スイの魔法

白神 怜司

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【スイの魔法 4 魔女の代償】 別章 ヴェルディア逃走編

ネルティエの過去

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 対峙するアーシャとネルティエの二人を遠巻きに見つめながら、スイとルスティアが同時にため息を吐いて顔を見合わせた。

「……すまないね、スイ君。はっきり言って、ネルはお転婆なんだ」

「……いえ、こっちこそ。アーシャはちょっと人を挑発するというか、見下すというか……。何でこんな事を仕出かそうとしているのか分かりませんけど、すみません……」

 互いに同行者の悪癖に苦労しているのだと奇妙な連帯感を持つ二人。そんなやり取りなど気にも留めずに、前方ではアーシャとネルティエが睨み合ったまま微動だにせず、ただ言葉の応酬を繰り広げているようだ。

 アーシャの性格上、売り言葉には倍値の売り言葉を用いて相手に買わせる傾向がある。それを思うと、もはやスイには向こうで二人が交わしている会話は聞こえなくても何を話しているのか、容易に想像がつく気すらしていた。
 内心でははらはらとした気分でそれを遠目に見つめていたスイが口を開いた。

「どうなると思います? あの二人の手合わせ」

「んー、アーシャさんの実力を僕は知らないから何とも言えないけれど、ネルは強いよ。多分だけど良い勝負になるんじゃないかなとは思ってるよ」

 ネルティエは強い。
 そう断言してみせるルスティアであったが、それでも勝利を確信した口調ではないという事にスイは引っかかりを覚えた。
 そんなスイの変化に気付いたのか、ルスティアが続ける。

「ん? ――そうか、なるほど。スイ君はどうして僕らがアーシャさんが『銀の人形』であると知っているのか、知らないんだったね」

「詳しくは……。てっきり『螺旋の魔女』から聞いているぐらいかと思ってましたけど……」

「うん、その通りだよ。『銀の人形』は『断崖の魔女』によって造られた存在だ、ってね」

「……ッ、『断崖の魔女』がアーシャを造ったんですか!?」

 何気ない会話の中に出てきた真実にスイは思わず目を剥いて尋ねた。

 確かに、アーシャを造った者はアルドヴァルド王国の関係者という訳ではないという点についてはスイも知っていた。利用された、という言葉がアーシャから出て来るのだ。その推測が成り立つのも当然と言えるだろう。
 それに加え、『銀の魔女』――マリステイスの宝玉を扱うともなれば、それこそ同等の『魔女』でなければ不可能だと言えるだろう。
 封印した、と告げていた『宝玉』が勝手に持ち去られたのか。それとも、宝玉を造った張本人であるマリステイスが、『魔女』に譲ったのか。その真相は定かではないが、その辺りについても、これから会うルスティアとネルティエの師である『螺旋の魔女』ノルーシャには尋ねるべきだろう。

「スイ君は知らないらしいね。――『銀の人形』、つまりアーシャさんは『魔女』によって造られた『魔女』の人形だそうだよ。その実力は当然、僕らやネルでは届かない位置にまで研鑽されている。正直に言ってしまえば、お師匠様とほぼ同等と考えても良いと思ってる」

「アーシャが、『螺旋の魔女』と同等の実力……」

「まぁ、そういう意味ではネルにとっても良い薬になるとは思ってるけどね。ネルはネルで色々と想うところがあるんだけど、それも……――っと、始まるみたいだ」

 特にはぐらかすつもりはなかったようだが、それでもルスティアの言葉はそこで途切れてしまった。スイも追々訊けば良いだろうと一度は頭の隅に思考を追いやり、アーシャとネルティエの二人へと視線を向けた。

 ――――先手を打ったのはネルティエだった。

 頭につけたリボンがぼうっと淡く光り、ネルティエの指令に呼応して魔法を紡ぐ。
 不可視の風の鞭がアーシャに向かって横合いから肉薄するが、アーシャはそれを大きく避けるでもなく、ただ後方に半歩ずれてみせるだけで一撃を躱してみせた。
 その光景にルスティアが目を見開いた。

「驚いたな。スイ君のように見えるならまだしも、ネルの初撃をああもあっさりと躱してみせるなんて……」

 ルスティアの驚きは当然だった。
 スイの右眼――〈魔眼〉は魔力の動きが文字通りに見えている。例え風の魔法であっても、魔法によって操られた以上、それはスイの右眼に確かに映り込む。ならばあれだけの小さな動きで避ける事も可能だろうが、アーシャにそんな能力はないはずだ。

「アーシャには、例え攻撃が見えていようといなかろうと、結局は同じなんです」

「どういう事だい?」

 初撃の魔法を避けられたネルティエが追撃を仕掛けてみせるも、アーシャは最低限の動きを以ってそれらを全て躱している。その動きを遠目で見ながら、スイは仕掛けについて口を開いた。

「戦闘が始まると同時に、周囲に自分の魔力を分散させるらしいんです。いくら視界が奪われていようと、例え死角から攻撃を仕掛けようとしても、アーシャは自分の魔力が揺らいだ場所から来る攻撃に気付いて、それを避けてみせるんです」

「……そんな戦法、聞いた事もないけど……」

 ルスティアが驚きに目を瞠りながらも呟いた。

 確かに自分の魔力の変動というものは、当然僅かながらの違和感として気付ける。だが、だからと言ってその違和感から何処に、どの規模の攻撃が来るかを見定めて対処しろと言われれば、ルスティアは首を横に振らざるを得ないだろう。
 分散した魔力に何かが触れるというのは、言うなれば手のひらに何かが軽く触れた瞬間にその形や大きさを瞬時に判断しろと言うようなものだ。触れた、という事実程度ならば感じ取れるが、その他の感覚をシャットダウンした状態で全てを掌握するなど、もはや人間業じゃない。そんな感想を抱いてしまうのは当然であると言えた。

「――アーシャが言うには、自分が『銀の人形』だから出来る芸当だって話です」

「……それは暗に「自分が優れた存在だ」と言ってるって訳ではなさそうだね」

 ルスティアの言葉にスイが頷いて続けた。

「アーシャの核となっている『宝玉』は、魔力に対して敏感に反応するらしいんです。自分の魔力に対する干渉能力も、人間の比ではないのではないかと自分で言ってましたよ」

「……成る程。彼女だからこそ、魔力の揺らぎやそういった物を普通以上の感覚で捉える事が出来る、という訳だね。確かにそんな芸当は人間には出来ないだろうね……」

 息を呑むルスティアの隣で、スイは今も続くネルティエの荒々しい攻撃をあっさりと躱してみせるアーシャの動きを見やる。
 一対一での戦闘技術に関して、アーシャはスイとは比べ物にならない程に高い水準にいる。

 かつてリブテア大陸でアーシャと戦った際に辛勝出来たのは、アーシャとファラの相性があまりにも悪かったという点に尽きる。

 細かい技術という点でアーシャとファラが競うならば、それこそ比較にならずにアーシャに軍配が上がるが、魔力の量ではファラが有利だ。その上、ファラの戦い方はたかが半歩や一歩引いたところでは回避出来ないような攻撃も多い。魔力のみで身体の稼働と戦闘を支えるアーシャとファラでは、持続性という点でもファラの方が圧倒的に有利なのだ。

 そんなファラとの戦いが長期戦に及んだ事から、アーシャは窮地に追い込まれた。その上、スイもそこに加わったのだ。精神的な不安定さが結果的にアーシャの自滅を促す形となり、勝利を収める事は出来たが、今ではアーシャの精神的なマイナス要素はすっかり消え去っている。

 技術、経験、知識。それらのどれを取っても、アーシャは間違いなくこの場にいる誰よりも長けている。要するにアーシャに勝ちたいのであれば、アーシャの技術を上回るだけの攻撃を仕掛けるしかないのだ。

 ――――そうした現実を誰よりも実感しているのは、今現在対峙しているネルティエ自身であった。

 直線、曲線、死角からの攻撃といった数々の魔法はあっさりと躱され、ならばと広範囲に及ぶ魔法を放ってみせようと試みて距離を取ろうとすれば、その瞬間に攻撃が飛んで来る。

 ――攻め切れず、態勢を整える余裕もない。まだまだ魔力には余力があるが、このまま続けていれば確実に負ける。
 そんな予感がネルティエの脳裏を過ぎり、ぐっと歯噛みした。

「風の魔法に関してはスイなんかよりもよっぽど研鑽を積んでいるみたいだけれど。でも、アナタの性格と一緒ね。荒々しくて、雑な攻撃ばかりだわ」

「――ッ、何ですって……!」

 ネルティエの攻撃がアーシャの一言を聞いて止んだ。

「せっかくの不可視というアドバンテージも、それだけ荒い魔力を纏っていては意味がないわ。私はともかく、今のアナタじゃスイを傷つける事も出来ないでしょうね」

「あの子より私が劣っているって言うつもり……?」

「劣っている、なんて言うつもりはないわ。一長一短だもの、風の魔法についてはアナタの方が確実に優れているけれど、それなのにこの体たらくじゃ、恐らく負けるでしょうね」

「フザけないで! 私はお師匠様の――『螺旋の魔女』たるノルーシャ様の弟子よ!」

「戦いに肩書なんて必要ないでしょう」

 どこまでも冷たく、アーシャは現実的な言葉をネルティエへと突きつけた。

「スイを敵視しているのか、それとも私を敵視したいのかは分からないけれど、旅の間にずっと無愛想な態度を取られても迷惑だわ。高飛車で傲慢。私にとってのアナタの印象なんて、今のところそれ以上でもそれ以下でもない」

「……ッ! ……アンタに、アンタに私の気持ちの何が分かるって言うのよ!」

「分からないわ。ただ迷惑と言っただけよ」

 激昂するネルティエすら歯牙にも掛けない様子で、アーシャは冷たく言い放った。

 二人の間に流れていた空気が一変して、魔法の応酬が止まるという事態を見ていたスイとルスティアの二人が駆け寄ると、入れ違う形でネルティエが肩を震わせながらその場を立ち去って行こうとする。
 ルスティアが声をかけようと試みるが、触らぬ神に祟りなしとはこの事かと思える程にネルティエの激昂してる様に気付き、諦めたようだ。

「アーシャ、何があったの?」

「何がって、別に面白い話じゃないわよ。スイには関係ないわ」

「関係ないって言われても、気になるんだけど……」

「少し間違いを指摘しただけよ。別にスイが気にする事じゃないわ」

 それだけ言ってその場を立ち去るアーシャを見て、スイは嘆息した。その様子にルスティアがどうかしたのかと尋ねると、スイがその理由を口にする。

「アーシャの指摘って、結構……くるんですよね」

「……あぁ、あり得るね……。とにかく、僕はネルを追いかけるよ。今頃臍を曲げてるだろうからね」

 一応は姉として同行しているアーシャの代わりに、苦笑しながらも感謝と謝罪を織り交ぜて「すみません」と告げたスイに、お互い同行者の事で頭を悩ませる立場として深く同情を寄せるルスティアであった。





「――こんな所にいたのかい、ネル」

 スイと別れてネルティエの後を追っていたルスティアが、森の中に流れる川の近くで座り込んでいたネルティエへと声をかけた。
 それに対してネルティエは返事を返さなかった。釘を刺された内容に思うところもあったのだ。バツが悪いとはまさにこの事であり、自分の態度が酷く幼稚で滑稽に思えてならなかった。

 返事がないまま川を見つめて沈黙するネルティエの隣に腰を下ろし、ルスティアは困ったように苦笑した。

「そういえば、昔からネルはお師匠様に怒られた時もこうして何処かでぶすっとしてたね」

「……うるさいわね」

 昔の事を引き合いに出されてしまってはさすがに恥ずかしさもあるのか、ネルティエがぼそっと小さな声で呟くと、膝を抱えて顔を埋めた。

「スイ君に対して想うところがあるのなら、一度話してみると良いんじゃないかな? 彼はあの歳でもずいぶんとしっかりしているからね。きっと耳を傾けてくれると思うよ」

「……言える訳ないじゃない。私のこれは――ただの嫉妬だもの……」

「まぁ、そうだろうね」

 ネルティエがスイに対して辛辣な態度を取ってきた理由とは、詰まるところただの嫉妬というのが相応しい。その理由に当たりをつけていたからこそ、ルスティアは見て見ぬフリをして今日までを過ごしてきたのである。自分の感情の問題ならば、自分で片を付けるしかないだろう、と。

 ――――ネルティエにとって、『螺旋の魔女』ノルーシャは師であると共に、母のような存在だ。赤子の頃に森の中に捨てられたネルティエはノルーシャによって拾われ、育てられてきた。
 物心つく頃からノルーシャによって魔法を教わって生きてきたネルティエは、スイがヴェルディア魔法学園に入学する年――つまりは今から5年程前、ノルーシャの指示によってヴェルディア王国へとやって来たのである。
 その目的は、彼女によってヴェルディア王国へと預けられたスイを見張りながら、万が一にも何か厄介事に巻き込まれるようならば、その身を守るというものであった。

 ただそれだけならば特にスイに嫉妬する理由にはならないが、そこで起こった数々の悲劇をルスティアは思い返す。

「一方的に嫉妬した挙句に、スイ君の意志じゃないのに去年だけで2回も連れ去られた事に、怒れる訳ないよね……ぷふっ」

「っ!?」

 隣から聴こえて来たルスティアの声に思わず顔を上げてネルティエがルスティアへと振り返ると、肩を揺らしながら遠くを口元を押さえていた。

「いやぁ、ネルはついてないよね……くくっ、く……っ。スイ君には入学して早々に特別授業で接触出来ないし、王立図書館に彼が篭っていたっていうのも掴めなくてさ……! 幽霊が出るなんて噂信じて唯一調べてなかったのが、あのスイ君が入り浸ってた王立図書館だもんね……くくくっ」

 ルスティアは当時を思い出す。

 ネルティエが魔法学園に入った当初、スイは一年生として入学するはずだった。にも関わらずにネルティエは、スイを発見する事が出来なかったのである。

 その理由は簡単だ。

 スイの類稀なる記憶力を口実に、ヴェルディア王国の国王バレンが『魔女』によって預けられたスイを保護する名目も踏まえて、スイを特別授業という枠組みの中で、一対一の授業態勢を整えるように学園長であるカンディスへと秘密裏に指示していたからである。
 その結果、ネルティエは3年間スイに接触出来ずにいたのである。

「ようやく一般学部に来たら、あっという間に有名人になっちゃって接触出来なくなるなんて……ふ、ふふふっ、しょうがないよね……、くくっ」

 学園生活が始まってスイを発見出来たものの、今度はスイが有名になり過ぎたせいで秘密裏に接触する事すら出来なくなってしまったのである。

「そのまま生徒会にも入っちゃって、放課後もいつも一人にならなかったし?」

 もはやルスティアも堪え切れない笑いを隠しきれてなどいない。そもそもネルティエが自分の方を向いてわなわなと肩を震わせているなど、ルスティアは気付いてすらいなかった。
 それでもルスティアはそのまま続ける。

「お師匠様がそれでも監視しろって言うから、今度はスイ君を勝手にお師匠様の後継者にされるって思い込んでたしね。ホント、ネルは昔から……」

 轟っとその場を吹き荒れる風に、ルスティアがぴたりと動きを止めた。鈍い音を立てながらルスティアが振り返ると、そこには――鬼がいた。後にルスティアはその光景を思い出す度にそう評する。

「……うん、ネル。落ち着こう。少し、うん、魔力を抑えようか……」

「……問題ないわ、ルティ……。何せこの魔力は、今から放たれて発散されるもの」

「ぼ、暴力は良くないと思うんだ、うん。ほら、ネル、アルドヴァルドの追手がいたら気付かれるかもしれ――――!」

 ――――森の中に鳴り響いた轟音に、鳥達が飛び立った。




「ルスティアさん!? どうしたんですか!? ま、まさか追手が!?」

「思ったより早かったわね。スイ、戦う準備をしなさい」

 後に、森から戻ってきたネルティエとルスティアであったが、あまりにボロボロなルスティアを見た二人の反応はそれであった。

 決して驚かすつもりはなく、ルスティアについても知らぬ存ぜぬで押し通すつもりだったというのがネルティエの本音なのだが、そのあまりの真剣さを前に居た堪れなくなり、結局は今までの態度も含めてスイとアーシャに謝罪する事となるのであった。





 ◆ ◆ ◆





 パチパチと爆ぜる薪の音を耳にしながら、空に広がる満天の星空の下でアーシャは座り込んでいた。
 街道から少しばかり外れ、森を進んだ先にある開けたこの場所ならば、火を焚いていても遠方からは見えない。つまりはアルドヴァルド王国が刺客を放っていたとしても、見つかりにくいという利便性こそあるが、夜ともなれば飢えた獣に襲われる可能性もある。
 そうなれば、眠りを必要としない『銀の人形』であるアーシャは野営の番には適任であり、本人もそれに否やはない。静かに過ごしてさえいれば魔力の補充も可能なのだ。

 炎を見つめながらもこれまでの日々を思い浮かべていたアーシャの顔に、炎とは異なる光が差し込んだ。召喚光。使い魔が姿を現す際に見せる光が人型を作り上げると、光が弾け、そこにはファラが姿を現した。

「――退屈そうだな」

「お互い様でしょ」

 軽口をぶつけ合ってみせるものの、ファラはアーシャと炎を挟む位置で木に背中を預けて腕を組んだ。

「……スイは?」

「寝ている。うなされているという訳でもないようだ」

「そう」

 昼に見せたスイの涙を思い出したのか、ファラの答えを聞いて安堵したかのような素振りを見せると、アーシャは再びゆらゆらと揺れる炎を見つめた。その顔は、僅かばかりであるが苦々しいものに染まっていた。

「そんな顔をするのだな」

 ファラが口にした言葉は、驚きの混じったものであった。

 かつては世界を呪い、壊してしまおうと画策してスイの身体を乗っ取り、自由を得ようとしたアーシャ。そんな彼女が今になって悔しさに顔を歪ませるようなその姿には、ファラも驚きを禁じ得なかった。

「……あの子は――チェミは、私の事を姉と呼んで慕ってくれていた子だもの。温かい感情を教えてくれた子だったわ。なのに、私は守ってあげれなかった」

 淡々と告げているように見えて、そこには悔恨の念が詰まっていた。

「……驚いたな。まさかそこまで心を許していたとは」

「害意のない真っ直ぐな感情を向けられて、それでも顔を背け続けられるような性格はしていないわ。害意には害意で返すけど」

「……その一言は余計だと思うが」

 ファラにとってみれば、せっかく上がりかけていたアーシャの性格への評価が不意になる一言である。何とも言い難い表情で呟いたファラを見て、アーシャはくすりと笑った。

「スイはどう?」

 アーシャの質問が意味するところは、スイの心情はどうなっているか、という意味を含んでいた。その明確な言葉はなかったが、どうやらファラもそれに気付いたようだ。

「心は以前ほどの荒れ方はしていない。が、急いているようにも感じられる」

「そう。不器用な子だもの、時間はかかってしまうでしょうね」

 目の前で妹とも呼べる少女を殺されてしまったのだ。その悔恨の念は、アーシャのような短い付き合い以上に深く、辛いものだろう。
 それでも前を向いて歩くと決めるなど、たかが11歳の子供がそう易易と判断出来るはずもなかった。まだ半ば、自分で自分に言い聞かせている節があるのだろうとアーシャはスイの心情を察していた。
 決して態度には出さなくとも、かと言ってそれを全て乗り越えられた訳ではないのだ。馬車の中で見せたあの一粒の涙は、そんな心の表れだったとも言えるだろう。

「……不思議なものだな。こうして主様の話を――よりにもよってお前とする事になるとは」

 ついファラが呟いた言葉に、アーシャはふっと小さく笑った。

 思い起こせば、アーシャはスイの心を利用して操ろうと考えたのだ。それはファラがスイに対して抱いていた気持ちの粗を突くようなやり方だった。
 そうしてスイは一度はアーシャに身体を乗っ取られ、そしてファラと対峙した。

 そんな二人が、今ではこうしてスイの心境を語らっているのだ。
 当時の自分からしてみれば予想だにしていなかったという点では、アーシャもファラと同様の感情を抱いていた。

 パチパチと音を立てて爆ぜる焚き火を見つめながら、二人の間には心地良い沈黙が流れるのであった。
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