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時空に巡りし者
十六
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どこか遠い場所を泳いでいるような気分。
すぐ傍に居るはずの彼の手に、どうして触れることが出来ないんだろう。
――眠っていろ……
優しい声が耳元に囁いた。
それは一体、いつのことだったのか。
――何も心配しなくていい……
――恐れなくていい……傍にいるから……
――…だから、眠っていろ……
優しい声、静かな声、……どうしてそんなに、哀しそうなのか?
――……河夕……?
届けたい声は、どうしても届かない。
伸ばした手は彼をすり抜ける。
――河夕……
金と銀の指輪が指輪が光りを取り戻しても、懐かしいあの日は二度と帰らない……。
***
放課後を迎えた教室で、岬は一人、窓側の机に腰を下ろしていた。
雪子、光と一緒にパフェを食べに行く事にした彼は、この教室で雪子と待ち合わせているのだ。
今頃、光と有葉は校門前で自分達を待っているだろうか。
……どちらにしろ、河夕は闇の魔物の捜索で一緒には行けないのだろうけれど。
(河夕……)
ふと、昨夜のことを思い出す。
恐らく夢だったとは思うのだが、岬は河夕の声をすぐ傍で聞いた気がしていた。
大宇宙――静寂の神秘なる世界は無限の星の灯火に照らされて、自分はその中で揺られていた。
『眠っていろ』と、優しい河夕の声をすぐ傍に聞きながら……。
(変な夢だよなぁ)
何が変だと感じるのかは判らない。
それでも、心の奥底が騒がしいのは無視出来ない。
何故だろう……どうしてだろう。
(……俺、もしかして……)
岬は思いつめるあまり、深い溜息を漏らした。
顔が熱い。
気持ちが……、苦しい。
そのとき、教室の扉がそっと開かれる。
最初は雪子かなと思い振り返った岬だが、そこにいたのは彼女ではなく、他校の制服を着た少女。
「!」
彼女を、岬は知っていた。
「矢口……!」
昨日の夜、庭先に置かれていた傘と、バレンタインの贈り物。
闇の魔物に囚われたと推測された少女が、今、岬の目の前にいた。
「矢口、無事だったんだ……っ」
「や。高城君」
「良かった……!」
矢口景子は、安心して泣きそうになっている岬に片手を上げ、笑顔で口を開く。
岬は机を下りて自分の二本足で立った。
「俺も雪子も、みんな心配してたんだ。行方不明になったって聞いて」
河夕が、魔物に囚われたと言うから。
「ほんと、無事で良かった。どこか怪我とか、怖いこととか…」
「平気」
近付いていく岬に、矢口景子は嬉しそうに微笑んだ。
「どこも怪我なんかしてないし、怖いこともなかったよ。……心配してくれてたの?」
「当たり前だろ? 家の庭に傘とチョコだけ置いて……」
傘と。
バレンタインの、チョコレート。
「ぁ……」
その贈り物にはどんな意味が込められているのか、そう気付いた岬が言葉を途切れさせると、矢口景子は静かに笑んだ。
「……チョコ、受け取ってくれたの?」
「ぇ……」
受け取ると言うのは、彼女の気持ちを、という意味なのだろうか。
しかしもしかしたら、あの贈り物には「傘を貸してくれてありがとう」という意味以外はないのかもしれない。
まだ何も言われたわけではない。
こんなのは自惚れだと、激しく動く心臓を宥めようとした。
だが彼女は。
「私ね、ずっと高城君が好きだったの」
「――」
「中学の頃から、……好きだったんだよ」
突然の告白に頭は真っ白になり。
「高城君、……雪子と付き合ってるの?」
「ぇ、違……そんなことないよ、雪子は大事な幼馴染で……」
思っても見なかった問い掛けに動揺し、声は上ずり。
適当な言葉も浮かばない。
「じゃあ、私にもチャンスあるかな……?」
「チャンスって……っ」
どうしよう、何て言おう。
こういう時はどうしたらいいのか、何も判らなくて。
心臓の音だけがうるさくて。
混乱している岬に少女の顔が近付く。
「ぇ……――」
不意に視界が暗くなり、重なった視線。――重なった吐息。
滑った感触に目を閉じて。
「ん……っ……!?」
キスされていると、ようやく気付いた直後、教室の扉が再び開かれた。
すぐ傍に居るはずの彼の手に、どうして触れることが出来ないんだろう。
――眠っていろ……
優しい声が耳元に囁いた。
それは一体、いつのことだったのか。
――何も心配しなくていい……
――恐れなくていい……傍にいるから……
――…だから、眠っていろ……
優しい声、静かな声、……どうしてそんなに、哀しそうなのか?
――……河夕……?
届けたい声は、どうしても届かない。
伸ばした手は彼をすり抜ける。
――河夕……
金と銀の指輪が指輪が光りを取り戻しても、懐かしいあの日は二度と帰らない……。
***
放課後を迎えた教室で、岬は一人、窓側の机に腰を下ろしていた。
雪子、光と一緒にパフェを食べに行く事にした彼は、この教室で雪子と待ち合わせているのだ。
今頃、光と有葉は校門前で自分達を待っているだろうか。
……どちらにしろ、河夕は闇の魔物の捜索で一緒には行けないのだろうけれど。
(河夕……)
ふと、昨夜のことを思い出す。
恐らく夢だったとは思うのだが、岬は河夕の声をすぐ傍で聞いた気がしていた。
大宇宙――静寂の神秘なる世界は無限の星の灯火に照らされて、自分はその中で揺られていた。
『眠っていろ』と、優しい河夕の声をすぐ傍に聞きながら……。
(変な夢だよなぁ)
何が変だと感じるのかは判らない。
それでも、心の奥底が騒がしいのは無視出来ない。
何故だろう……どうしてだろう。
(……俺、もしかして……)
岬は思いつめるあまり、深い溜息を漏らした。
顔が熱い。
気持ちが……、苦しい。
そのとき、教室の扉がそっと開かれる。
最初は雪子かなと思い振り返った岬だが、そこにいたのは彼女ではなく、他校の制服を着た少女。
「!」
彼女を、岬は知っていた。
「矢口……!」
昨日の夜、庭先に置かれていた傘と、バレンタインの贈り物。
闇の魔物に囚われたと推測された少女が、今、岬の目の前にいた。
「矢口、無事だったんだ……っ」
「や。高城君」
「良かった……!」
矢口景子は、安心して泣きそうになっている岬に片手を上げ、笑顔で口を開く。
岬は机を下りて自分の二本足で立った。
「俺も雪子も、みんな心配してたんだ。行方不明になったって聞いて」
河夕が、魔物に囚われたと言うから。
「ほんと、無事で良かった。どこか怪我とか、怖いこととか…」
「平気」
近付いていく岬に、矢口景子は嬉しそうに微笑んだ。
「どこも怪我なんかしてないし、怖いこともなかったよ。……心配してくれてたの?」
「当たり前だろ? 家の庭に傘とチョコだけ置いて……」
傘と。
バレンタインの、チョコレート。
「ぁ……」
その贈り物にはどんな意味が込められているのか、そう気付いた岬が言葉を途切れさせると、矢口景子は静かに笑んだ。
「……チョコ、受け取ってくれたの?」
「ぇ……」
受け取ると言うのは、彼女の気持ちを、という意味なのだろうか。
しかしもしかしたら、あの贈り物には「傘を貸してくれてありがとう」という意味以外はないのかもしれない。
まだ何も言われたわけではない。
こんなのは自惚れだと、激しく動く心臓を宥めようとした。
だが彼女は。
「私ね、ずっと高城君が好きだったの」
「――」
「中学の頃から、……好きだったんだよ」
突然の告白に頭は真っ白になり。
「高城君、……雪子と付き合ってるの?」
「ぇ、違……そんなことないよ、雪子は大事な幼馴染で……」
思っても見なかった問い掛けに動揺し、声は上ずり。
適当な言葉も浮かばない。
「じゃあ、私にもチャンスあるかな……?」
「チャンスって……っ」
どうしよう、何て言おう。
こういう時はどうしたらいいのか、何も判らなくて。
心臓の音だけがうるさくて。
混乱している岬に少女の顔が近付く。
「ぇ……――」
不意に視界が暗くなり、重なった視線。――重なった吐息。
滑った感触に目を閉じて。
「ん……っ……!?」
キスされていると、ようやく気付いた直後、教室の扉が再び開かれた。
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