【完結】闇狩

柚鷹けせら

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時空に巡りし者

十八

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 西海高校校門前。

「すべき事はあっても、ほんの数分、岬君や雪子さんと顔を合わせる余裕くらい持たれた方が宜しいですよ」と光に諭され、結局は彼と有葉の二人と一緒に岬達の帰りを待つ事になった河夕は、下校していく生徒達の視線を大量に集めながらも、それを気にする素振りなどまるで見せずにガードレールに腰を下ろしていたのだが、不意に感じられた異変に顔つきを険しくし、空を見上げた。
 光と有葉はすぐにそれに気付いたが、何があったのかまでは判らない。
 変化はほんの些細なもの。

(呼んでいるのか、俺を……)

 ジーンズのポケットに入っている金の指輪が熱い。
 銀の指輪を持つ者に救いを求めているのか。

「……有葉」
「はいっ」

 兄の異変に気付いた瞬間から有葉は呼ばれるのを待っていた。
 何かが起きた時、迷わず兄の――王・影主の望むままに動くことが出来るよう、幼い頃からずっと訓練させられてきた。
 そうして得た十君・桃華の地位。
 兄のために動くことが出来るように。

「有葉。今すぐに本部に戻り、揃っている狩人全員に対戦準備を整えさせておけ。昨夜の内に光に使いを出させておいたんだ、おまえ一人でも一族を動かせる」
「はい」
「そして一族を動かす準備が済んだら……、おまえは俺の部屋に行け」

 ふと調子の変わった兄の声音に、言われた有葉だけでなく光も目を細めた。

「俺の部屋にはこれを持って入れ。結界が解けるはずだ」
「結界……?」
「河夕さん、ご自分の部屋に何か……?」

 聞き返す二人に、河夕は顔を歪めるだけで明確な答えはなかった。

「……とにかく、準備が終ったら俺の部屋に行き、そこから一歩も外に出るな。……絶対にだ」
「――はい」

 兄の言葉が、自分を信頼してのものだと悟った有葉は力強く頷いた。
 今の段階では、兄の部屋に何があるのか想像もつかないけれど、兄の信頼を裏切らないよう自分に出来るすべてのことをやり遂げようと、幼い少女の瞳には決意の色が宿る。

「行って来ます」
「ん」

 最後に笑みを交わして分かれた兄妹は、一瞬後にはその姿を追えなくなっていた。
 本部へと続く鏡の道を探すため飛んだ少女の速度は光りのごとく。
 それを見送り、河夕は光を一瞥した。

「光、おまえは俺と来い」
「はい」

 そう答え、光もまた一族の一人として王の言葉に従うよう育ってきた。
 だが、今この時に胸を占めたのは強い戸惑い。
 脳裏を過ぎる朝方の河夕の姿。
 彼を、あれほど追い詰めたものとは何なのか。

「……河夕さん」

 呼びかけて足を止めた光に、しかし河夕は振り返らない。

「一族を戦闘体制に入らせ、いつでも動けるようにしておけと仰るからには、それは相手が是羅であるからでしょう。そして是羅が狙うは、……岬君ですね」

 河夕の反応はない。
 答えを渋っているのとも違う。
 それでも、河夕の返答はなかった。
 だからといって、光には自分の推測が間違えているとは思わない。
 岬に想いを寄せていた二人の少女が相次いで行方をくらまし、そこには闇の魔物の介入が確かにあった。

「……貴方は僕に何一つ教えては下さらない。だからと言って、僕が何も気付かないとお思いですか。あの夜、本当に岡山君が魔物から解放されたなら是羅が岬君を欲する理由はない。それが今でも追われるのは、貴方の力をもってしても岡山君を解放出来なかったからではないんですか」

 あの時点で時既に遅く、是羅が岡山一太を器に選んでしまっていたからではないのか。
 その魂を、速水の名を持つ女に預けて。

「貴方が「殺せない」のは誰ですか」

 あんなにも苦しげに。
 聞いている側の心すら痛むような声音でたった一言。

「河夕さん。一族が討つべき速水は誰ですか」
「……光」

 微かな応えは、背を向けたまま。
 紡ぎ出される言葉には過去の傷が痛みを思い出す。

「……俺は、影主になりたくなどなかった。なりたかったのは影主の……親父の補佐だった」
「ええ」

 そう朗らかに宣言する彼を、自分はどれだけ見守ってきたか。
 弟の生真と二人、影主である父を補佐するために強くなる――、それが河夕の本当の望みだった。
 だが一族の理に反した望みは、一族の理によって絶望の淵へ追い落とされた。
 幼い弟妹の命まで盾にとられて、河夕は一族の…影見の長子としての運命を受け入れなければならなくなったんだ。

 ――……王になれ、河夕……

 父親の。
 先代の、最後の言葉。
 王になり、強くなり、おまえの力で一族を変えていけ――それが、河夕によって命絶たれた父親の、最後の祈り。

「そのために影主になったんだ。一族を変えていくために……魔物との戦いを終らせて、一族の存在意義を変えていくために、この名を継いだんだ」

 戦いを終らせる為に。
 速水を斬るために―――なのに。

「俺に速水は殺せない」

 自分に。
 この、手に。

「岬は斬れない」
「――……」
「俺は……あの時のような、……無力過ぎて親父を殺すしかなかった、あの時のような後悔は二度としたくないんだ」

 河夕の言葉に。
 その声音に。
 光は自分の考えが間違っていた事に気付いた。
 今朝早く、あんなにも苦しげに「殺せない」と口にするのを聞いてしまい、河夕が悲観的になっていることを危惧していたけれど。

「……済みませんでした。どうやら僕は、まだ貴方という人間の強さを見誤っていたようですね」

 微かな笑みを含んで告げる光に、河夕は初めて振り返り、相手の瞳を直視する。

「理解したなら、今ここで選べ」

 黒曜石の瞳に宿る力。
 力強く、どこまでも真っ直ぐな眼差しに曇りはない。
 五年前のあの時と何も変わらない――変わらないけれど、深く強くなった心。

「おまえの主は誰だ」

 五年前、月下で跪き捧げた誓い。
 あの時から己が唯一の王と決めたのは、たった一人――貴方だけ。
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