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夢に囚われし者
十六
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松橋雪子は、この日、三度目の高城家訪問を試みていた。今日に限って言えば、高城家に行くたびに何かと心中が穏やかではなくなっている気がする。
朝、一度目は影見河夕との再会。
二度目は夕刻、岬の首に残された痛々しい赤い痣。
そして、今。
また何かしら驚かされるようなことがあるに違いないと、雪子は確信していた。
彼女がこの夜十時過ぎに一人で夜道を走っているのには、それ相応の理由があったのだから。
午後十時。
雪子は宿題を終えた後での入浴中だった。そのとき、突然水面が波立った。
何事かと思った。
地震ではなさそうだと思ったのは、居間にいる家族に騒がしくなる気配がまるでなかったからだ。
「なに、これ……」
雪子は恐くなり、浴室を出て急いで服を着込み居間へと駆け入った。
テレビのスポーツニュースに夢中の父。
皿洗いをしている母と、食卓の上でオセロの勝負に熱中している兄と弟。
「……ね、今、揺れなかった?」
そう尋ねると。家族は揃って小首を傾げた。
「何も感じなかったけど」
「でも浴槽のお湯が揺れたの」
「じゃあ小さいのがあったんじゃない?」
「テレビを見ていたらそのうちに何か言うんじゃないか?」
そんな、たいして関心のない答えが返される。
腑に落ちないながらも自分の部屋に戻った雪子は、何の気もなしに外を見た。
屋内で何もなくても、外ならもしかしてと思った。
だがそうして開けたカーテンの向こうに彼女が見たもの、それは。
音も、揺れもない。感じられない。
ただ、光柱が立ち、消えていく四城寺の姿だったのだ……。
「いったい何だって言うのよ!」
怒りながらも胸中は不安でいっぱいだった。
(影見君がいるんだから滅多なことはないと思うけど……)
そうは思うものの、不安は消えてなどくれない。
影見河夕が一緒にいる、それは確かに信じていいはずのことなのに。
(岬ちゃん……!)
長い石段を駆け上り、古めかしい本堂の前を抜け、高城家の母屋へ向かう。
鍵がかかっていて玄関の戸は開かない。
チャイムを鳴らしても誰も出ない。
「岬ちゃんだけならともかく、お兄ちゃんやお姉ちゃんなら起きているはずなのに……っ」
左右を見やり、岬と姉の部屋や客室が並ぶ廊下に続くガラス戸の一部が開いていることに気付く。
そして人の姿も。
「お姉ちゃん!」
岬の姉だ。
雪子は急いで駆け寄り、そこでいったい何が起きているのか自分の目を疑った。
泣いているのだ、岬の母親が。
「……どうしたんですか?」
「っ……雪子ちゃん……」
姉の弱弱しい声が届く。
続いて岬の部屋から出てくるのは彼の父親と兄。
「……一先ず場所を移そう……いくら自分の部屋でも、このままにしておくのはあまりにも……」
「影見君の部屋でいいかな……彼の部屋でなら……岬も安心して……眠れ……っ」
雪子の目の前で、兄の瞳から一粒の涙が零れ落ちる。
「なんで……っ! なんであの子が……っ!!」
娘に支えられ、やっと立っているといった様子の母親。
これは、なに?
岬に何があったのか。
「お姉ちゃん……岬ちゃんは……?」
「……雪子ちゃん。あなたは帰った方がいいわ……今は、見ない方がいい」
「そんな……っ」
嫌な想像ばかりが胸中に溢れる。雪子は岬の姉が止める声も聞かずに岬の部屋に駆け込もうとした。
けれど。
「……占い師さん……?」
雪子の行く先を阻むように部屋の中にいたのは、昨日の放課後に帰り道でキャンディをくれ、今日はずっと一緒に岬の帰りを待ってくれていた、あの青年。
どうして彼がここにいるのか、それも解からなかったけれど、どうしてこの人までがこんな悲しい顔をしているのか、それも判らずに不安は大きくなる一方。
「見ない方がいいと言われたのに、貴女という人は……」
「どうして……っ、どうして皆でそんな顔をしているの!? 岬ちゃんはどうなったの!? 岬ちゃんに会わせて!!」
「……出来ません」
「どうして!」
声の限りに聞き返す。
「いったい何なの!? 岬ちゃんはどうしたのよ!!」
「……雪子さん」
「放して!」
占い師の腕を逃れ、部屋に飛び込む。
だがそうして視界に飛び込んできた光景に、雪子はそれ以上足を動かすどころか呼吸さえ忘れてしまう。
「……嘘」
見ない方がいいと言われた意味を、頭ではなく心が理解する。
そこはもはや部屋と呼べるような空間ではなく、何が起きたかなど雪子には知りようもない。
だが、とてつもなく悲惨な事態が起こってしまったことは解った。
まるで火事の焼け跡を思わせるような一室の中で、この部屋の主である少年だけは、彼そのままの姿で横たえられていた。
その胸に、日本刀と思わせる漆黒の刃を突き立てられて。
寝顔が安らか過ぎて、残酷だった。
血は流れず、傷もなく。
肌は白く、冷たく、そんな彼を少しでも暖めようと言うかのようにかけられているのは白いジャケット。
それは先刻まで河夕が着ていたもの。
「……っ、……岬ちゃん……?」
「……岬君は闇の魔物に魅入られていたんです。それも、魔物を率いる最大の実力者に」
青年の、感情を押し殺すような声音に、雪子の身体は震えた。
涙が込み上げてくる。
「魔物を呼び込んだ人物が岬君を欲した。時間をかけて岬君の心に侵入し、夢の中から彼を捕らえようとしていたんでしょう……。けれど昨日を境に岬君は魔物の力を寄せ付けなくなった。自分達の天敵である狩人の力が岬君を守り始めたからです」
それは占い師を名乗った彼が手渡したキャンディであり、河夕が張った結界であり。
まさか岬を狙っていたのが魔物を率いる奴だとは思いもしないまま、この町の魔物の多さに用心して岬に護りをつけたのが、――災いへと転じてしまったのだろうか。
「岬君に力が及ばなくなったことに焦って、魔物はとうとう岬君を喰らおうと動き出した」
「……じゃぁ岬ちゃんは闇の魔物に……?」
「……いいえ」
青年は言葉を濁した。
けれど嘘はつけない、彼女を騙すことは出来ない。
「岬君は普通の人間とは違います。河夕さんという友人がいました。声を聞いてくれる狩人がすぐ傍にいたんです」
だから、彼は。
「夢の中に侵入した魔物は、岬君の夢の中でしか動けない。たとえ狩人がすぐ隣にいたとしても、夢を共有する機会でもない限り、それとは気付けなかったでしょう。……けれど岬君は河夕さんを呼びました。河夕さんは彼の声を受け止めた……、だから岬君は闇に喰らわれずに済んだんです」
「じゃあどうして……っ、どうして岬ちゃん……っ」
「……河夕さんです」
「――」
静かな返答に、雪子は目を見開く。
「岬君は確かに河夕さんを呼びました。それは確かに喰われる前です。……けれど精神は既に夢の中から抜け出せない状態にあった、岬君は起きることが出来なかったんです。夢の中では、こちらの世界から手を出すことは叶いません。目覚めという形で自力での回避が出来ない以上、彼は魔物に喰われるしかない……、こちらから助ける方法はないんです」
心――精神体――から食われ、肉体はただの血と肉の塊と化す。
それすら、時間をおいて魔物の糧となっただろう。
「魔物に喰われるということは魔物の一部になるということ――人としての輪廻には戻れず、永遠の苦しみから逃れられない。そんな目に遭わせないためには、……彼の心を」
魔物が求めた餌を。
「こちら側から絶つしかなかったんです」
それがどんな結果になっても。
死なせることになっても、河夕は岬を魔物の一部になどしたくなかった。
汚させたくはなかった。
「だから……だから影見君が……?」
「……ええ」
「――っ……!」
青年の返答を聞くなり、雪子は踵を返し外へ向かった。
その腕を、青年はしっかりと掴んだ。
「どこに行くんですか!」
「決まってるでしょ、岡山のところよ!!」
躊躇いなく叫んだ雪子に、今度は青年が驚く番だった。
「なぜ、彼だと」
「私は岬ちゃんとずっと一緒にいたの! 誰が魔物を呼び込むかなんて、すぐに解るわ! あいつしかいないじゃない!!」
「雪子さ」
「放して! 絶対にあいつは許さないっ! 私が殺してやるわ!!」
溢れた涙が頬を伝う。
許せない。
憎らしい。
こんなことのために岬を縛りつけようとしていたあの姿を思い出して、雪子の胸中には激しい感情が渦巻く。
「岬ちゃんをこんな目に遭わせて! 影見君にこんな惨いことさせて!! 許せるわけないでしょぉ……っ、二人とも……っ……二人ともすごく大切なのに……大事な友達なのに……許せるわけないじゃない……っ!!」
大切な二人を、ぼろぼろにされて。
めちゃくちゃにされて。
河夕を傷つけ、岬の命を奪った。
「私が殺さなかったら誰があいつを殺すの!? 誰が岬ちゃんの仇を取るのよ!!」
「河夕さんが行きました!」
「……っ」
青年に叫ばれ、雪子は言葉を呑み込む。
聞くものを黙らせる力が彼にはあった。
「いま、河夕さんが狩りに行きました。岬君と、貴女と、そしてご自分のために」
「……っ……!!」
雪子はその場に崩れ落ち、顔を両手で覆って涙した。
河夕がすべてを成し遂げられるようにと、祈ることしか出来ない。
「岬ちゃん……っ、岬ちゃん……!!」
「……すみませんでした。狩人が二人も傍にいながら、こんなことになってしまって……」
「……え?」
思い掛けない言葉に、雪子は涙に濡れた顔を上げる。
「狩人が二人……?」
「ええ」
青年は雪子を少しでも宥めようというふうに、今までにない優しい微笑を――けれど哀しい微笑みを、その整った顔に浮かべる。
「僕の名は緑光。……占い師の正体は、闇狩です」
朝、一度目は影見河夕との再会。
二度目は夕刻、岬の首に残された痛々しい赤い痣。
そして、今。
また何かしら驚かされるようなことがあるに違いないと、雪子は確信していた。
彼女がこの夜十時過ぎに一人で夜道を走っているのには、それ相応の理由があったのだから。
午後十時。
雪子は宿題を終えた後での入浴中だった。そのとき、突然水面が波立った。
何事かと思った。
地震ではなさそうだと思ったのは、居間にいる家族に騒がしくなる気配がまるでなかったからだ。
「なに、これ……」
雪子は恐くなり、浴室を出て急いで服を着込み居間へと駆け入った。
テレビのスポーツニュースに夢中の父。
皿洗いをしている母と、食卓の上でオセロの勝負に熱中している兄と弟。
「……ね、今、揺れなかった?」
そう尋ねると。家族は揃って小首を傾げた。
「何も感じなかったけど」
「でも浴槽のお湯が揺れたの」
「じゃあ小さいのがあったんじゃない?」
「テレビを見ていたらそのうちに何か言うんじゃないか?」
そんな、たいして関心のない答えが返される。
腑に落ちないながらも自分の部屋に戻った雪子は、何の気もなしに外を見た。
屋内で何もなくても、外ならもしかしてと思った。
だがそうして開けたカーテンの向こうに彼女が見たもの、それは。
音も、揺れもない。感じられない。
ただ、光柱が立ち、消えていく四城寺の姿だったのだ……。
「いったい何だって言うのよ!」
怒りながらも胸中は不安でいっぱいだった。
(影見君がいるんだから滅多なことはないと思うけど……)
そうは思うものの、不安は消えてなどくれない。
影見河夕が一緒にいる、それは確かに信じていいはずのことなのに。
(岬ちゃん……!)
長い石段を駆け上り、古めかしい本堂の前を抜け、高城家の母屋へ向かう。
鍵がかかっていて玄関の戸は開かない。
チャイムを鳴らしても誰も出ない。
「岬ちゃんだけならともかく、お兄ちゃんやお姉ちゃんなら起きているはずなのに……っ」
左右を見やり、岬と姉の部屋や客室が並ぶ廊下に続くガラス戸の一部が開いていることに気付く。
そして人の姿も。
「お姉ちゃん!」
岬の姉だ。
雪子は急いで駆け寄り、そこでいったい何が起きているのか自分の目を疑った。
泣いているのだ、岬の母親が。
「……どうしたんですか?」
「っ……雪子ちゃん……」
姉の弱弱しい声が届く。
続いて岬の部屋から出てくるのは彼の父親と兄。
「……一先ず場所を移そう……いくら自分の部屋でも、このままにしておくのはあまりにも……」
「影見君の部屋でいいかな……彼の部屋でなら……岬も安心して……眠れ……っ」
雪子の目の前で、兄の瞳から一粒の涙が零れ落ちる。
「なんで……っ! なんであの子が……っ!!」
娘に支えられ、やっと立っているといった様子の母親。
これは、なに?
岬に何があったのか。
「お姉ちゃん……岬ちゃんは……?」
「……雪子ちゃん。あなたは帰った方がいいわ……今は、見ない方がいい」
「そんな……っ」
嫌な想像ばかりが胸中に溢れる。雪子は岬の姉が止める声も聞かずに岬の部屋に駆け込もうとした。
けれど。
「……占い師さん……?」
雪子の行く先を阻むように部屋の中にいたのは、昨日の放課後に帰り道でキャンディをくれ、今日はずっと一緒に岬の帰りを待ってくれていた、あの青年。
どうして彼がここにいるのか、それも解からなかったけれど、どうしてこの人までがこんな悲しい顔をしているのか、それも判らずに不安は大きくなる一方。
「見ない方がいいと言われたのに、貴女という人は……」
「どうして……っ、どうして皆でそんな顔をしているの!? 岬ちゃんはどうなったの!? 岬ちゃんに会わせて!!」
「……出来ません」
「どうして!」
声の限りに聞き返す。
「いったい何なの!? 岬ちゃんはどうしたのよ!!」
「……雪子さん」
「放して!」
占い師の腕を逃れ、部屋に飛び込む。
だがそうして視界に飛び込んできた光景に、雪子はそれ以上足を動かすどころか呼吸さえ忘れてしまう。
「……嘘」
見ない方がいいと言われた意味を、頭ではなく心が理解する。
そこはもはや部屋と呼べるような空間ではなく、何が起きたかなど雪子には知りようもない。
だが、とてつもなく悲惨な事態が起こってしまったことは解った。
まるで火事の焼け跡を思わせるような一室の中で、この部屋の主である少年だけは、彼そのままの姿で横たえられていた。
その胸に、日本刀と思わせる漆黒の刃を突き立てられて。
寝顔が安らか過ぎて、残酷だった。
血は流れず、傷もなく。
肌は白く、冷たく、そんな彼を少しでも暖めようと言うかのようにかけられているのは白いジャケット。
それは先刻まで河夕が着ていたもの。
「……っ、……岬ちゃん……?」
「……岬君は闇の魔物に魅入られていたんです。それも、魔物を率いる最大の実力者に」
青年の、感情を押し殺すような声音に、雪子の身体は震えた。
涙が込み上げてくる。
「魔物を呼び込んだ人物が岬君を欲した。時間をかけて岬君の心に侵入し、夢の中から彼を捕らえようとしていたんでしょう……。けれど昨日を境に岬君は魔物の力を寄せ付けなくなった。自分達の天敵である狩人の力が岬君を守り始めたからです」
それは占い師を名乗った彼が手渡したキャンディであり、河夕が張った結界であり。
まさか岬を狙っていたのが魔物を率いる奴だとは思いもしないまま、この町の魔物の多さに用心して岬に護りをつけたのが、――災いへと転じてしまったのだろうか。
「岬君に力が及ばなくなったことに焦って、魔物はとうとう岬君を喰らおうと動き出した」
「……じゃぁ岬ちゃんは闇の魔物に……?」
「……いいえ」
青年は言葉を濁した。
けれど嘘はつけない、彼女を騙すことは出来ない。
「岬君は普通の人間とは違います。河夕さんという友人がいました。声を聞いてくれる狩人がすぐ傍にいたんです」
だから、彼は。
「夢の中に侵入した魔物は、岬君の夢の中でしか動けない。たとえ狩人がすぐ隣にいたとしても、夢を共有する機会でもない限り、それとは気付けなかったでしょう。……けれど岬君は河夕さんを呼びました。河夕さんは彼の声を受け止めた……、だから岬君は闇に喰らわれずに済んだんです」
「じゃあどうして……っ、どうして岬ちゃん……っ」
「……河夕さんです」
「――」
静かな返答に、雪子は目を見開く。
「岬君は確かに河夕さんを呼びました。それは確かに喰われる前です。……けれど精神は既に夢の中から抜け出せない状態にあった、岬君は起きることが出来なかったんです。夢の中では、こちらの世界から手を出すことは叶いません。目覚めという形で自力での回避が出来ない以上、彼は魔物に喰われるしかない……、こちらから助ける方法はないんです」
心――精神体――から食われ、肉体はただの血と肉の塊と化す。
それすら、時間をおいて魔物の糧となっただろう。
「魔物に喰われるということは魔物の一部になるということ――人としての輪廻には戻れず、永遠の苦しみから逃れられない。そんな目に遭わせないためには、……彼の心を」
魔物が求めた餌を。
「こちら側から絶つしかなかったんです」
それがどんな結果になっても。
死なせることになっても、河夕は岬を魔物の一部になどしたくなかった。
汚させたくはなかった。
「だから……だから影見君が……?」
「……ええ」
「――っ……!」
青年の返答を聞くなり、雪子は踵を返し外へ向かった。
その腕を、青年はしっかりと掴んだ。
「どこに行くんですか!」
「決まってるでしょ、岡山のところよ!!」
躊躇いなく叫んだ雪子に、今度は青年が驚く番だった。
「なぜ、彼だと」
「私は岬ちゃんとずっと一緒にいたの! 誰が魔物を呼び込むかなんて、すぐに解るわ! あいつしかいないじゃない!!」
「雪子さ」
「放して! 絶対にあいつは許さないっ! 私が殺してやるわ!!」
溢れた涙が頬を伝う。
許せない。
憎らしい。
こんなことのために岬を縛りつけようとしていたあの姿を思い出して、雪子の胸中には激しい感情が渦巻く。
「岬ちゃんをこんな目に遭わせて! 影見君にこんな惨いことさせて!! 許せるわけないでしょぉ……っ、二人とも……っ……二人ともすごく大切なのに……大事な友達なのに……許せるわけないじゃない……っ!!」
大切な二人を、ぼろぼろにされて。
めちゃくちゃにされて。
河夕を傷つけ、岬の命を奪った。
「私が殺さなかったら誰があいつを殺すの!? 誰が岬ちゃんの仇を取るのよ!!」
「河夕さんが行きました!」
「……っ」
青年に叫ばれ、雪子は言葉を呑み込む。
聞くものを黙らせる力が彼にはあった。
「いま、河夕さんが狩りに行きました。岬君と、貴女と、そしてご自分のために」
「……っ……!!」
雪子はその場に崩れ落ち、顔を両手で覆って涙した。
河夕がすべてを成し遂げられるようにと、祈ることしか出来ない。
「岬ちゃん……っ、岬ちゃん……!!」
「……すみませんでした。狩人が二人も傍にいながら、こんなことになってしまって……」
「……え?」
思い掛けない言葉に、雪子は涙に濡れた顔を上げる。
「狩人が二人……?」
「ええ」
青年は雪子を少しでも宥めようというふうに、今までにない優しい微笑を――けれど哀しい微笑みを、その整った顔に浮かべる。
「僕の名は緑光。……占い師の正体は、闇狩です」
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