界共通語なのだ。

 窓の外を眺めつつ、私がアメリカに引っ越す羽目になったことに思いを馳せる。

仕事でアメリカに単身赴任していた母親が、現地のアメリカ人と再婚したからだ。

 私を預かり育ててくれた祖母が、認知症で専門の施設に入所したのも理由の一つだろう。母親は祖母が健康だったら、私を引き取るつもりはなかったに違いない。

 母は認知症になった祖母に会いにも来なかった。

 私の事を母の名前で呼ぶ祖母に。

 母親からの手紙には娘に対する気遣いは何一つ書いておらず、ただアメリカ人のマイケル・トレンパ―さんと再婚し、この飛行機に乗るようにとの指示が書かれていた。

 手紙にはこの飛行機の航空券が同封されていた。

 私が住んでいたのは関東でも田舎で、日本に住んでいた時の母親は新幹線を使い都内へと通勤していた。

 そんな母親がアメリカに行ったのは2年も前だ。その間、母親は一度も日本に帰ってこなかった。連絡も来なかった。

 まだ幼かった私を助けるために父親が川で溺れてから、母親は私と会うのを避けるようになっていた。

 最後に母親と目を合わせて会話をしたのはいつだっただろうか…。

 こんな簡潔な素っ気ない手紙でも、私は本当に嬉しかった。

 メールでもなく手書きで書かれた手紙は、母親の会社のロゴが書かれたものだったがそれでも嬉しかったのだ。

 そして私は同封されていたチケットを使い、この飛行機の中にいる。

 小学校の同級生はきっと今頃、京都を楽しんでいることだろう。

「京都、行きたかったな…」

 京都に行ったこともなかった私は、友達との京都旅行にウキウキとしていたのに。

 金閣寺や銀閣寺、清水寺に…。私は座席のテーブルに置いていた牛乳瓶の瓶底のような分厚い眼鏡をかけ、京都の旅行ガイドブックを広げて友達と行こうと約束していたコースのページを眺める。

 買っていく予定だったお土産や、食べたかったスイーツがだんだんとぼやける。

 涙がこぼれないようにと慌てて目元を拭う。

 大切な本を汚すわけにはいかないから。

 トイレが我慢できず、隣のアメリカ人の奥さんにジェスチャーでトイレに行きたいことを伝えるが、首を傾げられるだけで動こうともしない。

 私は仕方なく、再び席についてもじもじと体を動かす。

 こんなんでアメリカで無事に生活できるだろうかと思いながら。




 JFK空港に着いた私は母親に連絡する。

 空港のWi-Fiにやっと接続でき、母親にLINEで連絡する。

 すると母親から『迎えに行けないので、タクシーでこの住所に向かいなさい』と連絡がきた。

 やっぱりと、大きくため息をつく。

 特別料金を払って持ってきた大きな三つのスーツケースを苦戦しながらカートに載せる。

 日本のタクシーと違い、ドアが自動で開かずに運転手に怒鳴られて初めて自分でドアを開けるのだと気が付く。

 怒鳴ってしまった運転手は、あまりにもビビった私に悪いと思ったのか大きなスーツケース三個を文句も言わずにトランクに入れてくれた。

 タクシーの窓から見るニューヨークはあまりにも都会で、私の目には冷たく映り、せめて母親が再婚した義父が優しい父親であることを願った。




 タクシーがアメリカのドラマでしか見たこともない高級住宅街で、私の口は驚きで開きっぱなしだった。

母親が再婚した相手はアメリカ人のお金持ちなのかな?

 しかし、タクシーが止まった先の家はこじんまりとしており、日本の極狭物件のように豪邸と豪邸の隙間にちんまりと建っていた。

「ずいぶん大きな家だね」

 と、タクシーの運転手が嫌味を言う。

 私が家のチャイムを鳴らすと、どこかで見たことがあるような綺麗な女の子二人が扉を開けた。

 一人は金髪碧眼美少女でもう一人は薄い茶髪にエメラルドグリーンの美しい瞳を持つ美少女だ。

『チャリティのクッキーならいらないから』

 冷たく金髪碧眼の美少女が私に告げる。

「あの…。ここにアキエ・ナカガワはいますか?」

 その言葉で茶髪の子が私が何者なのかわかったのだろう。値踏みするように私の全身を眺める。

『嘘、ヤダ!こんなダサいなんて。信じられない』

『メガネ分厚い!目がピーナッツみたい』

 英語で話されているため、この二人が何を話しているかはわからなかったが、もの凄く失礼なことを言われているということはわかる。

 金髪性悪美女が「パパ!」と大声で叫ぶ。

 パパと呼ばれて現れたのは、程よいマッチョなややイケメンのアメリカ人だった。

『初めまして、僕が君の新しいパパになるマイケル・トレンパ―だ!』

 馴れ馴れしく私を抱きしめ、チークキスをする。生えている口髭の感触に嫌悪で背中がソワゾワする。

 タクシーの運転手が咳払いし、マイケルさんがタクシー代を払う。

 マイケルさんは私のスーツケースをタクシーから降ろした後、双子の娘だと私に紹介した。

 金髪釣り目の気の強そうな美少女をリサ、透明感溢れる茶髪の美少女をマミと紹介した。

 ん?リサ、マミ?

 双子魔女リサ・マミ―。

 私の頭の中に聞いたことも見たこともないアメリカのドラマのタイトルが浮かぶ。

 どうして知りも知らないアメリカのドラマを?

 きっと時差ぼけだ。

 私は一歩、トレンパ―宅へ踏み出した。

 そこにはやはりドラマで見たリビングの風景が広がっていた。

 可愛らしい赤とピンクの縞模様の壁紙に、色あせた抹茶色のソファー、リサが壊してしまった欠けたランプ、双子の成長の様子がわかる暖炉上の写真たち、すべてがあのドラマのままだった。

 私が頭を振って、頭をはっきりさせようとすると、何かに足を滑らせて転んでしまう。

 その私を双子たちはクスクスと笑い、バカにするように見下ろしている。

『そのメガネでも見えないのね』

『気を付けた方がいいんじゃない?』

 私の足元にはなぜか、バナナの皮が落ちている。

 確かあのドラマでも悪役だった双子の義理の妹が、よく双子にバナナの皮で転ばされていたことを思い出す。

 そうだよ!あの厚底メガネ七三三つ編み出っ歯の義理の妹の名前はハナコだ。

 自分の今の髪形も七三三つ編みなのはただの偶然だろう。歯の矯正だってしてないし!

 それとも歯の矯正をした方がいのかな?

 ううんと、頭を振る。歯の矯正だって必要ないくらい、私の歯並びは綺麗だ。

「そういえば、キミの名前はなんだっけ?ヨオイ?ヤオカ?」

 トレンパ―さんが全てのスーツケースを運び終え私に話しかける。どうやら母に名前を聞いたが忘れてしまったらしい。

「ヤヨイです!」

「ヤコイ?」

「ヤ・ヨ・イ!」

「ん~、難しいね。ハナコ!ハナコなんていいじゃない?」

 トレンパ―さんはいいことを言ったとばかりに、胸を張る。

「僕が最近読んだ小説の主人公がハナコなんだよ!ハナコって、日本人らしい名前で発音しやすいからアメリカではそう名乗るといいよ」

 そうだ、こいつ。ドラマのシリーズ毎にブクブクと太り頭も徐々にはげかけてイケメン俳優だった面影が無くなる俳優だったと。

 間違いない、ここは『双子魔女リサ・マミ』のドラマの舞台だ。
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