【完結】闇狩

柚鷹けせら

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想い忘れ得ぬ者

十四

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 河夕の胸元で銀の指輪が淡い光を放ち始め、ポケットの金の指輪が熱を持ち始める。

「…?」

 どうしたのかと思い金の指輪を手に取ると、それは光の粒子を飛ばしていた。
 線香花火をもっと儚く、もっと静かに燃えさせるように飛び散る金の粒子は、銀の指輪を持つ河夕の鼓動と共鳴するように息づいていた。

「…」

 この指輪の変化にどういった意味があるのか、河夕には推測することもできない。
 ただ何かに呼ばれている気がして、ほとんど無意識に二つの指輪を空のリングケースに戻してやる。
 影見綺也と速水の指輪が収まっていたのだろう、Kiya.Kの文字が刻まれた木箱。
 二つの指輪が正しい場所に収められ。

「っ」

 急激に木箱が熱くなり、河夕は思わず手を放した。
 だがそれは落下しない。
 増幅する金銀の光りが不可思議な力を働かせているかのように宙に浮いたまま、時を追うごとにいっそう強烈な光を放つ。

「な…!」

 暗く古びた遺物庫の中がどんどん光りに呑まれていく。
 目を開けていられないほどの眩しさに耐えかね、腕で顔を覆った河夕。
 不意に男の声が耳を打つ。

 ――しっかりしろ、速水!
 ――確かに私達は間違った、だが大切なのは信じること、そう言ったのは誰だ!

 重なるのは少女の泣声。
 貴方を苦しめることになるのならいっそ貴方の手で殺してくださいと、涙ながらに訴えるのは長い黒髪に白磁の肌、是羅の魂を抱く速水、その人だ。

 ――案ずることはない、是羅を倒す方法は必ずある。だから泣くな。
 ――私はおまえの傍にいる…、おまえを独りになど、決してしないから……

 まっすぐに少女の目を見つめ、優しく告げた男、それが影見綺也なのか。
 守れない約束を彼女に告げ、信じますと応えた彼女を抱きしめた。
 既に胸の内では別れを覚悟していたのに。
 己の命と引き換えに是羅を封じる手段を選んでいたのに、それでも少女を騙して最後の優しい時間を慈しんだ。
 それほどまでに守りたかった愛しい人。
 なのに結局、泣かせてしまって―――。
 ――私の選んだ方法は間違いだった……

「?!」

 唐突に河夕自身向けられた男の声に、河夕は目が眩みそうな光の中、手探りの状態で相手の姿を見つけようとした。
 だがつかめない。
 光りの中に彼の姿は見当たらない。

 ――年若き影見の王よ…どうか速水を救ってやってくれ……
 ――彼女に二度とあんな悲しい涙を流させてくれるな…

「っ…影見綺也、なのか……? アンタなのか?!」

 ――年若き影見の王よ…頼む、速水を救ってやってくれ…
 ――二度と、彼女が孤独に震え泣くことのないように……

 勝手に喋り、勝手に頼むと告げる声はしだいに遠ざかっていく。
 同時に光りも薄れ、古びた遺物庫には通常の静寂が戻り始める。
 そうして木箱がそっと床に着地する最後の瞬間。

「!」

 何かが河夕の中に吸い込まれた。
 驚いて声を上げる間もなく、一瞬の閃光を放って再び沈黙を取り戻した二つの指輪は、それきり微動だにしなかった。
 …だが。

「…ああ…、そうか…」

 指輪から自分の中へと吸い込まれた、何か。
 それから脳裏に、胸の内に伝えられるのは、今は亡き男の祈り。
 速水を想う彼の願い。

「あぁ…解った。解ったから…」

 過去から現在へ伝えられた想いの丈に河夕は切なくなる。
 目頭が熱くなるのをこらえ、気を取り直すように天井を仰いで大きく息をついた。

「解った…、きっと助けるから」

 速水も、そして岬も。

「俺が終わりにしてやる。…速水も、岬も、俺が助けるから……」

 現在から過去への約束は、今度こそ決して違えられてはならない誓い。
 河夕は木箱を元の位置に戻し、手紙と二つの指輪を手に部屋を出た。
 影見綺也の願い、貴也の祈り、速水の想い…。
 それらを受け止め、過去から手渡された希望を信じて遺物庫を後にした。




 そうして部屋に戻る途中。

「おい」

 まだ幼さを残す少年の声が背後から河夕を引きとめた。
 いつからそこにいたのか、今まで河夕の前に一切姿を見せなかった少年…、実弟の影見生真が遺物庫の扉側の壁に寄りかかるようにして立っていた。
 河夕の胸下までの背丈で、十五歳の少年の四肢はまだ細く頼りなかったけれど、とはいえバランスのいい体格に兄とよく似た整った美貌は将来を充分に期待させる。

「こんなところに何の用があったんだよ」

 美少年といって差し支えない生真が目つきを鋭くして睨む様は非常に冷たい印象を抱かせ、それは兄の河夕にとっても同じこと。
 むしろ自分が憎まれていることを自覚している河夕には、生真のこういった態度の一つ一つが辛かった。

「…そういうおまえこそ、今までどこで何をしていた。十君は全員広間に集まれという命令も無視して」
「はっ! クソジジイが言うことなんか聞けるかよ。あんな連中の言うこと聞いて素直に出る有葉やテメェのほうがおかしいんだろ?!」
「生真…」
「俺は間違ってもあんな連中の言うことなんか聞かない!」

 声を荒げ、さっさと踵を返して去ろうとする少年を、今度は河夕の方が低い声で呼び止めた。

「生真。待て」

 呼び止められて、生真は意外と素直に足を止める。
 だが振り返ることは無く、河夕もそこまではしつこくせずに続けた。

「岬のことは助かった。礼を言う」
「…っ」
「おまえがいなければあいつはきっと死んでた。…ありがとな」
「別に助けたわけじゃない!!」

 バッと振り返り、生真は怒鳴る。

「オレは……っ、オレは、おまえの大事なもんはオレが自分で壊さなきゃ気が済まないから…っ、だから死なせるわけにいかなかっただけだ!!」
「生真…」
「忘れるな! オレは絶対におまえを許さない! おまえの大事なもんは全部奪って…っおまえのことも殺してやる!!」
「…、そんなに親父を死なせた俺が憎いか。俺を殺したいか」
「当たり前だ! 絶対……絶対に親父の仇を討ってやる!!」
「そうか…」

 応えて、河夕はそっと口元を歪めた。
 辛いのか、それとも笑いたいのかという微妙な表情。
 そんな顔のまま河夕は言った。

「その言葉、忘れるな」
「――なに…?」

 聞き返す生真に、今度は間違いのない笑みを浮かべるだけで河夕は立ち去った。
 どちらもそれ以上の言葉は続かず、河夕は自分の部屋へと。
 生真は黙ってその場に立ち尽くし、河夕の最後の笑みの真意を確かめずにはいられなかった…。
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