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第四章 自覚と成長と、ときどき暴走

6 五十嵐孝之‐4

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 想定外、だ。
 奏介に自分を意識するよう仕向けていたのは間違いないし、あわよくば恋人という立場を我が物にしようとしていたのは事実だ。
 例え現在進行形で恋人がいたとしても必ず自分を選ばせるつもりだった。
 だが、それはあくまでも自分が此処にいる本来の目的が達せられてからの話であって、彼が護衛対象であるうちは一定のラインを越えるつもりはなかったのだ。
 もう今となってはこれっぽっちも信憑性がないけれど。

「いまさら、か」

 今回のことは本当に想定外で、俺が彼と付き合うつもりでいることを匂わす程度のはずだった。奏介が少しでも「まさか」と意識して、その後の俺の言動に注意してくれれば大成功だったんだ。
 なのに彼は、既に自身の好意を自覚していた。
 彼は俺を好きだと気付いていた。
 触れたい。
 触れられたい。
 触れて欲しい……好きな相手にそう乞われて拒める男がこの世にどれだけいるというのか。
 仕事を盾にぎりぎりのところで保持した本職の矜持すら奏介の素直な言葉によって瓦解し、あとに残されたのは純然たる本音だけ。

「好きだ」

 彼を男として欲する本能だけ。

「好きです」

 奏介は、問題が片付けばきちんと話すといった俺を信じて、選んでくれた。
 男同士だと認識した上で、男の、俺を。
 正直に言えばあのまま押し倒してしまいたかった。唇を奪い、服を剥ぎ、全身に俺のものだという跡を刻んであらゆる他人を牽制したい衝動に駆られた。
 それを抑えられたのは単に奏介が「少しでも休んだ方が良い」と今夜の仕事を引き合いに出したからだ。
 この後は14時出勤23時退勤ということは、それまでに食事と仮眠を済ませなければならず、ただでさえ延長して時間が押しているのだから色ボケしている場合ではない。

「また、お昼に」

 そう言って別れた後はそれぞれにシャワーだ、食事だ、仮眠だとバタバタしてしまった。
 いまは壁の向こう、自分の寝台で眠っているだろう彼を思う。

「……キスだけでも……」

 彼が自分を選んでくれたのだという実感が足りない。
 それでも匂いの件で話題を掘り下げるほどに熱烈な告白に聞こえてしまうから、今日のところは充分と言えなくもない、か。

「したら、したで……ますます手放せなくなりそうだし、な……」

 彼がその先にいるだろう壁に手を添え、目を閉じる。

「……早く解決しないと……」

 目を閉じれば驚くほどあっさり深い眠りに誘われた。
 自分自身、思っていた以上に疲弊していたらしい。


 正午過ぎに目が覚めて、身支度を整え終えた後に最初にしたことはバス会社への電話予約。15日午後発、ウェルカムセンター前から札幌駅行きを、二名分。座席指定はなく、先着順に好きな場所に座る形だが、トップシーズンにはまだ早いし隣同士で座れないなんてことはないはずだ。
 夜は実家に送って、16日は一日そちらでゆっくりしてくれればいい。俺は本社に顔を出して現状報告と今後のことと、……まぁ、そうだな。
 奏介との関係についても黙ってはおけないので報告するとして。
 17日は、また夜から仕事だ。
 午前中の内に向こうを出てゆっくり戻ってくればいい。そんなふうに予定を組み立てながら電話を切ったすぐ後にアプリが通知音を響かせる。

『おはようございます。お昼ごはん一緒に社食に行きませんか』

 文字だけの文面に奏介の遠慮というか、躊躇いを感じて自然と顔が綻ぶ。
 可愛い。
 何をしてもあの子はいちいち可愛い。

『いいよ』

 文字を打って、送信してから、若い彼にはスタンプで答える方がいいのだろうかとしばし悩む。自分ではまだ若いつもりだが新卒の彼に比べれば年嵩なのは事実。
 その辺りも本人との話題の一つにしようと思いつつ部屋を出た。
 と、ちょうど彼も部屋から出てきた。
 タイミングが良いのはやはり音が聞こえるからだろう。

「おはようございます、ちゃんと休めましたか?」
「思っていたよりは。君も休めたか」
「はい……えっと、俺も思っていたよりは」

 言って、互いに顔を見合わせた。
 どちらともなく笑みが零れ俺は肩を竦めた。まぁあの直後にしっかり寝れるかと言われれば無理だろう。今日の勤務で今朝みたいな延長はないだろうし帰寮後にゆっくり休めれば……ん? 明日の出勤は七時だったか……なるほど、五日に一回は休みが確保されている代わりに連勤中はなかなかのスケジュールだ。
 24時間常に無人に出来ない職場だと考えれば当然か。

「今日もよろしく」
「はい!」

 しっかりと戸締りし、俺たちは社食に移動した。
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