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第五章 忍び寄る悪意

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 フロントはエントランスの自動ドアが開閉するとすぐに反応する。
 作業中の手を止めて出入りする人の顔を確かめ、宿泊中のお客様なら「おかえりなさいませ」「いってらっしゃいませ」。
 大荷物を抱えていればその日の宿泊予約をしている人たちの可能性が高いから「いらっしゃいませ」。
 付近のホテルや店の従業員であれば「お疲れさまです」。
 テレビドラマで見るような、荷物を持って運ぶポーターと呼ばれる担当はうちのホテルにはいないけど、荷物が多かったり、小さい子を抱えているご家族だったりすると、ホテル前の駐車場で車を誘導している現地スタッフの相馬さんたちが代わりに運んでくれたりする。
 そういうときは内線でレンタルショップのスタッフを呼んで板を先に預かったり、フロントのスタッフが部屋まで荷物を運んだりなんてことも。
 トップシーズンはまだ先と言えどそれなりに部屋が埋まるようになってきた今日のチェックインは、26件。
 館内120部屋の半分が埋まるにもまだ遠いが、だんだんと賑わっているのは確かだ。

「今週末でやっと半分かなって感じだけど、20日を過ぎたあたりからすごいな……23日で初の満室だ」
「大体例年通りって感じね」

 予約システムを確認していたら、俺の背後からそれを眺めていた長谷川さんが教えてくれる。
 昨日が休みだった彼女は、今日は19時出勤だ。

「クリスマスはホテル業界も稼ぎ時ですか」
「そりゃあそうでしょう。雪山なんてホワイトクリスマスほぼ間違いなしだし」
「カップルプランが残数ゼロでしたっけ」

 宿泊予約の内容は、素泊まり・朝食付き・二食付きのいずれかが基本だけど、クリスマスや年末年始、バレンタイン、ホワイトデーといったイベントごとや、12月前半の雪の状態が安定しない時期、ゴールデンウィーク付近の、そろそろスキー場がクローズする時期に入る頃などで料金プランは様々だ。
 例えばクリスマスのカップルプランは、ライトアップされるゲレンデ側に窓がある部屋確定の、夕飯はコース料理にケーキ付き。
 ファミリープランには、それプラス部屋にサンタさんが登場するっていうオプションも。ネタをばらせばサンタクロースの扮装をした相馬さんなわけだが。

「この期間は真夜中にシーツ変えてって呼び出されることが稀にあるんだけど、相田くんって23、24のシフトは?」
「えっと……」

 カウンターの影に貼ってあるシフト表を確認する。
 23日が遅番で23時まで、24日は早番だから16時上がりだ。

「それなら呼び出されることないかな……いや、でも念のためか。一度は習った?」
「はい。寮を開くときの全館清掃で、社員やアルバイトの寝具なら多少皺が入っても良いから練習しなさいって言われて」
「え。ホントに?」
「はい。たぶん長谷川さんが想像しているよりは上手に敷けると思います」

 ふふんってちょっと得意気に笑ったら、何故か頭を撫でられた。
 解せぬ。
 なんにせよ清掃スタッフの女性陣がたいへん厳しく、及第点をもらうまで10枚以上敷かされたのでシーツ交換に関しては問題ないと思う。
 問題があるとすればーー。

「シーツ交換が必要な部屋にお邪魔するって気まずくないんですか?」
「あー……」

 長谷川さんはチラと俺を見て、また「あー」って。

「フロントに余裕があるなら誰かと一緒に行くといいかも。しばらくは五十嵐さんが相田くんとシフト被るんなら任せるのもアリだと思うし」
「仕事なら自分で行きます。が、こう……視線の置き所とか」
「どこ見たって気にしてる時点でアウトっだってば。それはもう仕事って割り切って顔には営業スマイルを張り付けておかなくちゃ」
「はい……」

 営業スマイルか、なるほど。
 確かにこっちは仕事だし、お客様だって解ってて呼び出すわけだし。

「相田くん」
「はい」
「確かにうちはラブホじゃないけど、恋人同士一緒にいたらそういうことしたくなるのは当然だし、悪いことじゃないんだからね?」
「……へ?」

 言われた内容を咄嗟には飲み込めなくて間抜けな顔をしたんだと思う。
 長谷川さんもきょとんとした顔で首を捻った。

「んん? 嫁入り前の娘が不潔な~とか、そういう感じじゃなかった?」
「は?」

 え。

「ええっ?! 違っ……そうじゃなくて! せっかく二人きりなのに、他人が部屋に入ってくるのどうなのかなって」
「そっちかー!」
「ど、どっちなのかはよく判りませんけど、えっと、はい」
「それならホント気にしなくていいよ。そっちなら尚更だもん。交換しないとどうしようもないから呼び出すんだからササッと交換して出てきたらいいの」
「りょ、了解です」

 そっちがどっちかも不明だが、つまるところ交換して欲しいって言われたら交換すればいいだけの話である。
 気にしすぎだと怒られれば俺も反省するしかない。

「でも、そっか。そういう気持ちが判るってことは相田くんも素敵な恋愛してそうだね」
「えっ」
「私も彼に会いたくなってきたなー、早く来ないかな」

 動揺が顔に出そうになったところで、その台詞に驚く。

「彼氏さんがいらっしゃるんですか?」
「うん、クリスマスに部屋予約したからね。さすがに食事とかは外で取るけど」
「それは楽しみですね」
「ね!」

 幸せそうな彼女の笑顔に心が温まる気がした。

「相田くんは誰か知り合いが来たりしないの? 割引してーとか友達に言われない?」
「……そこまで親しい友人がいなくて。卒業してからは連絡をする相手もいませんからホテルで働いているのも知らないですよ」

 何せ俺自身が出発の一週間前まで冬は雪山のホテルに職場が変わること自体、知らなかったからな。

「あ、でも家族は年末年始に泊まりに来ます。一度は職場を見たいって言ってて、休みが揃うのがやっぱり正月だったんで」
「へー。ご両親?」
「それから、兄と姉です。割と年齢が離れているので両親が二組いるような感じですが」
「年の離れた兄弟! なんか判る気がする」

 こんな話、確か孝之さんとも昨日したなと思い出す。
 それからしばらくは明日のチェックアウトやインの内容を確認して過ごし、23時という時間ぴったりに孝之さんと二人で退勤した。
 事務所には清水さん。
 それからいま来たばかりの吉田課長。課長は明日の昼から休みに入り2連休の予定だ。

「お疲れさまでした」
「おつかれー」

 孝之さんが渡り廊下の扉を開けて待ってくれている。
 実際には違っても、手を引かれるような気持ちで事務所を後にした。
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