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スクナビコナとチュルヒコ⑤―スクナビコナ一行、いきなりの仲間割れ!―

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「…ふん、とんだ茶番だったな……」

 高天原が完全に見えなくなるまで〝舟〟が流れたあと、スクナビコナがチュルヒコに毒づく。

『どういう意味だよ!茶番って!』

 スクナビコナの言葉にチュルヒコは憤慨する。

「言ったままの意味だよ!お前はお母さんやネズミどもを恋しく思ってるだけの〝お子様〟ってことさ!」
『家族や仲間のことを思って何が悪いんだよ!』
『そうだ、そうだ、チュルヒコの言うとおりだ!』

 チュルヒコの主張にスクナビコナの両手に持たれているハシヒコが同調する。

「なにっ?」

 突然自分が両手に持っている箸が自分に向かってしゃべりかけてきたため、さすがのスクナビコナも少し慌てる。

『僕だって本当は今すぐ高天原に帰って妹のハシヒメに会いたいのに、こんなところに無理やり連れてこられたんだ』
「うるさいぞ!今さらそんなこと言っても無駄だ!」
『だいたい僕はこんな使い方をされるために生まれてきたんじゃないんだ!僕本来の使い方をしてくれよ!』
「ふん、お前はバカか?そんなことここでできるわけないだろ!」
『いーや、バカなのはお前だ、スクナビコナ!』
「えっ、今度はおわんか?」

 スクナビコナとハシヒコの口論に今度はオワンヒコが口を挟んでくる。

『そーさ。お前に僕たちのことをあれこれ言う資格なんてはじめからないのさ!何しろ僕たちは何も悪いことはしてないけど、こいつだけが高天原から追放処分を受けてるからね!』
「なにぃ、お前……!」
『ふーんだ!なんにもいえないだろう?だって僕は正しいことを言ってるからね!』
「くっ、ふざけるな、オワンヒコ!この場でお前をぶっ壊してやる!」
『ははっ、やってみろよ!もし僕が壊れたらお前もいっしょに川に沈んじゃうだろうけどね!』
「ぐぐぐぐぐ……」

 オワンヒコのこれ以上ないほどの正論にスクナビコナは歯ぎしりして悔しがることしかできない。

『ス、スクナ…、オワンヒコの言うとおりだよ!オワンヒコを壊そうなんて考えちゃだめだよ!』

 チュルヒコはあまりに過激なスクナビコナの言動に驚き、なんとか落ち着かせようとする。

「…ぐぐぐぐぐ……」

 スクナビコナはチュルヒコの言葉を聞いてもなお、顔を真っ赤にして悔しがり続けている。

『スクナ、お願いだよ!僕たちの旅はまだ始まったばかりなんだ……』

 チュルヒコはなおもスクナビコナに我慢してくれるように訴える。

「ふん、わかったよ!」

 そう言うと、スクナビコナは突然その場でゴロン、と横になる。

「じゃあ、あとはお前たちが好きなようにやればいいよ!お前らみたいなやつらの相手をしたって時間の無駄だからな!僕は寝るからな!勝手にしろ!」

 そう捨て台詞ゼリフを吐くと、スクナビコナはすぐに眠りに落ちる。
 取り残された形になった一匹のネズミと二つのモノは、そのあまりに身勝手な態度にひたすら呆れ返るのであった。


『…起きてよ……』

 何者かがスクナビコナの体を揺さぶる。

「…うん、…なんだ……」

 スクナビコナは寝ぼけた状態のまま答える。

『…ねえ、スクナ、早く起きてよ!』

 チュルヒコのものと思われる声がスクナビコナを急かす。どうやら何事か緊急事態が起こったらしい。

「どうしたんだ!」

 ついにスクナビコナは飛び起きる。

『あっちを見てよ!』
「うん?」

 スクナビコナはチュルヒコの見ている方向を見てみる。
 その先には水の流れが存在しない。

「…どうやら滝になっているみたいだな……」

 スクナビコナは周囲を見渡してみる。
 そこには岸と呼べるものは存在しない。その光景は〝川〟というより〝海〟と言ったほうがよほどふさわしい。

『スクナ、どうすればいいの?』
『もう終わりだ!』
『僕たち全員ここで死ぬんだ!』

 もはや皆完全にパニック状態である。

「くそっ、こうなったら…ハシヒコ、やるぞ!」

 そう言うと、スクナビコナはハシヒコを両手で持ち、必死に水面を流れているほうとは逆方向にこぐ。

『ス、スクナ、そんなやり方で大丈夫なの?』
「わからないよ!でも何もやらないよりマシだろ!」
『でもどんどん流されてるよ!』

 オワンヒコが言うように、スクナビコナのこぐ力も天の安河の巨大な水の流れの前では完全に無力である。

『もうだめだ!』
「くそっ!」
『うわー!』
『ああー!』

 〝大自然の猛威〟の前に一人と一匹と二つのモノはなすすべなく流されてしまうのだった。


「…うん……?」

 スクナビコナは意識を取り戻す。何かが自分の体を小さな力で打ちつけている。

「…雨か……」

 目覚めたスクナビコナは起き上がり、空を見上げてみる。そして自分たちが天の安河から落ちてからのことを思い出してみる。
 あのあとスクナビコナは川の流れに流されて、地上へと落下した。
 それはおそらく今降っている雨といっしょに落下したということだろう。

「…それにしても……」

 天の上から落下したというのに、自分たちは皆揃ってここにいるというのは奇跡的なことである。
 これこそ〝天の力〟のなせる業なのだろうか?

『…う、…ううん……』

 スクナビコナに続いてチュルヒコもおわんの上で目を覚ます。

『…ここは……?』

 チュルヒコは起き上がり、スクナビコナに尋ねる。

「…ここは、おそらく―」

 スクナビコナとチュルヒコは共に周囲を見渡してみる。
 いまだにおわんは水上に浮いている。
 周囲はいくらか霧が発生していることもあって、視界があまり良くない。
 ただ水の流れは穏やかである。
 この状況から今スクナビコナたちが海や川にいることは考えにくい。
 海ならばもっと潮の流れが速いはずだし、川に至っては一方向に向かって水が流れるはずで、しかもいくら霧で視界が悪くても、周囲に何も見えないとは考えにくい。

「…おそらく湖だ」
『…ってことは……?』

 チュルヒコの疑問にスクナビコナが答える。

「うん、このままじっとしていればいいよ。そうすればいずれどこかの岸に流れ着くはずだ」

 こうして一行は何もすることなくその場でやり過ごすのだった。
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