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2.我慢するのは来週までです

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 この世界で魔力は誰もがあたりまえに持っているもので、12歳の「洗礼の儀」で自分が何属性なのか知る事が出来る。
 水、土、木、火、風、闇、そして聖。
 国によって多少の偏りはあるものの所有者が多い属性はこの順番で、風と闇の差は100:1くらい。
 闇もかなり稀少な属性だが、聖はその更に上。
 闇属性が100人いて、聖属性が1人いるかいないかだ。
 それほど稀少な存在だからこそ大多数の国では大切にされるし、ここテルトワ国でも貴族の高位令嬢であれば王太子の婚約者に選ばれるくらいには尊ばれただろう。
 しかしセイラは平民。
 いくらでも替えのきく奴隷くらいの認識でしかないこの国の民にとっては、

「神が間違われたに決まっている、さっさと殺して次の神の子をお迎えすべきだ!」
「間違われたのであろうとも聖属性の魔術が使えるのは事実、この地で別の神の子が選ばれるまでは生かしておくべきだ」

 それを本人の前で言うか、普通――セイラは思い出すたびに呆れてしまう。
 とはいえ、そういう扱いになるのは判り切っていたので親とは既に打ち合わせ済み。弟が「洗礼の儀」を済ませるのを待って家族で隣国ピテムに亡命予定なのだ。
 生まれた場所でしか「洗礼の儀」を受けられないなんて決まりがなければ今すぐにでも逃げるのだが、こればかりは仕方がない。
 セイラは自分の価値を知っている。
 隣国ピテムは、この国の「神の子セイラ」の扱いを知っている。ピテムとは同盟を組んでいるから治癒のために赴いた戦場で度々顔を合わせているし、うちのお偉いさんは「平民が神の子などと神が間違われるには酷過ぎる」なんて酒の席で声高に嘆いていたらしいから。

(ほんとアホだよね、この国の貴族は)

 家族の安全を保障してくれるなら自分が御国のために力を奮うと伝えたらあちらはとても協力的だった。既に兄夫婦や姉夫婦は移住を終えて落ち着いて暮らしているらしい。

(あと少しの我慢だ)

 今年の「洗礼の儀」は来週だ。
 それさえ終わればこんなところから逃げ出してやる、絶対に。




 魔力が多いと掃除も楽だ。
 知られるとうるさいので内緒にしているが、セイラは聖属性の他に複数の属性が扱える。正確には闇属性以外を扱える。
 つまり、いつか逃亡生活をすると判っていたから魔力操作の練習に余念がないセイラなら、零れた水をバケツに戻し、散らばったゴミを風で浮かせて纏めゴミ箱に戻し、紅茶の匂いを散らすくらいお手の物。
 かといって早めに祈りの間に姿を現すと不審がられるので、しっかり掃除するフリをして時間を消費。その間も気付かれないように魔力操作の練習をしていればとても有意義な時間が過ごせるというわけだ。

「そろそろ行こうかな」

 よいしょっと立ち上がって祈りの間に向かうと、その途中で疲れ切った顔の令嬢たちとすれ違う。人によっては真っ青な顔で手足が震えている。
 祈りの間で「祈る」というのは魔力を捧げるということ。
 これは貴族も平民も関係ない。
 生きとし生けるすべての命が定期的に魔力を捧げなければ世界は崩壊すると言われているからだ。魔力が少ない者には過酷な義務である。

「あら、ようやく生きる者の義務を果たしに来たの? 下賤なものはノロマで困るわ」
「ほんと愚図なんだから」

 くすくすと嘲笑する令嬢たちに、自分たちが掃除をさせていたなんて事実は綺麗さっぱり忘れられている。

「これ、片付けておいて頂戴」
「これもね。あぁ窮屈だった」

 ぼふっ、ばさっと次々渡されるローブを慌てて抱える。
 祈りの間に入る際はこれを着用しなければいけないのだが、セイラのような装飾など皆無な寸胴スタイルの修道服ならまだしも、シンプルなデザインとはいえドレスの上から羽織るものではない。

(修道服を着れば良いのに……って無理か)

 令嬢たちにとっては修道服なんて人間の着るものではないそうだから。
 セイラは曲がり角の向こうに令嬢たちが消えたのを確認して、溜息一つ。
 仕方ないと何枚ものローブを抱えたまま祈りの間に入る。自分のローブはそこに置いてある。令嬢たちだってそこで脱げばいいものを、一度身に付けたものをまた着るなんてとんでもないことだと主張する。

(知らないっての)

 新しいものなど当然だが用意されない。
 あとでセイラが浄化魔法で新品みたいにしておくだけだ。
 祈りの間に入ると、この教会の責任者でもある司祭様が待っていた。彼はある程度の事情を把握しているのか遅れたセイラを咎める事はしない。

「祈りを」

 そう短く指示して待つだけだ。
 セイラはローブを足元に置き、自分のローブを羽織り、部屋の真ん中、床から天井までを貫くガラスの柱を中心に描かれた魔法陣の指定位置に膝を付き、手を組み、目を閉じて祈る。
 だんだんと体の中が熱くなり、その熱が膝や足から魔法陣に流れ、ガラスの柱に溜まっていく。
 全世界の、全ての教会、そして王城などの中心地に存在するこの柱こそ世界の土台を支えるもので、常にこの柱を光らせておくのが、その地に住まう者の義務。
 かつては魔力を抜かれて疲弊する事に嫌気がさし、それこそ平民にやらせろと無理をいった貴族のせいで魔力が不足。
 国土の一部が崩落した。

(まぁこの国のことなんだけど)
 
 100年以上が経った今も底の見えない崩落部分は立ち入り禁止となっており、テルトワ国が身を削って魔力が不足した場合はこうなるぞと示したおかげで世界は今日も続いている。

「終わりだ」

 司祭の言葉に顔を上げると、さきほどまではうっすらとしか光っていなかった柱がいまはキラッキラしている。

「ご苦労、退室しなさい」
「はい。失礼致します」

 自分のローブを脱いで所定の場所に掛け、他のローブも素早く浄化魔法を掛けながら一枚ずつ戻してから祈りの間を出た。
 そのあとは教会の清掃、食事の準備、令嬢たちの嫌がらせ……と忙しなく動き回る事に。

(あと少しなんだから……!)

 その言葉で自分を励ましながらやり切った。
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