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誓い抱きし者達
二一
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どれだけの長い時間を彼ら一族は戦ってきたのか。
始祖里界神より授かった命を忠実に遂行し、是羅を倒すために命を賭してきた。
影見河夕が王になるまでの一二七人の影主。
彼らが求め、叶えられなかった一族の勝利を、一二八代影主が今こそ現実のものにしようとしていた。
「薄紅、黒炎、おまえたち二人は岬を頼む。決して傷つけさせるな」
「御意」
「蒼月、白鳥、二人は是羅の足を止めろ」
「はっ」
「梅雨、紅葉、おまえたちは一族の連中とともに奇渓城にはびこる魔物討伐に集中してくれ。俺達が是羅を捕らえるまでの道を確保するんだ」
「心得ました」
十君の一人一人に指示を与えた河夕は、最後に黄金を向く。
自分とよく似た顔立ちの、十五歳の少年、実弟の影見生真。
「…俺が斬れるな」
「当たり前だ」
確かめるように問う河夕に、生真は間髪をいれず突き返す。
「おまえは俺が殺してやる…っ、五年前から決めてたんだからな……っ」
「…それでいい」
応える河夕の口元に浮かぶ柔らかな笑み。
生真はそれから目を逸らし、飛び立った。
奇渓城は死の神殿。
微かにも邪なる心を持った者が立ち入れば一瞬後には体を奪われ魔物と化す恐怖の星。
それを、狩人は駆け抜ける。
――河夕様を信じるしかない……
蒼月が白鳥に言った台詞は、皆が抱いた唯一の拠り所。
信じずには戦えない。
河夕の行いを受け入れられない。
彼の気持ちを理解できない。
…理解して一人先に逝ってしまった光すら、恨みそうになってしまう。
岬の左手薬指には金の指輪がはめられていた。
なんの装飾もない、なのに見る者の心を奪う輝きを秘めた速水の指輪。
河夕から手渡され、付けておけと言われたときには左手薬指と言う位置に抵抗があったものの、これが速水と影見綺也が揃いで身に付けたものの片割れで、是羅を倒すのに必要だと言われれば素直に聞き入れるしかなかった。
その指輪が熱を帯び始めたのは一体いつの頃だったか。
熱いと感じて見つめた先で、指輪は不可思議な光りを放っていた。
生真の手は震えていた。
しっかりしろと自分を叱咤しても震えは治まらず、そればかりか激しさを増していく。
(なんでだよ……っ)
自分を斬れと兄に告げられたあの時から、少年の心にはその問いばかりが浮かんでは消えていった。
なぜか、なんて答えは得られるはずが無い。
河夕は王として、そして岬と雪子の友人として彼らを守る手段を選んだにすぎないのだ。
(なんでオレに……っ)
斬れと言われた直後に鏡の間を飛び出した彼は、是羅を倒すためには影見の血を継ぐ者でなければならないという話を聞き逃していた。
影見綺也の異母弟・影見貴也が残した手紙にあったとおり。
そして二つの指輪が河夕に伝えた術と影見綺也が残した想い。
それらを実現させるためには影見の血と名を継ぐ者でなければならない。
綺也の想いを理解した者の手で、影見の手で、一族が隠しつづけた罪を贖わねばならないのだ、闇狩は。
それが是羅を倒すことにつながるのなら、なおさら。
(なんでオレに……っ!)
胸の奥から込み上げてくるものを必死に否定しながら、少年は前方を阻む魔物の群れに飛び込んだ。
「是羅――――!!」
力強い声とともに銀の刃が軌跡を描く。
奇渓城中枢、闇の王の間。
紅葉・梅雨率いる闇狩一族の援護を受けてここまで辿り着いた河夕は、玉座に座る男目掛けて始祖の力を振り下ろす。
「こしゃくな…っ」
数時間前の、異民族の獣によって受けた衝撃が未だ癒えないのか、河夕の刃を力で防ぐ是羅は既に息が上がっていた。
まさか闇狩がこの城に乗り込んでくるとは、是羅は考えもしなかっただろう。
是羅を倒す唯一の方法は高城岬を殺害すること、それ以外に方法はなかったのだから、岬を殺せない一族にはなす術がないはずだからだ。
ここに乗り込み、是羅に刃を突き立てたとて闇の王は死滅しない。
岬を殺す以外に一族に勝利はない。
「我に高城岬を差し出しに来たにしては無礼が過ぎるではないか若造!!」
「くだらないことをぬかすなっ、岬は貴様にだけは絶対に渡さない!!」
怒鳴り合う男達の声に幾筋もの閃光が重なる。
衝突する力と力。
「…っ」
傷の癒えていない是羅が不意をつかれて上体を崩す、その隙を河夕は無駄にしなかった。
「―――!!」
王、影主の光りを帯びた銀の刃が是羅の腹部に突き刺さる。
だが男は苦しみも、悶えもしなかった。
確かに刃の突き刺さったその個所から、人と同じ血が流れることもなかった。
「愚かだな…、我の魂は高城岬の内と言ったを忘れたか!!」
「河夕様!」
是羅の術が、腹部を突き刺せるほどに接近していた河夕を狙う。
蒼月が声を荒げ、白鳥が息を呑んだ。
不意に岬の指にはめられた速水の指輪が叫んだ。
「え?!」
耳鳴りのように甲高く、細く長い音だった。
しかしそれが岬には内側に住む少女の叫びのように聞こえた。
「速水? どうしたの速水!!」
自分の内側に問い掛ける岬、その心に少女の泣き叫ぶ声を聞いた気がした。
――おやめください河夕様…っ、そのようなことはおやめください……!!
そう叫んでいるのを、確かに聞いた。
「そんなことって…、河夕にやめろって…、一体なにを…」
岬が狼狽して呟く台詞に、彼を守護していた黒炎と薄紅が無言で顔を見合わせ、頷いた。
そうして動いたのは黒炎。
「!!」
突然みぞおちに拳を当てられて、岬は苦悶の声を上げる間もなく膝をつく。
「な…っ」
「許せよ。これも影主の命令だ」
「…貴方は河夕様の命を救うために自らを犠牲にしようとなさった…、貴方のその想いに私達は深く感謝しています…。だからこそ貴方を守らねばならない」
「ぅす…べに…さ…」
「河夕様の望みは私達の望み。…一族は貴方を救わねばなりません」
「…おまえは幼馴染と四城市に帰るんだ。俺達一族のことを忘れて、是羅のクソヤローも消えて、おまえたちは今までの平穏な生活に戻るんだ」
二人の十君の言っていることが右から左へと抜けていく。
理解できない。
二人が口にする言葉の先に訪れる結末が脳裏に浮かび、彼らが何を望んでいるのか、岬は理解することを拒んだ。
「な…で…、みんな河夕が好きだって…なんで……っ?!」
「――それが、私達が信じ慕った河夕様の願いだからよ」
始祖里界神より授かった命を忠実に遂行し、是羅を倒すために命を賭してきた。
影見河夕が王になるまでの一二七人の影主。
彼らが求め、叶えられなかった一族の勝利を、一二八代影主が今こそ現実のものにしようとしていた。
「薄紅、黒炎、おまえたち二人は岬を頼む。決して傷つけさせるな」
「御意」
「蒼月、白鳥、二人は是羅の足を止めろ」
「はっ」
「梅雨、紅葉、おまえたちは一族の連中とともに奇渓城にはびこる魔物討伐に集中してくれ。俺達が是羅を捕らえるまでの道を確保するんだ」
「心得ました」
十君の一人一人に指示を与えた河夕は、最後に黄金を向く。
自分とよく似た顔立ちの、十五歳の少年、実弟の影見生真。
「…俺が斬れるな」
「当たり前だ」
確かめるように問う河夕に、生真は間髪をいれず突き返す。
「おまえは俺が殺してやる…っ、五年前から決めてたんだからな……っ」
「…それでいい」
応える河夕の口元に浮かぶ柔らかな笑み。
生真はそれから目を逸らし、飛び立った。
奇渓城は死の神殿。
微かにも邪なる心を持った者が立ち入れば一瞬後には体を奪われ魔物と化す恐怖の星。
それを、狩人は駆け抜ける。
――河夕様を信じるしかない……
蒼月が白鳥に言った台詞は、皆が抱いた唯一の拠り所。
信じずには戦えない。
河夕の行いを受け入れられない。
彼の気持ちを理解できない。
…理解して一人先に逝ってしまった光すら、恨みそうになってしまう。
岬の左手薬指には金の指輪がはめられていた。
なんの装飾もない、なのに見る者の心を奪う輝きを秘めた速水の指輪。
河夕から手渡され、付けておけと言われたときには左手薬指と言う位置に抵抗があったものの、これが速水と影見綺也が揃いで身に付けたものの片割れで、是羅を倒すのに必要だと言われれば素直に聞き入れるしかなかった。
その指輪が熱を帯び始めたのは一体いつの頃だったか。
熱いと感じて見つめた先で、指輪は不可思議な光りを放っていた。
生真の手は震えていた。
しっかりしろと自分を叱咤しても震えは治まらず、そればかりか激しさを増していく。
(なんでだよ……っ)
自分を斬れと兄に告げられたあの時から、少年の心にはその問いばかりが浮かんでは消えていった。
なぜか、なんて答えは得られるはずが無い。
河夕は王として、そして岬と雪子の友人として彼らを守る手段を選んだにすぎないのだ。
(なんでオレに……っ)
斬れと言われた直後に鏡の間を飛び出した彼は、是羅を倒すためには影見の血を継ぐ者でなければならないという話を聞き逃していた。
影見綺也の異母弟・影見貴也が残した手紙にあったとおり。
そして二つの指輪が河夕に伝えた術と影見綺也が残した想い。
それらを実現させるためには影見の血と名を継ぐ者でなければならない。
綺也の想いを理解した者の手で、影見の手で、一族が隠しつづけた罪を贖わねばならないのだ、闇狩は。
それが是羅を倒すことにつながるのなら、なおさら。
(なんでオレに……っ!)
胸の奥から込み上げてくるものを必死に否定しながら、少年は前方を阻む魔物の群れに飛び込んだ。
「是羅――――!!」
力強い声とともに銀の刃が軌跡を描く。
奇渓城中枢、闇の王の間。
紅葉・梅雨率いる闇狩一族の援護を受けてここまで辿り着いた河夕は、玉座に座る男目掛けて始祖の力を振り下ろす。
「こしゃくな…っ」
数時間前の、異民族の獣によって受けた衝撃が未だ癒えないのか、河夕の刃を力で防ぐ是羅は既に息が上がっていた。
まさか闇狩がこの城に乗り込んでくるとは、是羅は考えもしなかっただろう。
是羅を倒す唯一の方法は高城岬を殺害すること、それ以外に方法はなかったのだから、岬を殺せない一族にはなす術がないはずだからだ。
ここに乗り込み、是羅に刃を突き立てたとて闇の王は死滅しない。
岬を殺す以外に一族に勝利はない。
「我に高城岬を差し出しに来たにしては無礼が過ぎるではないか若造!!」
「くだらないことをぬかすなっ、岬は貴様にだけは絶対に渡さない!!」
怒鳴り合う男達の声に幾筋もの閃光が重なる。
衝突する力と力。
「…っ」
傷の癒えていない是羅が不意をつかれて上体を崩す、その隙を河夕は無駄にしなかった。
「―――!!」
王、影主の光りを帯びた銀の刃が是羅の腹部に突き刺さる。
だが男は苦しみも、悶えもしなかった。
確かに刃の突き刺さったその個所から、人と同じ血が流れることもなかった。
「愚かだな…、我の魂は高城岬の内と言ったを忘れたか!!」
「河夕様!」
是羅の術が、腹部を突き刺せるほどに接近していた河夕を狙う。
蒼月が声を荒げ、白鳥が息を呑んだ。
不意に岬の指にはめられた速水の指輪が叫んだ。
「え?!」
耳鳴りのように甲高く、細く長い音だった。
しかしそれが岬には内側に住む少女の叫びのように聞こえた。
「速水? どうしたの速水!!」
自分の内側に問い掛ける岬、その心に少女の泣き叫ぶ声を聞いた気がした。
――おやめください河夕様…っ、そのようなことはおやめください……!!
そう叫んでいるのを、確かに聞いた。
「そんなことって…、河夕にやめろって…、一体なにを…」
岬が狼狽して呟く台詞に、彼を守護していた黒炎と薄紅が無言で顔を見合わせ、頷いた。
そうして動いたのは黒炎。
「!!」
突然みぞおちに拳を当てられて、岬は苦悶の声を上げる間もなく膝をつく。
「な…っ」
「許せよ。これも影主の命令だ」
「…貴方は河夕様の命を救うために自らを犠牲にしようとなさった…、貴方のその想いに私達は深く感謝しています…。だからこそ貴方を守らねばならない」
「ぅす…べに…さ…」
「河夕様の望みは私達の望み。…一族は貴方を救わねばなりません」
「…おまえは幼馴染と四城市に帰るんだ。俺達一族のことを忘れて、是羅のクソヤローも消えて、おまえたちは今までの平穏な生活に戻るんだ」
二人の十君の言っていることが右から左へと抜けていく。
理解できない。
二人が口にする言葉の先に訪れる結末が脳裏に浮かび、彼らが何を望んでいるのか、岬は理解することを拒んだ。
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